第52話〜コルカソンヌ防衛戦〜
【シャウラッド マルダン】
ランドロフは吸血鬼の“気”を追っていた。
マルダンから北上中。
狙いはコルカソンヌか。
「理事長殿!!」
トーレスやナシメントらが空中にいるランドロフの元へやってくる。
「奴はコルカソンヌへ向かっている。
我々も急ぐぞ。」
ランドロフは彼らの返事を聞く前に宙を蹴って行ってしまう。
「街はどうするんだ?」
ギマラエンスの問いには結果の事象が答えた。
特殊戦闘課の魔導師達は市内を凍結させた。
地盤沈下してグチャグチャの場所へ雨が降ったため、凍結は容易かった。
「避難民の護送は総隊長へ任せな。」
ナシメントがトーレスへ命令した。
「お任せ下さい。」
コーベットも最初からそのつもりのようだった。
トーレスはこの場ではなく、コルカソンヌが必要としていた。
「頼んだぞ。」
トーレスはコーベットへ言って、ナシメントとギマラエンスの顔を見る。
「行くぞ。」
3人も宙を蹴って一路コルカソンヌへ向かった。
【シャウラッド コルカソンヌ】
ランドロフと同じく、バチルダも街へ迫り来る敵意を感じ取っていた。
「貴方達は足手纏いです。
死にたくなければこの場から立ち去りなさい。」
外郭正門付近に配置されていたネヴェス家の郎党を下げた。
これで正門を守るのはバチルダ1人となった。
「そこの女。」
バチルダに声を掛けた、真っ赤なドレッドヘアーにクルタ・パジャマという出で立ちの大男は幕下の片割れ、エウジェーニオ・ネヴェスだ。
「女1人で勝てるのか?」
エウジェーニオの言葉にバチルダは不快感を露わにした。
「失礼な!!
ここの誰よりも魔法の実力は上ですわ!!」
「ダーーハッハッハッハッハ!!!!!!」
バチルダの抗議を豪快な笑いで打ち消す。
「抜かせ、女!!
女には他に相手にする輩がおるだろう!!!」
バチルダには彼の言っている事が分からなかった。
「意味が分からねぇって顔してるな。」
彼女の隣には花柄付きの着物に袖を通した長身で短く刈り上げた青髪の男が立っている。
男が近付いてきた事を彼女は知覚していなかった。
「ネヴェスの家の者には特殊な才覚が宿っていてな。
魔族の気配を鋭敏に察知できるのさ。」
男はバチルダにエウジェーニオの発言に関する補足説明をする。
「他にもいるって言うの?」
「ああ、その通りだ。
だから貴女はもう少しお待ちなさい。」
男は正門へ歩き出した。
「女!!
まずは乃公とシウバへ任せよ!!」
エウジェーニオもバチルダの横を通り過ぎて正門の外へ向かった。
「女の言う事は正しい。
お前らは下がっていろ。」
後を追おうとした郎党を主人が制す。
「門を閉めて女は上に登っていろ。」
主人に命令されてネヴェス家の郎党が門を閉める。
バチルダは正門上の歩廊へ上がった。
はっきり分かる。
吸血鬼は直ぐそこだ。
考えたくはないが、ランドロフは仕留め損なった。
では彼はどうなったのか?
考えても仕方がない。
というか、むしろそうなっていた方が次期理事長選が早期に開催されて都合が良い。
後で考えよう。
彼女は戦闘に関係のない事柄を頭から締め出した。
「準備は良いか?」
エウジェーニオはウーゴに確認する。
「某はいつでも良いぞ。」
ウーゴの答えに満足したエウジェーニオは空へ巨大な魔法式を展開した。
太陽光に負けない明るさが漆黒の原野を照らし出す。
こちらに向かって来る者の姿が視認できた。
距離はまだ何百mもあったが、ウーゴにかかれば間合いだ。
「参る。」
ウーゴは刀を振り下ろす。
斬撃が一瞬で吸血鬼へと飛んだ。
奴は障壁を展開したのだろう。
火花が弾け、斬撃が逸れた。
「ふむ。」
それを確認したウーゴは刀を鞘に戻し、体を前に倒して重心を低くした。
柄を下に向けた居合術の抜刀姿勢でウーゴは地面を蹴る。
「お初に。」
ただ一言。
ウーゴは吸血鬼へ斬りかかった。
右腕に障壁を展開して攻撃を防ぎ、左手でウーゴへ魔法を撃ち込もうと魔法式を展開するもエウジェーニオがそれを掻き消した。
吸血鬼は進行を止めたが、既に正門から50m程の場所にいる。
「余は王だぞ。
無礼者め。」
刀を受け止めたまま吸血鬼はウーゴを睨みつけた。
「某の主君は花君唯1人。」
後ろへ飛んで吸血鬼と距離を取ったウーゴが宣言する。
「愚か者め!!」
吸血鬼は黒いエネルギー波を放出した。
ウーゴは斬撃で相殺する。
「愚か者はオメェだよ。」
ウーゴは上段構えで刀を振り下ろした。
吸血鬼は土で壁を作る。
ウーゴは構わず壁を壊し、刀は地面を叩いた。
目標を失った斬撃が原野の遠くまで溝を生む。
ウーゴの後ろで障壁が展開され、迫っていた炎を防いだ。
「やはり乃公が加勢せねばならんか。」
ウーゴと吸血鬼が対峙する場所へエウジェーニオがやって来る。
吸血鬼は炎を獅子の姿に変えてエウジェーニオへ差し向けた。
「獅子では乃公の青蛙神には敵わぬぞ!!」
エウジェーニオは魔法式を展開した。
通常のエメラルド色の魔法式ではない。
召喚魔法用のアメジスト色の魔法式だ。
「出でよ青蛙神!!」
光が呼び出した使い魔の形になる。
「久しぶりだのぉ。」
尻尾のような足が生えた3本足の蛙が姿を現した。
目玉と足の平は同じ黄緑色で腹部は白色。
残りは真っ青で、頭から背中にかけて赤い線が2本。
おまけに喋る。
「またシウバの者と殺り合っておるのか?」
言ってみたものの、状況が違うことを察知した青蛙神は向かうべき敵を見据えた。
「なんじゃ、登極したての吸血鬼か。
毎度毎度お主はどうしてこういう相手の時に儂を呼ぶんじゃ?」
「乃公1人で済まぬ相手だからだ。」
「あー、分かった分かった。」
青蛙神は前足で炎の獅子を粉砕する。
「既に一戦交えてるのぉ。
これじゃあ暇の潰しにもならんわい。
さっさと終わらせるぞい。」
「あい分かった!!」
エウジェーニオは吸血鬼へ魔法式を展開した。
黒色の魔法式が展開される。
その色が意味するは封印。
「小癪な!!」
吸血鬼は魔法式を掻き消そうとする。
「させるかよぉ。」
ウーゴは刀を吸血鬼の腹部へ差し込む。
「グハッ…!!」
刀は吸血鬼を貫いた。
血が地面に滴る。
満足な対応ができないまま、エウジェーニオの魔法が吸血鬼の両手両足を空中に磔にした。
「終いだ、青蛙神!!」
青蛙神は3本の足を地面にめり込ませて体を固定する。
口を大きく開き、葡萄色の球体が吸血鬼へと発射された。
球体が着弾と同時に弾け、液は吸血鬼の体にかかった。
「それは儂の体液じゃ。
触れた物を跡形も無く溶かしさる。」
「その量だとお前を溶かすには十分だ。」
エウジェーニオが解説する。
「王位格の吸血鬼だと期待したが、コイツの魔力は著しく減っておる。
戦闘か何かで大量に魔力を消費したな。
何をした?」
青蛙神は空中で磔にされた吸血鬼の方を見た。
「王を守護する軍勢を集めていた。」
吸血鬼はこれまでと変わらない口調で答えた。
「魔族の群れをこの土地の下から感じる。」
エウジェーニオは青蛙神へ告げる。
「儂もだ。」
青蛙神は首肯した。
「もう遅い。」
吸血鬼が言うのと同時に原野から巨大な土製大蛇が現れた。
大蛇はコルカソンヌの外郭へ牙を突き立てんとする。
バチルダは障壁を張って防ごうとするが、彼女の張った障壁はいとも簡単に破られ大蛇はコルカソンヌの外郭を一部破壊した。
「奴は策士だ。」
青蛙神は素直に吸血鬼を褒めた。
大蛇の現れた部分が崩れることなく、大蛇自身の胴体を通路として地下と地上を繋いでいたからだ。
何の通り道かは言われなくても分かる。
大地を震えさせる程の足音が聞こえる。
「ここにいるのはマズイな。
そいつを連れて退がるぞ。」
ウーゴらは吸血鬼を伴ってコルカソンヌ内へと避難した。
「コイツをどこか邪魔にならない場所へ置いておけ。」
エウジェーニオは郎等に命令して吸血鬼を前線から遠ざけた。
「お嬢ちゃんがやるぞ。」
歩廊を眺めていたウーゴが知らせた。
バチルダは魔法式を展開している。
空中に展開した何十もの魔法式が発した。
【コルカソンヌ 付近 上空】
空中を移動していたランドロフは先程戦った土製大蛇が再び現れたのを確認していた。
今はその大蛇の上を魔族の群れが駆けているのも視認している。
そしてそれらへ直ぐに対処する必要がないのも分かっていた。
バチルダが発動した魔法ー流星群ーが魔族達を襲う。
光の雨が魔族達を次々と消し去っていった。
光は魔族達が出てきた穴へと注がれる。
原野の至る所で爆発が起きた。
ランドロフが見渡せる限りの場所で爆発が起こらなかった場所は無かった。
爆発が意味するのは地下空間の繋がりである。
「どこまで奴らは蔓延っていたんだ…。」
ランドロフの想定外なことに、爆発はコルカソンヌ市内でも起きた。
【コルカソンヌ 二区 シウバ本邸】
爆発炎上しているシウバ本邸から複数の魔族が飛び出した。
近くにいた郎党達が魔族と交戦するも、鎧に歯が立たない。
「なんだコイツらは!?」
近くの拠点にいたカテリーナ達が駆けつけた時には白い鎧に身を包んだ魔族5体がシウバの郎党を無力化していた。
「下がってください!!」
エヴァノラが魔族へ向かって火炎放射を食らわすも、1体の魔族が盾で防ぐ。
盾で攻撃を防いだ魔族の後ろから蟷螂のような魔族がエヴァノラへ斬りかかった。
障壁を張るも鎌型の手はそれを貫いた。
辛うじてエヴァノラの額で鎌は止まった。
「下手に動くな、お嬢ちゃん。」
自邸が燃えていると報告を受けたウーゴが駆けつけた。
既にウーゴは抜刀しており、魔族に向かって斬り込む。
エヴァノラの障壁諸共ウーゴは魔族を真っ二つに斬り捨てた。
「魔族が地下空間を移動していると聞いて、もしやとは思ったが…。」
目の前にそびえ立つ像顔の魔族を見ながらウーゴはボヤく。
「某の屋敷を穢しておいてタダで済むと思うなよ。」
この魔族を除いた残りの3体は獲物を求めてもう行ってしまった。
この1体をカテリーナ達に押し付けて追跡したかったが、この場にいる者で魔族に対処できるのはウーゴだけだった。
「手早く済ませたいんでね、君の見せ場はないよ。」
ウーゴは魔族の腹へ刀をねじ込み、そのまま上へ斬り裂いた。
声を上げる暇もなく魔族は肉塊となる。
「さすが無限斬だ。」
上空で爆発を発見したランドロフがやってきた。
「ちょうど良かった。
人出が足りなかったところだ。」
「散らばった魔族3体は協会の魔導師達が補足している。
直ぐに戦闘が始まるだろう。」
ウーゴが頼むよりも先にランドロフは手を打っていた。
「やはり死徒化には意味があったか。」
ランドロフはシウバ本邸に幽閉されていた禁教徒が死徒化した理由を考えた。
「こうなることを予想していたんだ。」
「何らかの手段で刻印を無力化して市内に侵入する算段だったと?」
カテリーナがランドロフへ尋ねる。
「貴女は…。
あぁ、帝国のお姫様か。
その通りだ。
結果的にバチルダの魔法で屋敷ごと吹き飛ばしたからな。」
ランドロフは炎上する屋敷を指差した。
炎の中からは次の魔族の波が押し寄せている。
「正門はバチルダとネヴェスに任せておけば良い。
我々はあれを駆逐するぞ。」
ウーゴは湧き出てきた魔族を斬りに向かった。
ランドロフも足を屋敷へと向ける。
「妾はどうすれば良い?」
カテリーナの一行では魔族に対抗できない今、彼女達にできることは限られていた。
「そう言えば、来る途中に所属不明の武装勢力を見たな。
あのまま真っ直ぐにここへ向かっていれば間も無く着くんじゃないか。
貴女達はそいつらの対応を頼む。
盗賊共なら厄介極まりない。」
ランドロフはカテリーナに雑用を押し付けて魔族狩りに向かった。
「どうしますか、殿下?」
フィアンツがカテリーナの様子を伺う。
「どうすると言ってもなぁ…。
大君の護衛は衞君士が行なっているし、奴らとの戦闘は協会と幕下が行なっているからなぁ…。」
気が進まないが、カテリーナは自分ができることをやろうと決めた。
「それでは盗賊退治に行くとするか…。
…、それで、どこに向かえば良いんだ?」
そもそも行くべき方向が分からないのと、戦闘が各所で起こっている中で安全に進む方法が分からなかった。
「帝国皇女カテリーナ・ルマエル・ゲルト殿下ですね?
私は協会の偵察隊員です。
非常事態ですので単刀直入に申し上げます。
殿下の護衛係だという騎士団が北門に見えております。
ご案内致しますのが、市内は戦場と化しておりますので私の後を離れないでください。」
姿を現した黒装束の男はカテリーナ達を北門まで案内した。
途中、戦火の中を潜りながら走って20分程で目的地に到着する。
「北門開けます。」
衞君士がゆっくりと門を開ける。
協会の魔導師は魔法の発動態勢を取って様子を見守る。
開いた門の隙間から見たことのある顔が覗いた。
「殿下!!!
ご無事ですか!?」
騎士団とは思えない風体の男がカテリーナへ駆け寄る。
彼女も男のことは知っているので止めはしない。
「オーエック!!
其方こそ何をしておるのだ!?」
「皇帝陛下より殿下と大君の護衛を仰せつかっております。」
オーエックは敬礼で答えた。
この男は最低限のマナーは守れるようである。
「状況が分かっていないようだな。
街は既に戦場だ。
妾と大君の身の安全だけで済む問題じゃない!!」
カテリーナはオーエックの肩に手を回して街を見せた。
「と、言われましても…。
我々も陛下の命令で乗り込んで来ちゃったんで帰るに帰れないのですが…。」
「そうだな…。
一先ず城へ行くか。
其方らがいれば警備の足しにはなるだろう。」
こうして近衛騎士団遠征隊は外郭北門より市内入りした。
真反対の外郭正門では初撃を凌いだ魔族とバチルダ、エウジェーニオ、青蛙神が交戦を開始。
シウバ本邸が位置する二区ではランドロフ、ウーゴ、トーレス、ナシメント、ギマラエンスが魔族討伐を行なっていた。
一区と三区は今のところ魔族の侵入は確認されておらず、カテリーナ達は偵察隊員に案内されて大君のいるシオン城へ歩みを進めた。




