第51話〜激突〜
【シャウラッド マルダン】
シャウラッドで一番の繁華街では、既に吸血鬼と死徒のことは忘れられていた。
この街は過去でも未来でもなく今を生きているのだ。
昨日何があったか、明日何が起こるのか?
そんなことはどうでも良かった。
今日の1日1日を愉しく生きられれば良いのだ。
夜の帳が降り、今日も蝶が舞い始める。
夜の蝶に誘われて人々が娯楽街へと足を踏み入れる。
住民、旅人、非番の協会魔導師。
街の外へ出られない今は特に足を運ぶ人が多くなっていた。
「ここを狙ってくださいと言っているみたいなものだな。」
トーレスは娯楽街の入り口から通りを眺めている。
「業務停止命令なんて馬鹿げていますよ。」
部下のコーベットが不満を口にする。
吸血鬼騒動の後、トーレスはフェムカの言葉を聞き入れて城代へ娯楽街の調査を要請した。
どうやって吸血鬼が市内に侵入したのか?
未だに彼らには経路が掴めていなかった。
このままでは再発すると考えていたトーレスは調査の必要性を城代に訴えたが、返事は彼らを拒絶するものだった。
『そんなことをしては暴動が起きる!!』
市内にいる人々が鬱憤を晴らしているのは間違いなく娯楽街なのだ。
そこを協会の言う通りに封鎖などしたら禁教徒のように人々が暴動を起こすと城代は考えた。
荒れて入り組んだ娯楽街全てを円滑に調査するには全面封鎖が望ましかったが、このままでは調査そのものが危ぶまれたため、トーレスは妥協を余儀なくされた。
妥協案として、娯楽街を数区域に分けて順に調査する案をトーレスは提示した。
それならばと城代も調査を許可し、現地で目当ての店が調査区域に入っていた客からの抗議を受けつつも魔導師は調査を行なっていた。
しかし、そこへ業務停止命令が通達された。
仕方なくトーレスは調査を中断し、今は警戒という名で暇を持て余していた。
「主席は何を考えているのでしょうか?」
「知らんよ。
大君は難しい人と聞く。
向こうは向こうで何かあったんだろ。」
トーレスは城へ戻ろうと向きを変えた。
「どうした?」
目の前にはコーベットの他に偵察隊員がいた。
「正門へお急ぎください。
ナシメント団長とギマラエンス総隊長が見えています。」
「どういうことだ?」
「理由は伺っておりません。
団長をお呼びしろと。
2人とも憔悴している様子でした。」
彼らがこの街にいること自体が何か問題が生じている証拠なのに、2人が憔悴しきっているという。
トーレスは直ぐに魔法を発動して跳躍した。
空気塊を作って空中での足場にする。
「何事ですかね?」
同じように滞空するコーベットが尋ねる。
「分からんが大事だ。」
トーレスは足場を蹴って一直線に正門へと向かった。
他の2人も同じようにする。
魔法で加速しているため、3人はあっという間に正門へ到着した。
正門上の歩廊へ着地したトーレスは門の外に見慣れた顔を見る。
「何があった?」
「良かった。
アンタらはまだ無事だね。」
ナシメントは安堵の表情を浮かべた。
彼女達の服はボロボロだった。
「第二派遣団は壊滅した。
ゲッティゲンの制圧作戦は失敗だ。」
衝撃の言葉にトーレスは歩廊から飛び降りてナシメントの目の前に詰め寄った。
「どういうことだ!?
何があった!?」
「登極前の王位格の吸血鬼に襲撃されて派遣団の大半が死徒化、我々はサビキア王国の魔導師達に助けられて脱出した。」
「登極前の王位格だと…。」
トーレスはその言葉に聞き覚えがあった。
この街の城代の執務室へ無断侵入した不届き者の顔が浮かんだ。
「そのサビキアの魔導師はフェムカ・デヨングと言ったか?」
トーレスの言葉にナシメントとギマラエンスは驚いた様子だった。
「知っているのかい?」
「ああ。
奴はこの街に来た。
吸血鬼が現れると言ってな。
頭のおかしい奴かと思ったが、本当に吸血鬼が現れた。」
「その吸血鬼は!?
街の被害は!?」
興奮状態のギマラエンスをナシメントが手で制し、トーレスの言葉を待つ。
「吸血鬼はデヨングが追っ払った。
死徒化したのは鎮圧中の禁教徒だけで我々が駆除した。
他に人的被害は無い。」
「ゲッティゲンで会った時から普通の魔導師ではないと思ったけど、やるねぇ。」
「生存者はこれだけか?」
ギマラエンスが首を横に振って答えた。
「他にもいる。
残りはコルカソンヌへと護送中だ。」
「街は放置したままか?」
「いいや。
デヨング達の力を借りて焼却した。」
トーレスは一先ず安心した。
「見た所、城壁に魔導刻印は施されているようだね。
後付けかい?」
「違う。
我々が到着した時に主席からの命令で刻印した。」
「それじゃあ吸血鬼の侵入経路は把握しているのかい?」
「まだだ。
主席より業務停止命令が通達されて我々は動けない。」
トーレスの言葉にナシメントは困惑を示した。
「アルシャンドルは何をやっているんだい。
城代に言って直ぐに応援を寄越してもらって。」
「無茶を言われては困る。
城代は何が何でも我々の言う事には耳を貸さない。」
「じゃあアタシが城代に直接話してやる。」
ナシメントは城門へ近づく。
「待て!!
責任は誰が取るんだ!?
勝手なことをされては困る!!」
トーレスはナシメントの行く手を塞いだ。
「責任なんてアタシが取ってやるよ。
そこを退きな、臆病者。」
悔しかったがトーレスは反論できなかった。
それどころか、彼女が責任を取ると言ったことに少し安心してさえいた。
【マルダン ソンボール城 城代執務室】
「協会は花君より業務停止命令を受けているだろう!!」
ナシメントの主張に対する城代の返事がこれだ。
「言わせてもらうけどね、アンタの主人は大馬鹿者だよ。
アタシはこの目でゲッティゲンがどうなったか見て来た。
死徒がそこら中に蔓延り、地獄のような光景だ。
言うことを聞かないとここも地獄と化すよ。
アタシはそんなの御免だね。」
「貴様、花君を侮辱する気か!?」
「そんな気は無いよ。
人命を守りたいだけだ。
調査をさせるか、手遅れになった時のために応援を呼ぶか、住民をこの城に避難させるかしなさい。」
ナシメントには引く気がこれっぽっちも感じられなかった。
「どれも断る!!
住民を花君の城へいれるだと?
もってのほかだ!!
そもそも吸血鬼など一言も聞いていなかったぞ!!
貴様らのデタラメ話を信じて行動してみろ、責任は貴様だけの問題じゃないんだ!!」
城代は握り拳を机に叩きつけた。
結局、城代の思考もトーレスと同じ場所に行き着くのである。
「下らない責任論なんて止めておくれ!!
言うことを聞かないとアンタを灰も残らないように焼き尽くすよ!!!」
「貴様、今言ったことを絶対に忘れるなよ!!!!!!」
城代はナシメントを指差した。
顔には青筋が立っている。
「ああ忘れないよ。
今直ぐに焼き尽く…。」
「失礼します!!」
執務室に偵察隊員が現れた。
「商業区にて吸血鬼が出現。
犠牲者多数。
死徒化も確認されています。」
ギマラエンスは本棚を蹴り飛ばした。
トーレスはその場で俯く。
「何だと…。」
城代の手は震えている。
「休む暇もないねぇ。
出るよ。」
ナシメントはギマラエンスとトーレスに言った。
「直ぐに応援を呼んどくれ。
居住区と行政区の城門を急いで封鎖、そこを防衛戦にするよ。
居住区と行政区の人間はこの城へ避難させるんだ。
何としても被害を商業区だけに抑えるよ。」
【マルダン 商業区 歓楽街】
現場にいた魔導師もいつどこで死徒化が発生したのかは分からなかった。
事態に気がついた時には混乱の中にいた。
後ろでも前でも死徒が人々を襲っていた。
魔法を発動して襲われている者共々火あぶりにするが、追いつかない。
現場にいた他の協会の魔導師や旅人も自衛を試みている様子が見える。
「彼はどこだい?」
真後ろから声がした。
振り返ろうにも体が動かない。
「彼とは決着がついていないんだ。」
誰かが耳元で囁く。
周囲では爆発的に増えた死徒に囲まれ、最期を覚悟した魔導師や旅人の姿が見えた。
自分も逃げ出したいのに逃げられない。
「ここが彼と出会った場所なんだ。」
自分以外周囲に生存者はいなくなった。
だが、死徒は自分以外の獲物を求めて彷徨っていた。
「何か大きなものを感じたから来てみたけど、彼じゃなかった。」
魔導師の首に鋭い痛みが走った。
「これで君も僕の一部だ。」
後ろにいた者の正体が分かったところで、魔導師の意識は消えた。
【シャウラッド コルカソンヌ シオン城 日出蘭の間】
本日最後の書類に目を通していた大君の元に火急の報せが入ってきたのはついさっきだ。
仮眠中のカテリーナも叩き起こされた。
「アルシャンドル氏が到着されました。」
ポンテスが告げるとアルシャンドルが姿を現した。
「ご存知だと思いますので省きますが、マルダンに増援を送るべきです。」
彼は単刀直入に言った。
「なぜ吸血鬼が市内に入り込めた?」
アルシャンドルの進言を無視し大君が質問する。
「シウバ本邸にいる死徒で私の仮説が証明されました。
吸血鬼は結界が作用していない地下から出入りしています。
あの街の歓楽街にならいくらでも地下空間はあるでしょう。」
「この街は安全か?」
「ええ。
吸血鬼が入り込む余地はありません。」
カテリーナは考え込む大君の顔を見た。
「こちらに協会の増援が向かっているのは知っているな?」
「勿論です。」
大君の問いに即答するアルシャンドル。
「その者達をマルダンへ送る。」
「全員を送る必要はありませんよ。
そうですねぇ…。
ランドロフ・モスタファー氏と特殊戦闘課の数名を送れば十分かと。」
「理由を聞かせろ。」
「派遣されてくる超級魔導師2名はそれぞれ集団戦に秀でた者と対人戦に秀でた者です。
はっきり言って死徒は普通の魔導師でも倒せますので集団戦に秀でたバチルダ・モックリッジ氏の出番はないでしょう。
問題は吸血鬼です。
これが原因で被害が拡大しているのです。
私が把握する限り、吸血鬼は1体しか確認されておりませんので、対人戦において協会内で頭2つ抜き出ている猛者であるモスタファー氏が適任かと思われます。
彼の補助に特殊戦闘課、死徒や吸血鬼との戦いに秀でた者達を動員すれば鎮圧可能かと。」
「残りはここに置いておくと?」
「そうなりますね。」
「その特殊戦闘課とかいう部隊を全員マルダンに送るんだ。
妾には少なすぎる気がする。」
「仰せのままに。」
彼はワザとらしく恭しく一礼した。
「既に増援は国内に入っています。
対象部隊だけでもマルダンへ急ぐように伝えます。」
【シャウラッド マルダン 居住区】
閉門指示があった時点で、居住区と商業区を隔てる門にはパニックになった民衆が押し寄せていた。
避難民の最後尾と死徒の最前は同じだった。
少しでも速度を緩めようものなら死徒の餌食になる。
「そろそろ切るぞ。」
閉門作業にあたっていたコーベットは魔法式を展開した。
避難民全員を通していたら閉門前に死徒が到達するからだ。
魔法が発動し、門への道の一部が避難民達に向かって突出した。
魔法に巻き込まれた者は土に体を串刺しにされ、巻き込まれなかった者は死徒の餌食となった。
「閉めるんだ。」
コーベットの指示で居住区と商業区を隔てる門は封鎖された。
【マルダン 行政区】
商業区からだと居住区の方が近い所為か、行政区の門はやってきた避難民全員を通すことができた。
「閉めてちょうだい。」
行政区の門を担当するヘスチアは部下に指示した。
閉じた門に魔導師が魔法と刻印を施して強度を上げる。
「正門の確保も完了しました。」
マルダンで唯一2つの門を有する行政区を担当している部隊は両方の警備で大変だった。
いざという時にはサンボール城の避難民を正門から市外へ逃がさなければならないため、彼女達は正門の守護も疎かにするわけにはいかない。
「ナシメント団長がお見えになりました。」
そのような状況で“炎装家”が彼女の支援に来てくれたのは喜ばしいことだった。
「門の強度は上げたね。」
「はい。」
挨拶も無しにナシメントは進捗状況を聞いてきた。
ヘスチアも悪い気はしない。
今は非常事態なのだ。
「この区域の人員のほとんどをここへ回す。
4番隊から8番隊をここへ。」
「直ちに。」
ヘスチアはナシメントの指示を各隊長に伝達する。
「全隊直ぐにやって来ます。」
「お嬢ちゃん、名前と階級は?」
門の上の歩廊へ登りながらナシメントが聞いた。
「ヘスチア・プルウェット4番隊長であります。」
ヘスチアは右手を左胸に当てた基本敬礼で答える。
「フェリシダーデ・ナシメント第2派遣団長だ。
良しなに。」
歩廊に着いたナシメントはヘスチアへ手を差し出す。
「こちらこそナシメント団長と戦えて光栄であります。」
差し出された手を握り返した。
「挨拶はこの辺で良いね。
…、やはり主戦場は向こうか。」
居住区方面の空に様々な色の光が確認できる。
魔法を撃ち出している証拠だ。
「良いかい、視界に死徒が入ったら直ぐに消し去るんだ。
1匹だろうと門に近づけちゃダメだよ。」
「分かりました。」
「アタシはこの門が突破された時のために障害物を探してくるからここの役割は任せたよ。」
そう言ってナシメントは門の下に集まった他の隊員の元へ向かった。
【マルダン 居住区】
ナシメントの予想通り、主戦場は居住区方面の門だった。
「効かなくても良いから撃ち続けるんだ!!
攻撃の隙を与えるな!!」
歩廊の上でコーベットが怒鳴る。
魔導師達は歩廊、建物の上から無差別的に道路へ魔法を放っていった。
「城内の避難民を市外へ出すべきです。」
門の様子を見ていたトーレスへギマラエンスが具申する。
「経験者が言うんなら間違いないか…。
コール、お前ら3番隊は行政官とともに城内の避難民を正門から市外へ脱出させるんだ。
9、10番隊に彼らの護衛を任せて応援を引き連れて戻って来い。」
「承知致しました。」
コールは自分の隊を率いてソンボール城へと向かった。
「私は歩廊で吸血鬼の足止めを行う。
門が突破された時は頼んだぞ。」
ギマラエンスは首肯した。
【マルダン 正門】
「何だあの集団は?」
アルシャンドルから連絡を受けてマルダンへ急行したランドロフ達が見たのは正門から脱出した避難民達だった。
「おいお前、中の状況は?」
手近の魔導師を捕まえて尋ねる。
「理、理事長殿!!」
魔導師は敬礼姿勢になって答えた。
「死徒と吸血鬼は商業区に隔離しています。
行政官含め生存者は全員脱出完了しました。
現在はトーレス団長が居住区にて吸血鬼の足止めを行なっています。」
魔導師の目はランドロフではなく宙を見ていた。
無論、それを咎めたりはしない。
その時間は無駄だ。
「ご苦労。」
ランドロフは魔法で跳躍した。
上空から自分の目で戦況を把握する。
先の若者の言う通り、居住区にて量的に激しい魔法攻撃が行われていた。
「私は吸血鬼を仕留める。
お前達は死徒を駆除するんだ。」
ランドロフの指示を受けて特殊戦闘課の魔導師達は商業区へと降り立った。
彼は戦場へ赴く前に行政区へと着地する。
「この場の責任者は誰だ?」
ランドロフが魔法で拡声する。
「アタシだよ、理事長殿。」
もっと若僧を想像していただけに、意外な人物が名乗り出たことにランドロフは少々驚いた。
「ナシメント女史。
ご無事でしたか?」
「協会から見捨てられたがアタシは奇跡的に生きてるよ。」
彼女の目は冗談を言っているそれではなかった。
「申し訳ない。」
ランドロフは頭を下げた。
彼女は自分が頭を下げるだけの人物だとランドロフは考えていた。
「これ以上の謝罪は無い。」
だが、それ以上に下手に出る必要も感じなかった。
ナシメントも彼の性格を理解しているので謝罪をしてもらっただけで満足している。
2人の中でこの問題は終わった。
「それで、アンタの来る所はここじゃないよ。」
「商業区には特殊戦闘課の全隊員が入っています。
女史達も避難民と一緒に脱出してください。
直ぐに向こう側の人間も脱出させます。」
ランドロフの言うことに逆らう理由はなかった。
「分かった。
無茶するんじゃないよ。」
「お気遣い感謝する。」
ランドロフは跳躍して戦場へ向かった。
【マルダン 居住区】
トーレス達の魔法攻撃は吸血鬼の足止めには功を奏していた。
だが、それ以上の効果は何もなかった。
「魔力を無駄遣いするな。」
ランドロフは歩廊へ登りながらトーレス達に魔法発動を止めさせた。
「理事長殿。」
トーレスは一礼し、コーベット以下他の魔導師は敬礼した。
「避難民の脱出が完了した。
既に特殊戦闘課が商業区内にいる死徒の駆除を開始している。
お前達も脱出しろ。」
ナシメントとは違い彼は何か言いたげだった。
しかし、ランドロフの脳内でトーレスの返事を聞く事の優先度が下がった。
突然の魔法攻撃だったが、ランドロフは障壁を展開して防ぐ。
強力な雷撃で辺りが昼間のように明るくなった。
一撃だけでは無い。
二撃、三撃と幾重にも雷撃が障壁を貫かんと迫ってきた。
「申し訳ありません。
この場はお任せします。」
トーレスは相手と自分の実力差を痛感した。
戦っても彼は負ける。
そう判断した。
「謝る必要なんて無い。
避難民の保護は頼んだぞ。」
トーレス達は戦闘の邪魔にならないように退避した。
「封域から出た罪は重いぞ。」
ランドロフは歩廊から飛んだ。
コーベットが作った障害物を魔法で破壊する。
これでランドロフと吸血鬼を遮る物は無くなった。
「お手並み拝見だ。」
ランドロフは問答無用で吸血鬼に魔法式を複数展開する。
タイムラグ無しに道路沿いの建物を巻き込んで大爆発が起きた。
ランドロフも自分の身を障壁で守る程の威力だった。
煙の中から魔法式の光が見え、炎の波がランドロフを襲う。
「禁術も使えるのか。」
炎は巨大な獅子へと姿を変えてランドロフの障壁に牙を剥いた。
「術の制御も申し分ないな。」
ランドロフも禁術を発動する。
敵の獅子よりも大きな8本首の八岐大蛇が魔法陣から出現した。
こちらは水だ。
8本の首が獅子を食いちぎらんと一斉に襲いかかる。
獅子も負けじと向かってくる大蛇の首を爪で裂き、牙で穿つも8本首には物量で敵わない。
獅子は忽ち胴体を食い切られた。
「相手は私ですよ。」
吸血鬼は彼の目の前に迫っていた。
吸血鬼はランドロフの障壁へ打撃を一撃お見舞いする。
障壁に亀裂が走った。
ランドロフは障壁を消散させて吸血鬼の打撃を手で受け止める。
魔法で手を強化しているので痛みもダメージも無い。
「魔法の撃ち合いよりもこっちの方が得意だ。」
ランドロフは吸血鬼の腹へ左フックを食らわす。
よろける吸血鬼の顔に右ストレートを叩き込む。
後ろへ飛ばされた吸血鬼は空気塊を作って壁にする。
「今のは効きました。」
吸血鬼はそれを蹴ってランドロフへと突進した。
加えて、迫りながら魔法を発動する。
至近距離での雷撃がランドロフを襲うも、彼は体との接触点に障壁を展開して全て防いだ。
向かってきた吸血鬼に肘鉄を食らわして地面に叩きつけた。
続け様に踏み付けようとしたが、吸血鬼は横に転がって回避する。
そのまま吸血鬼はランドロフの足を払ってバランスを崩させた。
腕の力を利用して吸血鬼はランドロフの腹部に足をねじ込む。
「んんん…。」
蹴りは障壁で防いだのでダメージは無いが、一発入れられた事が不満だった。
体勢を直した吸血鬼から打撃の連打が繰り出される。
全て障壁で受け止めたが、1発1発の重さが障壁を壊すに足りた。
敵の高速打撃と同じ速度で障壁を展開する高難度の技をランドロフはやってのけた。
ランドロフは吸血鬼の顔に魔法式を展開して強烈な光を浴びせた。
「やられっ放しは性に合わん。」
今度はランドロフが高速打撃をお見舞いする。
最初の2発はそのまま相手の腹部に命中した。
3発目から障壁が展開されたが、ランドロフの打撃はそれを突き破った。
トドメにランドロフは右腕を振り下ろすも、吸血鬼の魔法攻撃に対処するためワンテンポ遅れてしまった。
吸血鬼を仕留め損なった右の拳は地面に吸い込まれる。
衝撃で地面は深く窪み、着地点の周囲は勢いよく隆起した。
立ち上がったランドロフを先刻の炎が襲う。
「休ませない野郎だ。」
彼の八岐大蛇も消えていない。
襲いくる炎を水壁が防いだ。
「邪魔な炎だ。」
再び獅子の形に戻った炎を水球が飲み込んだ。
「やってくれたな。」
吸血鬼は八岐大蛇を凍結させ、土の槍が氷像を粉々に砕いた。
「お返しだ。」
吸血鬼は不敵に笑う。
ランドロフは地面にいるのを危険と判断し、空へと飛んだ。
彼は竜巻を作って吸血鬼へとぶつける。
吸血鬼は土でできたドームに篭って身を守った。
ランドロフは複数の竜巻を発生させ、瓦礫を巻き込んで吸血鬼のドームへと竜巻を向けた。
瓦礫による損傷でドームを破壊するには至らなかったが、全ての竜巻が合わさって巨大な1つの竜巻を作り上げた。
凄まじい速さで回転する竜巻の先端がドリルのようにドームに穴を開ける。
市内は暴風に見舞われ、上空の雲色も悪くなってきた。
ランドロフはドームの穴の空いた地点にピンポイントで数発の雷を落とす。
同時に、竜巻が巻き上げた市内の建物を加速させて落下、命中させた。
ドームは崩れ落ち、吸血鬼の姿が露わになる。
即席の隕石を作るための材料は他にも数十発分残されていたが、残りを隕石として使う事はなかった。
吸血鬼が市内の土を集めて天まで届く大蛇を作ったのだ。
ランドロフは雨雲に雨を降らせ、市内の天候が暴風雨に変わる。
街は全体で地盤沈下しており、原型を留めていなかった。
「派手に壊したな。」
「君がそうさせたんだ。」
大蛇の頭部に仁王立ちする吸血鬼はランドロフへ言った。
大蛇が口から土を射出し、ランドロフは竜巻で防ぐ。
ランドロフはそのまま竜巻を大蛇へとぶつけた。
瓦礫と雨とで大蛇の体には傷が付く。
「そんな物を作ってどうするつもりだ?」
ランドロフは空中に置いていた建物を大蛇に向かって衝突させた。
腹部を貫通し、大蛇は横に倒れた。
落下地点へ雷を幾度も落とす。
奴の“気”は感じ取っているので外さない。
「終わりだ。」
地形が変形した事で市内に溜まった大量の雨水を用いて再び八岐大蛇を作り出す。
まだ息がある土製大蛇を8つの頭が貫き、引き裂いた。
大蛇を葬った後、八岐大蛇は水球に変化して吸血鬼を内部に閉じ込める。
「楽しませてもらった。」
水球を凍結させようとしたランドロフだったが、水球が突如破裂した。
黒いエネルギー波がランドロフを襲う。
障壁で防ぎつつ、ランドロフは再び八岐大蛇を呼び出した。
8本の首が吸血鬼を捉えようと縦横無尽に動く。
視認はできないが、気を追跡する事で奴の動きは把握できていた。
ランドロフにとって気がかりだったのは奴が放出しているこのエネルギー波だった。
攻撃的で絶えず放出されており、動きもランダム。
ランドロフは障壁を展開し続けねばならない状況にある。
一刻も早く事を終わらせたかったランドロフは吸血鬼捕縛へ神経を集中した。
「良し。」
1つの頭が吸血鬼を捉え、追いかけっこはランドロフに軍配が上がった。
だが、同時に奴の気が増幅した。
反射的に障壁を張ったものの、激しいエネルギー波が彼を襲う。
障壁が砕け散り、ランドロフは飛ばされた。
魔法で落下を止め、相手の姿を探す。
吸血鬼は空中にいた。
「私の邪魔をするな。」
ランドロフを見据え、吸血鬼はゆっくりと言った。
「待て!!」
八岐大蛇が吸血鬼を襲うも、一瞬で霧散した。
「私の邪魔をするな。」
反撃をすることもなく、吸血鬼はその場から消えた。




