第44話〜 一区切り〜
【シャウラッド コルカソンヌ シオン城】
日は既に西へ傾いていた。
オレンジの光が差し込む日出蘭の間で、カテリーナは大君へ事態の悪化を告げていた。
「今、この国を蝕んでいるのは禁教徒ではなく吸血鬼です。」
大君はカテリーナの話をゆっくりと脳内で咀嚼する。
「アルシャンドルを連れて参れ。」
大君はポンテスへ静かに言った。
一礼して部屋を後にするポンテス。
室内にはカテリーナを含めて3人となった。
「シウバ本邸にいたのは本当に死徒なんだな?」
大君はカテリーナへ確認する。
「間違いありません。」
「そうか…。」
大君の声は沈んでいた。
「小官も意見具申宜しいか?」
「どうしたフェリクス?」
コホンと咳払いして発言したのは衞君士総督のフェリクス・アルフテルだ。
「魔導協会は信用なりません。
特にあの男、アルシャンドル氏は事態収拾よりも事態解明に力を入れているように見えます。
我々の身は我々が主体となって守る。
ここは基本に忠実になられては如何でしょうか?」
フェリクスの発言は大君にとって痛いものだった。
「余は基本が出来ていないと?」
大君の声は怒気を含んでいた。
思わずカテリーナが身構えた程だ。
「はい。
小官が見る限り、花君は無意識に魔導協会を頼り過ぎています。」
フェリクスは動じずに返答した。
カテリーナはこの場では何も起こらない事を祈る。
「お前に諫言されるとは余も落ちたものだな。
…、良かろう。
事の真相を尋ねるだけのつもりだったが、アルシャンドルには出しゃ張るなと勧告しようではないか。」
「それが良いかと存じます。」
フェリクスは頭を下げて一歩後退する。
「ふむ。
帝国は魔導協会より信用できそうだな。」
大君がカテリーナを見遣る。
「フェリクスの言う通り、自分達で防衛を賄えれば問題は無い。
だが、それが出来ないから魔導協会の介入を許したと言っても差し支えないのでな。
悪いがネヴェスの手助けを頼みたい。
彼奴らが施した結界に穴があったのであれば、我々に吸血鬼と一戦交える能力は無いに等しい。
…、働きによっては皇帝が望む同盟とやらを結んでやっても良いぞ。」
カテリーナは即座に反応した。
「分かった。
最善を尽くそう。」
「アルシャンドル氏を連れて参りました。」
ポンテスの声が聞こえた。
「通せ。」
大君が答える。
アルシャンドルは相変わらず仮面に青い背広姿だった。
「ご機嫌麗しゅう。
何か御用ですかな?」
アルシャンドルは首を傾げてみせる。
「我が国で起こっている騒ぎについて、事実と協会から伝えられる内容が食い違っているのだよ。
事の真相をお教え願いたい。」
フェリクスが要件を告げた。
「あぁ、その事ですか…。
宜しければ、そちらが知る真相を先に教えていただきたいのですが?」
声の調子が下がったが、仮面の所為で表情は窺い知れない。
「我が国で起きているのは禁教徒の暴動ではなく、吸血鬼の襲撃による市民の死徒化だ。」
引き続きフェリクスが言う。
アルシャンドルは真っ直ぐ前を向いたまま黙った。
「…、ふーーうぅ。
そうですかぁ…。
いやはや、しかしまぁ…。
なんと言うか、驚きです。」
そう言うとアルシャンドルの肩が上下に振れ始めた。
「何が可笑しい?」
フェリクスが口調は鋭さを帯びた。
「いやー、失礼。
貴国に対する情報統制は完璧だった筈なんですけどねぇ…。
どこで漏れましたか?」
アルシャンドルの口調には真剣味が感じられず、こちらを小馬鹿にしているような態度だった。
「情報が得られたのは外交努力の成果だ。
協会員から我々には漏れていない。
…、その情報が真であると判断したのは、この街にも死徒が出現したからだ。」
大君が口を開いた。
「やはり地下からも入れるのかぁ…。
その死徒はきちんと檻に閉じ込めたままですね?」
「やはり?」
カテリーナがアルシャンドルの語を遮る。
「ええ、そうです。
私の推測通りという意味です。
王位格の吸血鬼との接触は初めてですからね。
資料集めをしておかないと有効な措置を講じることは出来ませんから。」
「貴様の事情は知った事ではないが、この際、一切を水に流そう。」
「ありがたき お言葉です。」
「調子に乗るな。」
大君が言い放つ。
「余が水に流すのは貴様の不遜で無礼な態度だけでは無い。
魔導協会との関わりも流しさろうと思うておる。」
「…、ほぉ。
それでどうする?
事態を掌握できるのか?」
アルシャンドルの声が一段と低くなった。
「抜かせ!!
資料集めが優先の協会に人命を託す程、余も耄碌しておらんわ!!」
大君の声が広間に響いた。
「直ちに活動を停止せよ。
さすれば駐留は認めてやる。
従わなければ拘束する。」
アルシャンドルは腕を組んで考えるような仕草をする。
「分かりました。
直ぐに全ての活動を停止しましょう。
状況の推移を監視・記録するため、この街とマルダンには人員を駐留させます。
それと、私は責任者としてこの件を理事会へと報告しなければなりません。
宜しいですね?」
「構わん。
好きにしろ。」
「それでは。
ご機嫌よう。」
アルシャンドルは一礼して退室した。
【シャウラッド マルダン郊外】
「逮捕か…。
容疑は何だね?」
トマスは目の前の男に尋ねる。
声には厭わしさが滲み出ていた。
「貴様程の人間が無許可で出国した事。
その行き先が入国禁止指定された国である事。
この2点だけでも越境管理法違反だ。
おまけに目的は敵国の関係者との商談だと?
立派な国家背反罪だ。
所定の事務を経ても死刑は免れんぞ。」
フェムカは右手に魔法式を展開している。
「国家背反だと?
…、面白い。」
トマスは高らかに笑った。
「気に入ったよ。
どこへでも行こう。
さぁ、連れて行きたまえ。
マティアス、君も一緒だが悪く思うなよ。」
トマスは隣のスキンヘッド男を見る。
「暇つぶしにはなるかしらね…?」
「貴様は一生独房ぐらしだ。」
そう言うとフェムカは展開していた魔法式を起動する。
2人の罪人の意識が刈り取られる。
「運べ。」
フェムカは姿を現した部下に命令した。
【シャウラッド ゲッティゲン】
時は夕暮れ。
雲1つない夕焼け空がシュノンス城を真っ赤に染めている。
城だけではない。
街全体が夕焼けによって赤く照らされていた。
噴水、建物、道。
だが、市内は夕焼け以外の要因でも赤く染まっていた。
「ハァァァァァァァ!!!!!!!!!」
リックは魔法式を同時多面展開する。
全ての魔法式から火球が放たれ、死徒を焼き払っていく。
「急いで!!」
リックは後続の人々を誘導する。
「驚きだねぇ。
雷だけじゃなくて火も使えるのかい?」
先程からのリックの戦いを見て感心しているのはナシメントだ。
「様々な場面で有効な技として習得していただけです。」
リックはそう言って先に進む。
「死徒だ!!
6体いる!!」
リックよりも後ろで声がした。
「任せな。」
戻ろうとしたリックを制止し、ナシメントが魔法式を展開した。
死徒が出現した通りに巨大な火流が生じる。
道や通り沿いの建物に焦げ跡を残しながら火流は死徒達を灰に帰した。
「遅れるんじゃないよ!!
もう少しの辛抱だ!!」
ナシメントが最後尾の人々を鼓舞する。
「本当にあの坊やは凄いねぇ。」
彼女は後ろに控える部下に声を掛けた。
『お前もアレくらい出来たらなぁ』という意味が込められているのを彼は理解した。
「私だって団長の身を守る事くらいは出来ますよ!!」
「さあ、アタシ達も殿の役目を果たすよ。
付いて来な、ギマラエンス!!」
「はい!!…、っ!!
伏せて!!」
ギマラエンスが魔法を発動する。
身を屈めたナシメントの頭上で死徒が氷漬けになった。
「頭に気をつけてください!!」
ギマラエンスの次の魔法で死徒の氷漬けは砕け散った。
「アタシだったら爆裂させてたね。」
先を行きながらナシメントがコメントする。
勿論、ジョークだ。
そうこうしている内に脱出隊の先頭は城門に迫っていた。
「奴だ!!
奴が戻ってきた!!」
城門を防衛していた魔導師達がリックの姿を見て歓喜に沸く。
防衛線の周囲にいた死徒をリックが焼き去り、市民を市外へと誘導する。
「これで最後だ。
1人の犠牲も無く、脱出成功だ。」
最後に城門に辿り着いたナシメントがリックの活躍を賞賛した。
「しかしだ…。」
ナシメントは後ろを振り返る。
視界の中に死徒は確認できないものの、全滅はしていない。
吐き気がするほど不気味な雰囲気が街を覆っていた。
「残った死徒はどうしようかね。」
ナシメントが独り言とも、質問ともつかない声量で呟いた。
「まずは協会に連絡して応援を寄越してもらいましょう。
ここを封鎖するにしても破壊するにしても我々だけでは不可能です。」
ギマラエンスがナシメントに進言する。
「そうだね。
…、それじゃあ、応援が来るまで死ねないね。」
「僕もお付き合いしますよ。」
リックはナシメントの隣に陣取った。
「避難民は一刻も早くコルカソンヌへと向かわせなければならない。
彼らの護衛のことを考えると、ここに残せるのは数人といないからね。
悪いけど力を借りるよ。」
ナシメントは瓦礫で作られた防衛線に腰掛けた。
「ちょいと休憩させてもらうよ。
あの吸血鬼のが尾を引いてるね…。」
彼女の顔には疲労感が滲み出ていた。
彼女の年齢を考えれば今までの動きが不思議なくらいだ。
「応援が来るまで休んでいてくださって大丈夫ですよ。」
リックは彼女への気遣いの気持ちを表した。
「全く…。
お前も学ぶことが多いね。」
「ハハハ…、勉強します。」
束の間、3人の緊張が解れた。
【イェンシダス ヴェンデルピッツェ山】
「あー、疲れたぁ…。」
龍郎は岩の上に勢い良く腰掛けた。
セシルも龍郎の隣に腰掛ける。
「お疲れ様でした。
予定通り進めて良かったですね。」
「これくらいなら何とか…。
でも、明日からはもっとキツいんですよね…?」
龍郎はセシルの横顔を見る。
セシルも龍郎の目を見返す。
「そうですね。
道も険しくなりますし…。
荷物が重かったら私も持ちますから言ってくださいね。」
「え、あ、はい。
あ、いえ、大丈夫です。
これくらいの荷物なら持てますよ。
ありがとうございます…。」
龍郎の顔は真っ赤だった。
「エドさん達は仕事が早いですね。」
龍郎は強引に話題転換を図る。
エド達の野営自宅は20分と要せずに終わりつつあった。
「作業分担がきちんと行われてますもんね。
…、良い匂いです。
あのズリグリーベアのお肉ですかね?」
セシルの指差した先には夕飯の準備をしているアレッタがいた。
夕飯と言っても簡単な野菜スープとパンとあの熊の肉だが…。
「いい匂いですね。」
野営地を覆う防御結界を展開しに行ったエドが戻ってきた。
彼の後ろにはティモンも一緒だ。
「こっちも終わったぞ。」
天幕の設営を行なっていたサンデルとロブレヒトも作業を終えて合流する。
「アレッタ、飯はまだか?」
サンデルが火の前にいる彼女へ催促する。
「できてるよ!!
ったく、大人なんだから忍耐力を持ちなさい!!」
アレッタは各人へとスープの入った器を渡しながら言う。
「ティモン、肉を切り分けてくれ。」
「はいよ。」
アレッタに頼まれたティモンは腰に差した刃渡り15cm程のナイフで肉を切っていく。
「ほれ。」
「ありがとうございます。」
切った肉を受け取って元の岩に龍郎は腰掛ける。
最後にエドがパンを配って夕食の配膳が完了した。
「明日は今日よりも険しい山道が予想される。
各自しっかりと体力を回復しておくように。
それでは、いただくとしよう。」
龍郎達にも、しばしの安らぎの時間が訪れた。
前話から時間が空いてしまいました。
“コンスタントに投稿”を目標にしていましたが、やはり難しそうです。
2〜3ヶ月に1話投稿できたら良い方だと割り切っておりますので、皆様もどうかお付き合いお願いします。
「登場人物のプロフ等、作品を楽しむために必要な補足事項一覧(データ集)が欲しい。」とのお声がありましたらアップしますので遠慮なく申しつけください。




