第40話〜任務開始〜
【シャウラッド コルカソンヌ シオン城 殿中席】
カテリーナが殿中席へ戻ると、先程の衞君士が待ち構えていた。
「アルシャンドル氏は急用が入り席を外した。」
先程も大君の口から出てきた人名だ。
誰の事なんだ?
カテリーナは答えを衞君士に求めた。
「アルシャンドル氏とは誰の事だ?」
カテリーナの問いに衞君士は何を今更といった顔をしている。
「誰の事だ、と言うのは面白いな。」
事実、似たような言葉を口に出した。
「仮面の男だ。」
あの男はアルシャンドルと言うのか…。
カテリーナは彼の名前を記憶した。
「奴は名乗っていなかった。」
カテリーナは彼の名前を知らなかった理由を明かす。
「あの男なら不思議ではないな。」
衞君士は合点がいったようだ。
だが、自らの顎を撫でて何やら考え事をするような素振りを見せた後、
「…、そう言えば、私も名乗っていなかったな。
私はジョゼ・ポンテスだ。
衞君士次督を務めている。」
ポンテスは自己紹介した。
「カテリーナ・ゲルト。
帝国薔薇騎士団団長を務めている。」
彼女も武官としての身分で自己紹介をした。
それがポンテスには好印象だった。
「伝える事は伝えた。
これで失礼させてもらう。」
ピっと頭を下げ、ポンテスは殿中席を後にした。
「出口はあちらです。」
別の衞君士に退出を促され、カテリーナも自室へと戻っていった。
【シャウラッド ゲッティゲン 市外】
同日午前。
現地に到着した時、彼の視界に入ってきた光景は想像していた物とは違っていた。
「この数時間に何があったんだ…!?」
確かなルートから最後に現地情勢について報告を受けたのが数時間前の深夜。
その報告によるとパロマノーヴァは全滅だが、ゲッティゲンは魔導協会の管理下に置かれつつあった筈だ。
しかし、視界の先、外郭城壁の向こうからは黒煙が何本も確認出来る。
ゲッティゲンの周囲には魔導協会の物とみられる天幕が幾つも設置されていたが、中には誰もいなかった。
「制圧したんじゃないのか…?」
状況に違和感を覚え、周囲を警戒しながら天幕の合間を進む。
外郭城壁まで数m程進むも、やはりどの天幕にも人影は無い。
彼は誰にも出くわさず外郭の北部城門へと辿り着いた。
城門には幾重にも結界が貼られており、開けるのは不可能だと確信した。
「そう言う事か…。」
市外北部が無人の理由を彼なりに解釈する。
と同時に、東西の城門も同じような状態だろうと判断した。
「正門か…。」
彼が受けた報告だと、魔導協会の部隊は外郭正門から避難民を脱出させようとしていた。
だからこそ彼は正反対の北部へ向かったのだ。
可能な限り人目につかずに現地の状況を確認、隠蔽の危険がある事象の把握、同物質の確保。
ただし、現地情勢の急激な変化により止むを得ない場合は他者との接触を禁じない。
これが彼―リック―への指示だった。
情報通りに正門で何らかの作戦行動があったのなら何か証拠があるかもしれない。
彼は現地情勢の急激な変化を確認し、生存者の保護も決めていた。
外郭城壁を飛び越えて市内入りする事も可能だが、リックは正門へと急いだ。
「やはりか…。」
彼の推測は当たっていた。
正門は崩れ去り、そこで何か“事”があったと示していた。
だが、リックは出来事の推理を脇に押しやり、この場で本当に為すべき事を行なった。
「我、大いなる自然の理に干渉す。
干渉されるは日和。
我が身に纏う雷霊に求む。
この青天に霹靂を轟かせよ!!」
詠唱が終わると雲1つ無い空から突如として雷が“降り注いだ”。
魔法はリックの望んだ通りに発動し、雷に打たれ黒焦げになった死徒の山が築かれた。
「大丈夫か!!」
彼は瓦礫をバリケードにして死徒と戦っていた魔導師達の元へと駆け寄る。
「君達は協会の魔導師だな?」
リックは肩を掴んで聞く。
「そうだ…。」
男は力無く肯定した。
「何があったんだ?」
しばしの沈黙の後、男はポツポツと語り出した。
「…、俺は…、外郭正門の防衛をしていた。
…、パロマノーヴァの部隊が全滅したと報せが入って…、ナシメント団長が市民の市外脱出を急がせた。
…、だが、そのための経路の確保がまだだった。
…、一刻も早く市民を脱出させるため…、団長が直々に戦線に出て…、経路の確保は完了した。
…、シュノンス城にいた市民が正門へ移動していた時だった…。
…、“アイツ”が…、アイツが現れた!!」
そこまで言うと男は頭を抱えて震え出した。
「落ち着け!!
アイツって誰だ!?」
この問いは彼にだけ宛てたものでは無い。
その場にいた全員への質問である。
「吸血鬼だ。」
別の魔導師が端的に答えた。
「発生源か?」
死徒とは吸血鬼に噛まれた人間の果てである。
つまり、死徒が出現したという事は吸血鬼が出現したという事だった。
リックが言っているのは『今回の事件を引き起こした吸血鬼か?』という意味である。
「断定は出来ない。
だが、恐らくそうだ。」
「吸血鬼は1体か?」
「そうだが奴は普通の階位ではなかった!!」
「推定で構わない。
奴の階位は?」
「貴位以上だ。」
「何だと!?」
彼の言う事はリックには理解し難かった。
「貴位以上の吸血鬼が存在しているだと!?
何百年も昔に滅んでいる筈だ!!」
「信じたく無い気持ちも分かる。
だが、本当だ!!
俺はこの目で見た!!
奴はナシメント団長と互角以上に魔法を撃ち合っていた!!」
男は瓦礫の山を指差して捲し立てる。
ナシメント。
リックも彼女の名前は聞いた事がある。
本名は確か、フェリシダーデ・ナシメント。
既に武官としては老体でありながら未だに戦線に出撃し得る実力を持った魔導師だ。
得意とする魔法系統から生まれた二つ名が“炎装家”。
リックにとって意外だったのは彼女が協会に所属している点だ。
彼の記憶では彼女はカイロキシアに雇われていた。
しかし、今はそれを詮索している場合ではない。
「ナシメント女史はどうなった…?」
リックはこの場にいない彼女の安否を尋ねる。
「…、分からない。」
魔導師は首を横に振った。
「戦闘が正門付近から市街地へ移動していった事は覚えている。
だけど後の事は…。
正門付近に残った我々は死徒を撃退するので精一杯だった。」
「生存者は君達だけか?」
リックはその場にいる10人ちょっとの魔導師達を見遣った。
「それも分からない…。
少なくとも団長直隷の部隊は我々しか残っていない。
…、アンタは中へ行くのか?」
「勿論だ。」
リックは即答した。
「ならシュノンス城へ向かうと良い。
市内指揮所を担当していたギマラエンス総隊長は市民を移動させた後に指揮所を城内へ移動させた筈だ。
市内で行動していた各隊も有事の際はシュノンス城へ退避するように厳命されている。」
リックは頷き、街の中へと歩を進めた。
「ここは必ず守り抜く!!
仲間を頼んだぞ!!」
リックは振り返らずに右手を挙げた。




