第38話〜叙爵と任命〜
【サビキア トエリテス付近 草原】
登り始めた太陽が黄緑色の草原に薄明かりを投げ始める。
吹く風は微風でフライトに支障はないだろう。
「セシル導師!!
人員、装備含め、用意はすでに完了しております。」
紺のビロードチュニックと、肩に槍を持った獅子の紋章をあしらったケープに身を包む男が報告した。
槍を持った獅子の紋章がサビキア国内で指し示す物。
それは“特務騎士団”だ。
王のあらゆる頼みを聞き、常に王の要望に応えられるように24時間365日出動態勢を整えている。
だが、彼らは決して秘密組織でも何でもない、言って見れば王の万屋である。
普段から王のお遣いをしている姿を見慣れている国民や貴族達は少なくともそう思っている。
彼ら自身、普段から修練こそ積んでいるが、業務内容が内容なのでモチベーションの維持が大変なのは公然の秘密だ。
「ありがとうございます。
…、タツローは?」
「タツロー殿はまだ戻っておりません!!」
彼―特務騎士団団長エド・デルサール―は右胸に左手を当てたまま答えた。
これは特務騎士団の敬礼姿勢なのだが、セシルは先程から少々困っていた。
「あの、毎回敬礼しなくても構いませんよ…。」
「いえ。
主人に対する礼を失する訳には参りません!!」
「主人って…。」
この仕事―セシル達の護衛―が余程嬉しかったのだろうか、エドの声は上ずっていた。
セシルに言わせると、エドは張り切り過ぎているのだ。
騎士団長たる者、もう少し落ち着いて欲しいものだとセシルは思っていた。
「先に馬車に お乗りになられますか?」
セシルは首を横に振って否定の態度を示した。
「市内の魔導具店を覗こうと思います。」
「では部下を2人付けましょう。」
「あ…、1人で大丈夫ですよ…。」
「いえ。
導師に何かあったら困りますので。」
「分かりました…。」
結局セシルは護衛2人を引き連れて市内へと向かった。
【トエリテス 御用邸 離れ】
「出発前に呼び立てて済まない。」
コーネリウスは座ったまま言葉だけで謝意を伝える。
龍郎は軽く頭を下げてそれに応じる。
「手短に言おう。
現在、其方の身柄は我々の下にある。」
コーネリウスは間を置いた。
「余は其方を枢密院預かりにしようと思う。」
「…、?
それは…、どういう…?」
「そうすれば何かと都合が良い。」
「都合…?」
「枢密院関係者に触れてはならん事は暗黙の了解だからだ。
国民は勿論、コソコソと詮索はするだろうが諸外国の関係者も“直接”其方には触れない。」
「それはスゴイ話ですね…。」
龍郎は乾いた笑いで相槌を返す。
「余の親署と枢員…、枢密院のお偉方の副署が入った官記…、其方の任命書は用意してある。
任命書の下賜は本来なら王宮で行う儀式だが、叙爵式と共に今回は特別にこの場で執り行う。」
「あ、伯爵の…。」
「そうだ。
親任官になるには原則として爵位が必要だからな。
同じく爵記も用意してある。」
そう言うとコーネリウスは立ち上がった。
「タツロー殿はそちらへ。」
フレアーに促されて龍郎もコーネリウスの前に立つ。
コーネリウスはフレアーが持っている盆から紙を取る。
「サビキア王国国王コーネリウス・バルブレア・アーフェルカンプは、
この身が持つ権限を根拠とし、
ニホン国の平民、ヒデノリ・アララギの嫡男、タツロー・アララギに伯号を叙爵する。
これにより与えられた爵号は末代にも受け継がれる事をここに確認し、
この爵記をもって世襲爵号である事の保障とされたし。」
コーネリウスは読み終えた紙を龍郎に差し出す。
龍郎は小中の卒業式で培った作法をフル動員して爵記を受け取る。
「お預かりします。」
もらったばかりの爵記をフレアーが回収する。
龍郎の手が空になると、コーネリウスはもう一枚の紙に手を伸ばした。
「サビキア王国国王コーネリウス・バルブレア・アーフェルカンプは、
この身が持つ権限を根拠とし、
タツロー・アララギ伯爵を“枢密院預かり”に任命する。
また、この親任式をもって其方を親任官と認める。」
龍郎は先程と同じように官記を受け取った。
「両記が破損する事の無いように処理を施した上で出発前に再びお渡しします。」
そう言ってフレアーは官記も回収した。
「それでは馬車へ向かうとするかの。」
3人は御用邸を後にした。
【サビキア トエリテス付近 草原】
朝日は既に辺りを煌々と照らし、時折流れる風は草原の草たちを靡かせる。
大人しく出番を待つ6匹のペガサス達も、草原の風を愉しんでいるように見える。
そんなペガサス達を眺めるセシルの元へエドがやってきた。
「タツロー殿が戻られました!!」
エドは敬礼姿勢で報告する。
「本当ですか!?」
セシルは勢いよく立ち上がった。
「こちらです。」
エドも敬礼姿勢を解いてセシルをエスコートする。
龍郎はコーネリウス、フレアー、井上と共にいた。
「タツロー!!」
セシルは龍郎の名前を呼びながら手を振る。
セシルを視界に収めた龍郎も手を振り返す。
「お待たせして申し訳ありません…。」
「大丈夫です。
私も見たいお店があったので。」
「なら良いんですけど…。」
龍郎は頭を掻きながら苦笑いする。
「それじゃ、行きますね。」
龍郎は後ろにいる大人達に一声かけた。
「何かあったら直ぐに戻ってくるんだ。
良いね?」
「戻ってこれるか分かりませんけどね…。」
「さっきも言ったけど、今はまだ鴻池さんの考えが読めない。
神田総理の路線を踏襲してくれればありがたいが、こっちに関してどんな方針で臨むか未知数だ。
今よりも君に対する援助が減る可能性もある。
こっちも尽力するが、そこは十分考慮しておいてくれ。」
「覚悟はできています。
それと、斎宮さんに会ったら宜しく伝えてくださいね。」
井上は黙って頷いた。
「それじゃ、行ってきます。」
特務騎士団に続き、龍郎はセシルと共に馬車に乗り込んだ。
扉がひとりでに閉まる。
「せいや!!」
馬車引きが鞭打ち、ペガサスが走り出す。
50mと進まないうちに馬車は上昇を始めた。
専門の馬車引きに操られながら、ペガサスは空へと駆け上がる。
その姿を見ながら、コーネリウスがいきなり叫び出す。
「行け、少年!!
その身で世界を見聞するのだ!!
次に見る其方は、成長した心身を御する青年である事を、この老身は期待する!!」
コーネリウスの叫びが彼らに聞こえたかは分からない。
「彼の目に…、彼の目にこの世界はどう映る…?」
コーネリウスは横にいるフレアーの顔を見上げた。
返答しようとしてフレアーもコーネリウスを見る。
彼は膝に手をつき肩で息をしているが、目には力強い光が宿っていた。
「…、私には分かりかねます。」
フレアーの口から出た言葉は、初めに言おうとしていた物とは違った。
だが、彼は自分の行動を誤りだとは思わなかった。
「…、デカいぞ。
各々が思いを馳せる以上に、この世界はデカい!!」
彼の思いが正解だと、コーネリウスの表情と口調が示していた。
「もうあんなに小さくなってしまいました。」
井上が遠くを指差す。
既に馬車は米粒ほどの大きさだった。




