第34話〜事後処理〜
【永田町 総理官邸】
報道各社に緊急記者会見の報がもたらされたのが1時間前。
中は既に満杯だった。
三浦官房長官、辰巳、安藤両大臣他、首相補佐官も席についた。
騒ついていた室内も神田が姿を表すと次第に静かになる。
「本日正午頃に我が国で発生したテロ事件に関する ご説明をさせていただきます。
最初の一報は新港基地へ激励訪問の最中に入って参りました。
内容は“カルナヴァウ・クルーズライン”所有のアメジスト・プリンス号が占拠されたと言うものでした。
政府は速やかに対策本部を設置、事態の収拾を図りました。
直後、乗員乗客を人質に取った犯人グループからの要求を確認。
しかし、テロリストとは交渉しないという従来の方針のもと、我々は別の人質開放の道を探りました。
無念にもその結果、制限区域内での無差別銃乱射事件が発生。
この犯人は現場の警察官が射殺しましたが、残念ながら殉職者、犠牲者が多数出ました。
これを受けて我々は事件の早期解決を目指して国防軍による強行突入を決定。
これと前後し、
要求が満たされなかった事に対する対抗措置として犯人グループは“処刑”と称する残虐的行為に及びました。
政府はこの時、シージャック事件と並行し、陸上の犯人グループ残党の確保も試みておりました。
ですが、捜査の手が迫っている事を察知した犯人グループは非情にも善良な市民を巻き込んで自爆テロを敢行。
ここでも多くの方が犠牲となりました。
一刻も早くテロの脅威を封じ込めるべく、我々は直ちに国防軍を派遣しました。
部隊は速やかに人質を解放し、海上の犯人グループは国防軍の部隊と交戦後、甲板付近で自爆。
この爆発による国防軍の人員及び人質にケガはありませんでした。
同じ頃、捜査員により陸上に潜伏する残党も確保された事で一連のテロ事件は解決しました。
けれど、犯行を許し、あまりにも多くの犠牲者を出してしまいました。
非道なテロの犠牲となった方々、そしてそのご遺族の方には心からお詫び申し上げます。
そして、私は今回のテロ事件の責任を取り、内閣を総辞職致します。」
神田は深々と頭を下げた。
室内ではカメラのフラッシュが至る所で稲妻の如く光る。
【都内 某所】
剣持は指揮車の中で捜査員に指示を出していた。
車内のテレビでは神田総理の事実上の引退会見が中継されている。
「総員、準備は良いか?
我々に出来る唯一の敵討ちだ。
…、絶対に確保しろ。」
『総理、私に考えがあります。』
作戦が成功するのを祈る中、剣持は数時間前のやり取りへと思考を馳せた。
『我が国にあるCIAの拠点を叩きましょう。
幾ら何でも秘密の工作拠点を制圧されたと喚く事は不可能ですからね。』
『出来るのか?』
『可能です。』
『中国はどうする?』
『表向きは大使を召還で済ませましょう。
後はこっちの人員を動かして国内の工作員の確保、後方支援拠点の破壊を行います。』
『めでたく報復完了か。』
『ええ。
ただ、問題が1点。
責任の所在です。』
『心配するな。
私が全ての“けじめ”を付ける。
彼らが気付いた時には責任者は不在だ。』
神田は吹っ切れたような笑みをこぼした。
剣持は神田へ敬礼をする。
『獅子奮迅の姿は決して忘れません。』
剣持を見て加賀も神田へ敬礼をする。
他のスタッフも2人に倣う。
龍郎達も頭を下げた。
司令室内にいた全ての者が神田への敬意を表していた。
「確保!!」
無線から流れる捜査員の声に意識を引き戻された。
剣持は指揮車から降りて外の様子を確認する。
3人の工作員が別々の移送車に乗せられた。
これで全員なのだろうか?
剣持は思った。
だが、確認する手段は無い。
「移送を開始します。」
ドアが開け放たれた指揮車の中から無線の音が漏れ聞こえる。
部下が返答し、車列が進み始める。
その車列が視界から消えるまで、剣持はその場を動かなかった。
【赤坂 アメリカ大使館】
「大使、緊急事態です。」
駐日アメリカ大使マーカス・グレッグソンのオフィスに珍客がやって来た。
「珍しいな、トニー。
ゴジラでも出たか?」
珍客ではあるが、
昼間のシージャック事件の対処で大忙しのグレッグソンはタスクに取り組んだまま顔も上げない。
「事務所がやられました。」
トニーの一言でマーカスの手が止まる。
顔を上げたマーカスにトニーはファイルを手渡す。
「拘束された局員の情報です。」
「誰にやられた?」
ファイルに目を通す前にマーカスが尋ねる。
「日本警察です。」
マーカスは驚きで目を見開いた。
「何!?
同盟国だろ!?」
「我々は報復措置だと考えています。」
「何の報復だ?」
マーカスの問いにトニーは言い淀んだ。
「本国から何か連絡があったのか?」
マーカスは渡された資料を見ながらトニーへ尋ねる。
「…、シージャック事件は本局の作戦です。」
「っ!?
私は何も聞いてないぞ!!」
「最小限の者にしか知らされていません。」
「なぜ日本政府が気付いたんだ?」
「班員から割り出したのではないかと考えています。」
「逮捕された局員は?」
「現在地は不明です。」
「この事を本国は知っているのか?」
「はい。
上が対応を協議中です。」
【アメリカ合衆国 CIA本部】
CIA本部では早朝に関わらず、日本で起きた案件についての対応協議が行われていた。
「日本政府に圧力をかけろ。」
「ダメだ。
それでは局員だと認めたも同然だ。」
「どうせ証拠なんて出てきやしない。
こちらから何かする必要性も無いんじゃないのか?」
「だが、拠点は日本警察に差し押えられた。
証拠が出ないとは言い切れないわ。」
「シラを切れば良い。
日本政府の事だ、局員から無理矢理 情報を引き出そうとはしないだろう。
「仮に日本政府が口を割らせようとしても、拠点が日本にあった理由など幾らでも作れる。」
「この後のブリーフィングで、CIAは原則として一切の手出しはしないと大統領に伝える。
各自それで良いな?」
【横浜 新港基地】
想定外の出来事が起きたものの、龍郎は家族との再会を果たしていた。
当初はホテル内でのディナーが予定されていたのだが、昼間の一件で急遽 基地内での面会に変更となった。
絵に描いたような再会シーンではあったが、同席していた井上は目頭を湿らせていた。
「本当に、本当に無事で良かった。」
最後に母親が龍郎を抱きしめる。
「分かったよ!!
分かったから、離してよ。」
龍郎は母親を引き離す。
お互いに この場で考えつくだけの事は話した。
ディナーを楽しんでいたら もっと会話も弾んだであろうが、それはタラレバの話だ。
「さてと…。」
龍郎に時間が無い事は両親も理解している。
「僕は向こうの世界へ戻る。」
龍郎は切り出した。
「どうして?」
「母さん、僕も分からないよ。
ただ、行かなかったら結局は最後に後悔すると思う。」
「お前はいつもそうだ。
頑固で、ワガママで…。
親の気持ちなんて知ろうともしない。」
「ゴメン。
だけど、大丈夫。
必ず生きて帰ってくる。」
「当たり前だ。
親不孝なんて許さないからな。」
「明日は、私達は見送りに行けるの?」
「後で井上さんに聞いてみるよ。
そのくらいのワガママは聞いてもらわないと。」
龍郎は両親に笑って見せた。
【日本 某所】
「ニュースによると、お前は自爆テロで死んでいるらしいな。」
男はニヤリと笑ってグラスを傾ける。
「アメリカの連絡役との接触は無事に終了した。
これで協定は無効よ。」
静蕾の目の前には各国紙幣の札束と偽造パスポートが用意されていた。
「しばらく他の国で身柄を隠せ。
この国の政府も大掃除に本腰を入れ始めた。」
「じゃあ、お言葉に甘えて南国でのんびりとしようかしら。」
「ハッハッハッハッハッ!!
そりゃ良い。
老婦人の次は娼婦にでも化けてハニートラップでもするのか?」
静蕾は下品なこの男が大嫌いだった。
「失礼するわ。
今度誘う時はもっとマシな計画を持って来て。」
札束とパスポートを持って彼女は店を後にした。
「生意気な女だ。
黙ってりゃあ、良い女なのによぉ。」
男はグラスの中身を飲み干した。




