第33話〜テロとの戦い〜
【新港基地 パンゲア問題共同対策本部3F 応接室1】
龍郎を含めたパンゲア勢と神田総理との非公式会談が昼過ぎから始まった。
「龍郎君、我が国とサビキア国との架け橋となってくれるな?」
「努力します。」
龍郎は緊張でワンフレーズずつでしか返答できない。
神田も分かっているのだろう。
今のところ神田の口撃はジャブばかりだ。
「ニーナ殿下、この度は臨時大使就任おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「お若いのに異国の地で外交業務の責任者とはさぞかし大変でしょう。
大使館の手配はお任せ下さい。
最善の場所を提供させていただきます。」
「お手数お掛けしてしまい申し訳ありません。」
「お父上のコーネリウス国王との約束は必ず履行致します。
ご安心ください。」
ニーナは深々と頭を下げる。
「陛下との約束と言えば、龍郎君。
依頼を受けるそうだね。」
「はい。」
「この場でハッキリと言っておく。
現地では原則として現在 我が国からのバックアップは期待出来ない。
意味は分かるね?」
「はい。」
「無理に頭を働かせて承諾するなよ。
…本当に純粋に自分の意志で行くんだな?」
「はい。」
「そうか。
なら、気を付けろ。
それと、出発前に君からしか伝えられない事を家族にはキッチリ伝えるんだ。」
「はい。」
「君の家族は政府が責任を持って守る。
必ず生きて帰って来るんだ。」
「勿論です。」
龍郎は、短くハッキリと返事をした。
神田が龍郎の目を見る。
龍郎も決して目線は逸らさなかった。
神田の瞬き1回分という極めて短い間だったが、龍郎にはそれよりもずっと長く感じられた。
神田が席を立つ。
「それでは私は失礼するよ。」
神田の隣にいた辰巳も一拍遅れて立ち上がる。
同席していた井上と木戸も席を立って頭を下げる。
全体にして会談時間は30分と短かったが、龍郎には充分だった。
ようやく緊張が解れる。
夕食の席で両親と会うまで休もうと決めた龍郎だったが、足早にやって来た加賀が退室しようとした神田を制す。
「どうした?」
辰巳が進路を塞いだ訳を尋ねる。
それに対して加賀は短く極めて冷静に答えた。
「全員速やかに地下へ避難してください。」
【新港基地 パンゲア問題共同対策本部 作戦司令室】
司令室内は慌ただしかった。
しかし、パニックによる慌ただしさではない。
冷静に、かつ的確に各所から指示と報告が飛んでいた。
「県警、公調、察庁、エリア内に人員を出している全ての機関からの報告を急げ。
それと現在の被害は?」
「先程と変わらず陸上での被害は確認されていません。」
「何が起きている?」
モニターに映し出された映像を見ながら神田が加賀に尋ねる。
映っているのは客船と思しき船舶が1隻と周囲に展開する海保の船舶だ。
「15分前に東京湾内を航行中のアメジスト・プリンス号からシージャックされたと連絡がありました。
犯人の人数、国籍、要求は全て不明。
湾内警備に当たっていた海保の部隊が当該船へ急行。
船の運航会社には乗員、乗客の情報提供を求めています。」
「シージャック事件は悲劇だが、それでなぜ我々も避難が必要なんだ?」
「シージャックに呼応するかのように該当エリア内の監視対象が動き出しました。」
「確保は?」
「県警と公調が合同で動いています。」
「基地周辺の様子は?」
「今は制限区域の封鎖を急がせています。」
「緊急事態だ。
怪しい奴は片っ端からしょっぴぃちまえ。」
「辰巳さん、落ち着いてください。
加賀司令、SSTに出動命令を。
それと船には停船命令を出してください。
自主的に止まらない場合は力づくで頼みますよ。」
「警察機関と中継繋がってます。」
オペレーターからの報告を受けて神田と加賀がモニターへと向く。
モニターには中継先からの映像が3つ映し出されていた。
「監視対象は無事に捕まえましたか?」
「県警本部長の下川です。
公安調査庁との合同チームで対象拠点5つに踏み込みました。
突入時に県警の捜査員1名が被弾しましたが犯人グループは確保。
負傷者も軽傷で済んでいます。」
「良かった。」
「申し訳ありませんが事態は最悪だ。」
「何?」
「外事三課の剣持です。
我々が掴んだ情報だと、中国が送り込んできた工作員は他にもいます。」
「どういう事だ?」
「簡単な話ですよ、下川本部長。
敵を見落としていただけです。」
「それで、確保出来たのか?」
「残りの拠点3つをウチの人員が急襲。
2つの拠点で犯人グループを確保。
残りの1班とは連絡が取れていません。」
「場所は?」
「中華街の食料雑貨店です。」
「県警の捜査員を直ぐに向かわせろ。」
「取り逃がしたのは誰だ?」
「曽振英、中国人民解放軍総参謀部第二部所属。
先のアジア地域紛争で我々同盟国を苦しめた1人ですよ。」
「植田、私は何も聞いてないぞ。」
神田はモニターの中にいる男に説明を求める。
「すいません…。
彼が暗躍していたという情報が情報本部から伝えられた時には既に講和交渉に移行しておりましたので…。
総理が就任されてからは彼も息をひそめたようで、情報が1つも入手出来ませんでした。
まさか我が国にいたとは…。」
「これだから我が国のインテリジェンスは舐められるんだ。」
「奴は今どこにいる?」
「不明です。
消えました。」
「なんてこった…。」
「首都圏の高速を封鎖、新幹線と鉄道各線も止めろ。
主要道には検問を設置。
羽田と成田の離発着も禁止するんだ。
港湾施設にも船の出入りを止めさせろ。
それから中国大使を外務省に呼び出すんだ。」
神田の口調は徐々に怒りを帯びていった。
オペレーター達は所定機関に連絡を開始する。
「停船の気配はありません。
SSTが強制停船の許可を求めています。」
「やれ。」
神田は即決だった。
オペレーターが現地部隊に指示を出す。
なお、準戦時特別規定により、都内、横浜市内及び東京湾において発生した事件の指揮権は全てこの司令室に属する。
「映像を出します。」
司令室内にモニターは3面。
左のモニターには市内全域の地図と捜査員の現在位置情報がリアルタイムで表示されている。
正面のモニターには他機関との中継映像が画面を3分割して流れていた。
オペレーターは正面モニターに客船の映像を再び出した。
それに伴い他機関との中継映像は右のモニターに移動する。
「こちらホワイト1。
これより当該船に対し強制停船を行う。」
先程よりも静かになった司令室に隊員の声が響く。
映像の中では海保による強制停船が行われていた。
「成功です。
アメジスト・プリンス号の停船を確認。」
「突入は可能か?」
間髪入れずに神田が尋ねる。
「可能です。」
「お待ちください。
幾ら何でも早計過ぎます。」
「どうせ中国の工作員だ。
片付けられる物は急いで片付ける。」
加賀の制止を却下し、神田は突入を指示しようとする。
「アメジスト・プリンス号の運航会社よりリストが送られて来ました。」
「中国系の人間は!?」
加賀が叫ぶ。
「いません。」
「何!?」
「そんなバカな…。」
神田も加賀も驚きを隠せない。
「ICPOの犯罪者データベースを調べたのか?」
辰巳がオペレーターに尋ねる。
数秒後、正面モニターの半分にリストとデータベースとの照合プロセスが映されるが一致者はいなかった。
「無駄だ。本名では乗船しないだろう。」
「運航会社と乗客の国籍に関する情報は?」
「運行会社はマイアミに本社を置く“カルナヴァウ・クルーズライン”。
乗員は全てアメリカ国籍、乗客の大半もアメリカ国籍です。
残りの乗客はメキシコ、カナダ国籍です。」
「犯人は密航者か?」
神田がつぶやいた。
「分かりません。
ただ、犯人の人数が判明しない限り突入は危険です。」
加賀が再度、神田をたしなめる。
司令室にいた面々は八方塞がりだった。
【横浜 国防軍制限区域】
「先程から始まった国防軍と県警による制限区域封鎖を受け、デモ隊が機動隊と衝突しています。
我々報道陣にも封鎖の理由が明かされておらず、現場は大混乱です。」
某局の報道番組のレポーターがスタジオに向かって状況を淡々と説明する。
カメラ映像はレポーターの後ろで繰り広げられている衝突にズームしていく。
その映像を見ながらスタジオでは勝手なコメント付が行われる。
スタジオの品評会とは関係なく、カメラは現場を撮り続けた。
勿論、これから起こる出来事も。
「銃だ!!」
その言葉を発したのがデモ隊なのか機動隊なのかは分からない。
だが、その言葉は辛うじて周囲の人間とマイクに拾われた。
災厄を防ぐには遅かったが…。
【新港基地 パンゲア問題共同対策本部 作戦司令室】
正面のモニターには民放のニュース映像が流されていた。
映像がテレビで放送されたのは3分前。
司令室がその映像を発見し、モニターに映したのは2分前。
室内にいた者達は食い入るように見ている。
モニターにはデモ隊の1人が短機関銃を乱射している様子が映っている。
取材クルーが退避したため映像は最後まで事態を伝えていない。
「…、今の状況は…?」
神田は何とか言葉を絞り出した。
オペレーターが外の映像を出す。
「現場に展開している部隊のヘッドカメラからの映像です。」
正面モニターが8分割され、国防軍の兵卒達が現地で見ている景色が映し出された。
そこら中に人が倒れている。
大半がデモ隊 (つまり一般人)だが、中には警官の姿も見受けられる。
「犯人は?」
「現場の警官が射殺しました。
どうやら、中国系の顔立ちのようです。」
辰巳や加賀は俯く。
神田は拳をデスクに叩きつけた。
「クソぉぉぉ!!!」
「曽振英か?」
加賀がオペレーターに確認する。
「いいえ。違います。」
短い返答の後、左のモニターに犯人の顔写真が出る。
確かに中国系の顔立ちだが、曽振英とは違い丸顔の男だった。
「ICPOのデータベースにはヒットしませんでした。」
「中国の工作員だ。」
加賀の発言には『当たり前だろう。』という意味が込められていた。
「連絡が取れなくなっているチームの元へ別の捜査員が急行したが…、チームは全滅だ。」
右のモニターから下川の声が訃報を重ねた。
「チームの遺体は我々が引き取る。」
剣持が下川にそう伝える。
「まだ曽振英は残ってる。
何か手がかりは無いのか!?」
「市内のカメラ映像で残らず顔認証を掛けていますが、まだ…。」
加賀の暗い声が神田に届く。
「3日前まで時間を遡って中華街周辺のカメラに限定します。」
下川が部下に指示を出す。
「負傷者の手当てと殉職者、犠牲者の収容を急げ。
周囲を今すぐ完全に封鎖しろ!!」
「総理、アメジスト・プリンス号から入電です。」
「繋げ!!」
オペレーターが通話をスピーカーに切り替えた。
「船内に爆弾を仕掛けた。
後60分で起爆し、人質は全員死ぬ。
先程のショーは余興に過ぎない。」
音声は日本語だった。
声はボイスチェンジャーで変えられていて性別の判断はつかない。
「要求は何だ?」
通話はそこで途切れた。
室内には切断音が響く。
神田は受話器を叩きつけた。
「SSTを乗船させろ!!
各自の判断で発砲を許可する。
それと乗客の救出を急げ!!
クソっ、何で自国民でもないのに神経すり減らさなきゃならんのだ!!」
神田は力が抜けたように座り込む。
しかし、事態は神田を逃してはくれない。
「ネット上で犯行声明が出ています!!」
「見せろ。」
神田よりも先に加賀がオペレーターに指示を出す。
「日本政府及び関係各国に告ぐ。
我々は東京湾上に停泊しているアメジスト・プリンス号を占拠した。
後60分で船内の爆弾が起爆する。
人質を救出したければ、我々を無事に異世界へ送り届けろ。
これから10分以内に人質を100人ずつ処刑していく。
我々が本気だという証拠は先程のショーで明らかだ。
処刑を止めたければ我々の指示に従え。」
ビデオはそこで終わった。
「ネットにアップしやがったか…。」
辰巳が舌打ちする。
「アメリカ大使館から問い合わせが来ています。
有事の際には米軍派遣の用意があるとも言っています。」
「他国に首を突っ込ませるな!!
SSTは?」
「降下準備は出来ています。」
「突入だ。」
「総理、待ってください!!」
「GOだ!!」
神田は加賀の意見を無視してSSTを乗船させようとした。
だが、敵がそれを許す筈はなかった。
「司令部、こちらホワイト1。
攻撃を受けている。
甲板にスナイパーが複数配置。
ロープ降下が出来ない。
一旦帰投する。」
「安全圏のギリギリまで海保と海軍の船を近づけろ。
救助用ヘリの準備も急げ。
総理、海保じゃ無理です。
突入するなら海軍のSBUにしてください。」
「ついこの前 隊員を大勢失ったばかりだぞ。
今度何かあったら部隊として機能しなくなる。」
「他に選択肢はありますか?」
神田は次の手を決め損ねている。
しかし事態は動き続ける。
「クイーンズスクエア内で爆発です。
死傷者多数。」
「犯人は?」
報告をしたオペレーターに加賀が尋ねた。
「防犯カメラには爆破したカートを置き去る老婦人が映っていました。
犯人とみられる女性は混乱に乗じて現場から逃亡。
付近の捜査員が捜索しています。」
「周辺地域の人間を屋内に退避させろ。
捜査員には見つけた外国人全員に職質させるんだ。」
「総理、SBUを突入させるしか手はないんじゃねーか…?」
「SBUを出動させるんだ。
人質、部隊双方の犠牲は最小限にしてくれ。」
神田の許可を得て加賀が新港基地に待機中のSBUへと出動命令を下す。
正面モニターには爆破テロのニュースが映されていた。
どの番組も政府からの公式発表が無い事に非難の声を上げている。
神田は苦々しくモニターを見つめている。
「アメジスト・プリンス号から入電です。」
オペレーターが声を発してから即座に受話器を取る。
「何だ?」
「約束の時間だ。」
「悪いが、我が国はテロには屈しない。」
「それではこれより処刑を開始する。」
「ネットで中継しています。」
モニターには犯人グループと人質が映っていた。
犯人は6人、人質は沢山映っている。
先程の予告通りなら100人だ。
犯人グループは覆面で顔を隠しており、素性は分からない。
5人がライフルを人質に向け、1人がカメラに向かって声明を読んでいる。
「日本政府は我々の要求を無視した。
所詮 人質が自国民ではないからだ。
しっかりと目に焼き付けておけ。
我々が本気だという事を証明する。」
1人の合図で5人のライフルから火が吹いた。
悲鳴とともに無抵抗の生身の人間達は血を流し倒れていく。
あっという間に直立する人質は誰1人としていなくなった。
「この船の半径2km以内に作戦艦艇及び航空機を近づけるな。
10分以内に撤退行動が確認されない場合、予定より多くの人質を処刑する。」
「撤退させる代わりに人質を解放しろ。」
「これは交渉ではない。
命令だ。」
電話は一方的に切られた。
「SBUは海中から侵入しています。」
加賀が神田に告げる。
「SBUの邪魔にならないように2kmより外に撤退させろ。」
モニターから徐々に撤退を開始する艦艇の様子が確認できる。
「曽振英がヒットしました。」
即座に正面モニターが防犯カメラ映像に切り替わる。
画面には車に乗り込む曽振英と思しき男が映っていた。
「映像は昨日の夕方です。
Nシステムで彼の車を追跡したところ、神奈川区恵比須に向かっています。
そこから防犯カメラの映像で追跡した結果、海沿いのどこかの施設に向かったと思われます。」
「該当地域に捜査員を派遣。
現着次第検問を設置しろ。
SBUの状況は?」
「アメジスト・プリンス号に到達、侵入経路確保を行なっています。」
「犯人の警告時間まで何分だ?」
「2分切っています。」
「こちらからアメジスト・プリンス号に繋げるか?」
「少々お待ちください。」
「何をするつもりですか?」
「時間を稼ぐ。」
オペレーターが受話器を差し出す。
「神田だ。」
相手からの返事はない。
「君達の要求を受け入れる。
どうすれば良い?」
まだ相手からの返答はない。
「これが最初で最後の提案だ。
人質を解放すれば君達の通行を許可しよう。」
「…、解放する人質は半分だけだ。
残りの半分は保険として連れて行く。」
「全員だ。
約束は必ず守る。」
神田がモニターを確認する。
SBUは船の側面に開けた穴から船内へ潜入を完了していた。
「半分は今すぐに解放する。
残りの半分は準備が出来次第 連絡する。」
電話を切った神田に加賀が労いの声を掛ける。
「お見事です。」
「SBUにくれぐれも見つからないようにと伝えてくれ。」
「分かりました。」
「アメジスト・プリンス号から救命艇が落下。
恐らく人質が乗っている物かと。」
「海保の船を救命艇へ向かわせろ。」
「曽振英が向かったと見られる事業所が判明しました。」
兵頭建設という主に産廃処理を行う会社です。
事業所の前に曽振英が乗っていた車を確認。
捜査員が踏み込んだところ、従業員と見られる遺体を複数発見。
曽振英本人はいませんでした。」
モニター上で下川が報告した。
「その会社、船を所有しているか?」
「ちょっと待ってくれ。
…、ああ。
記録によれば残土運搬用の船を所有している。」
「急いで船を確認しろ。」
指示を出した後、下川が剣持に理由を尋ねた。
「どういう事だ?」
「安全保障というのは様々な事を考えなければならない。
幾ら何でも地上と海上でテロが同時発生というのは出来すぎている。」
「奴らはグルだって事か?」
「その通りです、総理。
少なくとも、我々はそう考えています。」
「事業所の裏手に船は停泊していた。
現在 中を調べている。」
「船の種類は?」
「船底が開くタイプの土運船のようだが。」
「…、小型潜水艇だ。」
加賀が呟く。
「報告が来た。
船は偽装船だった。
外見は土運船だが中身は移動式の潜水艇プラットフォームだ。」
「潜水艇は?」
「無かった。
既に出航している。」
「その会社は奴らのダミー会社で、現地工作員への後方支援用だ。
従業員全員とはいかなくとも幹部連中は中国と通じている筈。
生きている社員を全員拘束しろ。」
剣持の要請で県警と公安が動いた。
「総理、湾内の艦艇からソナーに不審な影が感知されたと報告が来ています。」
「待ってくれ。」
神田は加賀の報告を遮る。
「奴らがグルだって?
アメジスト・プリンス号に中国系の客はいないんだろ?
相手の曽振英ってのは人民解放軍お抱えの工作員だ。
って事はこれは本国主導の作戦だ。
なのに外国人を使うのか?」
「アメリカが手を貸していると我々は考えています。
この考えは異常でしょうが、今は異常事態の真っ只中です。」
剣持は遠慮無く自説を述べた。
「なっ…。」
「この考えならテロリストが武器を持ち込めたのも納得です。
まぁ、政府主導ですからテロリストではないのでしょうけども。」
「…、SBUに犯人グループを1人でも確保させろ。
確認したい。」
【アメジスト・プリンス号 操舵室】
「トム、奴がこちらへ向かっている。」
「準備しろ。
4分後に出発だ。」
【アメジスト・プリンス号 機関室】
「こちらβ3、12時の方向に敵だ。」
「β1、了解。
こちらも敵を補足。」
「こちらθ1、我々も敵を補足した。
カウント。」
キッチリ3秒後、4人の犯人が葬られた。
【新港基地 パンゲア問題共同対策本部 作戦司令室】
「司令部、こちらθ1。
機関室を制圧。
敵は白人。」
SBUの報告を聞いた神田は椅子に崩れ落ちた。
「アメリカが…。」
「総理、まだ終わってませんよ。
θ1、敵の装備を調べた後、写真を送り任務に戻れ。」
「了解。」
「総理、どうしますか?
アメリカも中国も確たる証拠が無いと首を縦には振りませんぜ。」
「だが、確たる証拠は無い…。」
「念のため敵の画像をデータベースに付き合わせますが、ヒットしないでしょうね…。」
「アメジスト・プリンス号から入電です。」
「貸してくれ。」
応答する神田の声は先程よりも力が無かった。
「残りの人質を解放する用意が出来た。
今後の我々の無事が保証されなければ人質は処刑する。」
「君達の正体は分かったよ。
アメリカの工作員だ。」
「…。」
「沈黙はYESって事だな?」
「我々はどこの政府とも関係は無い。」
「噓を言え。
今そっちに曽振英っていう中国の工作員が小型潜水艇で向かっている。
我々は補足しているんだ。
もう諦めろ。」
「人質の命が惜しくないのか?」
「人質を殺せば問答無用で君達を殺す。
我々が君達を生かしているのは人質がいるからだ。」
【アメジスト・プリンス号 右舷バルコニー】
「トム、ラッセル達と連絡が取れない。」
仲間からの知らせでトムは事態を察知した。
「…、やってくれたな。」
「投降しろ。」
神田は勝ち誇ったように言った。
「勝ったつもりか?」
【アメジスト・プリンス号 船内】
「こちらθ2、右舷バルコニーに敵を複数確認。」
「θ1、了解。
β1、状況報告を。」
「シアター前だ。
爆発物等の有無を調べている。」
「θ2、敵の状況を。」
「敵は7人。
全員潜水用の装備を身に付けている。
海に飛び込む気だ。」
「こちらθ1、司令部、どうしますか?」
「加賀だ。
制圧しろ。」
「了解。」
【アメジスト・プリンス号 右舷バルコニー】
「敵だ!!」
警告を発した男は直ぐに射殺された。
犯人グループも柱に隠れて応戦する。
「レイモンド!!
やれ!!」
トムが隣の男に指示を出す。
レイモンドは胸ポケットからスイッチを取り出し、ボタンを押す。
直後、凄まじい音と共に船が大きく揺れた。
「次は人質を吹き飛ばす!!」
トムはケータイに向かって怒鳴りつけた。
「今直ぐに部隊を撤退させろ!!」
【新港基地 パンゲア問題共同対策本部 作戦司令室】
正面モニターには甲板から黒煙を上げて炎上するアメジスト・プリンス号が映っている。
両隣のモニターにはθチーム、βチームの映像がそれぞれ映し出されている。
βチームの映像を見る限り、爆発の影響は無さそうだった。
「こちらβ1、扉の周囲には爆発物は確認されませんでした。」
「突入しろ。」
θチームが銃撃戦を演じている中、βチームがシアター内に突入した。
「人質を発見。
何名かは爆弾を取り付けられている。」
「解除可能か?」
「時間があれば可能です。」
「分かった。
まずは他の人質を船から非難させろ。」
加賀と部隊のやり取りを見ながら神田が言う。
「分かった。
部隊は撤収させる。
その代わり、人質に取り付けられている爆弾を起爆させるな。」
「我々の安全も保証しろ。
現地にいる国防軍にも手を出させるな。
無線が届く事は知っている。
我々を撃沈した場合、直ぐにその船ごと吹っ飛ぶからな。」
「分かった。」
【アメジスト・プリンス号 右舷バルコニー】
司令部からの指示を受け、θチームは撤退を開始した。
残ったトム達は降下準備を開始する。
「クソ!!
レイモンドも殺られた!!」
「落ち着けマイク。
任務はまだ終わっていない。
ジョッシュ、フリン、先に降りろ。」
トムの命令で2人が降下し、海に潜った。
「俺も今回の作戦の全てが気に入らない。
だが、やり遂げるんだ。
ジョンソン、マイクを連れて行け。」
「分かった。
行くぞ、マイク。」
ジョンソンの腕を振り払い、マイクが降下を始める。
ジョンソンもマイクの後に続く。
「これより中国側工作員と合流し、コンタクト・ポイントへと向かう。
次の連絡は現地到着後。
…、予定よりも大幅に犠牲者を出した。」
トムは電話を海に投げ捨て、自らも海へ潜っていった。
【新港基地 パンゲア問題共同対策本部 作戦司令室】
「爆弾は?」
小型潜水艇の補足画像を見ながら神田が加賀に尋ねる。
「間に合いません。」
「…、仕方ない。
佃司令に連絡して現地でも引き続き監視させろ。
直ぐに会見を開く。」
「総理、私に考えがあります。」
神田を呼び止めたのは剣持だった。
【都内 某所】
駅ビルの中にあるチェーンの喫茶店。
時は夕方。
そこにいる1組の男女は恋人でも何でもない。
2人ともただの情報伝達役だ。
「彼らは無事にコンタクト・ポイントを通過したわ。」
それだけ言うと女ー静蕾ーは紅茶を口に含んだ。
「計画は杜撰だ。」
「私に言ってどうするのよ?」
「今回の作戦で君達は何をした?
自己満足の派手なパフォーマンスか?
こちらは優秀なエージェントを多数失ったよ。」
「こっちだって工作員が何人も拘束されたのよ。
おまけに仲間が1人死んだ。
頭の悪い政府の命令にウンザリなのは私だって同じよ。」
「我々の関係はこれで終了だ。」
結局、コーヒーを一口も飲まずに白人の男は店を後にした。




