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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第1章 〜まずは帝国、そん次サビキア、たまーに日本〜
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第30話〜移動〜

【帝莎国境線付近】

形式的な晩餐会は嘘のように早く終わった。

ハッキリとは分からないけども、大人の事情ってやつか…。

結局、斎宮さんとは別れ際に一言、『ありがとうございました。』って言っただけだった。

外務省の井上さんの話によると、

僕らが向かっているのは帝国領ブニーク沖に停泊している海保の“いず”という巡視船だ。

そのまま空路で行ければ良いのだが、専門家の話だと空路での帰還は海路に比べてリスクが高いらしい。

まぁ、ただでさえリスクが高いって言うのに“この機体”で突っ込みたくはないけどな。

僕自身は事故率について気にしてないんだけど、オスプレイ君は騒がれたからなぁ…。

一度は乗ってみたいと思ったけど、まさかこんな形で実現するとは…。


「間も無く帝国領です。」


パイロットからのアナウンスが聴こえてくる。

その声に唯一反応したのはコックピット近くに座っていた人、陸軍の貝原さんだったかな。


「敵の航空部隊には気をつけてくれ。VIPにもしものことがあったら外交問題だ。」


そう。

ホントにその通り。

この機体に何かあったら日莎関係はOUT。

迎えに来たのがオスプレイってのにも驚いたけど、一番驚いてるのは“姫”が一緒だって事だよ。

晩餐会にも出てなかったからマジでビックリ。

井上さんの話じゃ臨時大使の役割として日本に来るそうだが、王族が大使って聞いた事あるか?

一応、お連れの人が3人いるけど、お忍びにしちゃ忍びすぎてんだろ…。

おい、井上さん、涼しい顔して資料を読んでないで状況説明してくれよ!!

つーか、ここでよく読めるな、おい、この井上!!

文字見えんのかよ…。


「あの、タツロー。」

「どうしましたか?」


意識をセシル先生へと注ぐ。

彼女は通訳として日本に同行する。


「ニホンってどんな所ですか?」

「うーん、難しい質問ですねぇ…。

 やはり、晩餐会前に井上さんがしてくれた説明会通りじゃないですかね。

 自然はこの世界の方がありそうだし、魔法とかは無いし…。

 機械工学分野において、この世界よりも遥かに進んでいる場所っていう表現に尽きると思います。」

「タツローはニホンが好きですか?」

「好きですよ。」

「じゃあニホンは良い国ですね。」

「僕が基準ですか…。」

「はい!」

「それじゃ、万全の状態で日本に行けるように今は休んどきましょうか。」

「寝付けるかどうか不安ですけどね…。」


一理あるな。

普通の旅客機と違って快適性とか関係ないから長時間フライトは少々辛い。

それでも今は目を閉じて少しでも体を休める事がベストだと思う。

ポジティブに考えよう。

日本に戻れる。

家族に会える。


灰簾宮(かいれんぐう)(湲惠[イェンシダス・エリナス]国境)】

彼女は自分を見つめる不機嫌そうな顔を、かれこれ数時間は眺めている。

男は彼女の態度に何十回目かの溜め息を漏らす。


「我々も好きで殿下を引き止めているのではありません。

 シャウラッドとの国境は封鎖されています。

 それに、万が一入国できたとしても危険すぎます。」


帝国領からイェンシダス領に移動する際には外交特権を振りかざして通過許可証を得たカテリーナだったが、

次のエリナス国境では外交特権が停止されていた。

エリナスからの退去勧告を突っぱねた結果、この灰簾宮に“引き止められて”しまった。

フィアンツを始めとした同行者の面々は別室で“引き止められて”いる。


「其方の名は?」


カテリーナがようやく口を開いた。


「ノメルです。」

「其方は魔導協会の者だな。」


ノメルは返事をしなかった。


「その沈黙は肯定と受け取るぞ。」


カテリーナは立ち上がってノメルの正面に陣取った。


「良いか?

 妾の貴重な時間をこれ以上 魔道協会に浪費されては我慢の限界だ。

 悪いが通らせてもらうぞ。」

「席にお戻りください、殿下。」


ノメルの目が変わった。


「実力行使か?

 得策ではないな。」

「既にエリナス国内及び国境での外交特権行使は著しく制限されています。

 殿下が現在お持ちの特権は不逮捕特権だけです。」

「帝国は魔道協会に対して宣戦布告している。其方が無事なのは妾の優しさだと言う事を忘れるなよ。」

「やむを得ませんが、強制送還の必要がありそうですね。」

「だそうだ。エヴァノラ、このバカを眠らせろ。」


部屋のドアが開く。

振り返ったノメルの視線の先には、伸びている護衛達の姿があった。


「嘘だろ…。」


呆気にとられるノメルの横をカテリーナが通り過ぎる。

『待て!!』と叫ぼうとしたノメルだったが、彼の意識は既に暗転しかかっていた。


「さて、この後はどうしたものか…。」


辺りに転がっている無力化された面々を眺めつつ、カテリーナは今後の方針を考えた。


「関所はエヴァノラに任せれば良いとしても、この格好じゃ入国後も目立つな。」

「私の着替えでしたら予備がありますけど…。」


恐る恐るオリヴィアが手を挙げる。


「本当か!?」

「は、はい。」

「それは助かる。

 よし、用意ができたら直ぐに出発だ。

 夜明け前に出来るだけ進みたい。」


【都内 某所】

家に帰るための所用時間と、その後の滞在時間を考えると職場で寝泊まりした方が良いのではないかと感じていた辰巳だったが、そんな事も布団に入ると直ぐに忘れて僅かな睡眠時間にありついていた。

だが、睡眠不足記録更新中の辰巳の元へ今日も新記録達成の報せが届いた。

条件反射でケータイを耳に当てるが、相手からの声が右から左へ通り過ぎていく。


「ちょっと待ってくれ。頭がぼーっとしてる。」


辰巳は頭を押さえて呻く。


「で、何の用だ?」

「現地から連絡です。」

「内容は?」

「邦人とは無事合流。現在、空路にて輸送中です。」

「そうか。それは良かった。

 しかしだな、まさかそれだけで連絡してきたんじゃないだろうな?」


日頃から“ほうれんそう”を徹底させている辰巳だったが、今回は睡眠欲の方が勝った。


「実はですね、同行者にサビキア王国の姫君が追加されまして…。」

「あぁ!?」


先程までの眠気が吹き飛んだ。


「そんな事は聞いてないぞ!!」


辰巳と同じように電話口の秘書も驚き焦っていた。


「姫君に関しては今回の連絡で初めて伝わったので どこもかしこも大慌てですよ。」

「総理の耳には?」

「入っています。」

「お姫様はなんで来るんだよ?」

「肩書きは我が国に滞在する臨時大使のようですが…。」

「アイツらは何してたんだ?」

「現地政府に無理矢理 承諾させられたと…。」

「こっちには今日のいつ到着だ?」

「日本時間で11時頃に新港基地へ到着予定です。」

「…、分かった。県警と公安に該当エリアの警戒強化を要請。それから…、念のため特戦を待機させろ。」


辰巳は布団に別れを告げてクローゼットへと向かう。


「俺も今から出る。」

「本省に寄られますか?」

「いや、横浜に直接行く。」

「分かりました。車は外で待機させてあります。」


気の利く男だ。

辰巳はそんな事を思いながら礼を言って電話を切った。

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