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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第1章 〜まずは帝国、そん次サビキア、たまーに日本〜
3/73

第2話〜捕虜〜

ーー

【異世界】

ーー

全てがスローモーションに見えた。

引き金を引いた。

弾が発射された。

その弾道は渦を描いた。


『なんだ?』


そう思った時、渦から緑の閃光がほとばしった。

視界が緑から白へ、そしてブラックアウトした。

そこで彼は目が覚めた。

強烈な吐き気がする。


『何があった?

 ここはどこだ?』


完全に覚醒していない頭を無理やり起動させ、斎宮は考えた。

体を起こし周囲を見渡す。


『海?

 それに船団?

 なんだ?

 こちらへ向かって来る…。』


斎宮の頭に電流が駆け巡った。


「作戦!!」


『思い出した!思い出したぞ!

 制圧作戦中だ!

 人質は無事か!?』


斎宮は先程までの自分と同じように倒れている人質と思しき少年を視界に捉えた。

作戦を遂行すべく少年の元へ駆けつけようとした斎宮だが、慌ててブレーキをかける。


「他のやつらはどこ行った…?」


甲板には彼と少年しかいなかった。

斎宮を思考の世界から現実に引き戻したのは、海上に叩きつけられる砲弾の音だった。


「マズイ…。 

 まずは保護しないと…。」


少年の元へ駆け寄る斎宮。


「よし、息はある。

 けど、どうする?」


敵の船団はもう目の前だった。


「意思疎通なんて出来んのか?

 だけど、一人じゃ無理だ…。」


斎宮は戦闘行為の類を選択肢から除外した。


「鹵獲だけはゴメンだ。

 神様、頼む…。」


斎宮は装備を全て海へ投げ捨てた。

程なくして敵船団が船を包囲し、数人が乗り移ってきた。

仲間の制止を振り切り、屈強な中年風の男がもの凄い形相で何かを喚きながら近づいてくる。

こちらに向かって何かをまくし立てているが分からない。

最低限、歓迎はされていないことしか分からない。

英語でもフランス語でもドイツ語でもない。

本当に異世界なんだなぁと斎宮が実感した瞬間であった。

最後に一発何かを言われた後、男が下がり、代わりに美人の女が優しく語りかけてきた。

斎宮は一目で彼女が高位の人物だと分かった。

周囲の対応もそうだが、何よりもそこらの小娘とはオーラが違った。

お困りのようね、私になんでもおっしゃって。とでも言っているように思えた。


「Hello?」


斎宮は勇気を振り絞って言ってみた。

女は少し困った表情を見せた後、先程の男に話しかけ、その場から立ち去ってしまった。


「あれ?嫌われた?」


満面の笑みで男が近づいてくる。

こうして、斎宮と少年は無抵抗で敵の捕虜となってしまったのだった。



ーー

【異世界】

ーー

斎宮が目を覚ました頃より時を少しだけ遡る。

まだ横浜でSBUが船上で作戦行動をとっていた時、異世界でも動きがあった。


「老師、もはや転移させるしかないかと…。」


現地の様子を見ながら弟子の一人が意見する。


「状況は?」


老師と呼ばれた男が尋ねる。


「提督は死亡し、敵も多数確認されます。」


弟子が答える。

その状況を聞いてから老師が決断するまで時間はかからなかった。


「お前は本営へ報告に行くのじゃ。

 他の者たちは転移の準備をせい。

 やはり奴等にはちと荷が重過ぎたかのぉ。」


本営へ向かって弟子の一人が急いでその場を後にする。

他の者たちは慌てて転移準備に取りかかった。


「撤退だと!?」


海岸に建てられた本営内でが将軍が吠えていた。


「老師は既に準備を終えられています。

 軍師筆頭として撤退が最善の策だと老師はお考えです。」


将軍に納得してもらうべく、弟子は老師の考えを代弁する。


「セルゲイ、妾は老師に従うのが利口だと思うぞ。」


その場にいた皇女も弟子の意見に賛成する。


「殿下まで何をおっしゃいますか!?」

「確かに、実際に兵を率いて戦場を駆けるのは文句なしに御主に軍配が上がる。

 しかし、総合的な戦況の判断においては残念ながら老師に軍配が上がろう。

 代理とは言え、この場にいる(まつりごと)を司る身の長たる妾が申しておるのだ。

 ここは己を曲げてくれ、頼む。」


一介の将に過ぎない男に、皇女の切願を聞き入れる他に選択肢は無かった。


「承知致しました。

 殿下に頭を下げられては何もできますまい。」


セルゲイの了承がとれると、皇女は伝令を老師の元へ向かわせた。


「ですが、陛下には何とお伝え申し上げれば良いのやら…。」

「勝ち目が無いと正直に伝えれば良い。

 陛下とて御主ら以上に戦に秀出ている訳ではない。

 そう簡単に首は飛ばんから安心せい。」


帝国皇女と将軍は伝令の背中を見送りながら呟く。

老師が必要とする準備を終えるまで10分とかからなかった。


「老師、準備が整いました。」

「うむ。

 それでは殿下、将軍、始めますぞ。」


老師は立ち上がると、弟子たちが砂浜に描いた魔法陣の中央へ向かった。


「森羅万象の精霊達よ、アルバス系超級魔導師グリンダ・ポリニヤ・チェーホフの名の下に命ず。

 我、我の全てを以って古の禁忌を犯す者なり。

 堂々たる父なる天と、慈愛に満ちた母なる海の声を響かせ、世界を震わせよ。

 太古より今に吹き続く風よ、我が手に集え。

 そして我が名の下に、我に時空を超越せんとする力を授けよ。」


大気が震える。

周囲の者はただ黙って老師を見守っている。

次第に老師の手に風が集まってくるのが視認できる。


「見えた。」


老師が一言いうと、それに呼応するかのように足元の魔方陣が輝きだす。

すると、手の中の風球が魔方陣へと変化していった。

そのまま魔方陣は老師の手から滑り落ち、真っ直ぐ海上へと向かった。


「来るぞ。」


老師が言い終えると、巨大化した魔方陣から1隻の船が現れた。

震えていた大気は落ち着きを取り戻し、セルゲイは老師に対して労い(ねぎら)の言葉をかけた。


「ご苦労だった。

 ゆっくり休んで後は我々に任せろ。」

「待つんじゃ!!!」


だが、老師はその言葉には耳を貸さず、たった今転移させた船を見つめていた。

セルゲイらもその場に硬直する。


「なんじゃ?

 おかしいのぉ…。」

「どうした?」

「役目を終えた魔方陣が消えない。」

「それがどうかしたのか?」

「儂は既に術の発動を終えておる。

 なのに、魔法陣はまだ消えておらん。

 恐らく、他に力が加わっておる…。」

「貴様の部下ではないのか?」


セルゲイは怪訝な顔で老師に問うた。


「ありえぬ。

 この秘術は儂しか使えない。

 それに、儂だってここまで魔法陣を現界させ続けるのは不可能じゃ。」

「じゃあ誰がアレを発動させ続けているんだ?」

「わからぬ…。

 じゃが、他にも謎が残る。」

「今度は何だ?」

「想定よりも魔力消費が少ない。」


老師は不安げな顔でセルゲイを見た。


「わしゃ転移前の船を確認しておる。

 そしてこの転移によって消費される魔力も同様に把握しておる。

 しかし実際の魔力消費は微々たるものだった。」

「つまり、船自体に何かあったってことか?」


セルゲイの問いかけに老師は頷いた。


「うむ。

 船に近付く時は用心するんじゃぞ。」

「老師、その何かとは何なのだ?」


二人の会話を聞いていた皇女が老師に質問した。


「転移とは対象の密度、生命の有無、生死の違いによって消費する魔力が当然異なる。

 想定よりもここまで魔力消費が少ないということは、転移対象の数そのものが想定よりも少ないと思われる。」

「おい、まさか…。」

「……。」


驚愕の眼差しを老師へ向けたセルゲイとは対照的に、皇女はただ黙って下を向いていた。


「あくまで可能性の話じゃが、確率的には高い。」

「老師よ、妾はセルゲイとともにあの船へ向かう。

 そしてそこで見たものを陛下に伝えなければならない。

 勿論、陛下はそうなった理由を知りたがるだろう。

 だが、残念ながら妾にはそれが分からぬ。

 それが起きた理由は其方にしか分からない。

 この意味が分かるな?」


老師の顔がみるみる青ざめていく。


「ワシじゃってこんな事初めてじゃ…。

 理由など検討もつかんわい…。」

「それじゃ困る。

 謁見までに何としてでも考えを絞り出せ。

 良いな?」


老師をたっぷりと脅しつけた後、皇女はセルゲイとともに海上の船へと向かった。


「砲撃よーい、撃てぇ!!」


命令とともに目標のすぐ隣へ砲弾が飛んでいく。


「あの船には用心しろ!」


甲板に上官からの指示が響く。


「将軍、目標甲板に2名確認。帝国兵ではありません。」

「2名だけだと!?」


セルゲイはその報告がにわかには信じられなかった。


「2名だけか…。

 セルゲイ、乗船準備だ。」

「殿下、くれぐれもお気を付けください。

 本官より前には出ないようにお願い致します。」


船はもう目の前だった。


「総員乗船準備!

 甲板にいるのは捕虜だ。

 なるべく傷は付けるな。

 甲板の2名を確保後、速やかに船内の捜索を行え!」


彼らの船が目標の船に横付けされる。

その船の甲板には、両手を頭の後ろにやっている男とそのそばに倒れている男の2名だけだった。


「乗船開始。」


帝国兵が続々と乗り移っていく。

セルゲイと皇女も後に続く。


「おい貴様!!

 我らの同胞はどこにいる!!」


セルゲイは怒鳴り散らしながら男の元へ向かっていく。

男はまるで言葉が通じていない様子であった。


「セルゲイ、そう怒るな。」


皇女はセルゲイに言い、にこやかに微笑みながら男の方へ向く。


「やぁ、名もなき捕虜の者よ。

 妾にここで何があったか言わないと、お前の首が飛ぶことになるぞ。」


口調と表情だけの優しさが男の何かを刺激したのか、男は一言。


「はろー」


皇女は目をパチくりさせることしかできなかった。

ほんのわずかの間、その場を沈黙が覆った。

皇女はセルゲイへ振り返り、


「こいつはダメだ。

 倒れている者と一緖にお前に任せる。」

「え!?

 ちょ、殿下、お待ちください。」


セルゲイは皇女を引きとめようとするが、皇女は船へと戻ってしまった。


「仕方がないなぁ…。」


とぼやきつつ、


「おい、貴様ら。

 帝都へ戻ったら、たっぷりと可愛がってやるから楽しみにしておけよ。」


セルゲイは不気味な笑顔を顔面に貼り付けて捕虜を連行した。

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