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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第1章 〜まずは帝国、そん次サビキア、たまーに日本〜
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第27話〜大人達〜

【トエリテス 国王御用邸】

明けきったばかりの爽やかな朝を、塩を含んだ海からの風がそっと撫でる。

庭園の腰掛に座って、男は眼下に広がる海原からやってきた潮風の匂いを感じた。


「陛下、局長が出発されました。」


コーネリウスは声が発せられた方へ振り返る。


「そうか。報告、ご苦労だった。」


リックは黙礼して下がろうとしたが、コーネリウスが声を掛ける。


「リック、其方は少年達が到着次第 フェムカを追ってシャウラッドに向かうんだ。」

「陛下の警護は?」

「フレアーがいれば余の警護は十分だ。今はシャウラッドに戦力を配置したい。」

「局長がいる以上、私の役目は無いと思われますが。」

「いくらフェムカでも吸血鬼の掃討と情報収集の同時進行は厳しいだろう。

 それに現地にいるのは吸血鬼だけではないからな。フェムカが自分で思っているよりも今回は複雑で危険だ。」


コーネリウスの言う通り、この件は全容を把握する者こそ少数だが、国境警備に当たる者など、シャウラッドで何かが起きているという事実を認識するのは簡単であるからだ。

そして権力者というのは全容を知りたがる。

サビキアと同じように自国の勢力を現地に送り込もうとする国が出てきても不思議ではない。

ただし、現地の情勢を考えると、生還できる人員を送り込める国は極めて少数であると思うが。


「フェムカが指揮をしているとはいえ、こちらの駒を危険に晒したくはない。」


ここで言う“駒”はフェムカに率いられている一般(そこそこの強さ)の書記官だ。

フレアーは肩書きこそ書記官だが、戦闘レベルは分析官(複数の書記官を部下に持てる)の肩書きを持つ者と何ら変わらない。

彼が書記官で止まっているのは本人の強い希望による。

まぁ、代償としてリックも普段はフレアーしか動かせないのだが。


「分かりました。護衛はフレアーに任せ、私はシャウラッドに向かいます。」

「助かる。」


一礼をして今度こそリックはその場を後にした。


【帝国 ブニーク 国防軍前線基地】

「司令、市街地で活動中の部隊から先遣隊が帝都入りしたとの報告が届きました。」

「続けろ。」

「協力者の手引きで帝都北西部にある貧民街に拠点設営完了。既に活動を始めています。」

「よろしい。先住者との軋轢が不安だが上手くやってもらうしかないな。

 協力者は無事か?」

「はい。今頃は帝都を脱出しているかと。」

「状況が状況だから綺麗事は言ってられないが、密輸業者と手を組むことになるとはな。

 それにしても、その道のプロと言えど非常事態宣言発令中の場所に密輸するとは…。」

「彼は副業が密輸だそうで、本業は皇室御用達の商人との報告です。

 どうやら御用達商人は積み荷のチェックを免除されるみたいです。」

「我々からすれば ありがたいが、警備システムが甘すぎるな。」

「ですが、この手は間も無く使えなくなりそうです。」

「説明しろ。」

「帝都に向かう商人の数が日々増加しており、さらに運ばれる品物の過半数は食料とのことで、

 市街地組は近々帝都が完全封鎖されると見ています。」


書類を置いて佃は報告を噛み砕く。


「赤城達の予測は合っているだろうな…。

 ただ、……、敵は籠城してどうするんだ?

 仮に我々が帝都を攻撃したとして、援軍の到着まで持ちこたえるためか?」


佃は背もたれに体重を掛け、考えを巡らせた。

上坂は黙ってその様子を見守る。


「…、分からんな。情報が少なすぎる。推理ごっこは先遣隊の報告を受けてからにしよう。」


佃は再び手元の書類に目を通し始めた。


「引き続き帝都の動向を探ってくれ。」


【日本 横浜 国防軍制限区域】

「害悪なる異世界への門は即刻閉鎖せよ!!」「市民に情報を開示しろ!!」

間も無く日が暮れようとしているにも関わらず、制限区域ギリギリまで接近して元気な市民達は声を上げていた。

拡声器を通して肥大化したデモの声をBGMに、夫妻はクイーン(横浜税関)前に設けられた警備ゲートを抜ける。

妻は顔色が優れず、夫が妻の肩を支えながら歩いている。

逆方向から歩いて来た陸奥は夫妻を見つけて歩調を速めた。


「蘭さんで間違いないでしょうか?」

「…、はい。」


夫が短く答える。


「お待ちしておりました。外務省の陸奥と申します。少し歩きますがこちらへ。」


陸奥が手で前進を促す。

夫妻の速さに合わせて陸奥も速度を落とした。

新港基地へ向かう道すがら、陸奥と夫妻の間に会話はなかった。

第1ゲートから第2ゲートまではコンクリート製のバリケードが等間隔で左右交互に配置されている。

最後のバリケードを通過して陸奥が口を開く。


「後2回保安検査を受けていただきます。」


言葉での返事はなく、夫が頷いただけであった。

3人はゲートが設置されている建物の中に入る。

夫妻は係員の指示に従って顔、指紋、掌形、網膜、虹彩それぞれのデータ登録を行なった。

陸奥は先に進んで金属探知機、全身透視スキャナーを通過する。


「男性の方、進んでください。」


先にデータ登録を終えた夫が検査を受ける。

陸奥はスキャナーを抜けた更に先で待機していた。

スキャンを終えた夫は真っ直ぐ陸奥の元へと歩く。


「お疲れ様でした。」


またしても夫の反応は会釈をするだけであった。

これで無愛想な人間だと決めつけるほど陸奥もバカではない。

自分の息子が突然安否不明になったら誰だって不安定になる。

陸奥は2人に早く龍郎の話がしたくて堪らなかった。


「すいません、お待たせしました。」


遅れて妻も2人に合流する。


「ここを出たら外は軍の基地内です。何かあったら必ず私に指示を仰いでください。」


それだけ言うと陸奥は2人を連れて外へ出た。

僅かに残った壁を除いて瓦礫と化した赤レンガ倉庫、その瓦礫を他所へ運び出そうとして入る重機、いずれ作戦に動員されるであろう車両、ヘリコプター。

ついこの前までは考えられないような光景が目の前には広がっていた。


「よく来られていたんですか?」


残骸を見つめていた夫妻に陸奥が声を掛けた。


「休日にモーニングを食べに来るぐらいは。」

「あの辺で犬の散歩も。」

「そうですか…。」


会話はそれで途切れた。

一行の頭上を騒音とともにヘリコプターが通過する。

これでは歩きながら会話もできないと陸奥は思った。

3人は旧赤レンガパーク(倉庫横に広がっていた緑地スペース。事件後、国防軍が敷地を接収し、現在は国防軍を含む政府のオフィス棟が立つ)を越えた先にある旧横浜海上防災基地(現“パンゲア問題共同対策本部”)のゲートへ向かう。


「IDを。」


警備の兵士が陸奥にIDの提示を求めた。

その間、ゲート前に陣取っている別の兵士達は3人が怪しい動きをしないかどうか注意深く監視していた。

陸奥のIDを守衛室の中にいる兵士がスキャナーに通す。


「お通りください。」


金属製のスライドゲートが開いていく。

ゲートを挟むように配置されたライジングボラードも連動して下降する。


「最後の保安検査です。」


本部内に入りながら陸奥が夫妻に伝える。


「この廊下をいつも通り真っ直ぐ歩いてください。」


3人の目の前には10mほどの廊下が続いていた。

廊下の終着点にはモニタールームがあり、複数の検査官がこちらとモニターをチェックしていた。


「この廊下はL字型になってますので止まらずにモニタールーム前を右折してください。

 歩容認証と言って、廊下の左右にあるスキャナーで個人の歩き方を元に認証を行います。

 お二方の歩き方は事前に登録させていただきましたので、ここではいつも通り歩くだけで結構です。

 我々が事前に記録した歩き方と違った場合、

 スキャナーに取り付けられたテーザー銃が発射され、身柄を拘束されるのでご注意ください。 」


それだけ言うと陸奥は廊下を歩き始めた。

陸奥の歩速に合わせてスキャナーがスライドする。

何事も起こらず、陸奥は夫妻の視界から消えた。

スキャナーがスタート地点に戻ってきた。


「お一人ずつ進んでください。」


検査官がスピーカーから指示を出す。

夫が先に進み、妻が最後に廊下を通過した。


「事前にって、いつですか?」


陸奥と合流した後、エレベーター内で妻が尋ねた。


「行方不明者がご子息だと判明した日からです。

 お二方をこちらにお連れする場合に万が一 入れ替わりがあっても対処できますので。」

「入れ替わりだと!?」

「落ち着いてください、ご主人。世の中には目的達成のためだったら手段を選ばない連中もいますから…。

 あくまで予防策です。」

「私達が狙われていると言っているのか?」

「当然です。

 我々も情報漏洩には万全を喫していますが、残念ながらこの国の公僕には忠誠心が足りない人が大勢います。

 そこから漏れた情報を頼りに何としてでも利益を得ようと考える連中は珍しくはありません。

 特に、この前の衝突で崩れた秩序を再建しようとしている今こそ危険なんです。

 ただでさえ各国の動向を注視しなければならない時に未知数の異世界が出現したんですよ。

 我が国は何としてでも邪魔者を蚊帳の外に出しておかなければなりません。

 そのためにはリスクマネジメントとして、多少グレーな行為に及ぶ事も選択肢となります。」


夫妻に反論の余地を与える前にエレベーターのドアが開いた。

1Fとは違って4Fは人の往来が激しかった。

3人はいくつかの部屋の前を通り過ぎて4F最奥隅に位置する一角に足を踏み入れた。


「生憎ここしか使用できなくて…。」


その区画にある4つの部屋にはどれも“取調室”と書かれているプレートが埋め込まれていた。


「もう気にしませんよ。」


そう言って夫が先に部屋に入る。

中にはテーブルが1つとアルミ椅子が5脚、マジックミラーだと思われる壁。


「蘭さんはこちらに。」


陸奥は椅子が2脚置いてある方へと夫妻を座らせる。


「この件に関する説明担当が参りますので、もうしばらくお待ちください。」


残りの2人が来るまで数分と要さなかった。


「お待たせ致しました。」


海上迷彩服に身を包んだ男と、男とは対照的に黒いパンツスーツを身につけた女が入室してきた。

女性が抱えていた書類やらファイルやらをテーブルに置く。

大荷物の女性とは違って男の持ち物はファイルだけだ。


「国防海軍の加賀だ。今はここの本部長を務めている。」

「外務省の木戸です。」


夫妻は両者に頭を下げた。


「それでは時間が無いので本題に入ります。」


陸奥が議事進行を行う。


「本日あなた方をこちらにお呼び立てしたのは他でもありません。

 龍郎くんの安否に関する情報をお伝えするためです。」


陸奥には妻の体がこわばったのが分かった。


「我々が入手した情報によれば、向こうで息子さんは生きています。」


木戸から発せられた言葉で夫妻は目を見開いた。


「本当ですか!? 息子は、息子は生きているんですね!?」

「よかった…。」


夫は身を乗り出し、妻は涙を浮かべた。


「現在、息子さんは身柄引き渡し地点へと移動中です。

 予定通り到着すれば明日の夜には息子さんと対面できるかと思います。」


木戸が書類を確認しながら そう告げる。


「ありがとうございます…。」


夫に手渡されたハンカチで涙を拭いながら妻が答える。


「ただ、息子さんは少々厄介な事に巻き込まれているようです。」


加賀の一言で夫妻に再び緊張が走った。


「厄介な事…?」


夫が妻の肩を抱きながら加賀を見る。


「息子さんが再びパンゲアの地に戻る事を強く希望しています。」

「…、その要求を突っぱねたらどうなるんです?」

「先方の都合で我々も詳細な情報を与えられておりませんので具体的な影響は何とも言えません。」

「何も分からずに息子をまた訳の分からない世界に放り出せと?そんなの無理に決まっているじゃないか!!」

「お言葉ですが、この件に関して決定権があるのは息子さん ただ1人です。

 先方は息子さんが了承すれば他の意見は受け付けないという態度を貫いています。」

「仮に息子が戻ると言ったら息子の身の安全はどうなるんだ!?軍が特殊部隊でも出してくれるのか!?」

「事の詳細は息子さんが同意した後に話すと言っておりますので、まだ我々からは口の出しようが無いんです。」

「滅茶苦茶じゃないか!!我々は何も知らされないまま息子が決断するのをただ見ていろと!?」

「現状はそうなります。」

「成人もしていない自国民が異世界に放り出されようとしているのに国は何とも思わないのか!?」

「同じ親として貴方の気持ちは大変よく分かる。だが、これは非常に高度な政治問題です。

 国家として感情に流されて行動する訳にはいきません。」

「お気持ちはお察し致します。

 私達も息子さんの決定を最大限尊重し、結果によっては十分な支援が受けられるように交渉を進めるつもりです。

 ですので、ご両親もどうか覚悟を決めてください。」


木戸が語りかけた後、部屋には夫の悪態が微かに聞こえただけだった。

加賀が陸奥に目で合図をする。


「ホテルへご案内致します。」

「ホテルだって?」

「暫くの間、お二人にはホテル滞在をしていただきます。職場には我々から既に連絡をさせていただきました。」

「軟禁だな…。」

「安全のためです。どうぞ。」


陸奥は夫妻を連れて部屋を出た。


「彼は“頼み”を聞きますかね?」

「どうだか。」

「軍としては聞いてくれた方が助かるんじゃないの?」

「そっくりそのまま返すよ。そういう駆け引きは外務省の仕事だろ?」


加賀は席を立った。


「時間が無いんだ、行くぞ。」


加賀に続いて木戸も部屋を出る。

2人は同じフロアの反対端にあるもう一つのエレベーターホールへと向かった。

ホールに入るための扉を警備する兵士が加賀に敬礼する。

自分のIDで防弾仕様のガラス扉を開け、加賀は木戸と共にホールへと入った。

扉が閉まり、エレベーターのボタンを覆っていたカバーが開く。


「失礼。」


加賀の後ろから木戸がIDをスキャナーにタッチする。

エレベーターのドアが開き、2人が乗り込んだ。

加賀が室内にある唯一のボタンを押す。

何秒か下がった後、ドアが再び開く。


「お先にどうぞ。」


木戸を先に降ろし、加賀が後に続く。

3、4m程の薄暗く短い廊下を歩く。

廊下の終着点にはドアと、その左右の柱に生体認証装置がある。

2人同時の網膜、掌形、声の認証を終えてドアが開いた。


「状況報告!」


一秒一秒変化する世界の状況を把握するため、作戦司令室入りした加賀の指示が飛んだ。

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