第26話〜いざ、トエリテス〜
【帝国 元老院 皇帝御休所】
「ヴェロニカ隊長より例の件について ご報告があります。」
「聞かせろ。」
「イゾーリダ将軍が何やら嗅ぎ回っておられるようです。」
「パブロフが?」
「王宮での戦闘から帰還した兵士を尋問して詳細な情報を得ようとしていました。」
「生存者の記憶は改竄してあるだろう。」
「真実が明るみに出ることはありませんが、記憶が改竄されたという事実は突き止められてしまうかと。」
「奴らは何を考えているんだ?」
「将軍達も陛下に対して同じことを考えているのでしょう。
軍部を統制しようとしたのが当の本人達からすると面白くないのでしょうね。」
「馬鹿者が…。」
「将軍は如何致しますか?」
「放っておけ。どうせこれ以上のことは分かるまい。」
「畏まりました。」
「他に何か報告することは?」
「ありません。」
「ご苦労だった。」
モルトは椅子から立ち上がり、議場へと向かった。
エヴァノラは頭を下げてモルトを見送った。
【元老院 議場】
「月が輝く中 諸君を呼び立ててしまって済まぬが、急ぎ決議したい案件がある。」
緊急招集を受けてから1時間と経たないうちに出席可能議員の全員が議場に揃った。
「諸君のうち、地方議員としてこの場に列している者を各領地へ送還し、各藩の統治を強化する。」
“まだ”議場は水を打ったように静まり返っている。
「帰還する藩主諸君は妻子を帝都に留め置き、治安維持局から派遣される監督官の受け入れを行うこととする。」
議場が騒めきだす。
「妻子を人質に取るなんて…。」
「我々が不在では立法機関は機能しませんぞ!!」
「儂らを国政に関与させない気か!?」
「監督官の同伴は承認しかねる!!」
「静まらんかぁぁ!!!!」
騒めきが次第に小さくなり、やがて議場には再び静寂が戻った。
「助かったぞ、ホートン侯爵。」
ホートンが一礼して再び席に戻る。
「決議に入ろう。反対の者は挙手を。」
多数の議員が手を挙げるも過半数には及ばない。
過半数を越える訳が無いのだ。
元老院は帝都以外の各藩主が務める地方議員25名と、帝都に住む中央議員25名の計50名から構成されている。
意思決定の際には、ここにモルトを加えた計51名が表決を行う。
中央貴族と皇帝の利害は概ね一致するため、ただでさえ地方議員は分が悪い。
その上、現在 帝都では治安維持局によって反乱分子の拘束が行われており、地方議員も数名が被害を受けていた。
無論、中央議員も若干名が拘束されているのだが、モルトの指示で人数が調整されている。
「次に、賛成の者は挙手を。」
賛成派が過半数を占めた。
モルトは満足げである。
「この法律は明日の正午より施行する。各々、遵守せよ。」
モルトが議場を後にすると、場内は再び喧騒に包まれた。
【帝国 帝都 テンプルトン地区 パブロフ邸】
元老院での緊急招集から数時間、深夜というよりは既に早朝と言った方が適切な気がする時間。
いつもの部屋で2人の男は密談を行なっていた。
「何も分からなかっただとぉぉぉ!?」
「守衛は勿論、奴と親しかった者にも話を聞きましたが何も得られませんでした。」
「馬鹿正直に面と向かって話をしたんじゃないだろうな?」
「自白魔法を使いましたが、彼らの記憶も改竄されていて…。」
「クソ!! アイヴィッシュの野郎も情報を寄越さねぇときた。一体どうなってやがる!!」
「魔導部隊は独立した命令系統ですから将軍の脅しが通用しなかったのかと…。」
「自分の部下が理由も分からず大勢 死んでるんだ。普通は隊長として原因究明を急ぐだろ。
それなのに何だ あの非協力的な態度は?」
「無理矢理 奇襲作戦に動員されたのが不服だったのでしょうか?」
「かもな。同じ軍人だと言うのに我々を格下だと思い込んでやがる。
軍隊を戦闘好きの馬鹿者が集う場所とでも考えているんだろうな。」
「それで、今後はどうしますか?」
「全容が解明されるまで調査は続行する。この作戦を知っている者 全員を調べ上げろ。」
「御意。」
「それと、治安維持局内に我々の協力者が欲しい。用意しろ。」
「御意。」
ルーケンスはパブロフの屋敷を後にした。
【ルヴェン】
昨夜の一件の所為で、結局 寝不足だ。
ただでさえ朝食は少なめなのだから、今日なんかは数口食べるので精一杯だ。
もう1人の当事者であるフレアーの方は何事もなかったかのように淡々と任務を遂行している。
流石 プロフェッショナルだ。
「朝食が済んだ後は馬車に乗り換えていただき、一路トエリテスへと向かいます。」
「ニホンの代表団の方々も国王とともにお待ちですよ。」
恐らく最後の行程確認を行うフレアーに、ルヴェンに待機していたリックの部下から渡された報せを読んだヤコブが付け加える。
「もう少しですね。」
セシル先生が気を使って声をかけてくれた。
「対面したら したで色々と面倒そうですけどね…。」
「ああ。もうやめてくれって程の事情聴取が待ってるよ。」
「斎宮さん、重いこと言わないでくださいよ。」
「先に準備ができてた方が良いだろ?」
「まぁ、突然やられるよりはマシですけども…。」
僕らが朝食を取っているのは相変わらずの船内。
こんな朝早くだと、流通ルートや食品保存の関係でルヴェンの飲食店では上等な飯が出てこないのだそうだ。
パンにスープ、サラダと半熟スクランブルエッグにベーコン。
まんま地球の食事じゃねーかよ。
なんだこれは?
不自由してねーよ。
食欲なくてゴメンなさいだよ。
なんなら病気とかの心配さえすれば、こっちの方が住みやすいぜ。
法律だってあって無いようなもんだろ。
あんなことやこんなことがヤリ放題だぜ。
「皆様、間も無く移動を開始していただきます。」
おっと。
妄想はここら辺でストップ。
フレアーの号令で僕らは下船した。
「船が必要な時は遠慮せず僕に連絡してくださいね!!直ぐに船で駆け付けますから!!」
見送りに来たウィリーがジャンプしながら手を振って叫んでいる。
僕もセシル先生も笑顔で手を振り返す。
目の前の大通りには馬車が停まっていた。
ヤコブ、斎宮さんと順々に乗り込んでいく。
ウィリーはまだ手を振っている。
セシル先生の後に僕も乗り込んだ。
「出すんだ。」
最後に乗り込んだフレアーが御者に出発を伝える。
馬車は軽快に車輪を進めた。
「私も先ほど知りましたが、この馬は特別ですよ。」
そう言ってヤコブがウィンクした。
特別な馬?
馬なんて注意して見てなかったな。
「特別って?」
「もう直ぐですよ、セシル嬢。」
え?
「と、飛んでる!?」
「嘘…。」
「ぺ、ぺ、ぺ、ペガサス!?」
三者三様の驚きが見れてご満悦のヤコブが解説をする。
「国王の計らいです。国王はペガサスの保護と飼育に熱心でして。
希少種ですので本当なら馬車なんか引かせませんからね。私も乗るのは2回目なんですよ。」
飛行機は何度か乗ったことがあるけれども、まさかペガサスに お空へ連れて行ってもらう日が来るとは思わなかった。
やっぱ空路の方が短時間で済むよな。
しかーし、陸路だろうが空路だろうが関係ない。
馬で移動する際に1度言ってみたかったこの台詞。
いざ、トエリテス!!




