第23話〜嵐の前〜
【サビキア トエリテス 国王御用邸】
庭園を挟んで母屋の向かいに立つ御用邸の離れの中に男が3人いる。
2人は椅子に座って膝を突き合わせており、残りの1人は部屋の隅に立っていた。
自分の目の前に座っている相手が国王だと言うのに、男は少しも臆する様子が無い。
彼らがこの場に集まって既に数分が経過していたが、誰も口を開く事はなかった。
この風景はリックにしてみれば それほど珍しい物ではない。
ただ、いつもは根負けしたコーネリウスから口を開くのだが、今回 先に言葉を発したのは男の方だった。
「シャウラッドで近々何かが起こります。」
この時点で男 —枢密院 情報総局 局長 フェムカ・プルトニー・デヨング— はリックが彼に対する憧れの念を更に強まらせるのに十分な振る舞いをしていた。
普段から情報収集と表してパンゲア各地を転々としている この男がわざわざ姿を現した理由が分かった。
彼の一言にバリバリ思い当たる節があるリックはコーネリウスの方へと目を動かす。
後ろ姿でも分かる。
コーネリウスも確かに動揺していた。
2人の反応を見てフェムカも察する。
「おや、ご存知でしたか。」
コーネリウスの動揺した様子は消え、もはや彼に対する呆れに変わっていた。
「どうやって知った?」
「自分の足で歩き、目で見た結果の判断です。」
「この件はこの世界で数十人と知らないと言うのに…。」
「今回の件で魔導協会が情報統制を行ったのは正解ですよ。民衆に知られれば大混乱です。」
「どこまで知っている?」
「パロマノーヴァとゲッティゲンで複数名が魔族によって殺害された事、そして被害者の傷跡から推測すると吸血鬼の犯行である事、それによって魔導協会が極秘でシャウラッド国内に対策部隊を送り込んでいる事、周辺国へ吸血鬼が紛れ込まないように国境が封鎖された事、問題を解決するために手を組まなければならない筈の“大君”と協会の仲が悪い事…、くらいですかね。」
「個人で調べたには十分過ぎる量だ。」
「それで、協会はどう動いているんですか?」
ここでコーネリウスは『まだ知りたがるか!』と彼を諌める事も選択肢になり得るのだが、
「緊急会合を開催するとかで各派閥の超級魔導師をサラサヴァティに招集している。」
情報に対する彼の貪欲さに一同は既に麻痺してしまったと言った方が適切かもしれない。
無論、コーネリウスが彼に情報を与えるのは彼がこれまでに築き上げてきた信頼と実績があってこそなのだが。
「エリナスに? また戦争を始める気ですか?」
「事態が手遅れの場合に備えているだけだ。」
「私が見た限りですと、今はまだ吸血鬼しか活動しておりません。奴らを駆除すれば問題は簡単に片がつきます。」
「そういう事か…。」
リックにもフェムカが言わんとしている事が分かった。
「シャウラッドへ人員を派遣してください。私が指揮をとって奴らを駆除します。」
フェムカの顔には気味の悪い笑みが貼り付けられていた。
【帝国 皇城 皇帝執務室】
「父上、何か御用ですか?」
「そこに座りなさい。」
皇帝の執務机の目の前にあった椅子に座るカテリーナ。
「何か身の回りで変わった事はあったか? 新顔が増えたとか、付きまとわれるような気配とか…。」
「少しもありません。」
「それは良かった。ここ数日は各所で不穏な動きが確認されているからな。」
「父上こそ大丈夫ですか?」
「私は心配無い。…、母さんにも同じ事を言われたよ。」
皇帝はどこか嬉しそうな笑みを微かに浮かべた。
しかし、直ぐに その笑みを消す。
「帝国は不安定な状態だ。事を誤れば国内が分裂する恐れさえある。そのまま行くとどうなる?」
「内乱が起き、他国が干渉してくるでしょう。」
「その通りだ。残念ながらその時、我々だけでは勝ち目は無い。」
「一族は皆 死刑ですか…。」
「そうならないためには味方を作るしか道は無い。」
「誰を味方にするのですか?」
「“大君”だ。」
「どうしてあんな辺境の国と手を組むのですか?」
「シャウラッドを味方にすればモーモリシアにも影響を与えやすくなる。
そうすれば“背骨”をへし折るのは容易だ。」
「噂によると“彼女”は随分とクセがあるようですが…。」
「交渉は難航するだろうな。だが、女同士 気が合うだろう。」
「期限は?」
「無い。あの女に嫌われるか協力を得られるまで粘るんだ。」
カテリーナは父からの『帰ってくるな。』の意味をしっかりと理解した。
「明日の朝一番でシャウラッドへ向かいます。」
カテリーナが踵を返す。
彼女の足音は廊下に響いていった。
「今 彼女をシャウラッドに送り込むのは危険です。」
後ろを振り向くと見慣れた人物が窓枠に腰掛けていた。
この女はどこからでも現れると改めて思いつつ、皇帝はヴェロニカの警告を跳ね返した。
「危険を侵さねば帝国の明日が危うくなる。」
「陛下もシャウラッドの現状をご存知の筈です。」
ヴェロニカは窓から数歩、皇帝へと近づく。
皇帝は、なおも座したままだった。
「何をしに来た?」
「彼女はここに残すべきです。」
皇帝の質問を無視するヴェロニカ。
皇帝も2回同じ事を聞くのは無駄だという事を心得ている。
「ここにいない方が安全だ。」
ヴェロニカには皇帝の声が氷のごとき冷たさを持っているように感じられた。
「あそこは間もなく戦地と化します。そこに送り込む方が安全だと仰るんですか?」
「敵味方の区別が付くだけ帝国より安全だ。」
「事態は以前よりも深刻です。」
これまで現地の最新情報を皇帝に伝えなかった事を彼女は後悔した。
「話せ。」
「被害拡大の速さから考えると…、3週間以内にはコルカソンヌ以外の都市が全滅するでしょう。」
「全滅だと…? 魔導協会が動いているのではないのか?」
「協会は事態が明るみに出ないよう、最低限の人員を秘密裏に動かしています。
ですが、その人数じゃ奴らに勝てません。」
「魔導協会は頼りにならないか…。」
言葉とは裏腹に、皇帝の顔に笑みが浮かぶ。
「最後に頼れるのは帝国だ。」
「…、陛下?」
ヴェロニカには皇帝の考えが分からなかった。
「老師の一門を護衛に加えよう。コルカソンヌに籠城すれば事態が収拾するまで持ちこたえられる筈だ。」
「無茶です。」
「協会とて馬鹿では無い。面子を守るため、然るべき時点で大々的な行動を余儀無くされる。
そして、真っ先に魔導師が配備されるのは“大君”のお膝元、コルカソンヌだ。」
「賛同しかねます。もし協会が動かなかったら?」
「たとえ協会がシャウラッドを見捨てても事実は広まる。
そうすれば我が国はカテリーナ救援を口実に現地へ軍を動かす事が可能だ。
理由はどうあれ、結果としてシャウラッドを救うのは帝国であり、魔導協会ではない。
命の恩人を無下にする程、あの女も愚かではあるまい。」
「私も同行します。」
エヴァノラ達が護衛として同行するのなら、事態がどう転んでも確実に持ちこたえられるだろう。
しかし、ヴェロニカは予感とも言えるレベルで何かを感じ取った。
「私と部下数名の同行を許可してくだされば、殿下の安全は最大限保証します。」
「ダメだ。お前には軍を見張ってもらう。それに向こうで派手に動かれては後々困る。」
皇帝は頑として譲らなかった。
このまま話し合っても埒があかないだろう。
「従軍任務が片付いたら私もシャウラッドへ向かいます。」
彼女は皇帝へ一方的に言いつけた。
皇帝はヴェロニカの主張に賛否を加える訳でもなく、
「何か用があったのでは?」
強引に話題を変えた。
「……。」
しかし、ヴェロニカの耳は雑音として処理する。
何も返さぬまま、彼女は歩いて執務室を後にした。
【サビキア クラッジ】
馬車に揺られることもう数時間、僕らはテーヌ川沿いの街"クラッジ"に到着した。
建物の大半は倉庫のため、街と言っても賑やかではない。
王都とは違い、テーヌ川のような ゆったりとした空気がこの街には流れていた。
未舗装だが踏み固められた土道に馬車から降り立つ。
目の前には街で唯一の宿屋があった。
フレアーの話だと、この街には宿屋・組合・各種雑貨店と言った一通りの施設があるそうだ。
当然の事だが、どこの街でも雑貨店だとか組合の出張所がある訳ではない。
それらが全てあるという事はつまり、この街がサビキアにとって重要な場所だという意味になる。
「船の準備が整うまで暫しこちらでお待ち下さい。」
フレアーが宿屋の扉を開けた。
“鴆鱒荘”と書かれたアーチ状の看板を潜って中に入る。
「ようこそお越しくださいました。軽食のご用意は既に出来ております。」
フロントらしき場所から主人が出てきて挨拶する。
主人に遅れてフロント横の階段を女性が降りて来た。
「アンタ達が政府のご一行様ね。さぁさ、いつまでも突っ立てないで、そっちへ行った行った。
王族の豪華な馬車でも何時間も乗ってたら疲れたでしょう? ここなら安心して寛げるわよ。」
元気の良い女将さんだ。
「ありがとうござ……、えっ!?」
頭から耳が…。
…、ネコ……、耳?
ネコ耳!?
体に電流が走る。
「ここはホントに異世界だな…。」
「ホントですね…。」
斎宮さんは僕と違って純粋な気持ちで驚いているに違いない。
きっとそうだ。
そう思おう。
「どうした? ……、あぁそうか、キャットピープル見た事無いのか?」
無言でコクコク頷く僕と斎宮氏。
「事情は分かるけど今度から その反応の仕方はしない方が良い。
アタシは構わないけど、中には気にする奴もいるから気をつけなよ。」
「気を付けます。」
「エルモア、早速お客様にお茶と軽食をお出しして。」
「はいよ。ほら、そこの部屋に席を設けてあるから座ってな。」
そう言ってフロントの奥へと引っ込む女将さん。
通された部屋には赤い絨毯が敷き詰められていた。
そこには大きな木製の円卓と、これまた木製の椅子が三脚あった。
俗に言う、温かみのある部屋ってやつだ。
よし。
今まで こーゆー機会が無かったけど、ジェントルマンみたく振る舞っちゃおう。
「どうぞ。」
「…、どうしたんですか、急に。」
「カッコつけちゃってぇー。」
茶化すなら茶化せぇ、バーローめがぁ…。
「ありがとうございます、タツロー。」
「ハハ、特別な事はしてませんよ。」
自分が座る前に女性の椅子を引いて座らせてあげる。
男性諸君、これだけで印象は随分と変わりますよ。
「お待ちどーさまー。」
軽食セットが乗ったカートを押しながら女将さんが入ってきた。
上段には3人分(ヤコブもフレアーと一緒に行動中)のティーセットとクッキーみたいな物が乗っていた。
「わぁ、美味しそうなラスキー!!」
セシル先生が直ぐに目をつける。
流石 女子。
このクッキーみたいなお菓子、ラスキーと言うようだ。
女将さんが慣れた手つきで紅茶とラスキーを用意していく。
「まだあるよぉ。」
そう言ってカートの中段から何かのサンドを取り出した。
「牛肉と香草のパレッド挟みだ。お手製ソースでクセになる事間違い無しだよ。」
「美味そうだ。」
こっちは斎宮さんが食いつく。
僕も手にとってみる。
ごく普通のパンだ。
パンにローストビーフとハーブが挟まっている。
ソースとハーブの匂いが食欲を刺激する。
だが、まずはラスキーから処理しよう。
僕は好きな物を最後にとっておく派だ。
ラスキーを口に放り込む。
うん、普通のミルククッキーだ。
商品としては『優しいミルク味』的な感じだろうか。
ほのかなミルク味が絶妙だ。
パパッとラスキー数枚を平らげて紅茶でお口をリセット。
この世界で食事をする度に思うのだが、僕らの世界と変わんねーな。
料理名が違うだけで。
どうせ役に立たなそうだから食材とか料理名を勝手に日本語に脳内変換しちゃおうかしら。
…、ダメだな。
自分1人で注文できなくなる。
「どうしたんですか、タツロー?」
「え? 特にどうもしませんけど…。」
「なら良いんですけど…。先程から何か考え事をなさっているような様子だったので。」
「ああ、そのことだったら、この世界の食べ物は僕らの世界のと変わりないなって思ってて。」
「確かにそうだな。俺もそれ感じてた。」
「機会があったらタツロー達の世界の料理を食べてみたいですね。」
セシル先生はそう言ってニッコリとした。
優しい笑顔だなぁ。
ほんの一瞬、ほっこりとした空気に身が包まれる。
しかし、そういう時は長くは続かない。
セシル先生の癒しスマイルタイムを邪魔する声がありけり。
「皆様、船の用意が整いました。」
フレアー君、次やったらボッコボコのギッタンギッタンだかんな。
主人とエルモアにお礼を言って宿を出た僕らはフレアーに連れられて町外れの船着場に到着した。
そこには川下りにしちゃ立派な白い船が待ち構えていた。
「こちらが皆様方の船です。部屋は お一人様ずつご用意しておりますのでご案内致します。」
船着場と船を繋ぐ木製の渡しを歩いて乗船する。
「お部屋は2階になります。」
船内の階段を上り、手前の部屋からヤコブ、セシル先生、僕、斎宮さん、フレアーの部屋らしい。
部屋の中に入るとドアの横に横幅が両手を広げたくらいあるクローゼットが置いてあり、奥にはシングルベッドとサイドテーブル、それとは別のテーブルと椅子のセットが1組あった。
悪くはない。
他の部屋は確認していないけど同じようなもんだと思う。
船酔いはしない方なので、これなら比較的快適な船旅を堪能できそうだ。
部屋から出ると船は既にクラッジを離れつつあった。
部屋の外の通路(各階の船室は船の中央部分にあり、ドアは全て外側、つまりドアを開けると直ぐに外の景色が目に飛び込んでくる。)に斎宮さんとフレアーがいて何やら話をしていた。
「タツロー、この船 魔法で動いているらしいぞ。」
口調から斎宮さんが少し興奮しているのが分かった。
「下りは魔法を使用せずとも特に問題ないのですが、上りは使用しないと船が進みませんからね。」
「じゃあ今は使ってないんですか?」
「はい。川の流れと船長の舵取りで動いています。」
フレアーの話を聞いて船の最上階に位置している操縦室を手すりに寄りかかって見上げる。
室内に数名の姿は確認できるが誰が誰だか分からない。
「夕食の支度が整いましたらお部屋まで伺います。」
そう言ってフレアーは自室に引っ込んでいった。
斎宮さんも少し寝ると言って部屋に戻る。
一瞬、僕も自室に戻ろうかと考えたが、ざっと船内を見てみることにする。
セシル先生の部屋に行ってラッキースケベを狙うなんて事は決してしないぞ。
彼女に手を出してはダメな気がする。
勿論、据え膳なら話は別ですよ。
据え膳食わぬは何とやらって言いますし…。
…、はぁ。
何考えてんだ僕は…。
現実を考えろよ。
ジャパニーズの冴えない文化部男子高校生を誰が相手にするってんだよ。
さっさと探検して部屋に戻ろ…。
邪念を払いつつ階段を下りる。
まずは1階からだ。
階段を下りきった所を右に曲がる。
さっきは左から来て直ぐに部屋に行ったから1階の右半分は見てないからな。
鍵がかかってて中の確認は出来なかったけど、恐らく階段下のデッドスペースは倉庫だな。
ほう。
ここは食堂か。
乗った時に部屋があるのは分かってたんだけど、レースのカーテンが閉まっていたから見えにくかったんだよね。
乗船口とは逆の側面にある入り口から中に入る。
「いらっしゃいませ。」
あちゃぁ…。
中にメイドがいたかぁ…。
誰にも触れられずに見て回りたかったんだけどな…。
「お飲み物と軽食でしたら直ぐにご用意できますけれど如何致しますか?」
「結構です。船内を探検しているだけなので。」
それだけ言うとメイドは一礼して下がった。
冷たかったかな…。
一応笑顔で言ったんだけどな。
まぁ良いや。
左奥にあるバーカウンターに向かう。
男がいたが先ほどの会話を聞いていたのだろう、挨拶の後は何もなかった。
男の後ろの棚にはビンに入った酒が並んでいた。
ガラスの加工技術はあるらしい。
中の液体は透明なのもあれば琥珀色のもある。
…、酒かぁ。
どれもこれも美味しそうに見えるな。
飲みてぇなぁ。
ここなら法律とか無いだろうなぁ。
飲んじゃうか。
どうせバレねぇよ。
てーか、ドイツだったらもうOKだしなぁ。
思えば今までの人生、勉強、勉強で少しのヤンチャもした事ねぇな。
中学受験をしたと思ったら今はもう大学受験だ。
男子校だったから異性と話す機会も無い。(一部自分にも原因アリ)
やってらんねぇな。
酒くらい飲んだって構わねぇよな。
いきなり異世界に連れてこられてハードなスケジュールを突きつけられて俺は疲れたよ。
酒に溺れてーよ。
何ならこの世界にずっといても良いぜぇ…。
言葉だってセシル先生のおかげで使えるし。
もう、どうにでもなれ。
よし。
俺は飲む。
飲むぞぉ!!!
「一番弱い酒を頼みます。」
小僧の注文に従ってバーテンがグラスに酒を注ぐ。
メロンソーダのような色だ。
「バルボー。ここにある中で一番弱いお酒です。」
礼を言ってグラスを口元まで運ぶ。
匂いは甘ったるい。
チューハイみたいなもんだ。
飲んでも大丈夫。
酔い潰れても逮捕なんてされない。
ここは異世界だ。
「どうかなさいましたか?」
「え? いや、何も。」
えぇい、ままよ!
一思いにグラスの中身を飲み干す。
ちゃんとメロンを使ってる高いメロンソーダの味に近いかな。
にしても、これが酒か…。
まぁ、一番弱いやつだからな。
「もう一杯召し上がりますか?」
「結構です。」
それじゃあ。と言って外に出る。
外の景色は相変わらず。
広大な草原を風が撫でている。
川の両岸どちらにも人は確認されない。
この場には昼下がりの穏やかな時が流れていた。
ほろ酔い気分でこの雰囲気の中に身を出したからか、眠気が襲ってくる。
「用件だけ片付けるか。」
1階のどこを見渡しても下に行く階段は無かった。
地下は無いのか。
続いて3階に上がる。
2階の探検は部屋に戻る直前にしようと思ったからだ。
2階と3階の踊り場に着いたところで声が聞こえてくる。
「障害なーし。前進継続。」
「前進継続。」
階段を登り終えないうちに室内の様子が分かった。
3階は全て操縦室のようだ。
船員の一人がこちらに気付く。
「航行に何か不自由な点はございませんか?」
「あ、えっと、特に無いです。」
「それは良かった。」
いきなり話しかけるなよ。
オドオドしちまうだろうが…。
「明朝にはルヴェンに到着ですよ。」
「そうですか。」
いかん。
会話が続かない。
「夜間の航行もご安心ください。この船の安全性は私が保証します。」
「ん? まさか…。」
「はい。私が船長のウィリーです。」
若くね…。
20代かそこらだろ…。
「お若いですね。」
「父から引き継いだばかりなんです。」
おいおいおいおいおい、大丈夫なのかよ。
「あ、見た目こんなんですけど、腕は任せてください。」
「期待してますよ。」
自分で言うなよ。
「もし夕食までお時間があるのなら船内のご案内でもいたしましょうか?」
「お気持ちはありがたいんですけど、自室で休もうと思います。」
「長旅でしたもんね。ゆっくり休んでください。」
「ありがとうございます。」
よし。
退散するぞ。
「それでは僕はこれで。」
「ではまた夕食の時に。」
操縦室を後にして2階に降りる。
2階も一通り散策したが、めぼしいものは何もなかった。
「それにしても眠いな。」
やはり酒なんて飲まなきゃ良かった…。
早く部屋に戻って寝よ。
「あれ…。」
後から効いてきたな…。
「気持ち悪い…。」
部屋に戻って水飲もう。
自室に行こうとしたがまっすぐ歩けない。
不味いな…。
脳梗塞か?
「斎宮さ…、誰か…。」
斎宮さんばかりか、誰も応答しない。
聞こえないのか?
部屋をノックするも応答がない。
「寝てんのか?」
クソ…。
ふらつきながら部屋の前までたどり着く。
「鍵…。」
ポケットだったな…。
朦朧とする意識の中、やっとこさ部屋の中に入る。
「クソ…。」
船の上で飲酒なんて二度としねえ…。
「み、水…。」
テーブルの上の水差しに手を伸ばすも届かなかった。
床に倒れていた。
死ぬのか?
何に手を伸ばしているのか自分でも もう分からなくなっている。
ダメだ…。
目の前が真っ暗になった。
更新の間隔が大幅に空いてしまいました。
この場を借りてお詫び申しあげます。




