第22話〜日莎対面〜
【サビキア テーヌ川下流】
昨日の早朝に王都を出発したコーネリウス一行は、夕方前には陸路で川沿いの街クラッジへと到着した。
クラッジからは水路で半日かけてルヴェンへと向かい、そこから数時間程馬車に揺られれば目的地であるトエリテスに到着する。
現在、一行は後もう数十分でルヴェンに到着する場所にいた。
「陛下、そろそろ お時間です。」
リックは朝から自室で書類仕事をこなすコーネリウスに声をかけた。
ただ、時間なのはコーネリウスではなくてリックの方だった。
基地を訪れた際に仕込んでおいたミロライトを通して状況を把握していたリックは、国防軍が先にトエリテスに到着する事を昨夜の内にコーネリウスへ伝えていた。
「彼らの道案内は他の者でも務まるのではないでしょうか?
私は陛下の警護の方が重要な使命です。」
「其方が彼らの案内をするんだ。余の警護なら心配するな。」
コーネリウスの言う通り、船には一行(大半はコーネリウス)の護衛のためにサビキア軍から選抜された兵士が同乗していた。
「何かありましたらお呼び下さい。直ぐに駆けつけます。」
「くれぐれも彼らには不自由をさせるなよ。」
「心得ております。それでは…。」
いつものようにリックはその場から消えた。
【サビキア トエリテス沖】
「君はもう少し静かに登場出来ないのかね…?」
「すいません…、つい癖で…。」
“おおすみ”甲板で銃口を向けられているのはリックだった。
「銃を下ろせ。彼は案内人だ。」
いつものように雷鳴と共に甲板へと現れたリックは警戒中の海兵に取り囲まれていた。
五十嵐が急いで駆けつけて事情を説明する。
「助かりました。」
「君に ここで死なれちゃ俺の首が飛ぶ。」
「ご心配無く、僕は ここじゃ死にませんから。」
恐ろしい事を笑って言ってのけるリックに対して少し背筋が凍える気がした五十嵐であった。
「航海士に伝えてください。もうすぐ視界にトエリテスが見えます。」
五十嵐が海兵にそのまま命令する。
「辺り一面 海原だがどこに街が見えるんだ?」
「目に見える物だけを信用してちゃ この世界では生きていけませんよ。」
「あぁ…?」
どういう事だ?と五十嵐が口を開きかけた時、艦が何かを通過した感触があった。
「嘘だろ…。」
「ね、言ったでしょ?」
目の前 数キロ先に街が現れた。
「外敵用の迷彩結界です。」
「凄いなぁ、おい…。」
「あそこに1つだけ空いているドックがあるの分かりますか?
そこに船を停めてください。」
無線でブリッジへ連絡する。
船の進路がドック方面へと変わる。
「ようこそ、サビキアへ!!」
リックは笑った。
「キレイな街だ。イタリアみたいだな。」
「イ、タ…リア?」
「こちらの世界にある国だよ。海に面していて まさにこんな感じだ。」
甲板からはドックとその背後に建っているオレンジ瓦の建物群が見えた。
「トエリテスは斜面に出来た港町なんです。
あの広場から伸びる通りが大通りで、そのまま坂を登ると関所があります。
半端者は入ってこないのでご安心を。」
リックが指差した広場には日常生活の営みの最中である人々が大勢いた。
広場と大通りには白いテント屋根の出店が隙間無く並んでいる。
「この街は海軍艦の修理や保養客、漁業で成り立っています。
ですから大きな船を見るのは以外と慣れているんですよ。」
とは言うものの、鋼鉄の船を見た事がある者は1人もいないだろう。
こちらに気が付いた人々がドックへと移動しているのが見える。
艦は指定されたドックに進入して停船した。
「住民の悪感情は杞憂でしたね。」
井上が五十嵐へと声をかける。
彼らの視線の先には歓声を上げて一行の到着を歓迎する民衆の姿があった。
「こちらで馬車も用意してありますが、あの魔法の車を使った方が良いですね。
道を開けている間に準備してください。」
リックが言う魔法の車とは ただの自動車の事なのだが、当然彼らからすると魔法で動く車に見えたに違いない。
基地で初めて自動車を見た時、流石のリックも『君達の世界にも魔法があるじゃないか。』と言った程だ。
「急いで荷物をまとめろ!! 少しも時間を無駄にするな!!」
五十嵐が上陸組に檄を飛ばす。
人間の準備が出来る前に陸上で彼らの足となる高機動車が降ろされる。
「井上さん、そっちの準備は良いか?」
「大丈夫だ。」
「それでは総員、車列へ向かえ!!乗車次第出発だ!!」
軽装甲機動車、高機動車、機動戦闘車の3台で構成された日本使節団の車列は、沿道にいる好奇の目を向ける民衆の前を通り過ぎていった。
【サビキア 王都郊外】
「予定通り行けば日没前にはクラッジに到着します。」
「そっから明日の昼くらいまで川下り?」
「左様でございます。トエリテスには明日の夜には到着する見通しです。」
この場、というか馬車の中には僕、セシル先生、斎宮さん、ヤコブ、フレアーの5人がいる。
フレアーの説明を聞いて斎宮さんが目を閉じる。
「会えるのか、日本人に。」
斎宮さんがポツリと言う。
そうだよな。
会いたいよな。
こちらにいた期間の問題じゃないよな。
非日常すぎるもん…。
こっちにいれば日本で感じるようなストレスとか受験競争とか関係ないけど、それとこれとは話が違うもんな…。
取り敢えず日本に帰りたいよな。
忘れていたけど、僕だって家族が心配しているはずだ。
え?自分が忘れていたのに家族はどうなんだって?
心配しなさんな。
仲は悪くないから心配しているはず。
きっとしてるはず…。
それに僕は学生だ。
本業が疎かになってはならない。
帰って入院とかしても数ヶ月で学校復帰だ。
また受験戦争の日々に戻るのか…。
うーん…、帰らなくても良くなってきたぞ…。
邪念を振り払いつつ、ふとセシル先生を見る。
何故かって?
野暮なこと聞くな。
斎宮さんを見るセシル先生の眼差しは何だか寂しげだった。
「斎宮さんも絶対に顔出してくださいね!」
「勿論だよ。
でもお前は良いよなぁ…、何で俺は同行出来ないんだよ…。」
斎宮さんが言っているのは例の件だ。
正直言って僕も困る。
頼まれた内容もそうだし、この場での回答もだ。
僕はフレアーを見た。
フレアーもこっちを見ていて目が合う。
『こればかりは致し方ありません…。』という顔をする。
「申し訳ありませんが、私も詳しい事を聞いていないんです。」
「はぁ………、コーネリウスさんに聞くしかないかぁ…。」
溜め息をついて外の景色を見つめる斎宮さん。
誰も掛ける言葉が見つからない。
沈黙を保ったまま、僕達はもう暫く馬車に揺られた。
【サビキア トエリテス 国王御用邸】
日本使節団が到着してから数時間後、御用邸2階の通りに面する廊下にいた五十嵐は外の喧騒が一段と大きくなった事に気が付いた。
廊下の向こうにいる井上も同じように窓の外を伺っている。
「何かあったんですかね?」
五十嵐が廊下の向こうに大きな声で話しかける。
「分からないが声色的に恐怖の類じゃないな。どちらかって言うと興奮だ。」
井上も同じ声量で言葉を返す。
結局の所、2人は原因が分からず外を眺めていた。
するとそこへ、右後ろにある階段を誰かが上がってくる音が聞こえた。
五十嵐は後ろを振り返る。
視界にはリックの姿が映っていた。
「国王陛下が市内に入られました。間も無くの到着ですので皆様 大広間へお越しください。」
「井上さん! 国王がやってくるそうです。全員 下の大広間へ集合させてください。」
「分かった。」
日本使節団が大広間へ集合してから十数分後、コーネリウスはお昼過ぎに御用邸へと到着した。
「準備してください。」
リックが壁に沿って並んだ使節団に声を掛ける。
背筋を改めて伸ばす一行。
「コーネリウス国王陛下のご入場です。」
衛兵が大広間の扉を開ける。
ファンファーレが鳴る中、コーネリウスは王妃と共に大広間へと入ってきた。
部屋にいた者達が拍手で歓迎する。
コーネリウスとレネは使節団の元に歩み寄って一人一人に挨拶をする。
「ニホンの使節団よ、よくぞ いらしてくれた。」
「こちらこそ お招きあずかり大変光栄です、陛下。」
最後に全権の井上が挨拶を返す。
コーネリウスとレネが座った後、使節団は2人の前に横一列で並んだ。
井上とリックが前に出る。
「陛下、こちらがニホン国より参られた外交使節団と、その団長のイノウエ殿です。」
リックに紹介された井上はコーネリウスへ一礼する。
「只今 紹介にあずかりました、日本国外交使節団全権の井上光太郎でございます。」
「まずは其方らに謝らねばな。急な頼みであったが、遠方より我がサビキアの港町まで よくぞ参ってくれた。
約束通り2人はこちらへ向かっている。」
「ありがとうございます、陛下。」
「うむ。————— 余は回りくどいのが少々苦手でな。早速だが本題に入らせてもらう。
リックから聞いていると思うが、其方らに幾つか頼みがある。」
「はい、陛下。」
「1つ目は其方らと我が国の関係だ。是非とも友好国になって欲しい。」
「勿論です、陛下。」
「そうか、安心した。2人を返した途端、掌を返されては ひとたまりもない。
—————2つ目は其方らの活動場所についてだ。
現在、其方らは帝国領ブニークに基地を構えておるのだったな?」
「左様です、陛下。」
「そこを手放せとは言わん。だが、其方らにはこの街にも いて欲しい。
無論、ドックも自由に使ってもらって構わんし、市内での自由行動も認める。必要とあらば護衛も付けよう。」
「誠に嬉しいお話ですが、我々はその点に関しては慎重な意見でございます。」
「何故だ?」
「陛下のお許しをいただいても、我々がこの地で生活をすれば少なからず市民に影響を与える事になりかねません。
その事によって起こる問題を我々は危惧しています。」
「其方らが来た時には大歓声だったと聞くが?」
「それも一過性の物という可能性も考えられます。」
「それは考え過ぎだ。どう思う、リック?」
「ニホンの方々が接し方を誤らなければ、我々からニホンを遠ざけることは考えられません。
それに、万が一 敵がこの地を狙っていると お考えでしたら、それは杞憂です。」
「この街には結界が張ってあってな、陸上から以外は一定距離に近づかないと視認出来んのだ。」
「上空は常に我が空軍が見張っておりますので、敵が結界突破を試みても戦闘によって撃破されるのがオチです。
海上からの侵入を試みても、帝国が軍艦を出港させた段階でこちらも海軍を展開しますので問題ありません。」
「————— 分かりました。しかし、我が国が現在 帝国領ブニークにおいて運営している基地は存続させます。
日本政府としては当分の間は非戦闘員のみをこちらに常駐させます。
それから、どこか長期的に我が国が独占して使える建物を用意していただきたく思います。」
「ここではダメかな?」
「…、ここは陛下の御用邸では…?」
「実を言うと余は滅多に ここには来ない。ここで良いなら好きに使ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「3つ目は通商だ。取引を行う事を前提に今後詳しい協議をしてもらいたい。」
「喜んでお受けいたします、陛下。」
「4つ目は我が国の国防に関してだ。其方らの本拠地が今後も帝国領になるのは分かった。
だが、我が国が危機に瀕した時、其方らには是非とも力を貸してもらいたい。」
「我が国の兵士を危険にさらす以上、こちらにも条件があります。」
「申してみよ。」
「サビキア国内での あらゆる行動の許可をしていただきたい。」
「普通に考えて、何でもして良いという訳にはいかないだろう。」
「勿論です、陛下。我が国としては特に天然資源の採取を希望します。」
「好きにしろ。ただ、鉱山資源に関しては其方らが自力で見つけた物に限るぞ。」
「結構です。」
「他に何をしたいんだ?」
「我々に敵意を持つ者、それか我々が脅威だと判断した対象に我々自身で対処する権利です。」
「つまり、我が国で其方らが行う血生臭い行動を黙認しろと?」
「…、そうなりますね。」
「面白い。しかし、その対象について我々も同様に脅威だと判断した場合はお互い仲良くしてもらおう。」
「承知致しました。」
「それでは、以上2点が目的のサビキア国内の自由行動を許可しよう。」
「誠に感謝致します。それでは後程、両国の国防担当者で話し合いをさせましょう。」
「それが良い。————— では、次が最後だ。」
「何なりとお申し付けください。」
「2人の内、少年の方に頼み事がある。」
「どのような?」
「詳しくは言えないが、非常に重要な頼み事だ。
当然、引き受けるとなれば危険も伴い、長い間 祖国に帰れなくなるだろう。
だからこそ、其方らに公的な許可をもらいたい。彼のためにも。」
「政府として彼に許可を出したとして我が国に何の利点が?」
「他国への仲介をしてやろう。もし其方らを狙っているのが外国の者であったらどうする?」
「————— 彼に頼みたい事をお尋ねしたいのですが?」
「申し訳ないが それは出来ない。」
「案件の内容が不明な以上、我が国としては無闇に公用認定を出す事は出来ません。」
「 彼が引き受けると言った場合には其方らにも話そう。それならば問題あるまい。」
「もし彼自身が引き受けても、内容によっては公的な任務として承認し兼ねます。その時はご了承ください。」
「その心配は無いと思うが、承知した。」
「我が国がその頼み事を公的な任務と判断した場合、
今後 我が国が要請する対外調整を完全かつ速かに履行してくださる事を期待します。」
「引き受けよう。」
「恐れ入りますが陛下、局長が参られました。」
伝令が来た訳でもないのに、井上の隣にいたリックが突然口を開く。
「そうか。…、井上殿、一先ずこの場はこれでお開きにしよう。」
「貴重なお時間を割いていただいて大変感謝しております。」
井上に合わせて日本使節団全員が一礼する。
コーネリウスとレネは玉座から見て左側にある扉から退出した。
「夕食まで もう暫くございますので ごゆっくりお寛ぎください。
何かご用件がありましたらメイドにお申し付けください。」
リックにエスコートされながら使節団も部屋を後にする。
井上と五十嵐の頭は、例の頼み事の件で一杯だった。
題名を変更しました。
この場にて ご報告させていただきます。
日々 試行錯誤しながら執筆しておりますゆえ、各話でレイアウトが異なっておりますが ご了承ください。




