第20話〜サビキア国〜
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【サビキア 王都 王宮 正面車寄せ】
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朝食を食べた後、僕達は“視察”という名目のもと王都散策をすることになった。
馬車に乗り込み、十数分ほど坂を下ると市街地に到着した。
「朝市の時間ですね。
この通りには毎朝 商人達が露店を構えるんです。
同じ物でも建物を構えている店で買うより安いんですよ。」
ヤコブの解説付きで散策は進んで行く。
朝市をやっている通りを抜けると大きな十字路にぶつかった。
「ここを右に曲がると“王立魔法魔術大学校”、左に曲がると“冒険組合”がありますがどちらに向かいますか?」
ここの魔法学校は確かセシル先生の母校だったよな。
だとすると詳しく案内してもらえたりするのかな。
「僕はセシル先生の母校を見てみたいです。
斎宮さんは?」
「冒険ギルドってのも良いけど、まずはそっちから行くか。」
「そんなに面白くないですよ、学校ですから…。」
セシル先生は苦笑いで答える。
「それでは決まりましたね。」
いつ見てもヤコブは楽しそうだ。
馬車は十字路を右に曲がった。
先程とは打って変わって人通りはあまり多くなかった。
店の種類も書店や何かの器具店という風に異なっている。
「急に人が少なくなったな。」
斎宮さんが外を見て言う。
「こちら側は魔導師やカレッジの生徒しか利用しませんからね…。」
セシル先生が説明する。
「カレッジ?」
「王立魔法魔術大学校を指す通称です。」
そうだな、確かに王立魔法魔術大学校じゃ言いにくいや。
「この通りは主に魔導師が使う触媒や実験の器具などを売っているお店が多いです。
一般の人が寄るとしたら書店くらいですかね。」
そういえば、こちらに来てから文字を見ていないな…。
言葉はセシル先生のお陰で理解できるけど文字は読めるのか?
「あのぉ、セシル先生。
僕らは文字を読めるようになっているんですかね?」
「心配しないでください。
読み書きどちらもできますよ。」
「書きもですか!?」
「はい。
不思議な感覚ですけど直ぐに慣れると思いますよ。」
そんなことあるのか…。
初体験、だな。
「皆さん、着きました。」
ヤコブが外を見ながら言う。
「馬車で入れるのはここまでなんです。」
セシル先生に言われて僕らは馬車から降りる。
目の前にはデッカい門がそびえ立っていた。
「今 開けますね。」
セシル先生が門に手をかざすと門はギギィィという音を立てて開いた。
流石に僕もこれくらいじゃ驚かなくなった。
「今はここが魔導協会の本部なので防御魔法が特に厳重に施されているんです。」
「へぇ、そうなんですか。」
「本部っていうからもっとドタバタしてるかと思いましたけど、人はあんまりいないですね。」
「協会で働いている魔導師の方は独自のルートがあるんですよ。
この時間だと学校も始業していますので生徒達もほとんど校舎内です。」
「そういうことかぁ。」
そんな話をしながら校門から並木道を抜けるとレンガ造りの守衛室があった。
中から小柄な男性が出てくる。
小柄というか見た目は小人族か何かのそれだ。
「フィルチさん、お久し振りです!!」
「セシルちゃんじゃないの!!
また会えて嬉しいよ!!
元気だったかい?」
「勿論です!!
フィルチさんも変わってませんね。」
「これでもしっかり歳はとってるよ。」
「まだまだこれからですよ。」
「君とならいつまでも話をしてしまいそうだ。
だけどセシルちゃん、講堂で校長達がお待ちだから今日のところはここまでだな。」
フィルチは守衛室から見える教会のような建物を指さして言った。
「校長がですか?
私を待っているんですか?」
セシルは驚いていた。
そりゃそうだろ。
フラッと来た僕らを待ってるとか言われるんだもの。
「ええ。
何でも、どうせ異世界の方々を連れて観光がてら来るだろうからと…。」
動きが読まれている。
未来でも読めるのか?
それとも超能力か?
何なんだ、全く…。
「分かりました。
ありがとうございます。
…、校長には敵いませんね…。」
「さぁさ、お連れの皆さんもご一緒に。」
え?俺らもか…。
校長が待ち構えているところに行くのか…。
嫌だなぁ…。
心ではそんな事を思いつつも、現実には行くしかないのである。
僕らはその講堂とやらに向かった。
入り口には警備と思しき人が2人いた。
「セシル導師と連れの お二方のみをお通しせよと命令されております。」
「おやまぁ。
それでは私はここで待っていますね。」
ヤコブを外に残して僕らは中に入る。
中もまんま教会だった。
横長の椅子が前から何列も並べられており、正面にはステンドグラスがあった。
床は板張りで歩くたびにコツコツと音が鳴る。
壇上には男女4人がいた。
何やら話をしていたが、こちらに気が付いて中断する。
「久しぶりね、セシルちゃん。」
「お久し振りです、クロエ校長。」
あのオバさんが校長かぁ。
やけに色気のある校長だな…。
クロエは細身で足が長く、その割に胸も主張があって、男を煽るようなその赤いロングヘアが何ともたまらない。
顔も美人。
少しキツそうなのがまた良い。
「立派にやっているそうだね、セシル君。」
「マクビー教頭もお元気そうですね。」
メガネをかけたハゲちゃびんの中年男性へ話し掛ける。
磯◯家の波◯か?
「教え子との再会を喜ぶのは良いが、役者が揃ったのなら早く話を始めましょう。」
恩師達との再会へ無粋にも老人男性が口を挟む。
「セシルちゃん、こちらはコート魔法大学校のパイクスヴィル校長とターナー教頭よ。」
クロエから紹介された2人は会釈する。
「そちらが例の?」
パイクスヴィルが僕と斎宮さんを見て言った。
「はい。
タツローさんとシゲルさんです。」
「言葉は分かるんですか?」
「分かりますよ。」
斎宮さんがパイクスヴィルの質問に答えた。
質問の方向はセシル先生に対してだったが…。
「なら良かったです。
蚊帳の外では退屈でしょう。」
何だ、蚊帳の外って。
このジジイめ。
「紹介が済んだ事ですし始めましょうか。」
「そうね。
…、先ず始めに、セシルちゃん、貴女の状況は正直良くないわ。」
「はっきり言った方が良いでしょう。“良くない”じゃなくて、“最悪”です。」
「パイクスヴィル校長、それは貴方達の意見でしょう?」
「セシル君、君のせいでコートは封鎖された。」
「それは彼女のせいじゃないって話したでしょう!!」
どうやら僕らが来た時には話し合いをしていたのではなく、喧嘩をしていたみたいだ。
「依頼主が別にいたとしても、実行役として彼女には責任の一端がある。」
パイクスヴィルとターナーの声は落ち着いていたが、内容は紛れもない糾弾だった。
実行役が彼女だった事、それを受けてコートが閉鎖された事は事実だったのでクロエも完全な弁護はできなかった。
「……、申し訳、ありませんでした…。」
セシル先生は謝った。
取り敢えず、謝った。
「今も生徒達が囚われの身となっている。
この事は心に留めてください。」
「これ以上彼女を責めるのはやめてちょうだい。
そんな事したって事態は好転しないわ。
それよりも本題を話しましょう。」
クロエの提案をパイクスヴィルも渋々受け入れる。
「そうだな。」
「本題…?」
セシルには検討がまるでつかない。
「実は1つ頼まれて欲しい事がある。」
パイクスヴィルが改まった口調で言う。
「何ですか?」
セシルも何を言われるのか不安そうだ。
「実はね、ミネルバ女史に俗世へと出てきてもらいたいの。」
クロエが言いにくそうに頼むとセシル先生は目を見開いた。
「そんなの無理に決まってるじゃないですか!!」
「我々じゃあ無理だが、あの老婦人は君の事は弟子にしたんだ。
頼むよ。」
マクビーも口を揃えた。
「あれは色々ありましたから…。
それに、あの人はとんでもない事が起こらない限り出てきませんよ…。」
セシルはあくまで拒否がベースだ。
「そのとんでもない事が起ころうとしています。
先程はあんな事を言いましたが、それとこれとは話が別です。
どうかお引き受けしてください。」
パイクスヴィルがセシル先生に向かって頭を下げた。
ターナーもパイクスヴィルに続く。
「とんでもない事って…?」
「申し訳ないけど それは言えないわ。
この事は協会内の限られた一部の者しか知らないの。」
「セシル君、上級以下の魔導師でこの件を知っているのは君だけだ。
この意味が分かるね?」
「はい。
マクビー教頭。」
「魔導協会会長として貴女にお願いするわ。
セシルちゃん、この手紙をミネルバ女史に手渡して。
この件の詳細が書いてあるから、女史もこれを読めば絶対に俗世に出てきてくれるはず。」
「師匠にはこの手紙を手渡します。
ですが、それでも師匠の協力が得られない場合は了承してくださいね。」
「勿論よ。」
「そこの お二方もこの件はくれぐれも内密に。」
「分かりました。」「はい。」
そんなヤバイ事が起こるのか…。
それにしても他言無用なら なぜ僕らにも話を聞かせたんだ?
多少の疑問が残るものの、僕らは講堂を後にした。
「クロエ君、彼らは本当に力になるんですか?」
再び4人になった講堂でパイクスヴィルが尋ねる。
「私の愛弟子曰く、小さい方の彼はコーネリウスの御眼鏡に適ったそうよ。」
「私が一番文句を言いたいのはそこです。
セシル君の件を含め、君達は政府と仲が良すぎますよ。」
パイクスヴィルは心底”政治”が嫌いなようだ。
「貴方達は政府と仲が悪すぎなのではなくて?」
「これは、一本取られましたな。」
「ターナー教頭、君はどちらの味方なんですか?」
「中立です。」
「それじゃあ私はコーネリウスの所へ行ってくるわ。
諸々話し合ってこないと。」
そう言ってクロエも講堂を後にした。
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【サビキア 王都】
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僕らは講堂を出た後、校内見学は延期して馬車に戻った。
ヤコブも浮かない顔をしたセシル先生を見て察するところがあったようで特に何かを聞く事はなかった。
彼は出世する男だと思う。
馬車は冒険組合の方角へと走り始めた。
王宮に戻った方が良いかとも思ったのだがセシル先生が折角だからと気を使ってくれた。
「冒険組合ってゲームみたいだな。」
「ホントそうですよね。
僕も思いました。」
「様々な依頼を引き受けて報酬をもらう。
冒険組合は言ってみれば何でも屋です。」
冒険組合へと続く通りは十字路の左右だけでカレッジ方面とは人の数が違った。
「やっぱ組合の方が人通りが多いですね。」
「勿論ですよ。
組合は誰でも利用できますからね。」
外から賑やかな声が聞こえてきた。
「ありゃりゃ、またか…。」
「どうかしましたか?」
「組合の難点は荒くれ者が多いことなんです。
ですから喧嘩が頻発するんですよ。」
馬車から降りると喧嘩の野次が鮮明に聞こえた。
「イーケイケーー!!」「ブッ殺せ!!」「ヤっちまぇーー!」「逃げるな腰抜け!!」
喧嘩しているのは…、牛だ…。
人型の牛と人間が喧嘩している…。
あれは確か…。
「ミノタウロスだ…。」
斎宮さんが呟いた。
「そうでした、お二方はまだ亜人種を見たことがないのでしたね。」
「本当にいるんですね…。」
「ここは冒険組合があるので さほど珍しい光景じゃないんですよ。」
ヤコブの説明を聞きながら停車場から組合の建物まで歩いて向かう。
喧嘩はミノタウルスの勝利で終わったが、人間の男の仲間が襲いかかる。
「貴様ら、卑怯だぞ!!」
「うるせー!!」
「俺らも頭に助太刀するぞ!!」
ミノタウルスの仲間も参戦する。
もはや大乱闘だ。
「正面入り口からは無理そうですね…。
あちらから行きましょう。」
ヤコブに言われて建物の脇を目指しかけた時、不意に喧騒が止んだ。
「ん?」「おや。」
同じ方面を見た斎宮さんとヤコブの反応は違った。
勿論、訳知り口調がヤコブだ。
2人の視線の先には男性がいた。
組合正面入り口から出てきた男性と、その目の前で大乱闘をしていた男達と野次馬。
後者は前者を見て酔いが覚めたように大人しくなった。
「お前達、組合の目の前で何してる?」
「すいません…、ローウェルさん…。」
「他所でやってくれ。」
「に、逃げろ!!」
群衆は蜘蛛の子を散らすように はけていった。
「トマス!!
新製品の売り込みかい?」
「ヤコブ!!
お前こそ組合に何の用だ?」
「貴賓達の王都視察のお供さ。」
「これはこれは、大変失礼致しました。
私はトマス・ローウェル。
武器の製造と販売をしています。
昨日の晩餐会にも出席しておりましたので お三方のお姿は拝見させていただきましたよ。」
トマスは尖った顔に満面の笑みを浮かべて挨拶してくれた。
「トマスの武器はサビキア軍や組合で高評価なんですよ。」
「お世辞は止めてくれよヤコブ。
真面目に商売しているだけさ。」
「そうだ。
後でお前の所へ寄って良いかい?」
「別に構わないが今日中に仕事でトエリテスに向けて出発しなくちゃならないんだ。
時間によっては俺抜きになってしまうけど大丈夫かい?」
「構わないよ。
それにしてもお前も忙しいな。」
「仕事で忙しいっていうのはありがたいことさ。
お三方も王都視察を楽しんでくださいね。
それじゃ!」
そう言ってトマスは停車場の方へと向かっていった。
「メリハリがあるっていうか、不思議な人ですね…。」
「商売柄悪い印象が強いのですがアイツは良い奴なんですよ。
さ、中に入りましょう。」
外から建物を見ても分かるように明かり取りの窓が少なく、昼間なのに組合の中は薄暗かった。
中は大勢の人がいてガヤガヤしている。
勿論、亜人種も沢山いる。
ミノタウロス、トカゲ人間、狼男…。
「係りの者に説明させましょうか?」
「お願いします。」
ヤコブがカウンター越しに事情を説明する。
相手は普通の人間のようだ。
話が終わったようでヤコブがこちらを振り返る。
「こちらの方が説明してくださいます。」
「初めまして。
本日は私パルテールがご案内させていただきます。
質問等ありましたら何なりとお申し付けください。」
パルテールはぺこりと頭を下げてニパッと笑った。
ショートカットの女の子だ。
カワエエのぉ。
「さてと…、まずは冒険組合の歴史についてお話ししますね。
組合設立は古の建国期にまで遡ります。
十五年大戦終戦後、八遊星の1人“サビク・アーフェルカンプ”が設立した“冒険倶楽部”が組合の起源です。
やがて冒険倶楽部の規模はパンゲア全土に広がって名称も今の“冒険組合”へと変わり、現在では魔導協会を凌駕するパンゲア最大の組織として知られています。
組合は“組合長”とその拘束機関である“委員会”によって運営されており、
組合員の方々はシャウラッドにある本部と幾つかの町にある出張所にて組合のサービスを受けられます。
窓口にてオロナ銀貨1枚を登録料としてお支払い後、
冒険者の方には“組合員証”を発行させていただきます。
この組合員証は各国で冒険者の身分証としても通用しますので持っておくことに損はありません。
組合員はクリアした依頼の数や難易度に応じてLv.1〜7まで厳格にランク分けされており、それによって依頼の受注可否が決まります。
また、組合員証を提示しなければ依頼の受注ができませんのでご注意ください。
万が一 組合員証を紛失してしまった場合は窓口にて再発行可能ですが、
再発行料としてオロナ銀貨3枚が必要です。
組合に関する説明は一通りしましたけど何か質問はありますか?」
「組合に入れない人っていますか?」
「組合規則に違反しない限りは原則として いかなる種族の方もご利用いただけます。」
「依頼に失敗したらどうなるんですか?」
「Lv.5以下の依頼の場合はペナルティとして1回の失敗毎にバツ印が1つ付いてしまいます。
バツ印が5つ付いてしまうとランク降格処分となってしまうので依頼はよく選んで受注してください。」
「そのバツはどうにかならないの?」
斎宮さんも興味があるのか、カウンターに顔を突き出して聞く。
「ランクを上げることでしかバツは消えません。
依頼の中にはバツ付きお断りも少なくないので気をつけて下さいね。」
突き出された斎宮さんの顔から逃げるように後ずさって答えるパルテール。
「Lv.6以上はペナルティが無いの?」
「Lv.6以上の依頼に関しては難易度が他とは桁違いですので組合としては失敗しても やむなしという判断です。
ただ、Lv.6以上の依頼になると暗黙の了解として依頼先を指定出来るようになるんです。
ですからLv.6だったら比較的に失敗ということは少ないんです。」
「Lv.6だったら?」
「ええ。Lv.7に関して言うと、まず依頼自体が滅多に来ません。
難易度査定は組合が行うのですが、ここ数年は1つもLv.7に相当する依頼は来ていません。
私の記憶が正しければ、前回来たLv.7の案件は依頼先複数指定の怪物討伐依頼だった気が…。
人里に現れた迷宮の主と怪物集団の討伐だったはずです。
モンスターの討伐は出来たのですが、結局 依頼を受けたどのパーティもメンバーの多くが亡くなったそうです。」
パルテールにお礼を言って組合を出た僕らは、先ほどのトマスの店に行くことにした。
「トマスの店はもの凄く大きいんですよ。
間違いなくサビキア一番です。」
ヤコブは親友の店を自慢げに語る。
「工場も併設されているんですか?」
「いえ、工場は別の所にあります。」
「トマスさんの商品はどのくらい使われているんですか?」
「サビキア軍はトマスの製品に完全依存しています。
組合の販売している武器も半分はトマスの商品です。
アイツのこだわりは作った製品を自分のところで輸送までしてしまうことなんです。
そのお陰で積み荷を奪われる心配もなく、警備兵を出さずに済むことから軍も大助かりです。」
「武器以外に何か商品は?」
「軍の魔導師向けに本格的では無いですけど触媒や薬品だったり医療用の薬も扱っていますよ。」
「それじゃホントに軍需産業を独占だな…。」
職業柄、斎宮さんは熱心に質問していた。
「詳しくはあちらに聞いてみましょう。」
そう言ってヤコブは窓の外を指差した。
この世界にしては珍しく高層の建物が目に入った。
確かにデカいな。
“トマス商会”と書かれた看板が掲げられている。
建物の前に馬車を停めて降りると、直ぐに店の人が出てきた。
「いらっしゃいませ。
トマス商会へようこ…、って、ドリーセン侯爵!!
今日はどのようなご用件で?」
「貴賓達が是非ともトマス商会を視察したいと仰っていてね。
トマスはいるかな?」
「申し訳ございません。
代表はつい先ほどトエリテスへと出発されました。」
「そうか、残念だなぁ…。
一応トマスには許可を取ってあるんだけど、中を見せてくれるかい?」
「勿論です。
ささ、どうぞどうぞ。」
この店員も小柄だけど、あの守衛室のオジさん(フィルチだったっけ?)とはまた違うな。
歯が尖ってる。
何て種族だ?
この世界は面と向かって種族とか聞いて良いのかなぁ…?
後でセシル先生にでも聞いてみるか…。
店の中はまるで銀行みたいだった。
正面には横並びに幾つもブースがあって客が店員と商談している。
客は店に入ると案内係に名前を記入されて自分の番が来るまでテーブルで待機するようだ。
見たところ武器らしき物を持って帰る客はいないから商談だけなのだろうな。
ヤコブと小男は世間話をしながら前を歩いている。
「セシル先生、あの小柄な男性は何て種族なんですか?」
「あの方はウィットゴブリンですね。
他のゴブリンとは違って普段は温厚で仕事熱心な種族です。」
「ありがとうございます。
それと先生、この世界は面と向かって本人に種族を聞いても大丈夫なんでしょうか?」
「う〜ん…、そこまで気にする人はいないと思いますけど、やはりそれぞれだと思います。
はっきりと言えなくてすいません…。」
「いやいや、そんな事無いですよ!!
こっちこそ、答えにくい事を聞いてすいませんでした…。」
だぁーー、何やってんだ俺!!
セシル先生に謝らせるとは何事だ!!
「こちらは一般の商談場でございます。
刀剣1口の小口注文から私設傭兵団用の大口注文まであらゆるご要望にお答え致します。
ですが…、遠路はるばるお越しくださった皆様には、ここよりも上の方がお気に召すかと存じ上げます。」
いろいろ考えていたら何やらウィットゴブリンが喋っていた。
斎宮さんはノリノリで付いていくので、僕も取り敢えず言われるまま階段を上がる。
「こちらは商品の展示場でございます。
この展示場は当店のお客様でも限られた方々しか入室を許可されておりません。」
「色々ありますね〜。」
「大砲、刀剣、薬品、触媒、鎧、槍、弓、馬具等々、当店の商品全ての見本が展示してあります。」
「うわぁ…。
奥まで見て良いですか?」
「勿論ですとも。
ご自由にどうぞ。」
斎宮さんは展示場の奥へと消えていった。
セシル先生も魔導師向けの商品を見に行った。
やる事無いし、一周だけするかぁ…。
刀もあるけど、日本と比べてどうなんだろうか。
馬具ねぇ…。
馬乗った事ねーし、乗る予定もねーし。
こっちは何だ?
あー、アニメとか漫画で見た事あるやつだ。
棒にトゲトゲの鉄球がついたやつ。
弓もこんだけ種類あるのか…。
まぁ、日本でもスポーツ競技か何かであるからなぁ。
「龍郎、気が付いたか?」
「何をですか?」
「この世界に来てからずっと気になっていたんだ。」
「だから、何をですか?」
「あの小男の話を信じるならここには大砲があるのに小火器の類が一切無い。」
「と言うと?」
「大砲すら無いならまだ分かるんだ。だけどここには大砲がある。
だとしたら小火器が無いのは不自然だ。」
「確かに小火器の威力は火縄銃で証明されてますからね。」
「隠しているのか…。」
「斎宮さん?」
「ちょっと聞いてくる。」
斎宮さんはウィットゴブリンへ走って行った。
「質問がある。」
「如何致しましたか?」
「ここにある物が商品の全てなんだよな?」
「左様にございますが…。」
「ここは小火器は作ってないのか?」
「小火器…?
何ですかそれは?」
「簡単に言うと個人が携帯できる小型の大砲みたいなもんだ。」
「何と!?
お客様、それをどこで?」
「俺たちの世界にはそういう物があるんだ。」
「まさか…!?
それは本当ですか!?」
「本当だ。
ここには大砲があるのにそれが無いから疑問に思ったんだ。」
ウィットゴブリンは少し考えるような素振りを見せた。
「良いでしょう、お話し致します。
まず第一に、そのような武器は現在 存在しておりません。
大砲に使用している鉱物の性質上、一定の大きさよりも小型化する事がどうしても不可能なのです。
他国の同業者の中にはまだ研究を続けている所もあるそうですが、
当店は既に別の鉱物を検討している最中でして…。」
「なるほど、そういう事かぁ。」
「何を材料にしているのですか?」
「残念ながらそれをお話しする事は出来ません…。
僕も詳しく知らないんです。」
「そうですか…。
これは大変失礼致しました。」
「あのぉ、これってお幾らですか?」
「お一つならお持ち帰りくださって結構ですよ。
貴重な情報のお礼です。」
「良いんですか!?
ありがとうございます!」
「喜んでいただけて何よりです。
さて、これより上の階は事務所と代表の執務室ですので店内見学はこれにて終了です。
お楽しみいただけましたか?」
「勿論!」「ハイ!!」
斎宮さんとセシル先生は上機嫌だ。
「それは良かったです。
それでは馬車までお送り致します。」
馬車は来た時とは違って店横の停車場にあった。
ウィットゴブリンがセシル先生をエスコートする。
「またのご来店をお待ちしております。」
「トマスさんによろしくお伝えください。」
「必ず伝えます。」
馬車が視界から消えるまでウィットゴブリンは見送り続けてくれた。
流石サビキア一番の店だ。
「それでは王宮へ戻りましょうか。」
「そうしましょう。」
「ちょっと疲れました…。」
「そういえばお昼食べ損ねましたね。」
「夕食まで時間がありますから軽食を用意させましょう。
私もお腹ペコペコで…。」
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【王都 王宮 玉座の間】
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龍郎達が組合へ向かっている最中、クロエは先程の話をコーネリウスに報告していた。
「セシルちゃんにはミネルバ女史へ手紙を渡すように頼みました。
勿論、少年達にも同席してもらって。」
「済まんな。
それで、いつ頃になりそうなんだ?」
「少年達の身柄もありますし、今日明日の出発ではないでしょう。
そちらの件は?」
「リック。」
「はい。」
「至急ブニークまで向かってくれ。」
「あそこは帝国領ですが宜しいのですか…?」
「今なら多少の事は黙認される。」
「畏まりました。
この前の内容に付け加える事はありますか?」
「無い。
頼んだぞ。」
「失礼致します。
クロエ先生、また次の機会に。」
「頑張りなさいよ。」
リックはバチッという音と共に消えた。
「流石、我が弟子。」
「今は余の腹心だ。」
2人はお互いの顔を見て笑った。
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【帝国 ブニーク 国防軍前線基地】
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お昼過ぎ、佃は基地の正門でミハイル達を待っていた。
午前中いっぱい仮眠をとっていた井上も佃の隣で待っている。
五十嵐や上坂、交渉チームも2人の後ろで待っている。
「来ました。」
帝国側の交渉団はこの前と同様、5台の馬車でやってきた。
車列が次々と基地に入ってくる。
誘導係りの下士官が1台1台 停車位置へと案内する。
全ての馬車が所定の位置に収まるとドアが一斉に開いた。
護衛の騎士団に守られながらミハイル達が佃達の元へと歩いて来る。
「いよいよですね、ツクダ将軍。」
「ナボコフ伯爵、こちらが日本国交渉団の代表を務める井上光太郎です。」
「初めまして、伯爵。
私が日本側全権の井上です。」
「お手柔らかにお願いしますよ、イノウエ殿。」
「私はニーツィン伯爵だ。お見知り置きを。」
「井上です、伯爵。」
井上は2人と握手を交わす。
研修を受けただけあって交渉チームは通訳いらずだ。
「安全上の理由で警備の方はこちらでお待ちいただけますか?」
「仕方ないな。
オーエック、ここで待っていろ。」
「分かってますよ、グリゴリーの旦那ぁ。
良い子にしてますって。」
一団は数時間前にミーティングを行った食堂に向かった。
「生憎、この人数を収容できるのはここだけでして…。」
「ここで大事な話し合いをするのか!?」
「申し訳ありません。」
「良いじゃないですか、構いませんよ。」
「ありがとうございます。
それでは皆様、ご着席ください。
寺島、リストを配って。」
帝国側の参加者に冊子が渡される。
冊子には人物写真が印刷されていた。
冊子に食いつく者もいれば黙ってページを進める者もいて冊子に対する反応は まちまちだった。
「そちらは我が国で拘留している帝国側の方々です。」
「おい、コイツはナムト伯爵の弟君だぞ!」
「こっちはビレテ侯爵の御子息だ。」
「生きているんですか?」
「はい。」
「他に捕虜は?」
「着用時の衣服から身分が高いと思われる方達はそちらで全員です。
その方達とは別に、身分が低いと思われる者達が100名程おります。」
「ここに載っている者達だけで良い。
どうしたら返してもらえる?」
「我が国の人質を全員返還していただきたい。
そうすればそこに載っている方達の半数をお返し致します。」
「…その事なんだが…、残念だがそれは出来なくなった…。」
ミハイルの発言を聞いて日本側の空気が変わった。
「どういう意味ですか?」
「ツクダ将軍、我が国と敵対している国の話を覚えていますか?」
「サビキアでしたか?」
「情けない話だが、貴国の民は2人とも奴らに拐われた。」
日本側に衝撃が走った。
「何だって!?」「直ぐに本省へ連絡!!」
交渉チームのメンバーは叩かれたように動き出した。
「詳しくお聞かせ願いましょうか?」
「我々の元に知らせが来たのは昨夜でした。
帝都が襲撃されて、城にいた捕虜がさらわれたと。」
「相手はそのサビキアという国で間違いないんですね?」
「確かだ。」
「出来れば昨夜の時点で知りたかった情報ですが…、分かりました。
一先ずこの交渉は我が国の人質が保護されるまで凍結します。
もし帝国にとって良い結果で終わりたいのなら人質の保護に力を貸していただけますね?」
「勿論です。」
「井上君、ちょっと良いかい?」
佃は井上に耳打ちする。
「小村、彼らから話を聞いておいてくれ。」
会話から離れるため、井上は部下にその間の聞き取りを頼んだ。
「どうしましたか?」
「ウチの連中の話によると、確かに昨夜彼らの宿に伝令が来たらしい。
恐らくその時の伝令だろう。」
「帝都が襲撃って言いましたよね?」
「あぁ。
だが行商人からは何も聞かなかった。」
「嘘をついているのか、噂にもならない程の規模だったのか…。」
「彼らの言い分を鵜呑みにするのは危険だな。」
佃と井上は小村から聞き取りを受けているミハイルとグリゴリーを見遣った。
「帝国で非常事態宣言が発令されているのは知っています。
それと帝都の襲撃は関係ありますか?」
「襲撃があったから陛下が非常事態を宣言したんだ。」
「敵の情報は相手の正体以外に何も無いんですか?」
「ある訳ないだろう!
一旦 他の国に逃げ込まれたら調べる術なんて無いんだ。」
「そうですか。
どうもありがとうございます。」
「イノウエ殿、我々も全力で彼らを探しています。
ですからどうか捕虜の扱いは寛大にお願い致します。」
「その点は心配しないでください。
我が国は人命を特に重視しますから。」
「宿屋に伝令が来ているかもしれない、私は一度戻らせてもらお……。」
グリゴリーが席を立とうとした時、室内にも聞こえるほどの雷鳴が響いた。
思わず硬直するグリゴリー。
「雷か?」
「だとしたら落ちた音じゃないか?」
「誰か見てこい。」
五十嵐が部下へ命令した直後、外から下士官が息を切らしながら走ってきた。
「報告します!!
正門で乱闘騒ぎです!!」
「案内しろ。」
「皆さんはここでお待ち下さい。」
上坂が下士官の後を追う。
五十嵐もミハイル達にその場に留まるように指示をして食堂を出る。
「雷鳴と同時に男が現れて、そしたら交渉団の警備兵が男に切りかかって…。」
「切りつけられた男の怪我はどの程度だ?」
「いえ…、それが…。」
上坂と五十嵐が見たのは戦闘不能に陥っているオーエック以外の警備の騎士団員と、彼と対峙している雷男だった。
「貴様ら、何をしている!?
ここは日本国国防軍の敷地内だ!!」
五十嵐が叫んだ。
「悪ィがコイツは殺さねぇとヤベェ奴だ。」
「君には勝てないよ。
それよりもそこの軍人さん、ここで一番偉い人と話がある。
君達の同胞2名を預かっていると伝えてくれ。」
「佃陸将と井上さんを呼んでこい!!
人質2名の誘拐犯だ!!」
先程の下士官が再び食堂へ向かう。
「今 上官を呼んでいる。
頼むからこれ以上は騒がないでくれ。」
「だってさ、僕は大人だから止めるけど君はどうだい?」
「運が良かったな、次は殺す。」
程なくして佃、井上、ミハイル、グリゴリーがやってきた。
「私が責任者の佃だ。」
「単刀直入に申し上げます。
同胞2名の返還と引き換えに我が国と取引をしましょう。」
「君達が人質を本当に預かっているという証拠は?」
「少年の名前はアララギ・タツロー、大人の方はイツキ・シゲル。
これでどうですか?」
真偽を確認するように佃が井上の顔を見る。
「間違いありません。」
井上は小声で耳打ちする。
「2人は今 何処にいる?」
「彼らの前じゃ言えません。
ただ、安全な所で伸び伸びと生活しています。」
「似たような事を聞いたが人質は誘拐された。」
「我が国は帝国のような失態を犯しません。
それに、帝国にいるよりも我が国にいた方が安全です。」
「ふざけるな!!
誘拐犯の分際で何を言う!?」
「ニーツィン伯爵、落ち着いてください。」
激昂するグリゴリーを五十嵐が抑える。
「交渉するにしても条件があります。
この場に2人を連れてきてください。」
「それはあまりオススメしませんよ。
どんなに急いでもここまでは1週間以上かかる。
俺は特別ですから。」
「困りましたね。」
「簡単な話です。
彼らを家に返して下されば事は簡単に進みます。」
ミハイル達を指差して言う。
「申し訳ありませんがナボコフ伯爵、今は貴方達に頼れる事は無いようです。
宿の方へお戻りいただけますか?」
「本気で仰っているのですか?」
「既に申し上げておりますが、我が国は自国民の人命第一です。」
「このままでは両国の関係は破綻してしまいます。」
「我々の任務は帝国と仲良くすることが最優先ではありません。」
「分かりました。
陛下にもそう伝えます。」
「今のその言葉を後悔することになるぞ。」
「五十嵐二尉、伯爵達をお送りするんだ。」
これ以上両者は言葉を交わすことは無かった。
帝国交渉団は国防軍基地を後にした。
「さて、簡単にしてもらおうか。」
「2人をここまで連れてくるのは困難ですが、貴方達を我が国までお連れするのは容易です。」
「どうやって行く?」
「船です。
我が国の沿岸都市を開放致しますのでそちらまで来ていただきたい。
皆様の船でしたら1日で到着出来ると思います。」
「そこに2人はいるのか?」
「いいえ。
今はまだ我が国の王都に滞在しています。」
「王都からそこまではどのくらいかかる?」
「川を下りますので2日と かからないかと。」
「都市を開放すると言ったが具体的に説明してくれ。」
「停泊のためのドックと皆様の滞在施設の提供、市内での自由行動も認めます。」
「住民の方の理解は得られているのかね?」
「上での話し合いは完了していますが住民の間では何とも。」
「滞在中の我々の警護はいるのか?」
「案内役兼警護役として何名か手配しています。」
「井上君、どう思うかね?」
「住民の理解が気になりますが私は良い話だと思います。」
「だが船と言ってもなぁ…。」
「“いずも”の羽仁艦長に繋ぎますか?」
「そうだな。
急いでくれ。」
海軍と話し合った結果、
ブニーク沖に停泊していた“いずも”、“おおすみ”、“むらさめ”から派遣艦船は“おおすみ”が選ばれた。
井上達を乗せてきた巡視船はどうかという意見もあったが積載量、示威、兵装の点で不適当とされた。
サビキア派遣隊の責任者には“おおすみ”艦長の沢柳二等海佐が当てられた。
派遣人員は井上を含む交渉チームの過半数と五十嵐を含む数名の陸軍兵士、それと"おおすみ”乗員となった。
市ヶ谷へは海軍との話し合いの結果を伝え、現在は総理からのGOサイン待ちの状態だ。
最後の書類を決裁した佃が窓の外を見ると、いつの間にか日は傾いていた。
目の前では井上、五十嵐が事の元凶であるリック・シャルケンを囲んで経過報告を行っているところだった。
「こちらの手配は整えました。
後は彼らの事を頼みましたよ。」
「お任せください。」
「我々が出発した事はどうやって知らせれば良い?」
「特に何もしなくて結構です。
お渡しした地図通りに航行してくださるだけで構いません。」
「そうか。」
何かを思い立ったようにリックが不意に立ち上がった。
「そろそろ戻らないと…。」
「随分急だな。
まだ聞きたいことが山程あるだぞ。」
「すいませんが色々と立て込んでまして…。」
「全く、こっちのペースが総崩れだよ…。」
愚痴る井上を横目にリックは佃へと挨拶をする。
「お別れの前に…。
此の度は急な来訪と無理な要求、誠に申し訳ありませんでした。
本当なら手順を踏んだお付き合いを望んでいたのですが事態は思ったより流動的でして…。
国王コーネリウスが詳しい話を自らすると仰っておりましたので、その時までもう暫しお待ち下さい。」
深く一礼し、リック・シャルケンは来訪時と同様、雷鳴と共に姿を消した。




