第18話〜出港〜
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【日本 横浜 赤レンガ倉庫跡国防軍新港基地 病棟】
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「俺に何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヴィークが叫ぶ。
ガラスの向こうでベッドの上から叫んでいる男を見ながら、井上は医師に尋ねた。
「彼と話せる?」
「えぇ、大丈夫ですよ。
怪我は火傷くらいで健康状態には何の問題もありませんし暴れているのは一時的なショック状態に陥っているだけです。
火を出す件に関しては我々も注意しているんですが今の所そのような行動は確認されていません。」
「ホントに大丈夫なの?
暴れてるし、山川君の話じゃ確かに火を出したそうだけど…。」
そう言って井上は後ろに立っている男を指差す。
「僕じゃなくて前線部隊の情報です。」
「そりゃ悪かった。
それじゃ君は現状をどう思う?」
「ここにいるメリットはないですよね…。
情報収集にしてもここじゃ程度が知れてますし…。
脱出しないんじゃなくて、できないんじゃないですか?」
「なぜだ?」
「彼らの能力は未知数なので断言はできませんが、幾ら何でも“この世の全てを知ることができる”みたいな能力は無いでしょうから、そうするとここにいる意味がホントにありません。
ですから喚いている状況も考慮すると脱出したくてもできないと判断しました。」
「う〜ん…。
しょうがないなぁ…。」
「どうしました?」
「確かめるしか無いでしょうよ…。」
机の上に置いてあったファイルを持って井上は渋々隣の部屋に移動した。
「一応、警備所に連絡しときます。」
山川が無線で連絡する。
井上が隣の部屋のドアを開けた。
「邪魔するよ。」
「俺を解放しろぉぉぉ!!!」
井上の方を見て叫ぶヴィーク。
「ハイハイ、分かった分かった。」
手元にパイプ椅子を引き寄せて座る。
「さてと…。」
ファイルを開いて写真を取り出す。
「これはなんだ?」
井上はパンゲア語で聞いた。
「知らん。」
「何か知らないのに仲間達と一緒に必死で守ってたのか?」
「俺の体を元に戻せ。」
ヴィークを無視して井上はタブレットで動画を再生した。
「それじゃあ、コイツは?」
「老師!!」
動画には国防軍中央病院に運ばれたグリンダが写っていた。
「老師っていうのか。」
「貴様、老師に何かあったらタダじゃ済まないからな。」
「そう怖い顔するなって。
何もしてないよ。」
「俺を解放しろ。」
「それはできない。
君は捕虜だ。
自由になりたいなら我が国の兵士を殺したように力づくで勝ち取れ。」
「力が戻ったら真っ先にお前を灰にしてやる。」
「その力はどうやったら戻るんだ?」
「愚問だ。」
「だー、降参だ。
あのな、我々の世界には君らの世界で確認されたような特殊能力は存在してないんだよ。
だから俺の体を元に戻せとか、力が戻ったらとかいうことの仕組みが分からん。
頼む教えてくれ。
教えてくれたらこれからの帝国との交渉で君達に利益があるように動いてやるから。」
「俺は何も答えないぞ。」
「そうか…。
ならこれ以上君と話すのは時間の無駄だな。」
井上は部屋から退出した。
外には先ほどの医師と山川がいた。
「仕組みは分からんが今のところ彼は能力が使えないようだな。」
「聞いてる限りだとそのようですね。」
山川が答える。
「いたいた。
井上さん、時間です。」
廊下の3人の元へ若い男が駆け寄ってきた。
「ブリーフィングの時間です。」
「分かった。
それじゃ、引き続き経過観察を頼みます。」
2人にそう言って井上は部下と一緒にブリーフィングへ向かった。
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【日本 世田谷 国防軍中央病院 特別隔離病棟】
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「伊藤さん、間もなく第一次交渉団が派遣されるそうですよ。」
監視室に入って来た将校が伊藤に告げる。
「予定より早いな。」
伊藤は監視モニターを見たまま返事をした。
「どうやら向こうから前線基地に交渉団を送ってきたそうですよ。」
「積極的に戦う意思は無いのか。」
「そのようですね。
ま、戦いが起こらないならそれはそれで好都合ですが。
そうだ、横浜にいる彼らのお仲間によるとモニターのあの爺さん、老師って呼ばれてるそうです。」
「老師かぁ…。
今の日本じゃそんな肩書き滅多に聞かねぇな。」
「宗教とかですかね?」
「石川君だったっけか?
詳細はまだ分からねぇが間違いなくあの爺さんは重要人物だ。あれは絶対に向こうに返しちゃならん。」
「同感です。」
「他に何か横浜からの情報はあるか?」
「敵の魔法について1つあります。
経緯は不明ですが彼らは現在魔法を使えない疑いが強いです。」
「確証の無い情報か。」
「横浜の方も気休め程度に聞いと欲しいとのことでした。」
「確かに未知なる力に対して無意味におびえなくて済むのは気が楽だがな。」
「1番が目を覚ましました。」
モニターを見ていたスタッフが2人に報告した。
「あの爺さんだ!!」
伊藤は監視室を出て病室へと向かう。
「逐一報告しろ。」
部下に指示すると石川も伊藤を追いかけるように病室へと向かった。
「伊藤さん、防護服着てください!!」
そのまま病室に入ろうとした伊藤を石川が制す。
手早く防護服に着替えた2人は1番の病室へと入った。
「他の者達は無事か?」
2人の姿を見て老師が口を開いた。
「貴方の周りで倒れてた奴らは無事だ。」
「そうか。
ところで、ここはどこだ?」
「国防軍中央病院、我々の世界だ。」
「何ということだ…。」
「目を覚まして早々に悪いんだが貴方に聞きたいことが幾つもある。」
「捕虜に尋問か…。
言ってみろ。」
「貴方は“老師”と呼ばれているそうですが何者だ?」
「儂はアルバス系超級魔導師グリンダ。
他の者達は儂の門下生じゃ。」
「グリンダさん、貴方と門下生の方々はあの場所で何をしていた?」
「儂らの世界と其方達の世界を繋ぐ魔法陣を閉じようとしていた。」
「それはどうして?」
「皇帝陛下の命令じゃ。
帝国に其方らと一戦交える力は残っていなかった。」
「少し時間を遡らせましょう。
帝国が我が国に攻め入った時、我が国の兵士の乗り込んだ帝国の船が姿を消しました。
あれは貴方がやったことですか?」
「そうじゃが、ちと様子が変じゃった。」
「というと?」
「君達の世界の民以外に乗組員がおらんかった。」
「何故ですか?」
「あれよりずっと考えておるが儂にも分からん。」
「我が国の国民は船に何名いましたか?」
「男が2人だけじゃった。」
「その2人はどこに?」
「帝都に運ばれたことまでは把握しとるがその後は分からん。」
「グリンダさん、貴方は今この場で魔法が使えますか?」
「使えん。
この世界にはツチがおらん。」
「ツチ?」
「詳しいことは其方達には理解しがたいじゃろう。」
「分かりました。
それでは、魔法が使えないというのは全員に当てはまることですか?」
「ああ。」
「では、あの魔法陣を自由に扱える者は他にいますか?」
「おらん。」
「貴方はどのようにあの魔法陣を操るんですか?」
「目的に合わせて描いた結界の中で目的に合わせた呪文を唱える。」
「操り手がいなくなった魔法陣はどうなりますか?」
「普通は魔力切れを起こして消える。
じゃが、あの魔法陣は存在し続けている。
あの魔法陣の場合だったら2つの世界を繋ぐ接着剤として存在し続ける。」
「目的に合わせてと仰いましたが、魔法陣にはどのような力を付与することができますか?」
「代表的な使い方だと召喚魔法や広範囲魔法じゃ。
まぁ、其方らに言っても理解できぬかもしれぬが…。」
グリンダから言われたことを全てメモする伊藤と石川。
「儂からも質問して良いかの?」
「どうぞ。」
「それは其方達の民族衣装か?」
グリンダは伊藤達が来ていた防護服を指差した。
「いいえ、これは放射性物質から身を守るための防護服です。」
「貴方の体には我々の世界で生物に有害とされる物質が付着しています。
お気に触るかもしれませんがどうかご了承ください。」
石川が伊藤に付け加える。
「儂の体に有害物質が?
世界が違うと大変だな。」
その物質は国防軍が使用した核による物なのだが2人は黙っていた。
こちらの世界の常識なら老師の体はこれから蝕まれていく。
この老人にその説明をするのは酷に感じられた。
「それでは我々はこの辺で。
何かご用がありましたら手元のボタンを押してください。」
「其方らの希望には可能な限り従う。
だから彼らの命は助けてほしい。」
「貴方を含めて皆さんの悪いようにはしませんよ。」
伊藤と石川は病室を後にした。
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【帝国 ブニーク 坐漁荘】
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「何だって!?
捕虜が逃げただと!?」
帝国交渉団が宿泊する坐漁荘の一室で龍郎達の逃亡の報を聞いたグリゴリーは怒りを露わにした。
「捕虜がいないんじゃ交渉なんてできる訳ないじゃないか!!」
グリゴリーの怒りは収まらず近くの椅子を蹴り飛ばした。
「グリゴリー伯、どうか落ち着いてください。」
「戦う事しか能が無いお前らに何が分かる?」
「グリゴリー、みっともないぞ。」
ミハイルがグリゴリーを嗜める。
「申し訳ない。
彼は君達のお陰で我々が出歩ける事を忘れているようだ。」
ミハイルは警護役の騎士に無礼を詫びた。
「しかし状況が悪いな…。」
「相手はそれを知らない。」
「団長!!」
部屋に入ってきた男に騎士が敬礼をする。
男は手振りで騎士に敬礼をやめさせるとミハイルの前に座った。
「相手は知らねーんだから交渉だけなら進める事が出来るだろうよ。」
「オーエック、いい加減にしないと貴様の口を2度と聞けぬようにするぞ。」
「グリゴリー伯爵、ちょいと口を閉じていてくれねーか?」
「何?」
「交渉を進めるだけ進めて結局捕虜はどうするんだ?」
「ミハイル!?」
「話を聞くだけだ。
それで?
どうする?」
「捕虜を取り返す。」
「誰が?」
「俺らだよ。」
「あり得ん。」
「却下だ。」
ミハイルとグリゴリーはどちらもオーエックに対する呆れを全開にした。
「ちょいちょいちょい、じゃあどーすんだよ?」
「他の手を考えよう。」
「最後まで話を聞けって。
良いか?
ルーテルの奴らにサビキアにいる捕虜を捕まえさせるんだよ。
レグルスは傭兵崩れがほとんどだからバレないねーよ。」
「連れ帰れる訳が無い。
お前達は老師達の邪魔にならないようにブニークの治安維持に出ていたから知らないだろうが、あの夜に捕虜逃亡の手助けをした奴は普通じゃなかった。」
グリゴリーがオーエックに顔を近づけて言う。
「物の言い方にゃ気をつけな、伯爵。
俺らはブニーク市街地と海岸への道の警備を正式な任務として陛下から与えられたんだ。
それにどーだ?
今じゃこの街が帝国側の最前線じゃねーか。」
「オーエック、悪いが現状じゃ君には賛同できない。
相手には正直に話すよ。」
「好きにしろ。
けっ、これだから非常事態宣言にビビる役人は嫌いだよ。」
「我々にも生活があるんだ。」
帝日交渉に暗雲が立ち込めたまま3人の話し合いはお開きとなった。
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【日本 永田町 総理官邸 総理大臣執務室】
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室内には神田首相、辰巳防相兼外地対策相、安藤外相、三浦官房長官の4人がいた。
「佃陸将によると夕方やってきたそうです。」
辰巳が神田首相を始めとした閣僚に経緯を説明する。
「それで邦人は何名人質に取られているんだ?」
三浦が聞く。
「男性2名です。民間人とSBUの隊員が1名ずつ。」
「画像解析だと民間人は行方不明の高校生が1名だけだったな?」
「はい。
しかしそれだと隊員の数が足りません。」
「向こうが嘘をついている可能性は?」
神田が質問する。
「軍の中央病院にいる協力者の話でも2名でしたから数に間違いは無いと思われます。」
安藤が辰巳に代わって答えた。
「人数が正しいとなるとそれはそれで問題だぞ…。」
頭を抱える三浦。
「ええ、残りの隊員の行方が分かりません。」
「邦人の数が正確に掴めるまで公表は控える。
取り敢えず、今はその2名の救出に全力を挙げてくれ。
それで、交渉団はもう現地入りしたのか?」
「いいえ。
間も無くブリッジから乗船する予定です。」
「そうか。
もしも相手が引き渡しに難色を示したら場合、こちらの部隊を拘留場所に派遣することも選択肢として考慮しておいてくれ。」
「国防軍にはそのように伝えておきます。」
「今日はご苦労だった。」
神田は執務室を後にし、緊急会議は終了した。
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【日本 横浜 赤レンガ倉庫跡国防軍新港基地 ブリッジ】
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「皆さんに乗船していただく船はあちらです。」
士官に案内された一行の目の前には海保の巡視船があった。
「先ほどもお伝えした通り、通過時に多少の電波障害はありますが電子機器は使用できますのでご心配なく。
それではこれより海保に引き継ぎますので、質問等ありましたら石井船長にお聞きください。」
巡視船から降りてきた男が士官に紹介される。
「お待ちしておりました。
船長の石井です。」
「交渉団団長の井上です。
外地までのクルーズ、楽しみにしている。」
「お任せください。
それではどうぞ。」
石井に促されて井上を先頭に一行は船に乗り込んでいく。
「数十分とかかりませんがどうかおくつろぎください。」
一行を乗せた巡視船が出港する。
海上に急ピッチで建設された桟橋のお陰で魔方陣までの距離は近い。
他の船と同様、巡視船は魔方陣に吸い込まれるように消えていった。




