表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第1章 〜まずは帝国、そん次サビキア、たまーに日本〜
17/73

第16話〜非常事態宣言〜

ーー

【帝国 帝都 皇城 皇帝寝室】

ーー


「それで、捕虜には逃げられ帝都は粉々か。

 フン、実に愉快だ。」


状況を整理しようと皇帝は目を閉じながら上を向いた。


「ここまでの被害になるとは想定外でした。」


ヴェロニカが深々と頭をさげて言う。


「捕虜を取られたのはお前達の大きな過ちだ。」

「申し訳ございませんでした。」


再び頭をさげるヴェロニカ。


「何と言ったか、その男は?」

「リック・バルミニック・シャルケン。

 サビキアの工作員です。」

「珍しく部下を失ったそうだが、そいつに殺られたのか?」

「部下を殺ったのは他の男です。

 フレアー・オーバーホルト・アストリー、枢密院文書部所属。

 書記官でありながらも事実上シャルケンの右腕です。」

「そうか。

 いずれにせよ、気の毒だったな。」


ヴェロニカは一礼した。


「奴らの狙いは何だ?」

「幾つか考えられますが、いずれにせよ根底にあるのは帝国の弱体化だと思われます。」

「小癪な。」

「如何致しますか?」

「予定通りお前達には例の件に戻ってもらう。

 サビキアもバカではないから戦争にはならんだろう。」

「承知致しました。」


ヴェロニカが消えた後、寝室のドアがノックされ、親衛隊がラーヴァ来訪を告げた。


「通せ。」

「朝早くに大変失礼致します。」


ラーヴァが入室した時、皇帝はベッドから出て室内のクローゼットに手をかけていた。


「どうした?」


皇帝はガウンを羽織りながら聞く。


「捕虜に逃げられました。

 また、敵の襲撃を受け帝都に被害が出ております。」


急いで来たのだろう、ラーヴァは汗びっしょりだった。


「良いところに来た。

 その件で騎士団に話がある。他の2名は?」


皇帝はグレイとアリューシャのことを言っていた。


「城にいるのは私だけです。」


皇帝の落ち着き払った態度に少し間が空いてしまう。


「そうか。

 ならタラゼド騎士団にはマルセル議員の逮捕を命じる。

 フェンリル、アピス騎士団にはコート魔法大学校を封鎖するように伝令を出せ。

 それと城の警備を親衛隊に一任する旨も伝えておけ。」

「なっ…。」


あっけにとられるラーヴァを残し皇帝は寝室を後にしようとした。


「へ、陛下!!

 大変失礼ですがマルセル議員の嫌疑は?」

「国家反逆罪だ。

 直ちに向かえ。」


他にも聞きたいことは山ほどあったが、ラーヴァは親衛隊に囲まれて執務室に向かう皇帝を見つめることしかできなかった。


【帝都 テンプルトン地区 マルセル邸】

皇帝からの命令を受けたラーヴァ達はリンクウッド通り方面に位置する帝都北東部テンプルトン地区に向かった。

無論、マルセル議員の逮捕である。

ここは他の貴族や議員も多く住む一等地であるため地区の入り口にはアピス騎士団の守衛室があるほどだ。

リンクウッド通りに直接面している訳ではないため昨日の被害は無かったが、居住者の性質上、一帯は朝一の参城の準備でピリピリとしていた。

そんな地区の、ある邸宅の前にラーヴァ達タラゼド騎士団はいた。


「マルセル議員、皇帝陛下の命により貴殿を国家反逆罪の疑いで逮捕する。

 今直ぐここを開けろ!!」


周囲の人々も朝から何事かと外に出てきている。

依然としてマルセル侯が外に出てくる気配は無かった。


「蹴破れ。」


ラーヴァの指示を受けた団員がマルセル邸のドアを蹴り破って中に入る。


「いたぞ!!」


数分としない間にマルセル侯と夫人は見つかりラーヴァの前に連れてこられた。

マルセル侯は必死に抵抗する。


「私が何をしたというのだ!?」

「国家反逆罪だ。」


団員に両腕を掴まれているマルセル侯を見ながらラーヴァが答える。


「ふざけるな!!

 私はこの命を陛下に捧げてきた!!

 その仕打ちがこれか!?」


掴む手を振りほどこうとするマルセル侯。


「言い訳は後でゆっくり聞く。

 連行しろ。」

「お待ち下さい!!

 主人は、主人はどうなるんですか!?」


夫人がラーヴァの腕を掴む。


「あなたにもご同行していただきます。」


そう言って夫人も護送用の馬車に乗せるラーヴァ。


「何人かここに残れ。」


マルセル邸警備のために団員を数名残して自分も馬車に乗る。


「出せ。」


軋んだ音を響かせてゆっくりと馬車は走り出した。



ーー

【帝国 帝都 グレントフォース通り コート魔法大学校】

ーー


ラーヴァ達がマルセル侯を逮捕したのと時を同じくして、フェンリル、アピス両騎士団もコート魔法大学校の封鎖に乗り出していた。

コート魔法大学校も他の魔導三学府の例に漏れず全寮制で生徒は国籍・種に関係無く幅広く在籍している。

本来なら魔導学校は使い魔によって外敵から守られているのだが、今回はその使い魔も騎士団によって消滅させられた。

使い魔を消滅させるほど事態が急を要すということで生徒はおろか教員も起き抜けにパニック状態であった。

朝のトレーニングをしていた何名かの生徒が校門を魔法で強化するも騎士団に破られてしまった。


「警備の使い魔まで消し去って随分と無礼を働いてくれるな。」

「パイクスヴィル校長、学校を速やかに我々に明け渡してもらおう。」


教員を引き連れて大階段に現れた老人、コート魔法大学校校長のパイクスヴィル・オルグレンにグレイが言う。


「ここは魔導協会の管轄だ。

 お引き取り願おう。」

「魔導協会の規則など知るか!!

 帝国領内にある以上、一協会の規則ではなく皇帝陛下の命令に従ってもらう。」

「正当な理由無くここを明け渡すわけにはいかない。」

「理由は国家反逆罪だ。

 帝国に逆らった魔導師がいる。

 そいつと通じている魔導師がいないか確かめる。」

「それにしては仲間を大勢連れてきたな。」


階段下の騎士団員達を覗き見て、また視線をグレイに戻す。


「内通者が何人いるか分かったもんじゃない。」


グレイが薄ら笑いを浮かべる。


「魔導師を侮辱するつもりか!?」


パイクスヴィルが吠えた。


「だったらどうする?」


対するグレイは冷静に相手を煽っていく。


「それ相応の礼はさせていただく。」


グレイを睨みつける目は鬼のそれだ。


「貴様らに血を見る覚悟があるのか?」


グレイも怯まずパイクスヴィル達の方へと階段を上ってくる。


「それは魔導協会に対する宣戦布告と理解しますがよろしいですかな?」


パイクスヴィルも一歩も引かない。


「皇帝陛下はそれすら辞さない。」


グレイがパイクスヴィルを間合いに入れた。


「愚か者め。」


パイクスヴィルが毒づく。

階段の下では校門から侵入したフェンリル、アピス両騎士団がそれぞれ校内への展開準備を始めていた。


「先生方、中級生以下を速やかに避難させてください。

 また、上級生には暴動鎮圧の参加を許可しますので監督をお願いします。」


後ろにいた教員がそれぞれに走りだす。


「生徒を戦いに駆り出すとは、それでも教育者かよ。」


鞘に手をかけたグレイが言う。


「彼らは強いですよ。」

「こっちにだって腕利きの魔導師は大勢いる。」


グレイが抜刀し、パイクスヴィルに斬りかかった。


「魔法でなきゃ私には勝てませんよ。」


パイクスヴィルは向かってくるグレイの刀に何かの粉を浴びせる。

勢いを殺さず斬りかかろうとしたグレイだったが斬撃は空振りに終わった。


「僅かでも刀身が残りましたか…。

 良い業物をお持ちのようで。」


グレイの刀は刀身のほとんどが腐食してボロボロになっていた。


「もう終わりですかな?」


刀をダメにされた以上魔法が使えないグレイが勝てる見込みは限りなくゼロに近かった。


「先程の言葉、後悔させてあげますよ。」


パイクスヴィルが魔法発動態勢に入った。


「グレイ、貴方は下がってなさい。」


不意に風切音がしてパイクスヴィルの魔法陣が掻き消された。

次の魔法の発動態勢をとりながらアリューシャがアヴィスと共に階段を駆け上がってきた。


「アリューシャ君、君はこちら側の人間かと思っていたが…。」


パイクスヴィルのボヤきに特に反応すること無くアリューシャは岩石を発射するが粉々に砕かれてしまう。


「お前達、何しに来た?」


グレイが2人に尋ねる。


「貴方じゃ勝ち目は無いでしょ。」


アリューシャがパンクスヴィルを見据えたまま答えた。


「新しい刀です。

 城から持ってきておきました。」


そう言ってアヴィスはグレイへ刀を差し出す。


「恩に切る。

 適材適所だ、すまんがここは任せたぞ。」

「勿論です。

 団長は全体の指揮を取ってください。」


アヴィスが構えたまま言う。

刀を受け取ったグレイは階段を降りて指揮所へと向かった。


「僕らだけでも校内制圧までの時間稼ぎにはなるでしょう。」

「そうね。

 そういう訳で、先生、暫く相手をしてもらいます。」

「やれやれ…。

 今は校長ですよ、アリューシャ君。」


コート魔法大学校封鎖作戦において最も激しい魔法戦闘が開始された。




ーー

【帝国 帝都 皇城 元老院議場】

ーー


「であるからして、ここに非常事態宣言の発令を提言したい。」


皇帝が集まった議員達を見回す。

騒めく場内。


「陛下、いくら何でもコート魔法大学校を封鎖するのは…。」


高齢の男性議員、イリヤ・コー コレフ侯爵が起立して発言した。


「先程も言ったが今回の捕虜脱走事件には魔導師が深く関与しており、他にも校内に国家転覆を企んでいる者達がいるという確たる証拠をつかんでいる。

 日頃から生意気な態度の奴らにも丁度良い機会だろう。」


皇帝が言い終えると賛同する声が場内に飛び交う。


「何と…。」


男はまた座り込んだ。


「それでは表決に移る。」


皇帝の宣言を聞き、先程までとは違って静まる場内。


「異議のある者はこの場で申し出よ。」


誰からも異議の声は聞こえなかった。


「それでは、今をもって帝国領内に非常事態宣言を発令する。

 元老院及び各国務機関は皇帝直属となりその輔弼の任を務めるように。」


皇帝が議場を後にする。

議場内の議員は拍手で皇帝を見送った。



ーー

【帝国 帝都 凱旋門広場 作戦指揮所兼アピス騎士団仮本部】

ーー


「宣言が出されたのはいつだ?」


グレイは渡された書類に目を通しながらバンカーへと尋ねる


「団長がお戻りになられる少し前です。」

「学校の封鎖でさえ異例なのに、軍隊まで投入するなんて何を考えているんだ。」


グレイは読んでいた書類を握りつぶした。


「間に合いそうか?」


バンカーは首を横に振る。


「現状を考えると帝国軍到着までには終わらないかと…。」

「何てこった…。

 奴らが入ったら血の海だ。」


グレイは立ち上がって指揮所前に繋がれている愛馬の元へと向かった。


「軍から指揮権移譲の伝令が来ても引き伸ばしてくれ。」

「え!?

 ちょ、ちょっと団長!!」


バンカーが慌てて指揮所の外に出てくるが、既にグレイは馬を走らせていた。




ーー

【帝国 帝都 グレントフォース通り コート魔法大学校】

ーー


「崩れたぞ!!

 突破しろぉ!!」

「こっちはもうダメだ!!

 逃げろ!!」


校舎内の至る所で様々な怒号が飛び交う。

学生達も抵抗を試みるが、やはり日頃から実戦的な訓練を積んだ騎士団員には及ばない。


「捕まえた者達は牢獄へ連れて行け!!」


逃げた者も大勢いたが、教員と生徒合わせて今の所100名以上が騎士団によって拘束されていた。


「大階段の戦いはまだ終わらないのか?」

「依然として激しい戦いが続いています。」


アリューシャ達の戦闘が始まってから幾分か経過したものの、双方の勢いは衰えていなかった。


「次の張って!!」


アリューシャがアヴィスに障壁展開の指示を出す。

アヴィスが障壁を展開している間にアリューシャが魔法発動準備をして攻撃を行う。


「さっきから同じことの繰り返しですよ。」


パイクスヴィルは機械的に障壁と攻撃の両方を消していく。


「先生を足止めできれば十分ですから。」


アリューシャが一際大きな土石流を繰り出す。


「確かにその目的は果たされていますね。」


パイクスヴィルは障壁を展開して防ぐも、完全に飲まれてしまった。

そこへアヴィスが魔法を上乗せする。

パイクスヴィルを飲み込んだ土石流が徐々に石化していく。

周囲から歓声が上がった。


「無事ですよね?」


歓声を他所にアヴィスがアリューシャへ尋ねる。


「勿論よ。」


アリューシャは次の魔法発動準備にかかっている。


「ですよねぇ…。」


アヴィスも障壁の準備をする。

2人の予想通りパイクスヴィルを飲み込んだ岩に亀裂が入る。

爆発音と共に岩が砕け散った。

不敵に笑うパイクスヴィルの顔が覗く。


「ただの岩じゃダメですよ。

 金剛石じゃなくちゃ。」


バラバラになった破片が2人の元へ飛んでいく。

アヴィスの障壁が全てを防ぐ。

アリューシャが魔法を打ち出す前にパイクスヴィルが腕を払った。

アリューシャが展開していた魔方陣は掻き消され、アヴィス共々後ろへ飛ばされてしまう。

トドメを刺そうとパイクスヴィルが構えた。

周囲の団員は助太刀しようと身構えるもその必要性は消えた。

パイクスヴィルの魔法は当初予定した術式ではなく障壁魔法へと変わっていた。


「今度は何か?」

「先程は申し訳なかった。

 少し話を聞いてくれないか?」


刀を振り下ろす姿勢のままグレイが言う。


「どうしましたか?」

「陛下が非常事態宣言を発令した。

 間もなく軍隊がやってくる。」

「本当に貴方達のご主人様は大バカ者ですね。」


パイクスヴィルは障壁を消した。

グレイも刀を鞘に戻す。

身振りで周囲の団員に下がるよう促すグレイ。


「それで?」

「命令の撤回は無い。

 だが、今なら、まだ私に責任がある今なら見逃せる。

 頼むから今回は退いてくれ。」

「それで簡単に退くと本当にお思いですか?」

「軍が投入されたらどうなるか分かるはずだ!!」

「勿論です。」


それだけ言うとパイクスヴィルは考える素振(そぶ)りを見せた。

今こうしている間にも帝国軍はこちらへ進軍してきている。


「学校関係者の解放をお願いしたい。」


グレイは頷いて返した。


「既に連行された者達以外なら。」


そしてアリューシャに指示を出す。


「戦闘停止命令だ。

 全員に伝えろ。」


直ぐにアリューシャは魔法で各所に命令を伝える。

戦闘停止を確認したパイクスヴィルが同じ魔法を使った。


「諸君、王に謁見する時間だ。」


言い終えると再び視線をグレイに戻す。


「諸々のお返しはいつか必ずさせていただきますよ。」


グレイは何も言わずに頭を下げた。

パイクスヴィルは校舎内に入り、エントランスホールに設置してある暖炉の中へ足を入れる。

困惑するグレイにアリューシャが説明した。


「あれで他の魔導三学府と繋がっているのよ。」


暖炉からこちらに顔を向けているパイクスヴィルがウィンクする。


「それじゃアリューシャ君、またね。」


パイクスヴィルを緑の炎が包み、彼の姿は消えてしまった。

彼の戦略的撤退により、結果としてコート魔法大学校封鎖作戦は帝国軍が投入される前に終了。

学校は騎士団と入れ替わりで帝国軍に接収され、軍事諮議院(後述)隷下の治安維持局が置かれることになった。

同日、レグルス・アピス・タラゼド・フェンリル全騎士団はグレイを団長とする皇帝隷下の近衛騎士団へと統合されて通常管区制は無期限停止となった。

騎士団は新たに禁衛隊・帝都警固隊・遠征隊へと人員配備が数日中に行われることとなった。

また、皇帝の諮問・輔弼機関として元老院の他に軍事諮議院が設置。

隷下の治安維持局によって反乱分子逮捕が帝都各所で始まった。

翌日、魔導三学府の一角が落とされ魔導師の多くが捕まったことを受けて、魔導協会は帝国に対し強く抗議し、帝国との一切の提携を破棄する旨を通告した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ