第15話〜帝都脱出〜
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【帝国 帝都 ディーンスレン通り側貧民街】
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「標的は城外へ自力で脱出、間も無く城門へ到達する模様です。」
“書記官”の肩書きを持つ部下が上司である“分析官”に報告した。
ある時は国のために各方面から集められた情報を分析し、またある時は自ら工作任務に赴く。
今宵の彼らは工作員として自らの職務を果たそうとしていた。
「予定通り標的はこちら側の城門を通過する。
他のエリアに配備されている人員を段階的にこちらへ移動させろ。
城門通過後は何があっても標的をここから脱出させるんだ。
もう我々に失敗は許されない。」
分析官の言う通り彼らは先日“大失敗”をしでかしてしまった。
敵兵力に王都・王宮を襲撃され、貴重な国家戦力まで葬られる始末。
このような事態を事前に防ぐことが使命である彼らにとって先日の一件は間違いなく彼らの存在意義に関わる事件だった。
事件後、考えられる対抗措置として最難関のミッションである帝国側捕虜となっている“標的”の奪取が国王より彼らに命令された。
平時より帝都貧民街に設置されている“別荘”へ作戦指揮官としてリック・バルミニック・シャルケンが着任したのはその翌日であった。
別荘に到着後、リックは現地の書記官から捕虜に関する情報と既に捕虜の教師役魔導師との連絡が取れている旨の報告を受けた。
だが、帝国も時を同じくして捕虜を再び拘束しようとする動きが見られたため、リックは作戦を『“本日決行”。』との判断を下した。
「遮音魔法を発動。」
着任してからこの瞬間までの精神的重圧を思い出しつつ、リックは書記官達へ指示を飛ばす。
通りの各所に配置された書記官達が魔法を発動した。
ディーンスレン通りを遮音空間に仕上げる。
これで多少手荒な真似をしても民衆が気付くことはなくなった。
「人払いはできてるだろうな?
できるなら民間人に被害は出したくない。」
リックが傍の書記官へ尋ねる。
「滞りなく。」
書記官は短く答える。
「妨害は?」
「今のところ確認されていません。」
「そうか。」
リックはここで深呼吸。
「後は彼らが城門を突破するだけか…。」
月に照らされた城門を別荘の二階から眺めつつ話していた二人の背後から別の書記官がやってくる。
「門への魔法発動態勢に入りました。」
報告後、ディーンスレン側城門が見た目は盛大に、しかし音も無く吹き飛ばされた。
「仕事だ。」
リックが言うと、二人の書記官は別荘をあとにした。
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【帝国 帝都 ディーンスレン側城門前】
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城外へ出た一行はセシルの案内で、ある城門前へと辿り着いた。
周囲には騎士団のものと思しき建物がいくつもある。
セシルは一行へ向き直った。
「私の実力では吹き飛ばすことでしかこの門を突破できません。
でも、ご覧の通り一発撃てば周囲に気付かれます。」
「問題ない、やってくれ。」
斎宮が言う。
龍郎も頷いた。
「それでは始めます。」
セシルが普段よりも長く魔法発動に時間をかける。
追ってはまだ来ていない。
セシルの目の前に現れた魔法陣の輝きが増す。
「ハア!!」
特大火球が魔法陣から放たれた。
凄まじい音とともに火球が城門に当たる。
城門は見事に吹き飛び、闇の向こうに長く続く通りが一望できる。
龍郎達が城門を抜けるよりも先に周囲が慌ただしくなる。
「いたぞ!!
こっちだ!!」
様々な場所から追っ手が登場してきた。
龍郎達も一心不乱に走り続ける。
門前の階段を下りながらセバスチャンがセシルに言う。
「私目を囮に使ってください。」
2度目はセシルもためらわなかった。
セバスチャンに向かって魔法をかけると彼の体が宙に浮かんだ。
「皆様、どうかご無事でぇぇぇぇ!!」
セバスチャンの体は後続の騎士団に向かって全速力で向かっていく。
「誰か、誰かぁぁぁぁ!!!!
お助けをぉぉぉぉぉ!!!」
騎士団の魔導師が魔法で減速を試みるがあまり効果がない。
「ぶつかるぞ!!」
セバスチャンが騎士団の群れに着弾した。
先頭からドミノの要領で次々と後続が倒れていく。
足止めは成功し、セバスチャンも無事なようだ。
立ち上がった団員達が順次追跡を開始しようとしたその時、
「お前達は何をやってるんだ!?
この馬鹿共が!!」
月が間もなく消えようかというこの時間帯でも目立つ真っ白な甲冑に身を包んだ金髪の男が目の前の団員達を怒鳴り散らす。
「あ、ラーヴァ団長…。
これは、その、失礼しております…。」
「城外は貴様らの管轄ではないはずだ!!
しゃしゃり出て来たクセにこのザマか!!」
とにかく怒鳴り散らすラーヴァ・アルバトフに対して団員達は申し訳なさそうに黙っているだけであった。
「おいおい、ラーヴァ、そんなにウチの騎士をいじめないでくれよ。」
彼らに助け舟を出したのは何時ぞやかの事務服姿で登場したグレイである。
「グレイ、貴様ら一体何をしていた?
いや、待て待て、言わんで良い。
あの魔女は捕虜の教師役だったな?
とすると、貴様ら捕虜を逃したってことか?」
ラーヴァはニヤリと笑みを浮かべ、グレイの顔を覗き込んだ。
痛いところを突かれたグレイはしぶしぶ事の顛末を話した。
「陛下の命令でマルセル侯が捕虜の尋問を行うことになっていた。
奴らを連行しようとして部屋に入ったらこのザマだ。」
グレイは先ほど怒鳴り散らされていた団員達を指差した。
「それにしたってこのザマはないだろう。」
「あぁ。
恐らく奴らは我々が来ることを知っていた。
誰か内通者がいる。」
「内通者か…。
それは物騒な話じゃないか。
だが、それは後だ。
まずは今すぐアリューシャに帝都の出入り口を固めさせないと…。
マトヴェイ、伝令を飛ばせ。」
ラーヴァの傍に控えていたマトヴェイ・バザロフは直ぐさま馬に跨り城門を抜けていく。
「緊急事態だ、我々も街に出る。
トード!!」
「タラゼド騎士団、3班が出動用意完了しております!!」
トード・ベルィフは敬礼で答えた。
「良し!!
残りの班は非番だろうが何だろうが命がけで城を守れ!!
グレイ、先に行くぞ!!」
ラーヴァは部下達と共に帝都へ馬を駆っていった。
「アヴィス、こちらの動ける人員は?」
デュノアを城へ帰し、先ほど再び前線復帰したアヴィスにグレイが尋ねる。
「城内の警備の事も考えると2班分の人員を集められるかどうかといったところです。」
「一時的に皇后陛下の警護も親衛隊に依頼しろ。
その分の人員をこちらに回す。」
「親衛隊に何かを依頼するのはあまり得策と言えない気もしますが…。」
「やむを得んだろ…。
申し訳ないがお前は“控え”に行って警護要請を頼む。
残りの人員は確保でき次第現場に寄越してくれ。」
「分かりました。」
「バンカーはいるか!!」
グレイは周囲に声を張り上げる。
「団長!!」
小柄な青年が2人に程近いところで手を挙げた。
「お前はマルセル侯に事態を説明してくれ。
伝言があったら急ぎ現場へ急行しろ。」
「分かりました。」
グレイは帝都、アヴィスは親衛隊執務室、バンカー・ゲネラロフはマルセル侯の元へ急いだ。
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【帝国 帝都 ディーンスレン通り】
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「このままどこに逃げるんですか?」
走りながら龍郎がセシルに尋ねる。
「このまま通りを進んで街の入り口まで向かいます。
そうすれば迎えがいるはずです。」
セシルは振り向かずに答えた。
「さっきから気になってたんだけど、仲間がいるのか?」
斎宮も走りながらセシルへ尋ねる。
「はい。
私もあまりよく知りませんが…。」
「おい、ちょっと待て。
危険すぎるぞ。」
走るのをやめてその場で立ち止まる斎宮。
斎宮を見て龍郎も少し進んで止まる。
「急がないと追いつかれちゃいますよ!!」
先頭を走っていて一番最後に止まったため2人とは距離を開ける形となったセシル。
「素性が知れてる分まだ向こうの方が安全だ。」
語気を荒げながら皇城を指差す斎宮。
「じゃあイツキさんは戻って拷問を受けたいのですか?」
負けじと言い返すセシル。
「味方だと言って付いていくには危険すぎないかと言っているんだ!!」
「ちょ、斎宮さん、落ち着いてください…!!」
龍郎が慌てて2人の間に入る。
「こんな時に喧嘩してる場合じゃないですよ!!
今はセシルさんとその仲間を信じるしかないじゃないですか!!」
「その仲間はどんな奴らだ?」
「城内の使用人で、2人の教師役になった日の前日に現れて情報を逐次報告しろと言ってきて…。」
「それで?」
斎宮が続きを促す。
「毎日どこかのタイミングで接触してきて、今日も深夜に騎士団が連行しにくるだろうからその時にここから逃げろって…。」
語尾がしぼんでいくセシルの声は聞いていて何だか胸が痛む。
そう龍郎が思うこの空気を断ち切ったのは3人のうちの誰でもなかった。
「ふ〜ん。
そーゆーことぉ…。」
通りに面した横の暗い路地から女が一人現れた。
厳密に言うと、女は歩きながら、恐らく死んでいると思われる男が倒れるように暗い路地から大通りへと姿を現した。
セシルは杖を構える。
斎宮も周囲を警戒する。
龍郎は倒れている男と目の前の女を交互に見やった。
「やってくれるじゃないの、お嬢ちゃん。
だけどね、お姉さんを甘く見るんじゃないの。」
女は腰に手を当ててセシルに言った。
「忠告しておくけど、あなたが魔法を発動する前に私はあなたの息の根を止められる。
変な気は起こさないようにね、セシル・ザバニヤ・オルコット。
坊や達が既にパンゲア語を難なく操れているのはお嬢ちゃんの技ねぇ。
流石ミネルバ派の魔導師。
でも、脳に負担がかからない?」
女が顎に指を当てて首をかしげる。
「私の脳にも彼らの言語を記録しましたから。
あなたが思っているよりも彼らの負担は少ないです。」
「健気ねぇ…。
そっちの小さい坊やの方でしょ?」
「か、勘違いしないでください!!」
顔を赤らめるセシル。
場違いにも変な空気が流れる。
「今度はこちらが聞く番だ。
お前はだれだ?
セシルが言っていた仲間じゃなさそうだな。」
斎宮が女に問いかける。
「お姉さん、元気な子は好きよぉ。
だけどね、お姉さんの素性は明かせないのよ。」
「奴は敵だ。」
斎宮が龍郎とセシルに言う。
「敵か味方かは分からないけど、私はここで坊や達を捕縛することになってる。」
「じゃあ敵ですね。」
龍郎が女を睨みつける。
「そうカリカリしないの。」
女はそれだけ言うと皇城の方を見やった。
「もう騎士団が来ちゃった…。
坊や達とのお話は楽しいけど、残念ながら時間ね。」
女はそういうものの、龍郎達には何の気配も感じられなかった。
「最後にもう一度忠告。
この場は逃げられても、街を出る門は既に騎士団によって封鎖されてるわ。
諦めなさい。」
セシルが杖を女に向けて身構えた。
「聞き分けのない娘ねぇ…。」
「私だって…、私だって、戦えます!!」
「若いわぁ…。
だけど、その若さがここでは命取りになる。」
どうするつもりなのか、見える限り手には何も携帯していない。
しかし女は身構えた。
瞬間、龍郎は生まれて初めて殺気というものを感じ取った。
十中八九あれが殺気だと龍郎は確信した。
同時に、この後の展開も予想できてしまった。
「不味いっ…!!」
斎宮が口走ったその一言が先か、雲ひとつないこのタイミングでセシルと女の間に落ちた“雷”が先か。
雷特有の音が轟き、目が一瞬怯む。
龍郎には右腕を押さえている例の女の姿が見えた。
「何をしている!?
敵よ!!」
女は腕を押さえつつ周囲に叫ぶ。
直後、通りに面した路地から次々と黒い煙のようなものが出現した。
路地から出現した幾つもの帯状の煙は、4本が龍郎達、3本が女の周囲に集まる。
「オォ…、スゲェな…。」
龍郎は周囲に集まった煙から人が現れたのにビックリした。
現れた人は全員黒ずくめで、いかにも裏方です。というような格好だ。
「お怪我は?」
女の近くに現れた人物が尋ねる。
「私のことは良い、それよりも敵の追跡は?」
「現在追跡中です。
ただ、既に見失っているかと…。」
「私でもあの距離まで気が付かなかった。
誰にせよ強敵だ。
他に被害は?」
「各所で市街戦が発生しております。」
「奴らの相手は騎士団に任せろ。我々は捕虜の確保だ。」
女が龍郎達に近寄る。
「セシル女史、このまま無傷で済むと思わないことね。」
「それはこっちのセリフです。」
強気に返すセシル。
セシルの態度が気に障った女だったが、
「自分の立場を考えなさ……ッ!?」
今度は女が早かった。
女は障壁を張って幾筋かの雷撃を防ぎきる。
女の部下達が身構えた。
「アンタ達じゃ勝てない。
絶対に手は出さないでちょうだい。」
女が部下に命令した。
なおも続く雷撃。
その全ては先程のように縦ではなく横からだった。
雷撃の発生源が近づいてくる。
「防ぐだけじゃ私には勝てない。」
再び雷撃。
雷の明るさで龍郎達にもようやく雷撃を放っている人物の姿が確認できた。
比較的若そうに見える男だ。
見た目は20 代後半くらいであろうか。
「その程度か?」
男は言い、先程よりも大きい魔法陣を展開した。
「腕試しだ。」
より太く、より音の大きい雷撃が障壁へと向かっていく。
障壁の内側にいる龍郎にも、大気がビリビリとする感覚が伝わってきた。
土煙が収まると、障壁の外側に存在していた通りの建物は瓦礫と化していた。
「良い腕だ、合格。」
男は障壁を完璧に保ち続けた女に賞賛の言葉を贈った。
「その子達を渡してもらおう。」
男はさらに歩み寄ってくる。
「調子に乗らないでちょうだい。」
女は障壁を張ったまま答える。
「良いのか?
長引いて困るのはそちらも同じだろう。」
見ると周囲の一般市民が表へ出てきていた。
「バレたら不味いんだろ?」
男に言われ、女が顔を歪める。
「アンタ達、捕虜を連れて城へ戻りなさい!!」
女が部下に命令する。
聞いていた男はため息をついて女に応じる。
「こっちだって数は揃えてんだよ。」
女の部下達が龍郎達を連行しようと動いた瞬間、各方面から男の仲間と思しき者達が飛び出した。
対峙する両勢力。
「セシル導師、直ぐに片付けますのでもう少々お待ち下さい。」
障壁の向こうにいる男がセシルへ告げる。
「知り合いですか!?」
龍郎がセシルへ顔を向けた。
「いえ…。」
セシルが首を横に振る。
「コイツらを片付けてから事情は追って説明しますので、どうか今しばらくそのままでお待ちください。」
そう言うと男は恭しく礼をした。
「という訳だ。
構わん、殺せ。」
男は手下達へと命令を下す。
そこからの動きは早かった。
命令の直後、まずは龍郎達の目の前にいた者の胴体が貫かれた。
女の部下が1人絶命する。
左右の他の部下達は目の前に障壁を張ってそれを防いでいた。
休む暇なく魔法が発動される。
足元から土槍が飛び出し、逃げ遅れ串刺しになった1人がそのまま息絶えた。
残りの2人は先程の煙のような形状で宙へ飛び上がるも、他の手下の攻撃に曝されてしまう。
「生死は問わん。
奴らを追い払え。」
手下の1人が攻撃中の仲間に指示した。
指示された者はそのまま屋根へと跳躍し、敵の追撃を開始した。
「確保しろ。
俺はあっちを片付ける。」
声からして男である。
護衛がいなくなった龍郎達の身柄確保を指示して男は横を振り向く。
女の前に陣取っていた奴らの前に彼の仲間の死体が転がっていた。
「安らかに眠れよ。」
男の仕業だろうか、死体が炎に包まれた。
その光景に一瞬怯んでしまったものの、すぐに男に魔法攻撃を開始する。
「下手に攻撃しないほうが身のためだ。」
攻撃を障壁で防ぐ男だが彼の目の前に存在する障壁は龍郎がそれまでに見た物とは違っていた。
「他のは水色だったのに、あのバリアは紫色だ。」
ポツリと呟く。
「あれはただの障壁魔法じゃなくて反射障壁魔法です。」
セシルが答える。
「どう違うんですか?」
「あの障壁は吸収したエネルギーを同じ分だけ放出できるんです。」
「攻防一体かよ…。」
斎宮が反応する。
「見ててください。」
セシルが2人に促した。
するとセシルの答えを証明するかのように障壁からエネルギー波が放出された。
敵を倒すには至らないまでも、攻撃の手は止まった。
「死人の怨念は怖いぞ。」
先ほど灯された死体の炎が次第に黒くなる。
黒炎は何倍にも膨れ上がり敵へと向かっていく。
敵も教科書通りに黒炎に匹敵する大きさの水壁を出現させて防ごうとした。
しかし、黒炎と衝突した水壁はいとも簡単に消えてしまった。
そのまま敵は漆黒の炎に飲み込まれる。
「怨念纏う黒炎はそんなもんじゃ防げない。」
男が言う。
敵を飲み込んだ黒炎は敵とともに消滅した。
「どいつもこいつも一体何なのよ!?」
女は味方を失い窮地に立たされた。
「セシル導師をお連れしろ。」
障壁の向こう側から男が言う。
「かしこまりました。」
黒炎の男が応じて龍郎達の元へ歩み寄る。
「お騒がせしてしまって申し訳有りません。」
そう言うと男が着ていたローブのフードをとった。
「あっ!!」
セシルが男の顔を見て声を上げた。
「城の中ではどうも。」
男がセシルに微笑む。
「コイツが連絡取り合ってた奴か?」
斎宮がセシルに尋ねる。
「そうです。」
セシルが肯定した。
「詳しい事情は馬車でご説明致します。
さ、時間がありませんので急ぎましょう。」
男が龍郎達を連れて動き出した。
仲間が龍郎達を囲むように護衛する。
「待ちなさい!!」
女が追撃を試みる。
「アンタの相手は俺だよ。」
男が龍郎達と女の間に電流が迸る壁を作った。
龍郎達と2人の距離がどんどん離れていく。
「アンタは強い。
正直な話、俺はこの場でアンタを殺せないし、アンタもお仲間さん達も俺を殺せない。」
男が女に対して言う。
「一先ず、導師達はこちらで預かる。」
「だから退けと?」
「ああ。
悪くないだろ?」
「今ここで私が市民の犠牲を厭わず貴方と戦うことを選ぶとは思わないの?」
「そしたら皇帝諸共城が破壊されるさ。」
「お見通しなようね。」
「了承すれば我々は帝都から即時撤退する。
これ以上、市街戦で犠牲は増えない。」
男の言う通り帝都では今でも騎士団と男の仲間達の戦闘が続いていた。
「選択肢は無いようね。」
「賢い女性は好きだ。」
「私は貴方のことが大嫌い。」
「それじゃ、またどこかで。」
笑みを浮かべながらそれだけ言うと男は路地へと消えていった。
「噂通りの男ね…。
リック・バルミニック・シャルケン」
「追跡しますか?」
別の路地から女の部下が現れた。
「しなくて良いわ。
どうせ返り討ちにあう。
それよりも被害状況は?」
「人的被害は今の所我々が7名、フェンリルとタラゼドには人的被害無し、アピス騎士団が数十名ほどです。」
「街の状況は?」
「かなりヒドイです。
グレンゴイン、ノックドゥー、リンクウッド通りはそれぞれ派手に破壊されており、グレントフォース通りでは練兵場が全壊。
ここが一番マシな状態です。」
「巻き込まれた者は?」
「確認中ですが多数いるかと…。」
「私は陛下の元へ急ぐ。」
「ここの封鎖は?」
「解除して構わないわ。」
そう言ってヴェロニカは部下達と同じように皇城へと飛び立った。
リック達が去った後、ディーンスレン通りに遮音・隔離魔法を発動していたヴェロニカの部下達は彼女の後を追うように路地から次々と飛び立った。
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【帝国 帝都 グレンゴイン通り】
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「おい、トード!!
ここはグレンゴインじゃないか!?」
リックの部隊が撤退した後になってようやく気が付いたラーヴァは心底ご立腹だった。
「確かにそのようですね…。」
「どうしてだ!?
真っ直ぐ来ただけだぞ!?」
「やられました。
恐らく隔離や方向感覚を歪ませる魔法の一種かと…。」
「クソッ!!
敵には逃げられるしどうなってんだまったく!!」
ラーヴァは足元に転がった瓦礫を蹴飛ばした。
「ということは市街門へと向かったフェンリル騎士団も…。」
「無駄だったな。」
襲撃を受けた際、ラーヴァは敵を引き受けてグレイを先に行かせたのだった。
「城へ戻る。
お前はグレイに俺が陛下の元へ行ったと伝えろ。」
馬に跨り、ラーヴァは1人、皇帝の元へ向かった。
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【帝都 グレンゴイン市街門】
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「団長!!
大丈夫ですか!?」
アヴィスがグレイの元に駆け寄る。
腕から血を流しているもグレイは満足げだった。
「隔離魔法を使いやがった分の鬱憤は晴らしたさ。」
彼らもまた途中まで自分たちが違う方向へ来ていることに気が付かなかった。
門まで辿り着いたところで装飾が違うことに気が付くも、襲撃を受けてしまったフェンリル騎士団。
だが彼らが他と違ったのは、敵を逃さなかったことである。
半ば感情に任せて暴れたグレイをアヴィスが魔法で援護、他の団員も傷つきながら戦った。
残念ながら何人か逃してしまい、グレイも接近戦で腕に刃物を突きつけられたが、相手の胸を剣で貫き一矢報いた。
「俺のことは良い。
それよりも…。」
グレイは通りの建物に寄りかかって座る女へと声をかける。
「アリューシャ、大丈夫か?」
「えぇ…。
でも、仲間が…。」
アリューシャ・グリニコヴァが率いるアピス騎士団はラーヴァからの伝令が来る前に会敵していた。
厳密に言うと各市街門の警備を行っていた彼女の部下達が最初に会敵し、彼女が事態を察知したのはグレントフォース通りにあるアピス騎士団本部にラーヴァの伝令が来てからだった。
彼女は直ぐに各通りにある詰所へと伝令を出し、自らも部隊を率いて市街に展開しようとするも本部前の練兵場にて襲撃を受けてしまう。
本隊が足止めを食っている中、各詰所から部隊が通りへ展開するも苦しい戦いを強いられてしまった。
結局、本隊は別れて各通りへと展開し、アリューシャ自身もまた練兵場で敵と激しい戦いを演じることとなった。
敵が無力化及び撤退した後、グレントフォース通りの皇城とは正反対の位置にある凱旋門広場に陣取った彼女は、グレイ達がまだ交戦中であることを聞きつけて隣のグレンゴイン通りへ駆けつけた。
戦闘自体は終わっていたものの、そこで彼女はグレンゴインとは反対隣に位置するディーンスレン通りにある詰所が建物ごと全滅していることを告げられた。
「全員勇敢に戦った。」
グレイがアリューシャを慰める。
「敵は何者なの?
あんな強い敵なんてそうそういないわ。」
アリューシャが目に涙を浮かべて聞く。
「残念ながら分からん。
俺が殺した奴も燃えるように消えたよ。」
グレイがアリューシャの隣に腰を下ろした。
「トードの話だと、ラーヴァが陛下に状況を伝えに行っている。
城内は親衛隊に任せたからしばらくは我々からも帝都の警戒に人を出そう。」
「ありがとう。」
「気にするな。」
アヴィスにはグレイが珍しく照れているのが見て分かった。
「もう大丈夫か?」
「うん。」
「なら、まずは帝都の被害状況の把握だ。」
グレイは立ち上がってアリューシャの手を取る。
「アヴィス、後は任せた。」
「お任せください。」
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【帝国 ウッドランド山脈への道中】
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「遅れましたが自己紹介を。
サビキア王国枢密院文書部のフレアーだ。」
フレアーは龍郎達と順に握手をした。
龍郎も挨拶し返そうとしたがフレアーに遮られた。
「君達のことは既に知っている。
悪いが早速本題に入ろう。」
車内の空気が引き締まる。
「この通り君達の身柄は我々が預かる。
第一の理由は君達を交渉材料として確保するためだ。」
「交渉?」
「君達の世界との交渉だ。」
斎宮の質問にフレアーが答える。
「我が国は先日まで制海権を巡って帝国と緊張状態にあった。
勿論、我が国も非常の事態に備えて帝国に対抗し得る戦力を保持していたが、それでも戦況は良くて五分五分だっただろう。
そんな時、帝国は君達の世界へ侵略軍を派遣して大敗を喫し、数日と経たない内に優劣の関係が逆転。
焦った帝国は我が国との不可侵条約締結を打診してきた。
戦争を望んでいない我が国としては当然この誘いに乗ったさ。
難航するかと思った条約交渉も君達の仲間が逆侵攻してくれたお陰で順調に進み、無事条約調印が済んだことで万事解決かと思った矢先だった。
ここからは我々の限りなく真実に近い推測だが、事態を重く見た帝国は我々の戦力を削るために我が国の王都を奇襲攻撃した。
間違いなくサビキアの負の歴史だよ。
我々が招集した戦力は敵の捨て身の攻撃の前に敗れ、王都も甚大な被害を受けた。
敵の正体を明らかにしようにも突然消滅してしまい分からずじまい。
我々の完全な失態だ。
国王は帝国の敵と協力関係を築くことを決定し、我々にそのための鍵を手に入れるように指示を出した。
分かっていると思うが君達2人のことだ。
君達が皇城に囚われているのは既に知っていたから、後は協力者を探して作戦を円滑に進められるようにするだけだった。」
そこでフレアーはセシルの方を向いた。
「それが君だ。
ミネルバ派に属しサビキア魔法魔術大学校を卒業後、現在は帝国内で三学府受験者に魔法を教授している。
まさに理想の人材だった。
危険な目に合わせてしまったことはこの通り謝罪する。」
フレアーが深々と頭を下げた。
「交渉の材料ってことはまた軟禁状態か?」
斎宮がフレアーに問う。
「王都内での出歩きは認められる。
身柄は交渉が始まれば直ぐに引き渡す予定だ。」
「帝国でもそうだったけど街を見て歩く時間は無さそうだな。」
斎宮が龍郎に言う。
「でも日本に帰れますよ。」
「え!?
もう帰っちゃうんですか!?」
セシルが隣に座る龍郎の方を揺さぶる。
「大丈夫。
俺はもう少しこの変な世界に浸りたいから。」
斎宮はセシルに笑って見せた。
「斎宮さんは職業的に無理でしょ…。」
龍郎が斎宮にツッコむ。
「あぁ、直ぐに聴取だな。
トホホ…。」
朝方、一行を乗せた馬車はウッドランド山脈の本道から外れて密かに越境していった。




