第13話〜皇帝の思惑〜
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【帝国 帝都 皇城】
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「…、状況はお伝えした通りです。」
セバスチャンは淡々とした口調だ。
「タツロー様とイツキ様の処遇については追って判断が下されます。」
そう言い、セバスチャンは深々と頭を下げた。
僕も斎宮さんも言葉が出なかった。
少しの間、静寂が室内を包む。
「いざという時は私が少しでも多く時間を稼ぎます。
セバスチャンさんとデュノアさんはその間に2人を無事に脱出させてください。」
沈黙の後、最初に言葉を発したのはセシル先生だった。
それにしても、あんた、今、何つった?
ここでドンパチやっちゃうの??
「セシル様に魔法をかけられたことにさせていただきます。」
セバスチャンは軽く頭を下げながら笑った。
「私も魔法で錯乱していることに致します。
セシル嬢と違ってまだ自分に傷をつけたくないので。」
デュノアはシレーっとした目でセシル先生に視線を送る。
でも、どうやら彼らは僕らの脱出に協力してくれるようだ。
事実上、反逆者になれと言われていながらの彼らの答えが嬉しかった。
まだ数日の付き合いなのにそんなことするか、普通?
ともあれ、一先ずこの場に敵はいないようだ。
「僕ら、どうなるんですかね…?」
僕は隣に座る斎宮さんの顔を見た。
彼は未だに何かを考えてるような顔をしている。
「斎宮さん?」
「ん?
あぁ、ゴメンゴメン。
どうした?」
「帝国と日本はお互いこれからどう動きますかね…。」
「すぐに助けが来ることはないと思う。
僕らがここにいるっていう情報すらないからなぁ。
先ずはこの世界のことを含めた情報収集からだろうね。
だけど、日本の救援待ちをしている余裕はないかも…。
帝国からしてみれば侵略しようと乗り込んだ国から圧倒的な力で逆侵攻されてしまった。
今の帝国からしてみれば日本は間違いなく脅威だ。
しかも、対抗しようにも敵は未知なる相手で術が分からない。
でも、その国の民が捕虜として手元にいる。
帝国にとっては活用しない手は無いよね。
情報収集にしろ交渉の材料にしろ僕らの使い道は幾らでもあるから…。
僕らが思うより状況は速く大きく動いてるよ。」
「なるほど…。」
「ま、いつでも逃げられる覚悟はしといたほうが良いかもね。」
そう言って斎宮さんはセバスチャンの元へ紅茶を取りに行った。
よし。
ストレッチしとくか…。
「あ、あの…。」
セシル先生が急に手を挙げた。
「どうしましたか?」
「もしもの場合に備えて自室の荷物をこちらに持って来ます!」
なんだ、そんなことか…。
びっくりした。
好きにしてくれよ…。
「あ、はい。
分かりました。
危なそうなんで、くれぐれも気を付けてくださいね。」
「私がお持ちしましょうか?」
「いえいえいえいえ!!!!
重いので自分で取りに行きます!!!
自分で行けるので大丈夫です!!!!!」
デュノアの申し出を断る姿は怪しさ満点だが、一人で行くと行っている以上はそれを無理に撤回させる状況でもない。
「承知致しました。
それでは、お気を付けてください。」
「はい。
行って来ます。」
そう言って先生は自室へと向かった。
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【帝国 帝都 皇城】
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部屋を出たセシルは小走りで部屋へと向かった。
荷物を取りに行くというのはカモフラージュである。
本命は3日前から接触してきている例のだ。
『いよいよ危ない状況になっちゃったな…。』
セシルはいつでも魔法を発動できる態勢で自室へと急ぐ。
男はいつものように部屋の前にいた。
「決行は今夜だ。
情報によると、今夜、君たちの元へと騎士団が送り込まれるようだ。
殺されはしないだろうが、捕まるような真似もするなよ。」
男の言葉にセシルは頷く。
「ディーンスレン通りまで頑張って走るんだ。
そうすれば我々が直ぐに君達を保護する。」
既に二人が走れるかどうかは昨日の内に確認してある。
あとはセシルの頑張り次第なのだ。
「幸運を祈っている。
それでは。」
いつものように男は直ぐに消えた。
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【帝国 帝都 皇城 玉座の間】
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龍郎が自身の身を案じていた日の夜半、3名の元老院議員が皇帝に対し意見奏上を行っていた。
「捕虜2名を引き渡し、帝国は疎かパンゲアから蛮族を早期に追放なさるのが得策だと我々元老院は考えております。」
男は頭を恭しく垂れて言った。
他の2人もこの男に倣う。
男は両隣の初老の議員よりだいぶ若く見える。
「捕虜を引き渡したからといって奴らがこの世界から立ち去ると言い切れる根拠は何だ?」
皇帝は低くハッキリとした声で尋ねた。
男達が返答に窮す。
「揃いも揃ってロクな案一つ出せないとは…。」
夜の玉座の間に皇帝の愚痴が小さく響く。
3人の顔には汗が滲んでいる。
「ミハイル、元老院はいつから知識人面した子供の集まりになったのだ?」
真ん中の男は短く返事をし、背筋を伸ばして答えた。
「誠にお恥ずかしい限りですが、陛下、此度の件で元老院は意見が割れております…。」
「ではなぜ元老院の結論が出る前に余のところへ来た?」
「此度の議題はこれ以上議論を尽くしても元老院内部は意見の一致を見ないと思われます。
ですので陛下のご決断を仰ぐべく我々は参上致した次第でございます。」
ミハイルは声の震えを何とか抑えることができた。
「捕虜引き渡しは貴様の考えか?」
皇帝が先ほどからの変わらぬ口調で尋ねた。
「左様にございます。」
ミハイルは深々と頭を下げる。
皇帝は何も言葉を発しない。
そのまま1分足らずの間が空く。
「そうさのぉ…。」
皇帝が口を開くとたちまち緊張した空気が一層引き締まる。
「ミハイル、貴様が全権として交渉団を率い、ブニークへと向かえ。」
「かっ、畏まりました…。
この命に代えてもその責務を果たして参ります。」
「奴らには捕虜を引き渡す代わりに帝国への軍事的援助を求める。」
「陛下、敵に援助を求めよと仰せられるのですか!?」
ミハイルの隣にいた議員が皇帝へ異議を申し立てる。
「そう言ったつもりだが?」
「激しい反発が起こることは予想に固くないと存じます。」
初老の議員はどうにか抵抗しようと試みるも皇帝の意思は固かった。
「構わぬ。
ミハイル、直ぐに取りかかれ。」
「御意。」
一礼後、ミハイルが退出する。
皇帝は残された2人を前にして、
「グリゴリー、貴様は交渉団副使としてミハイルの補佐を頼む。頭は切れるがまだ若い奴だ。」
と先程から黙っている中年の議員に向かって命令し、
「マルセル、貴様の意見は余も重々承知だ。
だが折れてくれ。」
と、初老の議員に向き直った。
グリゴリーが退出し、この場にいるのはマルセルと皇帝の2人だけであった。
「陛下がそう仰せられるのであれば、私めはただそれに従うのみでございます。」
マルセルはそれ以上の抵抗をしようとしなかった。
彼の答えに満足した様子で皇帝は、
「交渉で時間を稼いでいる間に少しでも敵の情報が知りたい。
ただちに捕虜の尋問を始めよ。
ただし、手荒な真似はするな。
交渉に支障をきたす。」
「直ちに。」
マルセルが退出した後、1人玉座の間で居残っていた皇帝はどこへともなく語りかけた。
「捕虜の様子はどうだ?」
「教師役の魔導師が結界を張っているらしく中の様子はまるで分かりません。」
「なんて警戒心が強い女だ…。
お前達でどうにかならないのか?」
「気付かれずに行うのは不可能です。」
「よりによってなぜあのように警戒心が強い女を教師役に持ってきたのだ…。」
「マルセル侯に聞かれてみてはいかがでしょうか?
あの方が彼女を推薦なされたようですので…。」
「まあ良い。
何があっても交渉までは“帝都”から出すんじゃないぞ。」
「お任せください。」
そして、ヴェロニカの気配は消えた。
マルセルの命を受けたグレイ達が龍郎達の元へ向かったのはそれから程なくした夜更けであった。




