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お稲荷物

私だって、天気雨降らして欲しいんです! コン活女子のある日

お稲荷さんの就職とかどうなってるのかなと考えてる内に、作品になってしまいました。

「はい、申し訳ございません……。はい……失礼致します」


 管狐が回線を切る鳴き声が聴こえ、私は思わず溜め息を漏らした。


白尾(はくび)ちゃん大丈夫ー? えっらいつかまってたけど」


 耳と尻尾がくったりしてるのを見て、課長が労いの声をかけてくれた。大丈夫ですと苦笑いしつつ軽く頭を下げてこれに返す。電話の内容をさっとまとめると小休止を頂く事にした。




「あぁぁ……疲れたぁぁ」


 会社の屋上で大きく伸びをする。デスクワークで狐尻尾はすっかり強張ってしまっている。会社内に、尻尾マッサージ室を作ろうと声が上がっているのだけれど予算がおりないらしい。急務ですよ急務。

 しかし毎日毎日苦情受け対応。御給金はいいんだけど、段々と何かが磨り減って来るのが分かる。


 コャートフォンが振動して、メールが届いたのを知らせてくれる。また同学年の()が一人結婚したと。あれだけお社で働くと学生時代に言ってたけど、やっぱり厳しいもんね……。私も必死に花嫁修行してお社務めで神主さんとラブラブな職場を目指したけど、こればっかりは難しいしなぁ……。


 そもそも、既に稲荷神社は沢山ある。お手伝いで巫女として入るか、神主さんに見初められて新たに神様として……というのも今は中々就職難。

 [あちら]でもパワースポット等の色々なやり方で御客集めしてるけど、新規のお稲荷募集は最近とんと無くなってしまった。[あちら]が不景気だとこっちは忙しくなると聞いて、随分と皆勢い込んで花嫁や巫女修行したのが懐かしい。結局学校出た後に2~3人が見初められ、後はみんな普通に就職したり結婚したり。


「私も……夢見てたんだけどなぁ……」


 尻尾が私の気持ちと一緒にくたりと垂れた。




 会社からの帰り道、狐火バスに揺られながら、ふと思い出す。

 あれはまだ私が小さな()だった時。たまたま[あちら]に行ってしまい、帰り道も分からず鳴いていたら、優しげな男の子が稲荷神社まで連れてってくれたっけ。始めて抱き上げられて胸がときめいたのを覚えてる。確かショウ君と言ってたっけ。私の白い尻尾を随分綺麗だと褒めてくれた。まだ人の姿が取れない位小さかったけど、今の姿は褒めてくれるのかな……。

 あの時の男の子が神職に進んで、しかも新しいお稲荷神社を建立して神主に……というのは[あちら]で言う白馬の王子様を待つ様なものだ。このまま、苦情受けの電話業務をしながら静かに私は年齢を重ねるのかなと、切なくなりながら帰宅したのだった。




   **********




 休日、朝から稲荷電話にコャコャと起こされる。眠い目をこすって出てみるとおばあ様だった。不届きものを捕まえたので、護送した帰りに近くに寄ったから食事でもしようという事らしい。まだ朝早いんだけどなぁ。




「わらわを待たすとは大物になったのう」


 尻尾が九本もあるおばあ様は、相変わらずお美しい。国を傾けた事もあるとか無いとか。そんなおばあ様と油揚げの有名店へ。焼き立てを醤油や塩だけで食べ、日本酒と頂くという贅沢なお店。


「しっかし、仕事が無くて焦るのは分かるがそこらの女子に声かけて強制的に契約しようとするとはただの痴漢よのぉ」


 世も末だという顔をしながら、ナイフとフォークで丁寧に油揚げを口に運ぶ様はやはり気品と風格を感じる。


「お主はああいう輩の様に路頭に迷って[あちら]さんに迷惑かけるでないぞ」


 迷惑かけるも何も、修学旅行で夢の国にみんなで仮装と称して行ったきりだ。基本的にばれない様にしないといけないし、耳と尻尾を隠したままに出来る体力が無いと文字通り尻尾を出してしまう。遊びに行くのもハードなのだ。


 意中の男でもおらんのかと言われ、咄嗟に浮かぶのはあの男の子。我ながら初恋にすがって恥ずかしく尻尾が膨れてくる。


「[あちら]さんだけでなく、わらわ達も願ってもいいのじゃよ。自分達の幸せを……」


 縁結びは管轄外じゃが……と、おばあ様の呟きが聞こえた気がした。




   **********




 お昼過ぎにはお開きとなり、おばあ様と別れた私は、折角だからと[あちら]へ久々に行ってみる事にした。大きめの帽子を被り、尻尾はちょっとストラップ等をつけてアクセサリー風に。腰に巻いてお洒落な感じにしたかったけど、尻尾は主人の意向を無視して垂れ下がる。もふもふ感には自信があるんだけど、こういう時は難しい。まぁ大丈夫でしょう。後は何か言われたら「コスプレです」で通す。疲れたOFF(オフィスフォックス)には手抜きも必要なんです。




「あー久々ー!」


 鳥居を抜けた先はもう[あちら]側。ひとけが少ない静かな街は、山の上にある神社から見下ろしても穏やかな気配。のんびりと散策しよっと。


 雑貨屋さんを冷やかし、本屋さんでファッション雑誌を読んでみたり、喫茶店でボンゴレパスタを食べてみたり(これで女子リョクが上がると雑誌に書いてあった)、私は久々にゆったりと休日を楽しんだ。途中で尻尾を指差す人もいたけど、いいでしょと自慢気にしてたら気にされなくなった。不思議。




 さて、暗くなってきたし帰ろうかと歩いていると、他の狐の気配。誘われる様に私は路地裏へ。

 寂れたそこには稲荷神社がポツンとあった。境内はさびれ、忘れられた雰囲気は思わず同情の想いが溢れる。

 と、怪しく暗い気配が立ち込める。社から、ぬるりと黒い何かが這いずって来る。ひっと喉が鳴るのが遠くで聞こえた。これは私の声だ。反射的に逃げようと振り返ると、暗い光を宿した狛狐が道を塞いで牙を剥いている。

 私も怪異と戦う事もあると、念の為にそういう訓練もしてはいる。でも心構えも出来ない内に黒い何かがどんどん近寄ってくる。慌ててしまって狐火が出ない。パニックになりかけた時にコャートフォンが鳴く。


 ――え? こっちでは使えないはず……


 出てみると、おばあ様が慌てて場所を訪ねてくる。大体の場所を記憶の限り伝えつつ、狭い境内を頑張って走る。御手洗の柄杓に引っ掛かりこけそうになるも、どうにか立て直した。急いで走ろうとして、肩を掴まれて凄い力であのお社に向かって引き摺られる。ようやく出てくれた狐火を当てても、爪を伸ばして引っ掻いても駄目。ネイルも剥がれた……と、そんな事をちらっとでも考えられた自分が凄い。


 ――多分……死ぬよりも酷い目に遭う。最期に彼に会いたかった。また抱き寄せて欲しかった。私はギュッと目を瞑って、闇に備えた。


「その娘を放せっ!」


 何やらチカラある祈りの声とシャランと清らかな音と共に緩まる手、遅くなる速度。目を開けると神主の格好をした若い男性が必死に呪文を唱えながらこちらに向かってくる。それでもじわりじわりと闇に向かって進む黒い何かから逃れたくて私は必死に手を伸ばす。まだ! 私は生きたい!


「よう耐えた。流石我が血を受け継ぎし()よ」


 おばあ様の声がして、辺りに閃光が走った。




 この街もおばあ様の管轄で、不穏な気配を感じ、しかも孫の私の気配も近いものだから特例を使いまくって慌てて跳んで来てくれたらしい。おばあ様の声が届いた神主見習いさんが来てくれなかったら私は多分、私じゃないモノにされていた。

 強引に念波を繋いだ管狐達がぐったりしてる。帰ったら沢山油揚げをあげなきゃ。


 ここの稲荷神社は、狐も神主さんも御高齢で、神主さんが身寄りも無く亡くなってしまい祀る人も絶えタタリガミになってしまっていたらしい。


 完全に気配を消してしまっていたので気付かなかったと私に頭を下げて謝罪したおばあ様は、顔を上げるとニヤリと笑う。

 何だかんだで今は神主も稲荷も空白。ここに、入れる資格を持つ二人。縁もある。そして許可はわらわが簡単に出せる。そう言って私達を見ると、後はお若い二人で等と言ってスッと消える。


 見つめ合う私と男性。何だか見覚えがある様な。


「俺……、岩井唱(いわいしょう)。良かったら俺と……」

「あ…あぁぁあ! こちらこそ。私は……私は白尾(はくび)だよ」


 そういってとっくに取れていた帽子の代わりに耳を出し、尻尾を見せる。

 まさかあの……という顔をどうやって黙らせたのかは、乙女の秘密と女子リョクというヤツである。あ、ニンニク臭かったかもしれない。

私の短編「きつねよ」

http://ncode.syosetu.com/n4450da/

と、ちょっとだけ話が繋がります。


天気雨=狐の嫁入り と言うことが少なくなってきた気がします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ピュアなコン活ストーリー、ごちそうさまでした!♥ このままふたりにはコン印届を出して結コンしてもらいたいぐらいです笑 可愛らしくて、ほっこりしました。 疲れ切ったココロをすーぱーおきつね…
[良い点] 白眉ちゃん可愛いです! [一言] 天気雨良いてすね。 神社の静けさと冷たい空気には、雨上がりが良く似合うと思っておりました。
[一言] 白尾ちゃんと会ってみたい! そう思わせてくれる内容でとても面白かったです。
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