消えぬシルエット
「おい、覚えてるか?」
「何をですか?焔」
「いや、今まで敵対した奴らとかよ。もう、思い出せねえ。」
「ええ、そうですね。覚えている価値があるとは思えませんが。」
「ははっ腹黒オルファちゃんは言うことが冷たいねえ。」
「オルファと呼ばないでくださいと何度言ったらわかるんですかねその頭はいつになったら理解してくださるんでしょうオルファウスかオルと呼んでいただけませんか女性ではないので。」
「くく…。怒んなって。まあ、ここまで来ちまうと覚えていないこともあるのだと思うが。」
「ですね。焔もあえて忘れていることもあるのではないですか?」
「言うねえ、まあ誰だって忘れたいことの一つや二つや三四あるだろう?」
「かもしれません。ですが、私の代わりにあなたが覚えていて下さることもあるでしょう。」
「それはお互いさまだな。…あの時、すっかり計算が狂った!ってお前の間抜けな顔も俺は忘れられねえな!」
「な、何を…!あなたこそ女に騙されて素っ裸で雪の中凍え死にそうになって鼻水たらしていたこと思い出すだけで笑いが止まりません。」
「そういうお前だってなあ…「それは言わない約束です!貸し借りチャラのはずですよ!」ハイハイ…」
二人の昔話は尽きない。
コンコンと部屋の扉をたたく音が聞こえる。
「そろそろ時間のようですね。」
「ああ…面倒だが行くか。」
「これも私たちが選んだ道ですからね。」
「わかってらあ。初めて会ったあの村からようやくここまで来たんだ…行くぞ。」
「ええ。」
聖都リーヴェルシュタイン、精霊溢れる美しい自然と、人の営みが共存する大陸きっての豊かで麗しい都。この日、この都を首都とする聖カルディウス王国と、隣国の大陸一の軍事力を誇る陽帝国が半永久的な同盟を結ぶ事となる。
それは王家、皇家の名と国土の精霊王が契約を結び、一つの連合国として新たな一歩を踏み出す歴史上から見ても大きな転換期であった。この時世のオルファウス聖王と焔帝皇の名は後世に偉大な賢王として伝聞されることとなる。
さて、彼らは友であり、唯一無二の相棒であり、兄弟の契りを結んでいて陰と陽、切っても切り離せない関係であった。同時代に一人いるかという傑物である。偉業の数々が、表立たされるのが当時も後の世も常であったが、彼等も王である前に人である。彼等自身を見てみると、人となりが見えてくる。彼等がお互いに出会う前、青かった頃を内緒で垣間見せて進ぜよう。バーイ精霊王。
焔サイド
俺は気づいた頃から殺し屋としての技術を叩き込まれていた。初めて殺ったのは八歳の時だったと思う。
頭では後戻りできない道へ踏み出してしまったと気づいていたが、感情は氷って冷静で、可愛いげのないガキだった。黒髪に青い目で猫のような小さな死神として知られていった。
まわりにも同じように、引き取られたのか拾われたのかわからないがガキがいた。同じように裏の仕事を仕込まれていた。中には扱きがきつくて途中でつぶれたり、任務に失敗して脱落していった者もいたが少し年齢を重ねると同年代はある程度同じ顔ぶれになった。
その中でも俺の技量は別格だった。自分でもまわりのガキと比べて早熟なのだと自覚していた。大人の考えている汚いことも理解できてしまったし、自分の立場も理解していた。だが、理解しているのと納得しているのは別の話である。俺は年齢を重ねるにつれて幼少時の反動か、感情的になることが多くなってきていた。
「おい!焔、貴様なぜターゲットを殺らずに帰ってきた!!」
「うるせーなじじい。俺の勝手だ。俺の事は俺が決める。」
「このことは上に報告させてもらうからな!!」
「ああ、勝手にしてくれ。」
勢いよく扉が閉まり、どたどたと足音が遠ざかっていく。
「…いいの?焔。独房に入れられちゃうかも…」
たまに一緒に組む仲間が話しかけてくる。こいつはここにいる奴としては珍しく引っ込み思案な奴だ。
「どうにもならねーよ。面倒くせー事だが俺はどこかのお偉いさんの落し胤らしい。なんだかんだで邪険に出来ねーのさ。これくらいなら問題ねー。」
「…なんで殺らなかったの?」
「そのほうが都合がいいのさ。他に死んだ方がいい奴なんて掃いて捨てるほどいるっての。…あいつは死なない方が世の為さ。」
「…ふーん僕はそんな事考えたことないや…。」
「まあ、そのほうがいいだろうよ。」
まわりのガキたちも俺に一目置いているのか、いつの間にか俺はガキ大将のような立ち位置にいた。
たまに手を貸してやったりするようにもなっていた。
十三歳になり後ニ年で成人するという頃、俺は上に逆らった罰として僻地の村へとくだらない仕事で派遣される事になった。そこは行くだけでもなんと一月もかかる。かったるいが息抜きにいいかとも思った。上のやつらは俺を遠ざけてこそこそ何かやろうとしているようだが、ガキどもだけで乗り越えられるようお膳立ても一応しておいた。
「そろそろ潮時なのかもな。このままどこかへ流れるもよし。」
俺はアジトのある町を後にして呟いた。この先にさらに面倒くせー奴との出会いが待っているとも知らずに。
オルファウスサイド
私は、生まれつきの王族であった。この世に生を受けてから王族でなかった例がない。まわりからは常に当たり前のように王族であることしか求められなかった。私は王族という仮面をつけることが幼少時より自然に出来た。
「オルファウス殿下、とてもすばらしゅうございます。」
「ありがとう。これもみなのおかげです。」
心にもないことを王族の私は言うことができる。傍から見れば美しい光景であろうが、中身はドロドロである。この男、出世欲の塊であり他を蹴落として嵌めてこの地位についたのである。競争社会は悪ではないが、人を害するのは悪であろう。
私は天使のようだと言われる銀髪と金眼をしている。先祖に精霊がいたという眉唾の話も人によっては信じてしまいそうな見た目であった。私は自分の見た目と頭の良さを四歳にして理解していた。まわりには同じ年代の子供はあまりいなかったが、たまに会う公爵家や伯爵家の少し上の子息令嬢を子供っぽく感じてしまうので間違いではないように思う。そのせいか、友と呼べる存在はいなかった。触ることの出来ない精霊が唯一の癒しであった。
まわりからは慈悲深い清楚な王子とでも思われているだろうと理解していたが、本当の私は心の中で違うことを呟いていた。
「オルファウスさま~このドレス最新デザインですの。」
「とても素敵ですね。(最新だからって似合う似合わないは別の話ですね。それ、あなたの体系だとデザインが台無しです。ドレスのデザインは素敵ですよ。)」
「ありがとうございます!次の舞踏会には是非わたくしを誘っていただけるかしら?」
「光栄です。侍従長にどのようになっているか確認してお返事差し上げますね。(だが、断る)」
十三歳になりあと二年で成人となる頃、だんだん縁談の話がうるさくなってきた。それに伴い、権力者の動きも活発になってきていて、最近では腐敗が気になり私は独自で動いている。
父である聖王は傀儡になりつつあった。それほどに腐敗は膨らみ始めていたのだ。私は見た目だけでなく利発であることも知れ渡っていたから早くから取り込もうとあの手この手で、接触を計ってくるものが多かった。私は内なる敵を油断させるために、隣国へ勉学のためと称し留学することにした。精霊とは簡単に連絡が取れるため、自国の情報は簡単に手に入る。私のトップシークレットである。
「私、聖都から出るのよく考えたら初めてです。衛生面が良ければよいですが。」
誰にも聞こえない声でそう呟きながら、聖都を出た。この先、本当の私の声を引き出す者との出会いがあるとは露とも思わず。
お互いの印象を一言で表すと?
オルファウス「手癖の悪い野良ネコ」
焔「腹黒むっつり」