真実
86
えぇぇぇっ!
俺は心の中で声を上げた。
期待しすぎた俺が悪いのかもしれないが、何となく詐欺にあった気分である……。
「どうなさいました?」
そう声を掛けてくれた人こそ鍛冶神の巫女その人だ。
そしてその隣に立っている男は鍛冶神の使徒だと紹介を受けた。
巫女はルカさんという名前です。
使徒はヴァルさんという名前です。
俺が叫びたくなったのは、ヴァルさんが不細工だからであった。
ええ、不細工なのが悪いのではありません。俺が勝手に神の使いを美化していたのが悪いのです。
使徒なんて名前からは美しさが溢れるような人物を想像してしまうじゃないですか?
解ってはいるのですが認めたくない自分がいます。
たとえルカさんが丸っこい体型で愛嬌のある顔立ちでも納得はできました。
しかしヴァルさんの相撲取り体型とニキビを潰した後の残る顔、つりあがった目、低い鼻、そして似合わない金髪の長髪……。
えっ?俺?俺のこたぁどうだっていいんだよ。
どこからお前がゆうなという声が聞こえた気がした。
ヴァルさんの気配の強さはアドルフに匹敵、いやそれ以上だと思う。
はっきりいって化け物だ。
この前のオーガロードですら瞬殺できそうな気すらする。
二人はお揃いの白いローブを着ている。
案内してくれた信者の方達はバラバラな恰好でした。
どうも巫女と使徒以外は一般人だったようです。
鍛冶神に仕える人は巫女と使徒しかいないとの事でした。
「え、ええっと何でもないのです。そうヴァルさんの気配の強さに当てられたと言いますか……」
「ヴァルさんは強いですからねっ」
ルナさんは黙っているヴァルさんに代わって嬉しそうに話す。
ふくよかでニコニコしているルカさんはとても優しげに見えるなぁ。
「うちらは転落者について神様に聞きたくて来たんよ」
オロオロしている俺のフォローをしてくれるかっちゃん。
マジ先生!
「転落者ですか……奥の部屋でお話を伺いましょう」
神殿内部の祭壇を掃除していたルカさんだったが、俺達の話を聞いてくれるようだ。
案内された部屋は応接室のようだった。
窓から日の光も取り入れられている。
四人掛けの石造りのテーブルと木の椅子、そして花が活けられた花瓶くらいしかない。
ルカさんから座るように促される。
ヴァルさんはルカさんの横に立ったままだ。
すごいプレッシャーを感じる。
武器の類は持っていないのに……恐ろしい人だ。
睨まれている訳ではないのだろうが、目つきが悪いので逃げたくなる。
「転落者……違う世界から落ちて来た方についてお知りになりたいとおっしゃるのですね?」
「そうや。このトシは転落者なんよ。うちらが泊まっている宿にもゴンタっちゅう転落者の犬もおる」
「そうですか。残念なが……!?はいっ、はい、解りました!」
ルカさんの態度がおかしくなった。急に大きな声を上げて空を見つめている。この人も何だか違う意味で怖い。そう思った。
かっちゃんも訳が解らないようで、俺を見てくる。
俺は顔を横へ数回振り、俺も解らないとアピールしておく。
「ええとですね……鍛冶神様からの神託がありました」
「神託!今ですか!?」
「はい。あなた方に話したい事があるとおっしゃられております。こういう事態は私も初めてです……」
「……」
俺はルカさんの言ったことの意味を捉えかねていた。
鍛冶神様が俺達に話したい?俺を知っている?どうやって話せばいいのだ?
混乱が増す。
ルカさんも動揺しているようだ。隣のヴァルさんも驚いている。それでもルカさんにも何も言わないんだな。この人も無口らしい。
ガフッ、かっちゃんの肘鉄が俺の腹に決まった。痛い……。
「トシ、混乱しとる場合やないで。きっと転落に関係がある話や」
「お、おう」
俺は腹を摩りながら、なんとか返事をする。
まさか鍛冶神が俺達の異世界転落に関係がある?訳が解らない。
「ルカさん、どうやってお話をすればよいのでしょうか?」
「私を介してお話するそうです。トシさんがここで話す事は鍛冶神様に伝わります」
「解りました」
「ワシが鍛冶神じゃ」
えぇぇぇっ!そのまま伝えすぎだろう!?ルカさんは真面目な顔だ。
ヴァルさんも真剣に聞いている。
かっちゃんは……ああ、噴き出すのを我慢している顔だね、これは。
頬がピクピクしている。
良かった俺だけじゃない。
「お主らがワシに聞きたい事は解っておる。お主とゴンタが地球からこのキノーガルドへ落ちて来た理由じゃろ?」
地球の事まで知っているとは、ルカさんが俺をからかっている訳ではなさそうだ。
「はい。その通りです」
「……理由は知っておる。しかしワシがやった事ではない」
俺の返事に対して少しだけタイムラグがあるな。神託を聞いてからだから仕方ないのか。
「すると……どなたがしたことなのでしょうか?」
こんな事をできる力を持った存在は多くはないだろう。
そして鍛冶神が関わってくる相手でもあるのだろう。
「お主はワシら神の事をどれだけ知っておるかのぅ」
「ほとんど知りません」
「キノーガルドでは世界神、その下に我ら十二神、その更に下に土地神やルカやヴァルといった巫女や使徒がおる」
「はい」
「お主がいた地球でも似たような構造になっておる。お主らの転落に関しては地球側の土地神が関係しておるのだ」
「……」
土地神……山の神とか川の神とかかな。居たとしても会ったことなんて、もちろん無い。
「それについて地球側の神の元締めから我らの世界神へ話が来ておる。ワシはそれを聞いて、お主らがどこかの神殿に現れたら伝えるよう言われておったのだ」
「そうでしたか」
なんか壮大なスケールになって来たぞ……。
「問題を起こした土地神は既に更迭されており、一万年は出て来れまい」
「い、一万年ですか……」
「決まりを破った事が問題なのだ。それくらいは当然であろう」
「俺達が落とされた理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「構わん。伝え聞いた話によると、ゴンタはある土地神に仕える役目を持った仔だったのだ。神域で育てられておったのだが、一度そこから逃げ出してしまったそうじゃ。その時にお主と会ったと聞いておる」
「……そうですね。道で会ったら俺に着いてきたので構ったのが最初です」
「その時にゴンタを触った事でお主も神域へ入れるようになったのじゃ。それがお主とゴンタが会っていた神社だ」
「あの神社が神域……って神社なら当然では?」
「そうでもないのだ。あの神社は特別で神に関わる者しか入れないはずだったのだ。そしてゴンタを可愛がるお主を見て土地神が怒ったのが原因で転落させられたのだ。ゴンタまで転落したのは予想外だったようだがの」
そういえば、あの神社で誰かに会った覚えがないな。ゴンタしか見なかった。
「俺がその土地神の神使になるはずだったゴンタを可愛がった。それを嫉妬された?」
「そうだ。神にとって神の使いは強い結びつきを持つ存在だ。許せなかったのだろう。それに関しては解らんでもない」
「……」
なんてこった。ゴンタを撫でたのが原因だったとは……。
可愛いは罪だな。
いやいや現実逃避している場合か!?
「神様なら転落……転移でしょうか?それが使えるのですか?」
「ワシらくらいになると簡単だな。土地神だと使うために代償を払わねばなるまい。問題の土地神であれば五感の一つでも代償にしおったのではないかのぅ」
神様にも五感があるのか……土地を治めるのに必要なんだろうか。それを失ってまで俺を地球から消したかったのかよ。
俺にとっては理不尽以外の何物でもないな。
その土地神が俺に説明してくれれば、ゴンタに会わない事くらい……まぁ無理だったかも、きっと会いに行ったろう。
ゴンタは可愛いもんな。
そう考えると土地神の執着も解らないでもない。
そうか、転移魔法でも召喚魔法でもなかったのか。俺みたいに転落してくる人は、そうそう出ないだろう。
無差別に連れて来られている人がいるんじゃないかと思っていたから、そこは安心だな。
転落者は神のような存在が関わっているとも言えるな。
俺の事は解った。
ならば……。
「俺達以外の転落者はどうだったのでしょうか?」
「ふむ。それを聞いてどうするのだ?」
「どうする……何人か転落者の存在を確認しました。その中で俺達に関わりの出来た者がおります」
「確かにお主達以外にも転移して来た者はおるな。あちらの神が関わっている、だがそれによって処分された神はおらんとだけ言っておこう」
「処分……更迭されなかったという事は決まりを破っていないのですね?」
「それに答えるつもりはない。お主達だけが例外という話だ」
「そうですか……」
花ちゃんは、なんらかの理由でこっちへ寄越されたのか。ヒミコの初代も、ヨシツネなる人物も……。
この問題は神様から聞けないし、花ちゃん達本人が知らないと俺達が知ることはできなさそうだ。
鍛冶神は俺とゴンタ以外の事は教えてくれなさそうだ。
「俺とゴンタはこれからどうなるのでしょうか?」
一番気になることを聞く。
「戻してやることは決まりで出来ない。こちらで好きに暮らすが良い」
「はい。解りました」
やはりそうか。あちらの生活はどうでもいいとまでは言わないが、こちらの生活が気に入っているのは確かだ。拠点も出来たしね。
魔法文化も面白いし、科学が発達しすぎていないのも好ましい。
火薬で爆弾なんて作ってしまった日には人同士で使いだすのも時間の問題だろう。
魔物を倒す役には立つのだろうが、その後が怖い。
俺は、こちらの世界で既にある物をバージョンアップさせる程度までしか作らないつもりだ。
誰かが開発して使ってきたら対抗はするけどね。
俺がいなくなった後のために、知識を書き出して纏めておくかな……。
「鍛冶神様、ありがとうございました」
俺は頭を下げて感謝を伝える。
「ワシは世界神から頼まれただけじゃからな」
「こちらの世界で頑張って生きていきます」
「うむ。せめてもの詫びとして世界神が『錬成』を着けたのだ。好きなように使うと良い」
「そうでしたか。強力なギフトだとは思っていました」
「そうだろうな。ワシでも付けられんモノだ」
「ゴンタの『遠吠え』もそうなのでしょうか?」
「あれは自前じゃな。仮にも神使の見習いだからのぅ。まぁ達者で暮らせよ」
「はい」
それを最後にルカさんの口から鍛冶神の言葉は紡がれなくなった。
「ゴンタが原因やったとはなぁ」
「そうだね。さすがに想定外だ」
「あっちの生活はええんか?」
「おう。こっちの生活は楽しいよ」
かっちゃんは、俺の言葉を聞いて嬉しそうにしてくれる。
それを見た俺も嬉しくなる。
そんなに長い付き合いでもないのに、とても大切な存在になっているなぁ。
かっちゃんはとても優しいのだ。
俺達がニコニコしあっていると、ルカさんが話掛けて来た。
「なんだか、凄いお話でしたね。私も知らない事だらけでした。むしろ聞いてしまって良かったのか不安になってしまいます……」
「神様絡みだからねぇ」
「鍛冶神様からトシさんへの神託はもうないと思われます。最後にトシさんの手助けをしてあげなさいと言っておられました」
「鍛冶神様……」
ありがたくて涙が出そうだ。
「いつでもお声を掛けてください」
「ルカさん、ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますね」
「はい」
ルカさんも元の表情に戻った。異常事態だったのかね。
ヴァルさんはルカさんの方だけを見ている。俺は眼中にないようだ。
怖いから見られなくて良いけどね。
それからお茶を出してもらって、雑談をした。
ルカさんは火と土、光の魔法が使えるとか、ヴァルさんはルカさんと神殿、鍛冶神への信仰を守るのが使命だとも聞いた。
町が魔物に襲われても神殿やルカさんに危害が及ばない限り倒さないと聞いた時には、いいのかそれでっ!?と思ったりもした。
生まれた時から凄まじい力を持っていて、鍛冶神様の巫女だと解っていたとルカさんは言っていた。
十二神分巫女と使徒がいるんだよな、ヴァルさんみたいな怪物がそんなにいるのか……。
巫女や使徒から襲ってくることはないけど怖い。
信者にとっては鍛冶の知識を伝えてくれる、ありがたい存在だろうけどね。
「それでは失礼します」
「またなぁ」
「はい。またお会いしましょう」
「じゃあな」
おお、ヴァルさんの声は低くて渋い声じゃんか。
そして俺とかっちゃんは神殿からお暇をした。
「ゴンタは知っていたのかなぁ?」
「あんまり責めちゃいかんよ?」
「責めたりはしないさ。俺を助けようとして一緒に落ちちゃったしな」
「そうなんか」
「今の話はするけどね」
「世界は不思議な事でいっぱいやなぁ……」
「うん。神様が俺達を見ていたりするなんてね。下々の事なんて気にしていないと思ってたよ」
「それは間違ってないやろ。トシとゴンタが特別なだけや。花ちゃんの事は知りようもないやろ」
「そうかもしれない。もう神様に関わることもないだろうし」
「そうやね。トシのイカサマ臭いギフトについても解ったしなぁ」
「あれにも驚いた。お詫びだったなんてね。『錬成』にはこれからも活躍してもらうさ」
「密かに『錬成』は強力すぎるから負の面もあるんやないかと思っとった」
「ああ、回数制限とか体に異常が出るとかね」
「世界神からのギフトなら大丈夫そうやな」
「そんなもんか」
「そんなもんや」
俺達は宿へ帰りながら話をした。
謎が解けてスッキリした気分だ。
この世界で好きに生きていいと言うお墨付きも貰ったし、不安要素がかなり減った。
ガキィン、ガンッ、金属音が響き渡る町の通りを進む。
この音を聞くたびに鍛冶神の言葉が思い出されるね。
「ゴンタ、神殿に行って鍛冶神の巫女が神託を受けてくれたんだ。鍛冶神と話す事が出来たよ」
わぅ……
あ、これは転落の原因を知っていたな。尻尾も垂れ下がっている。
俺の目を見ないしな。
「俺は別に怒ってないぞ?ゴンタを撫でたのも俺だし。助けようとして一緒に落ちちゃったしな」
わう
「そうやで、トシは怒ってへん。トシとゴンタは大切な家族やんな」
わうー
「そうだぞ。そうだなぁ俺の子供……弟?いや世話になっているから兄さんか?とにかく俺とゴンタ、かっちゃんになっちゃん、ミナモは家族だ。おっと新しい家族も忘れてはいけないね。花ちゃんも家族だ」
わう
わふ
「神様に好きなように生きなさいと言ってもらったから、これからも楽しく過ごそうな!」
「はいな」
わうー
わふー
目的は果たした。
これからは何をしようかな。
予定は未定だ。
鍛冶神にトシ達以外の転落者について質問する場面を追加。