邂逅
77
翌日には足の具合もかなり良くなっていた。
走らなければ支障はない。
「かっちゃん、質問です」
「なんや?」
「俺の速度強化をしたいんだけど、なにか良いスキルとか装備はないかな?」
「速度強化か……肉体能力向上みたいなスキルや魔法はないんよ。限界ぎりぎりまで引き出すんは持ってるやろ?装備なら補助してくれるマジックアイテムはあるかもしれんけど、そうそうお目に掛れんやろなぁ」
「スキルでは無理なのか。こまめに魔法屋を見て回るくらいだねぇ」
「地道に行くしかないやろなぁ」
「ドワーフ領で鍛冶の巫女と使徒にあえたら、遺跡巡りや魔物討伐で力をつけたい」
「遺跡巡りはええなぁ。ゴーレムなんか出た日には儲かるしな」
かっちゃんは遺跡巡りにノリ気なようです。
ケットシーは遺跡探索とか好きだって言ってたしな。
町では朝から忙しそうに動く人々でいっぱいだった。
アドルフ達の激が効いたのもあるんだろうが良い事だ。
火事で燃えた家の解体や、瓦礫の運搬など仕事はたくさんある。
港へも行ってみた。
船の残骸も海にあった。
ここも激戦だったようだ。
船の手配は無理そうだなぁ。沖に船影が無いのを見てそう思った。
「船も出ていないみたいだね」
「困ったなぁ。やる事やってパーティの強化をしたいとこやのに」
穏やかな海を見てかっちゃんも言う。
天気もいいし、いつもであれば気分の良い海の景色であったろう。
「アドルフ達に着いていきたいけど、今の俺では足手まといになってしまいそうだ」
「情報だけは集めて行こうや」
「うん」
俺の心中を思ってくれているであろう、かっちゃんが言う。
「俺は『錬成』上げをするよ。あと対人戦の武器も考えた」
「『錬成』は強力な武器になるからのぅ。で武器ってなんや?」
「それはね……」
かっちゃんにこっそり教えた、
「……ああ、おもろい事考えたなぁ。それは効きそうやで」
俺の説明でニンマリ笑うかっちゃん。
「それから、なっちゃんにも覚えてもらいたい魔法があるんだ」
「私ー?」
「うん。魔法についてはかっちゃんに任せるけど、理論は俺が教える」
「頑張るっ!」
「新しい魔法なんやね!?どんなんや」
「雷だ」
「ホンマかいな!」
「ゴロゴロー!」
「あれまでギフト魔法やないっちゅうんか……」
「水の魔法が氷の魔法まで昇華していれば可能だと思う。風の魔法があれば更に応用が効くかな」
「うちにもできるん!?」
「使い方は限定されるけど、できると思うよ」
「やるでー!」
「やるー」
「よし!氷がぶつかると……」
俺は雷の発生する状況を教える。
教えたらかっちゃんがアレンジして実現させてくれるだろう。
かっちゃんはすり合わせるのが上手いからな。
「……で霧状の水分を伝わって流れるんだ」
「……やってみるで!」
「わからないよぅ」
「なっちゃんは氷の魔法からやで」
「頑張るー」
「俺は隣で『錬成』上げをしているよ。何かあったら聞いてね」
「はいな」
かっちゃんは新たな魔法への模索を始めた。
とても楽しそうだ。
知識の吸収、未知への挑戦。これらはケットシーにとっての主題と言ってもいいのかもしれない。
「ゴンタとミナモは馬達と遊んでいていいよ。あんまり遠くへ行かないでね」
わうー
わふ
ゴンタとミナモは馬達と砂浜を駆けて行った。
ミナモの火傷は問題なさそうだ。治りが早いな。
俺は木陰で『錬成』上げのためにミスリルを素材として、武器などを作ったりした。
作ってはインゴットに戻して訓練しました。
このやり方が正しいかは判らない。
図書館のスキルやギフトについて書いてある本を読んでも『錬成』は出ていなかった。
俺が自分で確かめていくしかない。
最近では気功術と『錬成』を同時に展開できるようになった。
前はどちらかに集中しないと使えなかったが、俺も進歩している。
足の治療と『錬成』訓練、両方できるなんてお得感がある。
時間を無駄にしていない感じがして良い。
昼飯を食べてからも、それぞれやりたい事をやった。
俺は切られた小手とズボンの修理もした。
特に小手は革で直すだけでなく、ミスリルの棒を数本入れて補強した。
可動域が減って重さが増えたが防御力は上がった。
帽子の鍔が切れて空も見えるようになったんだ。
帽子は教訓として切り傷はそのままにしておいた。
かっちゃんとなっちゃんは、その日の内には魔法の習得は出来ていないようだった。
それでも、かっちゃんは何らかの手ごたえがあったのかヤル気に溢れていた。
なっちゃんは挫けそうだったね。
アイスキャンディーと俺が呟いたら復活していたけど……。
アドルフ達と夕飯の時に今後の予定を教えてもらった。
明後日には船でゲイル達を狙うそうだ。
そのまま行っても転移で逃げられるんじゃないの?って聞いたら手は考えてあるとの事でした。
詳しくは教えてもらえませんでしたが策があるようだ。
「俺達はどうしようか?」
「船はしばらく出ないそうや。フリナス側の港町も似たようなモンらしいしな」
「定期便は無理か」
(トシが船を作って、うちの水魔法となっちゃんの風魔法で船を進めるってのはどうや?)
(おぉ!頭いいな)
アドルフ達がいるので小声で提案してきてくれたかっちゃん。
その手がありましたね。
俺はまだ魔法やギフトが常識外になっているようだ。
早くこっちの流儀に合わせないとな。
俺が船を『錬成』で作って、かっちゃんが水流操作、なっちゃんが帆に風を当てれば運航はできるな!
アドルフ達がいる間は一緒にいさせてもらえば安全だ。
「俺達も明後日にここを出ようか」
「はいな」
「はーい」
わう
明日は今日と同じく各自の強化に努めよう。
今日中に足も完治するだろうしね。
現状では買い出しは難しいかもしれないな。
ジャーキーだけならもう少しあるから水だけ補充すれば何とかなるか。
翌日の朝飯を食べた後で、アドルフが剣で俺の相手をしてくれた。
無理だろうけど言ってみたら引き受けてくれたのだ。
言ってみるものだね!
「そら、俺の剣を見過ぎだ!」
「相手の目や筋肉の動きで予測するんだよ!」
「そんな足捌きじゃ俺にはついてこれないぜ?」
アドルフが何かアドバイスをくれる度に俺の体に痛みが走った。
腕が腫れ上がり、骨に沁みる痛みだ。
俺は木剣を両手で構えて応戦するがアドルフの木剣に触れる事すら出来なかった……。
ここまで差があるもんなのかよ!?
アドルフの動きを目で捉える事はできたが、反応が間に合わない。
しかし判った事もある。
対人戦は空間の削りあいだ。相手の動ける領域を如何に減らして行動を制限させるかだ。
それはフェイントであったり、足捌きによっての移動であったりだ。
俺はフェイントに引っかかりまくったさ。
そのたびに予想外の所への一撃を貰っていた。
「体の動きは良いが剣はまだまだだな。先は長いぜ」
アドルフはそう締めくくって訓練が終わった。
「ついでだ、槍もやるか」
「ア、アンドレさん?」
「そらっ」
アンドレは俺がボコボコにされたのを見てなお、木の棒を投げ渡してきた。
サドですか!?俺は息も整ってませんよ?
しかしアンドレから棒が繰り出されるので俺も棒を構えた。
「槍は間合いが命だ。懐に入らせちゃダメだよ!」
「手首を使い棒を回転させる事によって威力が上がるのさ!」
「お、今の受け流しは良いね」
アンドレもスパルタでした……。
マジぱねぇ。
俺は訓練が終わると座り込んでしまった。
良い経験ではあったが容赦ないぜお二人さん。
肩で息をして、仰向けになった。
あぁ、空が青いなぁ。
体の負荷によって現実逃避してしまった。
俺が倒れこんでいる間にゴンタがアドルフと立ち会ったようだ。
「ゴンタやるなっ!」
わう
ゴンタの速度には及ばないアドルフだったが、行動の先読みと体捌きによってどちらも攻撃が当たらなかった。
ゴンタランク0の相手が出来るのか……強いとは思っていたが想像以上だったようだ。
「ゴンタちゃん凄い!」
「ゴンタやるなぁ」
「アドルフ、押されているわよ!」
「アドルフ兄さんがやっと凌いでいるな……」
ゴンタの評価が上がりっぱなしであった。
アドルフは真剣ではないし、スキルやなどもどこまで使っているかは判らないが、遊んでいるようには見えなかった。
時間切れで終わりを告げた。
わぅ
わふ
ゴンタは悔しそうにしている。
ミナモがゴンタに寄り添い健闘を称えているようだ。
ミナモは誇らしげだ。
ちなみに時間切れというか、ヒミコが来訪したのである。
白いベールで顔を隠しているがヒミコだ。
「トシさん!ご無事でしたか」
「こんにちはヒミコ様。怪我はしましたが生きていますよ」
「良かったです」
「お仲間から報告が行ったのですか?」
「ええ、そうなんです。ここが襲われたと聞きまして、馬を飛ばしてきました」
(鬼の一族が海辺で戦ったそうですね)
(はい。彼女らは無事生き残りましたが、町の者たちが……)
鬼の一族が裏の守護者だというので一応声を潜めて聞いた。
ヒミコの表情が陰った。
「ヒミコ様、ランク0の冒険者であるアドルフとアンドレの兄弟に仲間のみなさんです」
「あらまぁ、お噂は聞いております。私はヒミコと申します」
「ヒミコ様ってヒミコ様!?」
アドルフも驚くんだな。ちょっと安心した。
「私はアンドレと申します。そちらは兄のアドルフです。よろしくお願いします」
アンドレは礼儀正しく挨拶を返した。弟さんのほうが冷静なのか。
「アドルフです。それから『日輪』と『月光』のメンバーです。今回は《闘族》討伐で追跡した結果ここに居ます」
「そうでしたか。町を救っていただきありがとうございます」
ヒミコがアドルフ達に礼を言う、そういやヤマはいないんだな。
護衛としてオルガとマリアはいるね。
俺は彼女らに目礼した。彼女らも返してくれた。
「なぁに、トシってヒミコ様と知り合いなの?」
ベルが俺にそう聞いてきた。俺は普通っぽいからな繋がりがあって不思議なんだろう。
「そうなんだ。ヒミコ様からの依頼をこなした事があってね」
「へぇ。私達も伝手ができて動きやすくなるわ」
「広域で活動しなくてはいけないもんね」
「そうなのよ。国境とか気にしていられないもの」
ヒミコを遠巻きに見る町の人達が増えた頃に町のお偉いさんが迎えに来て、ヒミコ一行とアドルフ達は町へ入っていった。町の人達の様子を見る限りヒミコは尊敬されているようだ。信仰なのかは俺には解らないがこの危機に駆けつけてくれた事に感謝する声は良く聞こえてきた。
俺もボコボコにされた打撲の治療が終わり動けるようになったので昨日と同じく海辺へ移動した。
「今日も頑張ろう」
「はいな」
「頑張ろー」
わう
『錬成』『錬成』また『錬成』だ。
ギフトを使いながら別の事も考える。
アドルフは速度的には俺と大差なかったように思う。
おれの目指すはアドルフの立ち回りだな。
良い目標が出来た。
速度は足りなくとも相手の行動を先読みして対処出来るなんてな。
ゴンタとアドルフの模擬戦で速度をカバーできるのをこの目で確認出来た。
必要なのは洞察力かぁ。
昼飯の後も続けた。
「これやなっ!」
おやつの時間が過ぎた頃にかっちゃんが叫んだ。
「出来たの?」
「見てみぃ」
かっちゃんは左手と右手の間でバチバチ音をさせている。
昼間なので判りにくい光だが、電気が走っているようだ。
魔法って使う本人には影響が出ないらしい。精霊のおかげだとか。
「おぉ!それに人が触れると危ないからね?」
「そうやろなぁ」
「水もそれを通すからね?」
「なんや応用が効きそうやな!えらいモンを手に入れてもうた!」
かっちゃんの興奮が俺にも伝わってくる。
本当にかっちゃんは新しい事、特に魔法には目が無いんだなぁ。
俺はかっちゃんに電気の性質を教えた。
「出来たー!」
「なっちゃんようやった!ちゃんと氷が出来とるやん」
「なっちゃん、すごいぞ!」
「えへへ」
なっちゃんが上に向けた掌に氷の塊を乗せていた。
かっちゃんは長年の経験があるから自然現象にも理解があったが、なっちゃんはそうではない。
末恐ろしい子だ。
才能ありすぎだろう。
俺とかっちゃんから褒められて嬉しそうに頭をポリポリと掻いて照れ隠しをしている。
そんな仕草も可愛いね。
「戦術の幅が広がるで!」
「二人の魔法でより効果的な魔法とか使えるんじゃない?」
「……なるほど、出来るかもしれんなぁ」
「合成魔法とか、複合魔法とか?」
「それやっ!」
俺の適当な言葉に反応するかっちゃん。
そしてかっちゃんは砂地に何やら文字やら図式を書いている。
俺には解らないが、声をかけても聞いてもらえそうにない。
なっちゃんは氷を作っては喜んでいる。
「新しい精霊さんだー」
「なっちゃん精霊が見えるん!?」
「うん、見えるよー。小っちゃくて可愛いのー」
「エルフって凄いんやね……」
「かっちゃんは見えないの?」
「うちには見えへん。魔法が使えれば精霊と契約出来とるとしか言われてへん……」
「かっちゃんの周りにも精霊さんが飛んでるよー。楽しそうなのー」
「どんなんがおるん?」
「小っちゃくて丸っこいのー、水色と青色、土色に黄色なのー」
「そっかーおるんかー」
かっちゃんがニヤニヤしている。精霊かぁ、俺も見たいな。
そう言っていても見えないもんは見えない。
俺は『錬成』上げに戻るかな……。
夕飯は俺達だけで食べた。
アドルフ達はヒミコ達と打ち合わせをしながら食べているようだ。
こうなるとちょっと寂しいもんだ。
かっちゃんは眼中なさそうだけどね。
なっちゃんも葡萄ジュースからアイスキャンディーを作って嬉しそうだ。
念願だったもんね。
そんな様子を見ながら頭の中で船の完成図を描く。
明日作らなくてはいけないからな。
以前乗ったサヒラの船でいいかな。
帆にする厚手の布もある。
船体を作る木もそこらじゅうにある。
問題ないだろう。
明日は海上だな。