脱出
49
朝から引っ切り無しに騎士や兵士達が動き回っている。
俺が牢屋から逃げ出したのがバレたな。
俺は気を小さくして気配を薄くする。
ここの木の上にいる限り見つからないだろう。
冒険者ギルドへも兵士が入っていったりした。
かっちゃんなら、こんな時は表に出て来ないだろうな。
やはり今夜にバッキン教国へ向かって移動してしまうか。
馬も装備もないから面倒ではあるな。
……逆に城へ行ってお宝でも盗んで行ってやろうかな。
警備も手薄になっているかも。
なんて考えている俺は、疲れているのかもしれない。
うぅ……お腹減った。
なんでこんな目に合うんだ。
不当逮捕や暴行以上に美味しい物が食べられない事が恨みを増大させる。
水を飲んで空腹を紛らわす。
時折、冒険者や職員が修練場に出てきて訓練していたりするが、俺は見つかっていない。
冒険者ギルド内を気配察知で探るが、かっちゃんらしき人物はいなかった。
代わりにカビーノ級の気の持ち主が2人ほどいた。
イチルア王国の冒険者はダンジョン以外に旨みはないってカビーノが言ってたけど、強いやつもいるんだねぇ。
ギルドマスターとかだろうか。
俺がいる大きな木の下には井戸があるので、休憩に入った冒険者達が水を飲んだり、頭から水をかぶったりしている。
気持ちよさそうだなぁ。
「聞いたかよ、冒険者を狙った盗賊団が逃げ回ってるそうだ」
「らしいな。騎士団も動いているな」
「町の中にも紛れているって話だぜ?」
「マジかよ。とっとと捕まえろってんだ」
「ギルドにも討伐のクエストが出たってさ」
「賞金もかかってるんだろ?俺も参加しようかな」
「やめとけやめとけ。お前じゃやられるだけだっての」
「ちぇっ。お前だって実力的には大差ねーだろうが」
「そういや《殲滅の剣》がクエストを受けたらしいぜ」
「最大手のクランじゃん!なら時間の問題だな」
「だな。《殲滅の剣》のどこのパーティが動いたってすぐ終わるさ」
休憩中の冒険者達から噂話が漏れ聞こえてくる。
俺達は殺し屋で、盗賊団なのか。
賞金首って冗談じゃねぇな。
オクタがいってたクランて《殲滅の剣》の事なんだろうか?
厄介な実力者揃いって感じだな。
ラマから出ても危険そうだ……どうしよう。
かっちゃん達の話は出て来なかった。
クエストが出るって事は、かっちゃんからギルドマスターなんかには話がいってなさそうだ。
それとも話をしてもダメで捕まってしまっているとか……。
悪い方へと思考が向いてしまう。
どこかで捕まってしまっているとしたら不味いな、ラマを出たら救出もできないかも知れない。
うぅ、困った。俺は頭を抱えて悩む。
わうー
わふー
そんな時に遠吠えが聞こえた。ゴンタとミナモだ!
どこからだろう?遠くから聞こえた気がする。
すでに都市の外か?
どうする?まだ昼過ぎくらいだが動くべきか?
合流するなら今しかない。
その代りに危険は大きい。
どうする?
よしっ!
俺は思いついた事を実行する。
鉄格子から取った鉄でケースにして背負っていたが、それから顔を隠せる兜とチェインメイル、ショートソードを作り装備する。
冒険者風に偽装できただろう。
あとは盗賊の討伐隊のふりをして、ゴンタ達を追おう。
ゴンタの声を追って兵士達も動いたので、居そうな方向は判った。
兵士達がゴンタ達を追っているってのも判ったが。
木の下に人がいなくなってから行動を開始する。
なるべく人のいない所を通ってゴンタ達の居る方へ向かう。
門は通れない。柵を乗り越えても門から丸見えだ。堀もあるから更にバレやすい。
夜であれば突破は楽だったろうに。
討伐者らしき冒険者集団の後ろへ近寄る。
俺の冒険者カードは没収されていなかったが、これで通るのは無謀だろう。
何かいい手は無いかな。
辺りを見回す。
兵士を襲って兵士に成りすますか?
お、後ろから騎馬の集団が来た。
門番は左側に固まって次々と審査をしている。
馬の右側に紛れて抜けられないかな……。
見つかったら騎乗の奴を叩き落として馬を取ってやろう。
ラマの人に気を使うつもりもなくなったし、それでいいか。
顔だけ見られないようにしよう。
行き当たりばったりの適当さだ。
ドドドッっと馬の足を緩めるでもなく、横柄そうな態度で門を通っていく騎馬集団。
俺は土埃に紛れて馬と並走する。
そして何食わぬ顔で馬の後を追う。
こそこそしていないのが良かったのか、従者だとでも思われたのか誰の誰何も受けなかった……。
俺は騎馬の後ろを必死で走る。
騎馬の奴に何か言われない限り、傍から見たら騎馬集団の一員とでも判断してくれるだろう。
北へ延びる街道を進む。
わうー
わふー
お、またゴンタ達の遠吠えが聞こえた。方向はあっているな。
騎馬の集団が街道を逸れて山の方へ向かいだした。
森に入ったら着いていくのをやめてもいいな。
必死で走りながら考える。
ゴンタ達の姿は見えない。かっちゃん達もいるのだろうか?
騎馬の集団と森へ突入する。
彼らは前しか気にしていないので、俺は見つかっていない。
ふぅ、おかげでラマが見える所から外れることが出来た。
騎馬の集団は森の中へ消えていった。
俺は気配を薄くしながら森を進む。
進んでは瞑想で広範囲を索敵する。
冒険者っぽい数人が引っかかるが、かっちゃんではなかった。
冒険者達と鉢合わせしないように移動する。
魔物はいないが気が休まらないな。
かっちゃん達はバクシンオー達も連れて逃げているのだろうか?乗って山には入れないよなぁ。
ラマから離れるように移動しつつゴンタ達の遠吠えを待とう。
木苺を見つけたので食べる。
酸っぱい!でも体に良さそう!
腹には入れたが空腹感が増した。
その後で俺は山際を歩く。
俺には魔力が無いから敵にも見つかりにくいが、味方にも見つけてもらえない。
かっちゃんは気配を消せるが、なっちゃんは消せないはずだ。
なっちゃんの気配を探しながら森の中を進む。
まだ日が落ちるような時間ではない。大っぴらには探せないのがもどかしい。
かっちゃん達は無事であろうか?ゴンタ達は元気に走り回っているのだろう。
だが、さっきの遠吠えの後は聞こえてこない。
このまま進めばいいのだろうか?
ゴンタ達は追われているのが解っていての遠吠えだろう。
わざと間違った方へ敵を誘い込んでいるのではないか?
かっちゃん達は違う所かも知れないな……。
焦る気持ちが膨らむ。
わうー
あ、ゴンタの声だ!山の上っぽいかな。今回はミナモの声が聞こえないな……ミナモに何かあったのだろうか?
さっきから悪い事ばかりが頭をよぎる。
騎馬では追えないだろうし、俺を呼んでいるのかな?行こう。
俺は山際から山を登りだす。道などなく途中で滑ってコケたりしたが進む。
山を歩くのは平地を走るのと同じくらいに疲れる。
直射日光に当たる場所が少ないのが救いだ。
ミナモ!ミナモの気配だ!
俺はミナモの気配を察知しミナモへ向かって進む。
近づいたらミナモも俺の気配に気づいたようで、俺に向かって来ている。
わふー
「ミナモ!無事だったか」
わふ
「ゴンタの居る所は判るかい?」
わふ
「連れてってくれ」
ミナモは俺の言っていることを理解しているかは判らないが歩き出す。
山の中で狼に着いていくのは大変です。
ひーこら言いながら必死でミナモを追います。
俺とミナモの距離が開くと、ミナモは立ち止まって振り返り俺を見てきます。
ミナモは未だに撫でさせてくれませんが、それなりに俺を認めてくれているのかも?なんて思ってしまいます。
ゴンタの遠吠えは聞こえませんが、ミナモは迷いなく進んでいきます。頼もしい。
おぉ!ゴンタだ。ゴンタの気配だ。
ゴンタが先に気づいてくれたようで気配を出して知らせてくれます。
今までの不安が吹っ飛んでいきます。
嬉しいなぁ。
わうー
わふ
「ゴンタ!無事だったかい?また会えて嬉しいよ」
わう
ゴンタはミナモと何かやり取りした後で俺に向かって一声吠えます。
尻尾がブンブン言ってます。ゴンタも再会を喜んでくれているようです。
頭を撫でてやります。なでなで。
「ありがとうな。遠吠えのおかげで行くべき方向が判ったよ。敵は撒いたのかい?」
わう
ここは安全らしい。
「かっちゃん達は無事かい?」
わう
質問には一回吠えるで、はいだったよね。
「ラマにいるのかな?」
わうわう
ふむ。かっちゃんは脱出済みらしい。
「かっちゃん達と馬は一緒にいる?」
わう
「かっちゃん達はバッキン教国へ向かった?」
わうわう
「かっちゃん達の居る場所は判る?」
わう
やった。合流できそうだ。
「ゴンタ、ミナモ、ありがとう。助かるよ」
わうー
わふ
ゴンタは当然ですって誇らしげな表情だ。可愛い。ミナモは欠伸なんかしてる。俺は苦笑してしまう。
ゴンタとミナモに器を作ってやり水を飲ませる。限りはあるがお飲みー。
しばらく休憩だ。
「さて行こうか?」
わう
わふ
休憩を終え、かっちゃん達の元へ向かう。
ゴンタは俺の移動速度に合わせて進んでくれている。昨日からささくれだっていた心に優しさが沁みる。
山の中は追跡者がいないようで特に迂回したりせずにガンガン進んだ。
日が陰って来た時間にゴンタが山を下り出した。
かっちゃん達は馬を連れているから山にはいないのか。
山際を進むゴンタ。
わう
ゴンタが軽く吠えた。
気配察知で辺りを探る。
おぉ!なっちゃんだ!
なっちゃんの気配をゴンタは教えてくれたのか。
「なっちゃんの気配だね。良かった気配からすると元気そうだ」
わうー
「行こう!」
わう
俺達は、なっちゃんの気配に向かって進む。近づいたら馬達の気配も判った。かっちゃんも居た。
なっちゃんや馬の気配が隠せないから、かっちゃんも気配を消していないのだろう。
「かっちゃん、なっちゃん!」
「トシ!無事やったか」
「トシちゃーん」
かっちゃんは険しそうにしていた表情から、幾分安心したように声を掛けてくれた。
なっちゃんは俺にギュッしがみついてくる。なっちゃんの体は大人なので困る……困らないか。
なっちゃんの背中を優しくポンポンする。
「心配をお掛けしました。城の牢屋に入れられて暴行を受けましたが、この通り今は無事に逃げてきております」
「暴行かい……」
「ああ、人殺しやら盗賊やらの扱いさ。真偽官を付けて調べてくれって言ったが聞き入れてもらえなかった」
「うちのほうもギルドへいって、ギルドマスターと話をしようとしたが取り次いでもらえんどころか追い掛け回されたで」
かっちゃんは憮然とした表情で言う。
「よく無事だったね」
「あの後で、なっちゃんと馬達に乗ってゴンタ達に守ってもらいながら門を強行突破したんよ。昨日の朝に、うちだけ町に戻ってギルドへ行ったんよ」
「うは!思ってたより荒々しい」
「しゃーないやろ。お話にならへんのや」
「そうだね。だれの差し金なのか……」
「真相は判らんけど、国のお偉いさんと冒険者ギルド、クラン全てがグルみたいやね」
「そうか。真偽官を呼ばないどころか取り調べすらなかったよ。飯も水も出してもらえなかったし」
「そのまま処分する気まんまんやね……」
かっちゃんが呆れたように言う。俺もそう思うよ。
「かっちゃん達が無事で良かったよ。本当に良かった」
「トシも暴行されたとはいえ、五体満足で戻ってきてくれて良かったで」
「だね」
「あんな事になるとはなぁ。みんなで冒険者ギルドに報告へいかんで良かったわ」
「確かに」
「うちがギルドへ行ったときにバルナバとアドーレの気配を建物の中から感じたで。もしかしたら敵側の人材やったんかもな」
「ぬぅ」
「さて、これからどないしよ」
「この国にはいられないね。やられたらやり返すが信条だけど、現状では難しい」
「そうやな。逃げられるかも判らへん」
「うん。俺達に賞金が懸けられたようだし、討伐クエストも出たらしい」
「ほんまかいな。酷いもんや」
かっちゃんは、それなりに冒険者ギルドとの付き合いがあり信用もしていたようだが、表情を険しくしている。俺はこっちの常識や人との繋がりが少ないから、こんな事もあるんだな、で済んでいる。呆れてはいるけどね。
「今後、俺一人が捕まったりしたらエルフ領へ向かってくれ」
「ええんやな?」
「ああ、ギフトがあるから何とかして見せるさ」
「今からだと、バッキン教国、エルフ領の順でええな?」
「よろしく」
「はいな」
俺一人なら対応してみせる。
仲間の救出まで考えたら身動きできなくなるから、これでいいのだ。
「それじゃーなっちゃんには馬に乗ってもらって、夜も山際を進んでラマから離れたいと思う」
「早く離れるに越したことはないからなぁ」
「行こうか」
「はいな」
未だにしがみついていた、なっちゃんを引きはがし馬に乗せる。
ゴンタとミナモに先導してもらい先を急ぐ。
既に日は落ちている。
騎士団と大手クランが動いているとなるので、とにかく急いで動くべきだ。
何度か休憩を挟みながら夜通し歩いた。
なっちゃんは馬の上で寝息を立てている。
巻き込んでしまって、ごめんね。