治療
39
「気が付いたみたいね」
俺の顔の近くで声がした。ゆっくり目を開けるとホルの顔が何かの盛り上がりの向うで逆さまに見えた。山は素晴らしい、そこに山があるから登るのだ。
まだ朦朧としているな、俺。
どうやら気絶していた間にホルが膝枕をしていてくれたようだ。いい感触です、皮のズボンが邪魔ですけども。
「トシ、大丈夫?」
「お、おう」
俺は少し挙動不審だったかも知れません。しかし名残惜しいので自分からは起き上がりませんよ。
などと考えていたら急にヴァンパイアとの戦闘を思い出した。俺はハルバード男の右足を大型ナイフで受けて切り飛ばしてやったはず。
「ハルバードを持ったヴァンパイアは、どうなった?」
「アイツの足1本取った代償にトシが壁に飛ばされたのは覚えている?」
「うん、そこまでは覚えている」
「あの後は私とオルの追撃が入ってもがいている所を、カビーノが大剣で『気功斬』をヤツの首に叩き込んで仕留めたわよ」
「アイツを倒せたのか!」
「ええ、すぐカビーノが魔石も取って完全に殺したわ」
「カビーノすげぇ!」
「そうね……ヤツらの内の1体を仕留める機会を狙っていたらしいわ。カビーノはハルバード男を仕留めた代わりに、ずっと相手をしていた軽薄ヴァンパイアに背後から切られて重傷よ」
「えっ!?アレとの戦闘中にハルバード男を狙ったのか!?」
「日の下でないかぎりヴァンパイアは無限ともいえる体力を持っているわ。時間とともに不利になるのが解っていたから、どうしても1体倒したかったそうよ」
「それでヤツラ全員倒せたのか?」
カビーノも無茶したもんだ。そう思いながらホルに、ヤツラがどうなったのか聞いた。
「ハルバード男が死んだのを見て、軽薄男とローブ女は逃げたわ」
「逃げたのか……」
「ハルバード男が死んだことによって何か計画が狂ったのかしら」
「かもな」
俺が戦闘不能で主力のカビーノも倒れたなら、ヤツラは逃げずに戦えたのではないのだろうか?まぁ判らないことだらけだし考えるだけ無駄か。
「みんなの状態は?」
「カビーノが一番怪我が酷くて治療が終わっていないわ。意識はあるけどポーションが無いからもう少し時間が掛るわね」
「そしてローブ女と戦っていたオクタとキニートだけど、オクタとキニートどちらも火傷を負ったわ。魔法に対して防御した所を蹴り飛ばされてキニートが左の大腿骨を折られたんだって、キニートも治療中で意識はあるわ。オクタは治療がすんで部屋の外で警戒をしているわよ」
「次がトシね、外傷は塞いだけど目を覚まさないから心配したわよ」
「ありがとう。ああ……左腕が折れているみたいだ。気功術で治療も進めるよ」
「腫れているとは思ったけど骨折だったのね、ごめんなさい。」
「いや問題ないさ。ホルとオル無事かい?」
「みんながうまくやってくれたから大丈夫。オルは魔力の使い過ぎで寝てるけどね」
「そうか良かった」
「ほら寝ながらだと治療しずらいでしょ?起きなさい」
「うぅ……わかったよぅ」
俺の顔は泣きそうであったと言う。う……うでが痛くてね。
俺は起き上がり左腕の骨折に気を集中する。
周りを見るとキニートが壁に寄りかかりながら、こっちに手を振ってくれた、手に力がないけども。俺もキニートに手を振り返す。
カビーノはうつ伏せになって治療している、ついでに出入り口のほうを見ているようだ。
ハルバード男の死体も前衛をしていた冒険者らしきヤツラの死体も消えていた。
俺は思ったより長い間意識を失っていたようだ。
ヴァンパイア強すぎだ。力はオーガと似たようなものだと思うけど、技術力と知恵がまったく違う。
俺も軽功スキルがなかったら、ああも避けることはできなかったろう。
カビーノに剣の訓練をしてもらった事も意味があったな。
剣がどうこうというより、間合いだとか相手の意識が向かっている場所とかがなんとなく解ったのが、ありがたかった。
ダンジョンから町へ戻れたら本格的に剣も学ぼうかな、いい剣もいるな。
ハンマーは扱いが楽だったんだけどなぁ。
治療中にホルが持ってきてくれた、ジャーキーと水を飲んだ。
なんだか久しぶりの飯かも。
水が美味い。
タウロスのジャーキーはとてもいい味に仕上がっていた、肉そのものが上質なんだろう。
強い魔物とやりあう理由の一つになりそうなくらい美味い。
そうだ、ステータスの確認をしておこうか。
タウロス、ヴァンパイアという大物とやりあったんだ期待できそう。
リッチは火の魔法を喰らっただけだったしな……。
「ステータス」
<サトウ・トシオ>
・88
・ポーター・バーサーカー・バトラー・オーラマスター・ソードマン
・錬成3
・ポーター
スキル運搬3体術3
・バーサーカー
スキル棒術3体術3内臓強化3制限解除3狂化1
・バトラー
スキル格闘3体術3軽功3
・オーラマスター
スキル気功術3体術3瞑想3
・ソードマン
スキル剣術2体術3
・錬成3
このレベルでは非生物が対象。
分離と結合が可能で結果として素材ができる。素材作成時の変形が可能。素材集合体が作れる。
やったぜ!強度が88まで上がってる。騎士団長あたりが80とか言ってたな。すげぇじゃん俺!
職業も増えてるなソードマン。これは予想通りってとこか。
スキルでいえば制限解除が3と剣術が2になっている。
俺の拙い剣術でも中級なのか……刃物を使って相手を倒すってのが大事なのかもな。
大物相手だと、いやでもスキルを使わされてしまう。
でもバーサーカーの狂化はおっかなくて使っていない。辺りを見境なく遅い暴れるものだからだ、人体の限界を超える戦いができるらしいがデメリットが大きすぎる。
俺達の治療の間もオクタ、ホル、オルが交代で周囲の警戒をしてくれていた。
翌日には全員歩けるくらいには回復した。俺の骨折は気功術のレベルが高いおかげか昨日寝る頃には治っていたと思う。
翌日って言っても時計がある俺しか時間は判らないけどね。
オクタ、ホル、オルの警戒組には仮眠を取ってもらった。
彼らが3時間ほど眠った後に移動を開始した。
1週間以上ダンジョンにいるはず。日に当たらないと感覚が色々おかしくなっている気がする。ダンジョンを進み町へ近づいていると感じだせいか、歩き出してからそんな事を思っていた。
キニートが上への階段を見つけ上層へ。
「ここ地下3階だ」
上層を歩いて2時間ほどの所でオルが教えてくれた。マジか、やっと帰れる。今が昼すぎだから夜までにはダンジョンを抜けられるはず!
「マジっすか!やったー」
「やったな」
キニートとオクタがハイタッチを躱す。キニートは解るが、オクタもするとは転落後のダンジョンが余程きつかったのであろう。
「やっと出れるのね」
「長かった……」
ホル姉妹も抱き合って喜んでいる。俺も混ぜてもらえないだろうか?
「帰れるんだな」
「おう、まだダンジョンの中だぜ。警戒を緩めるなよ!」
みんなの喜びに釘を刺すカビーノであった。さすがリーダー。
「「「おう」」」
みんなの声にも張りが出たような気がする。
ダンジョン脱出へ向けて再度出発する一行であった。
満身創痍でありながら、足取りも軽くなった。
希望ってのはすごいもんだね。
そして夕方にダンジョンの出入り口へ到達した。
「出口だっ!やったー」
「おう!やったぜ!」
「やったっす」
「長かったな」
「お風呂入りたいわ」
「うん……」
みんなが喜びの声を上げた。カビーノも辛そうな顔は見せていなかったが、やはりきつかったのであろう喜びに溢れていた。
かっちゃん、ゴンタ、ミナモ!俺は帰って来たぞー!
早く会いたいな……。