ボクは見上げる
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真っ白な世界。
ボクの最初の記憶。
その次は静かで穏やかな場所。
そこで初めて歩いた。
最初はゆっくり。
歩みは速くなりいつしか走っていた。
建物の周りをただひたすら走った。
建物は神社っていうらしいと解った。
土の匂いも嗅いだ。
木の匂いも。
木の中には綺麗な木もあったんだよ!
ボクは綺麗な木を見上げてお座りをしていたりもした。
だって他の木は茶色と緑色なのにその綺麗な木だけは薄紅色だったんだ。
その木の前はボクの大事な場所になった。
でもボクがジーッと見ていたせいか薄紅色から緑色に変わっちゃったんだ……。
代わりに地面が茶色ではなくなっていた。
木の方は離れてみたりもしたんだけど薄紅色には戻ってくれなかった。
建物の影から綺麗な色に戻らないかなーって思ってみていたら音が聞こえたんだ。
わぁーって。
そこで初めて人に会った。
ボクは音と人にビクッとなっちゃった。
それは人の子供達だとボクには解った。
なんでだろう?
少し疑問に思ったけどすぐに考えるのをやめた。
だって人の子供達に興味を惹かれちゃったんだもの。
男の子二人、女の子二人の四人組だった。
男の子達は木の棒を持って楽しそうに走っていた。
女の子二人は男の子達の後ろをのんびりと歩いていた。
子供達は楽しそうに追いかけっこを始めた。
うー混ざりたい。
だって走るのって楽しいんだもの。
ボクがそんな事を考えていたら目の前で女の子がしゃがみ込みボクを見ていた。
その目はキラキラしていてと思う。
ボクはビクッとしつつその目を見返していた。
女の子は耳に響く声を上げボクに抱き付いて来た。
ボクはそれを避けなかった。
そして感じた温かさ。
人の子供は好きかもって思った。
女の子の声を聞きつけてもう一人の女の子も来た。
温かさが増した。
ついでに少し苦しかったのを覚えている。
男の子二人も来た。
手には木の棒。
近くで振り回さないで欲しい。
男の子達もボクに興味深々だったようだけど女の子達の防壁は破れなかった。
ボクがケンカはだめだよーって吠えたけど通じなかった。
でもしばらくして女の子達がボクの側を譲っていた。
良い子達だよね。
男の子達は恐る恐るボクに手を伸ばして来た。
最初は背中、首、そして頭と順番に撫でていった。
ボクは大人しくそれを受け入れていた。
男の子達は安全だと判ったら撫でるのが乱暴になっていった。
そして女の子達に叩かれていたね。
うん。
影が伸びた頃、子供達はボクに手を振りながら去っていった。
家に帰ったのだと思われた。
家……ボクの家は神社でいいのかな?
とりあえず神社の下に空間があったのでそこで丸くなって休んだ。
四人組の子供達は次の日も来た。
温かかった。
そしてまた男の子達は女の子達に叩かれていた。
ボクの所へ来るのはその四人組だけじゃなかった。
四人組と同じくらいの子供で男の子と女の子の二人組。
仲良く手を繋いで来た。
階段で座り込み楽しそうに話をしていたよ。
彼らも神社の陰から見ているボクを見つけて嬉しそうに駆けよって来た。
温かかった。
白い髪の毛をした人達も来た。
ゆっくりとした歩み、穏やかな雰囲気。
たぶん番……夫婦か。
彼ら夫婦はボクを見つけても騒いだりしなかった。
境内にある木の長椅子に座ってボクを見ていた。
女の人の方がボクに何かを言って手招きした。
子供達のおかげで人に興味のあったボクは招きに応じたよ。
老夫婦は優しくボクを撫でてくれた。
ボクは穏やかな気持ちになった。
この人達を好きかも。そう思った。
子供達も好きだけど、この穏やかな感じはなかった。
四人組の子供、二人組の子供、老夫婦。
それ以外の人がここを訪れる事はなかった。
この場所に来れる人は限られている気がした。
そんな風に考えている時、最後のお客さんが来たんだ。
今なら言える、運命の人。
男の人だ。
大きい。
子供ではないし老人でもない。
青っぽい頑丈そうな服を着ていたその人の顔は、ぼへーっとしていた。
老夫婦の穏やかさとは少し違うと思った。
危険はなさそう……何も考えていないだけ?
そんな気がした。
その人はボクを見つけて静かに歩いて来た。
ボクの前でしゃがみ込み、ボクを見つめて来た。
ボクも見返したよ!人に興味があるからね!
恐る恐るボクに手を伸ばしては引っ込めていた。
何だろうモヤモヤしたのを覚えている。
その人は口元に手をあてて考え込んだりもしていた。
ハッと何かに気付いた風。
もっていたカバンを漁って何か取り出した。
そしてそれを手に乗せてボクに差し出してきた。
ムムッ!気になる代物!
食べ物らしい。
そう言えばボクは休みはするけど眠らないし食べる事もしなかった。
でも食べられる気がする。
差し出されたし気になるから食べてみよう!そう思って首を伸ばそうとした。
そうしたら食べ物が遠ざかった……。
おのれー馬鹿にするのかーと思ったら違ったみたい。
ボクの口には大きかったので小さく分割してくれたんだ。
えへへ、早とちり。
白い食べ物を割ってくれた。
中には何か入っている。
ゴクリッ。
喉が鳴っちゃったお恥ずかしい。
今度は男の人がボクの口元へ食べ物を持ってきてくれた。
良きに計らえー。なんちて。
白い食べ物を口に入れてもごもご食べる。
まだ大きかったみたい。
口いっぱいだ。
美味しい!!
何これ何これー!!
ほんのりとした甘さに塩っぽさが混じる。
中に入っていたと思われるのが白いのに良く合っている。
肉、いや魚ってやつだ!
美味しい。
これ好きだ。
一心不乱に食べた。
そしてボクが顔を上げると男の人が嬉しそうに笑っていた。
ボクも笑い返したんだけど伝わったかなぁ?
残りの食べ物も貰えた。
どうやらおにぎりという食べ物らしい。
男の人がぶつぶつ言っていたのを聞いたよ。
うん。
美味しいおにぎりをくれたこの人はいい人だ。
好きー。
男の人は帰る間際にボクの頭を撫でていった。
その手はやっぱり恐る恐るだったけどね。
でも撫でた後の顔はとても嬉しそうだった。
ボクも嬉しくなったよ。
男の人はその後も来てくれた。
おにぎりもー。
中に入っている具がかわったりもした。
酸っぱい物以外はどれも好みにあった。
酸っぱいのはだめー。
顔が中心に寄っちゃう。
そんなボクの様子を見て男の人は苦笑していたね。
悔しかったので頭をグリグリお腹に押し付けてやった。
ふっふっふ。
それなのに嬉しそうな男の人。
お仕置きを間違ったらしい。
ボクがその人を大好きになるのに時間は掛らなかった。
ボクを撫でる手も優しかったし温かかった。
それがあんな事になるなんて……。
いきなり沢山の水に放り出されてボクはアプアプしてしまった。
男の人が頭にボクを乗せて泳いでくれたんだよ!
ちょっと楽しかったのは内緒なの。
襲ってくるヤツと戦った。
ボクは結構強かったみたい。
かっちゃんにも出会った。
この世界の事を教えてくれる先生、かっちゃん。
小さいのに強いんだよ!
それから木に囚われていた狼を助けたら懐かれちゃったりなんかも。
男の人トシオ……トシに助けた狼を紹介したらトシは四つん這いになって地面を叩いていた。
やるせない事でもあったのかな?
人って不思議。
エルフのなっちゃんも加わった。
そのなっちゃんがトシの奥さんになるなんて思いもしなかったよ。
でも良い子なのでボクは嬉しい。
二人で始まった旅は人数を増やし賑やかになっていった。
その後知った事実でボクがトシを異世界へ連れて来てしまった原因だと判った。
でもトシはボクに怒ったりはしなかった。
考える事はあったみたいだけど楽しそうにしてくれていたので心が少し軽くなったのを覚えている。
座敷童の花ちゃんとも出会い、住処が出来た。
それからボクに子供が出来た。
ヤマトとミズホ。
産んでくれたのは助けた狼のミナモ。
ミナモはトシ達と一定の距離をとっていた。
それでも頑張ってくれていた結果だとボクは知っている。
人とは相いれない魔物。
子供達は人と上手くやれそうで良かった。
子供と言えばトシの子供達も産まれた。
なっちゃんの子供であるリオンはともかくラミアであるメイプルとチェリーは活発すぎて困る。
ボクが付いて回る事も多い。
彼女達がボクに懐いてくれるのが嬉しくて世話をやいちゃう。
トシが動かなくなる事は度々あった。
力を手に入れた代償だと言っていた。
いつもとは違ってトシの意識が戻ってこなかった……。
落ち込むなっちゃん、それを慰めるかっちゃん。
ボクも落ち込んだけどボクがトシを守るって決めていたので落ち込んではいられなかったんだ。
そしてなっちゃんを気分転換で外へ連れ出した。
そこで出会った土人形。
かっちゃんから氷の槍が射出され、破壊される土人形。
ボクが違和感で戸惑っている間の事だ。
殺気がないのは生物じゃないからだろう。
何だろう?何か変だ。
ボクは動けなかった。
なっちゃん達に危険が及ぶかも知れないというのに……。
ボクが自分を責める前に響く声。
なっちゃんの声だ。
トシ?トシ!?
土人形の正体がトシだっていうのか!
違和感はそれだったのか。
自分を責める気持ちが反転した。
どこかで土人形は敵ではないと感じていたのではないか?
正体不明なのに攻撃を躊躇した自分。
むしろ褒めてやりたい。
だって相手はトシなのだから!!
ボクはなっちゃんの後を追った。
走る。
走る。
そして土人形の足元でお座りをして見上げた。
ぎこちない動きではあったけどトシはしゃがみ込んでボクを撫でてくれた。
ボクの尻尾が自然と動く。
嬉しい。
トシが帰って来た!
そう実感出来た。
形はちょっと違うけれども……。




