かっちゃんはおねーちゃん
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あのアホ、またなっちゃんを泣かしよって……。
いつものアレや思たら、目ぇ覚ましよらん。
天空島への遠征で力を使ったゆうんは話で聞いたんよ。
炎竜との対決もほぼ一対一でありながら勝てたのは力のおかげだとも。
ヤマト、ミズホの山へ顔を出し、スターインでここへ帰って来たんや。
こっちに帰って来てからは特に力を酷使しとらんかったと思う。
何がトシをこうさせたのか……判らん。
とにかく、トシは意識をなくしとる。
代わりに何かが出て来とる。
焦点の合わん目で座り込み、ボーッとしとるんよ。
その隣でなっちゃんが手を握っとるんやけど反応せん。
アホめ。
ゴンタもトシ、なっちゃんの側で伏せて見守っとる。
時々心配そうにして、なっちゃんに声をかけるゴンタ。
打つ手なしや。
なっちゃんがそうやからリオンはうちが抱っこしとるんよ。
うちも体が大きい方やないから結構大変や。
決してチビだとかではないで?
冒険者として働いとったから肉体強度は高い。
うちは魔法主体で戦かうんやけど、そこらの戦士に力で負けん程度には強い。
だから小さいリオンの体重なんて苦にならん。
ちょっと、手が回りきらんとかそのくらいの問題でしかないんよ。
今にも泣き出しそうな顔をしとるなっちゃんに、うちがしてやれる事はこれくらい。
やっぱり腹が立つで。
トシのアホめ。
うちの可愛い妹分であるなっちゃんの顔をあんなにしよってからに。
うちの腕の中におるリオンがなっちゃんに手を伸ばす。
今のなっちゃんではあんまりかまってもらえんと思うけど連れてったるか……。
リオンを抱えたままなっちゃんの元へ歩きだす。
▼
うちがトシとゴンタに初めて会ったのは大森林の入口から少し中へ入った海沿いやったな。
うちらケットシーは好奇心旺盛なんよ。
珍しいモンがあると聞けばあっちへ行き。
名物の食べ物があると聞けばこっちへ行き。
変わった魔物がおると聞けばだいたい見に行ったんよ。
一つ所へとどまって生活するんは赤ちゃんが生まれてしばらくの間くらいや。
その例に漏れずうちは大森林の探索へ出てたんよ。
ほぼ人の手が入っていない大森林。
つまり知らないモンがたくさんや!
そう思って大森林へ踏み込んだんや。
昔馴染みのけーちゃんは何度か来とるらしいんやけど、自分の目で見てきぃ、ゆうて教えてもらえんかった。
トレント系、植物の魔物が多かった。
見慣れた果物もトレントになっとれば味も違ったで。
魔力もたっぷりで魔力ポーションの代わりにすら出来るやろ。
うちのマジックバッグの容量は大きくなかったんで全てはとれんかったのは残念やった。
川で魚も取ったで。
うちは肉も魚も好きやけど魚があるなら魚を選ぶ女や。
大森林の川魚は特に珍しいやつやなかった。
ちょっと凶暴なくらいや。
うちの敵やあらへん。
塩で焼いてやった。
美味かった。
そこで海も近かったのを思い出す。
海の魚……焼き魚を食べたばかりでも想像したら喉がなったんよ。
行くしかないで!
独特な臭いで海が近いのが判った。
この岩場を抜けたら海やな。
岩場と砂浜……どっちが魚をとるのに向いとるんやろ?
とる事自体は水の魔法で何とかなるやろ。
調理、食事、安全に過ごせる場所が必要やな。
見晴らしもええし砂浜の方がええか。
そう思って岩場沿いに歩き出した。
そこや。
そこで運命?の出会いがあったんよ。
ぱっとせんテイマーらしき人間の男と狼?の子供。
まぁ、ぶっちゃけるとそれがトシとゴンタなんやけども。
街でも見かけない様な恰好をした男はこちらを警戒しつつもこちらに興味深々やったな。
後で聞いた話ではこっちの世界に落ちてきて初めて会った知的生命体だったんやと。
それが物語でしか出てこん二足歩行の猫やったんで内心ウヒョーってなっとったそうな。
アホや。
狼の子供やと思っとったのは犬?でテイムしとる訳やなかった。
気が溢れんばかりに充実しとったゴンタ。
トシの足元にいながらもトシより前、うちの方へ出とった。
うちを警戒し、何かあったらトシを守るんだって感じやった。
トシがのほほんとしとるのに対しゴンタはしっかり者やと認識。
それは今も変わらん。
むしろゴンタがトシの保護者やった。
大森林の奥へ進む前に面白いモンを見つけてもうた。
うちの胸の内は概ねそんなんやった。
大森林?いやいやこいつらに付いてった方が面白いやろ!!
何も知らんこいつらに色々教えたらなアカンとも思ったんよ。
うちはええ女やからね。
気功術で気を引いたら直ぐに引っかかりおった。
同行する事に成功。
まぁ、利益で言えばどっこいかあっちの二人の方が得やったやろ。
案内人かつ先生を得られたんやから。
更に、うちはええ女やからな。
そして運命の出会いその二や。
街を経て船旅をし馬車の旅になった時や。
森に魔力を沢山持ちながら気が薄くなりつつある存在に気付いたんよ。
それがなっちゃんやった。
なっちゃんのおじいさんは亡くなっとった。
気を失っとったなっちゃんが目を覚まし状況の説明を求めたんやけど要領をえんかった。
説明がへた?そもそも頭の弱い子?そんな事が頭を過った。
そしてなっちゃん事ナターシャがエルフであるらしいと判った。
なっちゃんは大きい大人の男であるトシを少し警戒していた。
何か大人に嫌な事をされていたのかも知れない。
うちの後ろにいる事が多かった。
うちの服の後ろを指でつまんでいたり。
次第に打ち解けてトシも良いヤツだと判り平気になっていったんよ。
ゴンタ?ゴンタが最初から平気やったね。
そらもう見た目が可愛らしいからなぁ。
トシと一緒にしたらアカン。
なっちゃんとゴンタは最初から仲が良かった。
そんな訳やから、なっちゃんはうちの妹分やねん。
うちの後ろに回ってギュッと抱きかかえられてもや。
トシと同じくらいの身長を持つなっちゃん。
うちはチビやないけどなっちゃんの方が少し大きかったんやから仕方ないで。
うん。
なっちゃんは妹分や。
色々な所へ行って楽しかったで。
一人で旅をする事の多かったうちには新鮮やった。
異世界から来たトシとゴンタは価値観が違ったせいか直ぐに警戒する事がなくなったんは大きい。
人が見たら甘っちょろいとか言われそうなアイツラやけどいいヤツやねん。
甘い物に釣られた訳やないで?ホンマや。
異世界風の食べ物は美味かった……食材はこっちにありふれた物やったけど組み合わせ、調理法であんなに変わるとはなぁ。
肉……焼く。
野菜……炒める。
スープを煮る。
それくらいはこっちでもやっとったけど蒸すだの揚げるだのは初めてやった。
そもそも調味料が違ったんよ。
砂や混じりもんのない塩、白い砂糖。
酒は飲むもんで料理に使う事はなかった。
だってもったいないやん。
酢はすっぱいだけやかなった。
使い方次第で可能性が大きく広がる事が判ったいい例や。
酢を使った調味料、マヨネーズは革命やったで。
ただトシが作った物以外は危ないかも知れないってのはなぁ……卵は危ない事もあるんやと。
うちとしては常備したい。
花ちゃんにも出会った。
トシの居た所出身らしいで?
トシに負けず劣らず数奇な運命を辿った花ちゃん。
この出会いで住む場所が出来たんよ。
このケットシーであるうちが住むなんてなぁ……。
なっちゃんと花ちゃんもすぐに仲良くなった。
花ちゃんは小さいけどなっちゃんより大人だった。
わざわざ言わんけども。
トシは奥さんを持った。
うちの可愛い妹分だけでなくラミア族のアン、シーダまで……。
まぁアンとシーダは種族繁栄のために強い男を狙っていたみたいやけど。
トシがええならええねん。
ただなっちゃんが泣くような事になったら許さんで?
幸いそんな事にはならんかったんで良かった。
奥さんを持てば子供が出来る事は不思議ではない。
なっちゃんがエルフの男の子を産み、アン、シーダがラミアの女の子を産んだ。
可愛い子達なんよ。
なっちゃんは子供達を大変可愛がった。
うちも可愛がった。
うちが可愛いせいで子供達から集られた。
別にぬいぐるみと勘違いしたなんて事はないはずや。
溢れる魅力がなせる技やね。
子育てで忙しい時期にあのアホはお人好しを発揮しよった。
羽を生やし空を飛ぶ子の手助けに乗り出したんや。
まぁ気持ちは解らんでもないけど、小さい子供を置いて行くのはどうかと思ったし言葉にもした。
それを一番言いたいであろうなっちゃんがうちを止めて笑顔で送り出したのには驚いたで。
これも成長と言ってええやろ。
少なくとも自分で考えて行動したんやから。
トシは行く先々で戦うんやからな……空でも戦ったらしい。
それを聞いて言わんこっちゃないと思ったんやけど、生きて帰ってきたしな。
なっちゃんの元へ。
だからうちが言う事はあらへん。
そしたらコレや。
なっちゃんを泣かしよってからに。
アホ。
疲れているであろうなっちゃんを連れて外へ出た。
リオンはカミーリアに預けて来た。
だからうちとなっちゃん、そしてゴンタで休憩や。
トシの周りはおかしいで?
ドラゴンの亜種やら炎竜とかそうそうお目にかからんやろ?
珍しさで言えば目の前におる土人形はドラゴンと似た様なもんや。
何が珍しいん?と聞かれれば魔力が無いのが珍しいと返すで。
土に含まれとる微量な魔力しか感じん。
何やこの土人形。
サクッと氷の槍で倒したんや。
呆気なく崩れ落ちる土人形。
化け物やなくて良かったで。
と思っとったら盛り上がってまた土人形になりおった!
なんなん……。
また土人形になったもののその場から動かない土人形。
そう言えばこういう時に真っ先に動くゴンタが大人しい。
チラリとゴンタを見る。
ゴンタが戸惑っとる?警戒はしとる様やけど……。
うちも警戒しつつも様子を見てみた。
もちろんなっちゃんは後ろに居させる。
おねーちゃんが守るからな。
「トシちゃん?」
なっちゃんがそう言って駆け出した。
うちが止める間もなかった。
えっ!?トシちゃん?
あれが?
うちの足元におったゴンタも駆け出した。
嬉しそうに一声吠えた。
トシ!やって。
そうかあの土人形はトシなんか……。
うちも駆け出した。
アホ、そんな恰好で判るかいな!!