声も届かぬ所から
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「とーちゃ」
「あいー」
「お、くれるのかー。ありがとー」
メイプルとチェリーが俺の隣でフォークに刺したパンケーキを差し出してくれた。
イチゴジャム付きである。
二人ともニコニコと楽しそうだ。
因みに「とーちゃ」はとうちゃんではなくトシちゃんと言っているらしい。
どうもなっちゃんが言っているトシちゃんをマネしているそうな。
父ちゃんとしてはとうちゃんの意味で行って欲しいと残念に思っていたり。
俺は二人に礼を言ってパンケーキをいただく。
家畜が増えた事によりバターなどの乳製品を使った食べ物が良く出るようになって来た。
良い事である。
バターの甘味とジャムの酸味、甘味が素晴らしい。
これは売り物になるレベルだ。
木の皿であるのが残念である。
シィロの山に行けば粘土とかもあるだろうとは思っている。
いずれ木の皿以外も使いたいものである。
ジャムは砂糖をいっぱい使うが、ここサトウキビ島では砂糖が豊富に使えるので問題ない。
これがイチルア辺りだったら高くつく。
あ、お店に塩と砂糖は沢山持って行ってある。
ヒミコ様の保護もあるから商売も順調だ。
もっともお店は犬の獣人であるビアンカ、デイジーに任せっぱなしだ。
独自の商品も扱いつつあるので俺から塩、砂糖の供給がなくなってもなんとかなるであろう。
「かーちゃ!」
「あげうー」
「うむ。ありがとう」
「あらあら、ありがとうね」
「ヒッコリーはくれないのかしら?うふふ」
「どぞー」
メイプルとチェリーはアン、シーダにも差し出している。
俺が嬉しそうに食べたのが良かったに違いない。
みんなの笑顔を狙っているな!
でもアン達にはかーちゃんと言っているのかぁ……悔しいビクンビクン。
アン、シーダも俺と同じ様に差し出されたパンケーキを嬉しそうに口に含んでいった。
その隣ではカミーリアさんがヒッコリーにパンケーキを要求している。
食いしん坊めっ!
まぁ、そうではなくちょっと寂しげにしていたヒッコリーをフォローしたと思われる。
同じラミア族とはいえ血の繋がりはないはず。
精神的に幼くなっているヒッコリーが家族の温かさを羨んでも仕方あるまい。
ヒッコリーも嬉しそうにカミーリアさんにパンケーキを差し出している。
ジャムもたっぷりだ。
そういう所に気が回るカミーリアさんはさすがだと思います。
子供を持つ身としては見習いたい。
そういえばアンとシーダを迎えに大森林までいったんだっけ。
大型の鹿っぽい魔物や猪が積まれていましたよ。
暴れすぎだと思いました。
あんまり奥へ行かなかったし本調子ではないのでこんなもんだろうとか言ってましたよ。
ラミアの戦闘民族っぷりを再認識しました。
獲物は村のみんなへのお土産としては十分過ぎでしたとも。
冷蔵庫へ保管したり燻製や腸詰に加工したのでしばらくはお肉に困りません。
「花ちゃん特製パンケーキはおいしいの!」
「さすが花ちゃんや!うちのは餡子にしてくれる辺り最高やで」
「リオンも早く食べられる様になろうねー」
「もうちょっとかかるやろなぁ」
「おおきくなれー」
「一緒に食べたらもっと美味しいで」
「リオン頑張るのっ!」
わぅ……
「無茶言ったらアカンゆうとる」
「えへへ」
わう
なっちゃんも美味しそうに食べている。
そして早く大きくなれと言われているリオンはなっちゃんの空いている手で抱かれている。
お昼寝中だ。
だが美味しそうな匂いが解るのだろう、時折鼻がひくひくしている。
早く大きくなって一緒に食べようなー。
かっちゃんはジャムではなく餡子にしてもらっている。
けーちゃんもそうだったが餡子好きだよね。
どら焼きっぽい……青いネコ型ロボットの好物だったな……何か関連が!?
まぁ俺も餡子の優しい甘さは好きだけれども。
ゴンタはジャム少な目にしてもらった様だ。
代わりに餡子も少しもらっている。
そしてパンケーキはみんなのより大きい。
量も大事らしい。
さて自分の皿にある最後の一かけらを食べよう。
右手に持ったフォークでパンケーキを刺す。
温かいうちに食べるのだ。
最後だと思うと残念。
味わっていただこう。
咀嚼し飲み込む。
ミルクも一緒に出されていたので飲む。
相性バッチリ。
「ごちそうさ……」
ご馳走様と最後まで言えなかった。
あれ?
おかしいぞ?
なんで天井を見ている?
メイプルとチェリーが俺の顔を覗き込んでいるのも見えた。
耳鳴りもしている。
誰かの声かも知れない。
視界が暗くなってきた。
まだ寝る時間ではないというのに……。
▼
どうやら星の意識が出てきたらしい。
久しぶりだと思う。
特に炎竜を倒してからはまったく出て来ていなかった。
肉体強度が上がったせいかもと思わんでもないが今は乗っ取られている。
良く解らない。
そして今までとは違う。
違うというのは乗っ取られ方が違う。
過去、俺が乗っ取られていると感じる事はなかった。
俺の意識が戻ると体はスッキリしていてまさに寝起きといった感じになるのが今までだった。
いつもはない意識がある。なんでだぜ?
今回は……俺の様子を自分自身で見る事が出来ている。
まるでプールの底を仰向けで漂っている様な、不思議な感覚。
その例でいけば水の上の様子が見える。
俺の体がみんなによって布団に運ばれていった。
みんな慌てている様に見える。
みんなの慌てっぷりを見て愛されているなぁと実感。
いや落ち着いて喜んでいる場合ではない。
いくつかの事が判ったと思う。
俺の意識?精神体?は大地に同化している?
俺がみんなを気にしていたので地上の様子を見ていたが、地の中を見る事も出来た。
見るにも色々あって視覚的な見方と感覚的な見方があった。
真っ暗だったり生き物がいると判ったり。
みんなの声を拾う事も出来た。
かっちゃんはいつものだと言っていた。
今回の乗っ取られ方は違うのに見た目は同じらしい。
俺の体は目を開いているがどこか遠くを見ている様で視点があっていない。
周りが明るいうちは体を起こして壁などに寄りかかってどこかを見ているらしい。
暗くなると横たわり目を閉じるそうだ。
浅く呼吸もしているので、一見寝ている様に見えるとか。
何で今回は違う?
嫌な予感がする。
俺はカンがいい訳ではないけども……。
少なくても今までとは違う展開が待っていそうな気がしてならない。
星の意識……ここではガイアと呼んでおくか。
ガイアが何かをした?
俺の意思でこうなっていない以上、ガイアが何かをしたと思われる。
目的は何だ?
俺の意識がない間に俺の体が特別な動きをした事はないとかっちゃんは言っていた。
判らん……。
メイプルとチェリーが俺の顔をペチペチと叩いている。
可愛らしい小さな手で。
なっちゃんの腕の中にいたリオンも周りが騒がしかったせいか起きてしまっている。
リオンも小さな手を俺に伸ばしている。
なっちゃんがリオンの様子を見て体を動かした。
リオンの手も俺の胸辺りをペチペチと叩いている。
かっちゃん、ゴンタが動いたのはそんな時だった。
子供達と俺の体の間に割って入った。
何が!?
と思ったら俺の体が手を持ち上げて子供達へ伸ばしていた。
かっちゃん達が驚いている。
ゴンタも低く唸っている。
こんな事は初めてらしい。
いつも視点の合わない目でボーッとしているだけらしかったからな。
良かった。
ゴンタ達が動いてくれて……子供達に危害を及ぼす事があったら悔やんでも悔やみきれない。
俺ではないが俺の体がする事だ。
なっちゃん、アン、シーダもかっちゃんとゴンタの動きを見てすかさず行動に出た。
子供達をひっぱり自分の後ろへ回した。
俺の体は子供達を追ってゆるゆる伸びる。
何がしたいのか判らないがヤメロ!!
俺は叫んだ。
だが声は響かない。
俺の体を抑える事も出来ない。
俺が悔しい思いをしていると更に状況が動いた。
なっちゃんが俺の手を取った。
リオンはカミーリアさんが抱きかかえている。
そんななっちゃんを見て動揺するかっちゃん。
だが俺を悲しませる様な展開にはならなかった。
相変わらず視点はあっていなそうだがなっちゃんと握手している様に見える。
なっちゃんがリオンを呼んだ。
ゴンタが珍しくオロオロしている様に見えた。
かっちゃんが止めるがリオンの小さな手も俺の手に触れた。
俺の顔がリオンに向いた。
ややこしいがガイアの方ね。
目の動かし方が判らない?顔ごと視線の先を変えた?
何なんだろう?
ガイアは人の体で生きている訳ではないだろうから無理もないのか?
リオンに触れられて視線を向けても特に変化はなさそう。
あ、指先でリオンの手をつついている。
人に興味が?
いや今までの時もみんなが周りにいたはず……リオンに興味が?
メイプルとチェリーがリオンの隣に行った。
アンとシーダは子供らのすぐ後ろに付いている。
危険はなさそうだと判断したか?
ガイアはメイプルとチェリーの手もつついている。
俺は混乱するばかりだ。
今まで興味を示さなかったのにリオン、メイプル、チェリーを指先でつつく?
ガイアの目的が判らない。
なっちゃんの判断も判らない。危なくないと何故思った?
判らない事だらけだ。
俺はガイアと意思の疎通を試す。
叫んでみる……声は出ない。
念話?頭の中へ直接?
出来ない……。
情報を取ろうにも閲覧できない。
ガイアは俺の上位権限を持っている?
管理者権限とかだろうか?
今の所、子供達にもみんなにも危険はない様だ。
どうなるのだろう?
俺の体を返してくれ!!
だが俺に打てる手もなさそう……俺は途方に暮れるのであった。