住処と宴
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「へー、ここがみんなの住処かぁ」
ゴンタがヤマト、ミズホ、ミナモと戯れているの微笑ましく眺めた後、住処だという場所へ連れられてきた。
戯れ……あれは見ているだけでもいいものだった。
最初はお互いの匂いを嗅ぎあっていた。
ふんふん、くんくんと楽しそうにしていたよ。
それから相手の体に顔を押し付け合っていた。
ぐいぐい、もふーんと体毛に顔をうずめていたのは羨ましかった。
人で言えばきゃっきゃうふふってなもんだろう。
俺も参加させて欲しかったが遠慮した。
久しぶりの家族団らんだしね。
ミナモがいるから入れてもらえるか怪しかったけども……。
配下の狼達はその間も整列を乱したりはしなかった。
教育が行き届いていたと思う。
その様子も含めて地面に胡坐をかいて眺めていた。
けーちゃんも俺の隣で見ていたよ。
遠見の水晶で花ちゃん屋敷のみんなにも見せていた。
こっちはこっちできゃーきゃー楽しげだったね。
筆談だったけども。
ミズホとミナモが戯れに満足したあたりで、俺達を住処へ招待してくれる事になった。
神様がいると思われる高い山の麓。
そこに彼らの住処はあった。
緩やかな山の斜面、そこが抉られた様に削られていた。
洞窟の入口っぽい。
だが奥行はなかった。
せいぜい十mといった所。
高さは人が歩いて入っても余裕で五m以上あった。
一番奥に藁っぽいものが敷き詰められていた。
寝床だと思われる。
体の大きいヤマトやミズホが入ると狭く感じるが寝るだけなら十分であろう。
山から吹き下ろされる風は入ってこないので穏やかに眠れそうな場所だった。
似たような場所が周辺にいくつか見られた。
どうやら配下達は別に住まわせている模様。
まぁ、配下達も上司が一緒だと落ち着かないか……俺だったら勘弁願いたい。
住処の前はいくつかの切り株があった。
それを除けば広場といった感じだ。
ここで会議とかしているんだろうなぁ。
整列させるのにもよさそう。
広場は木々に囲まれている。
山の麓の森である。
近くに水場は見当たらない。
だが遠くない場所にあるのだろう。
さすがに魔法で水を用意していたりはしないはず。
総合すると、森の隠れ家といった風情である。
ログハウスとか作ったら面白そうな場所だ。
木の上に作るのもロマンがある。
悩むね。
「ええとこやん」
「これだけの数だ、ダンジョンにでも住んでいるのかと思ったよ。面白い」
「サトウキビ島のグレイウルフ達は倒木の陰で寝とったもんなぁ」
「みんなで雨風を凌げる様にしたっけ」
「あの子らは気にせーへんやろけど、うちらが気になってもうたからなぁ」
「倒木を寄せ集めて木に立てかけただけだけどね」
「変に小屋とかにするより良かったやろ」
「うん」
サトウキビ島のグレイウルフ達はゴンタ指揮の元、花ちゃん屋敷、村の周囲を警戒してくれている。
寝床を用意してやるくらいは問題あるまい。
こっちはゴンタ一家が住処を整えたのだろう。
自然に存在していた場所ではなさそう。
住処で眠って、広場でご飯を食べたり集会をした後で縄張り……山の周囲を駆けまわって過ごしているのだろうか?
狼達の日常を想ってしまった。
うん、とても楽しそうだ。
健康優良児になれそう。
因みに狼達以外に大きな気配の持ち主は見当たらない。
縄張りの安全は確保されている模様。
まぁ当然か。
ヤマト、ミズホがいるものな。
「さっきはおもろかったなぁ、にしし」
「ふふっ」
「二人とも笑い過ぎ」
「ミズホが寒そう!やもんな」
「それでもトシ君だと解っていたんだから匂いで判別しているのだろう」
そう、ゴンタ一家が戯れた後でようやく俺達にも意識を向けてくれた。
そしてミズホが大きな体のわりに可愛らしい仕草で首を傾げて吠えた。
ミズホの視線の先は俺である。
けーちゃん曰く、寒そう!らしい。
寒そう?暑くなって来たし、ここも暑いぞ?
そう思った俺であったが違った。
毛皮をなくした俺が寒そうだとの事。
うん……髪の毛はどっかいっちゃってるね……眉毛もないね……。
人が見たら笑うか怖がるんだろうけど、ミズホの意見は違ったね。
わう!
がう!
ばう!
ゴンタ一家に住処へ招かれた。
藁の寝床で寝かせてもらったよ。
定期的に藁っぽい草を変えているのか臭くはなかった。
入口が広めなおかげで日中は奥でも暗くなかった。
藁に包まれてパンに溶かしたチーズを乗せて食べたくなったのは何故であろう?
こんな所にパンはないし、チーズの匂いも感じられない。
何故か車イスも脳裏に浮かんだ。
不思議である。
ゴンタ一家には彼らそれぞれが愛用していた皿を持たせて旅立たせていた。
こっちでは出番がなかったのか壁を削った所に飾られていた。
なんとなく使ってやりたくなったので、床に置いて筒から水を入れてやる。
みんな皿に顔を突っ込んで水を飲んでくれた。
嬉しそうにしていたと思う。
たぶんね。
「いい所だね!」
わう!
がう!
ばう!
「ここならうちも住めるで!」
「山も森も面白そうだ。後で見て回りたい」
「見慣れない果実があったで!」
「岩の一部が光っていた。何だろうか?」
「金属?宝石?お宝やったら嬉しいなぁ」
「ふふっ」
けーちゃんとカール博士の好奇心が疼いている模様。
どこへ行っても楽しそうで何より。
二人は種族が違うが仲がよい。
趣味嗜好が近いんだろうね。
「いい住処だけど何か困ってる事はないか?」
わう?
ばう!
「あー、そりゃ何とかしたいなぁ」
「けーちゃん、何だって?」
人間の様な手をしていない彼らには不便な事もあるだろう。
そう思って聞いてみた。
返事はあったが俺には解らない。
言葉が解るケットシーが羨ましい。
早く通訳お願いー!
「花ちゃん屋敷にあった冷蔵する場所が欲しいんやと」
「ああ、なるほど」
「あれを知っているのかい……理解力も高いんだね」
冷蔵室や貯蔵庫か。
けーちゃんの言葉を聞いて、カール博士がヤマト達を見て感心している。
カール博士はみんなとの付き合いが浅いから仕方ないか。
うちの子達は頭がいいんです!
お利口さんなのです!
お利口すぎる気はするけどいいのです!
気にしたら負けなのです!
がう
ばう
「この山、森で獲物に困る事はないらしいんやけど、いつも同じ量の肉が確保出来る訳やないんやと」
「ふむ」
「養う相手が多いものな。そこは人と同じかぁ」
わう
「同じやねぇ」
人と同じだとゴンタが言ったのか、けーちゃんは微笑んで同意している。
そんなゴンタとけーちゃんに心温まる。
ニコニコが連鎖していく。
なんかいい感じ。
「こっちのメンバーでは水、氷の魔法は使えないよな?」
がう
「火と風だっけ?」
ばう
「そうやって。なら冷蔵室は難しいなぁ……と普通なら言うんやけど、ここにはカールがおる!!」
「ふふっ、任せてくれたまえ。出番があるってのは嬉しいものだ」
「おおっ!頼もしいお言葉」
わう!
がう!
ばう!
「せやろ?カールは大した子なんよ」
「子は止めてくれ、けーちゃん」
「あはは!」
わうー
カール博士は魔導具の専門家だ。
なんせ空を飛べる動力まで作ってしまう人だ。
そんなカール博士をみんなに褒められてご満悦なけーちゃん。
けーちゃんが可愛いです。
人を褒められて自分の事の様に喜ぶんだもの。
住処に笑い声が響いた。
「よっしゃ!夕飯は炎竜の肉で宴会するとして時間はあるでー」
「魔石を使った冷蔵の魔導具を作ろうじゃないか」
「魔石やら金属やら持ってきてるよ」
「うちらも持って来とる。足りなかったら貰うわ」
「そっか。了解」
「うちとカールで魔導具は何とかするからトシは部屋を作ったってやー」
「あいよ」
それぞれ得意分野が違うから役割分担が出来ている。
だからやるとなったら行動は早い。
俺は場所作りだ。
うん。
「ゴンタ、どこに冷蔵室を作ったらいい?」
わう?
がう
ばう
わう!
ゴンタが俺を見て着いて来いって先導してくれた。
その先はゴンタ達の住処の隣の穴でした。
おー、色々と貯蔵してるのね。
毛皮やら肉、骨、草などが分けて置いてあった。
いろんな匂いが混在しています。
浅い穴なので空気は循環している。
それでも匂いが籠っている。
「一番奥でいいかな?」
ばう
「おーし、任せろ!うちの子達のためだ、おっちゃん頑張るでぇ!」
わう!
がう!
ばう!
離れて生きる事になったとは言え家族であることには変わりない。
頑張ります。
とは言え、俺の腕で掘る訳ではないので疲れないし簡単である。
大地の力があるからね!
そーりゃそりゃそりゃ!
狼達でも格納できる位置に棚も作っておくかー。
真ん中の通路を広くとってー。
あっさり終了。
わう!
がう!
ばう!
「おう!」
たぶん褒められた。
そう思って返事をしておく。
ゴンタが鼻先を押し付けて来たので可愛がる。
早く終わったから遊んでもいいよね?
ぐふふ。
モフモフしだしたら、ヤマトとミズホも撫でろーといった感じでグイグイ来た。
もちろん撫でさせていただきます。
ミズホはこっちでも身綺麗にしている様だ。
花ちゃん屋敷で風呂に入ったりブラッシングしていたから、その名残であろう。
女の子だしね!?
因みにミナモもいる。
いるけど貯蔵室の入り口で不満そうにこっちを見ている。
たぶん。
ミナモは相変わらず人と距離をとってくる。
ミナモを撫でるのは諦めている。
それでも家族が俺と触れ合うのを邪魔してこないくらいには信用されているかな。
同じ場所でメシも食べていたしね。
ゴンタ、ヤマト、ミズホが特別なんだろう。
撫でさせてくれる子がいるので十分だ。
モフモフ、ナデナデ。
天国は高い山の麓にありました。
▼
けーちゃん、カール博士が作った魔導具も上手く出来ていた。
お弁当箱みたいに見える。
魔石を中心にして魔法陣が書かれているらしい。
魔石は半分外に出ているが魔法陣は外装によって隠されていた。
ここを削ったりしたら機能しなくなるので保護しているとの事。
魔石に魔力を注ぐと機能する。
魔導具は四つ。
一つは魔力を注ぐと水を出す物。
一つは魔力を注ぐと一定時間周囲に冷気を発する物。
この二つを更に倍、用意してくれた。
壊れた時の予備で二つらしい。
なるほど、狼達じゃ水を汲んでくるのも大変だろう。
そこも考えてくれていたのか。
さすがけーちゃんとカール博士だ。
冷蔵室、その奥の壁にに水を溜める場所を増設。
その上に魔導具を全て設置。
俺には魔力がないので試せない。
実際使うであろうヤマトとミズホが魔力を流す事になった。
「おぉぉぉ!凄い!いいなぁ、俺も使ってみたいなぁ」
「ばっちりやな。さすがうちら」
「うむ。大丈夫だね」
わう!
がう!
ばう!
わふ
魔導具から水が流れ槽に水が溜まる。
魔力を流すのを止めると同時に水は止まった。
いい出来だ。
そして冷気の魔導具も稼働する。
かなりの冷気ですぐさま寒くなった。
俺とカール博士は少し距離をとり遠目から眺める。
毛皮組は近くでも余裕そう。
俺も髪の毛があれば!!
水の表面は直ぐに凍った。
一度の稼働で十分ほど冷気をまき散らした。
水の量が少な目だったせいか全て凍っていたと思う。
なるほど空気を冷やしつつ氷で長く冷やすのか。
魔導具凄い。
いや、これを簡単に作れるけーちゃんとカール博士が凄い。
わう
そしてゴンタの号令の元、ゴンタ一家が貯蔵室の肉を冷蔵室へ動かしだした。
俺も手伝おうと思ったがヤマトとミズホの二人が動くと場所がない。
だから遠くから見守った。
今後使う子達に任せるのが一番だろう。
問題点があれば判るだろうし。
移動作業も直ぐに終わった。
内臓を取った肉の塊を移しただけだから早かったのだろう。
内臓は直ぐに食べちゃったんだと思う。
貯蔵室には見当たらなかったからね。
「思ったより早く終わったね」
「みんな優秀やさかいな!」
「簡単な物だよ」
自画自賛であった。
いや、ゴンタ達は褒めてくれたんだよ?
「早いけど宴会の準備に取り掛かろうか?」
「せやな。狼達も外でウロウロしとるし」
「手持無沙汰なんだろうね」
「鉄板と網を錬成するよ。要らないかもだけど狼達用に皿も木で作る」
「なら、うちとカールで薪、火種、窯を用意するわ」
「熱効率の良い物を作って見せよう」
「普通ので大丈夫っす」
「にしし」
「ゴンタ達は狼が食べている物を集めてねー」
わう!
がう!
ばう!
言葉が通じるっていいね!
ミナモは返事をしていないが動き始めていた。
深くは考えない。
今更だし……みんなお利口だよね。
▼
わう!!
がう!!
ばう!!
わふっ
「ミナモが興奮してる。珍しい物を見た」
「こんな美味い肉やもの、無理ないでぇ!うまー!!」
「美味いね。こんなに美味い肉は初めてだよ」
「軽く塩、コショウしただけなのにね」
「ちょっと歯ごたえがあるのが難点だね」
「うちには問題ないで!」
わう!
「ゴンタもいい感じの歯ごたえ言うとる」
「顎と歯のつくりが違うんだよ……でも美味い」
「肉汁も美味いなぁ。力が漲る感じだ」
がう!
ばう!
「ヤマトとミズホもご機嫌やね。でも今回以外は食べられんと思うで?」
がう……
ばう……
わふ……
「ま、まぁ今を楽しもうよ!」
「果物とかもあるけど炎竜の肉以外減っとらんな」
「無理もないよ、けーちゃん」
「肉、美味いもんなぁ」
「試食で塩、コショウなしで食べたけど十分美味かったよ」
「ほー」
「出汁なんか使ってないのに複雑な旨みを感じられた。少し甘みもあったし」
「不思議やなぁ」
「今生きている人の中で炎竜を食べた事がある人なんていないだろう」
「話にも出て来んわなぁ。美味いだけやないな、魔力の含有量もただ事やあらへん」
「うむ。沢山食べたらどうなってしまうのだろう?気になる」
「ぶったおれるんとちゃうか?」
「罠……罠だね。こんなに美味いもの……」
「死んだりはせーへんと思うけど、判らんなぁ」
「うぅ……狼達に全て食べられてしまうのは悔しい。どうしたら……」
「狼達の食べっぷりも凄いなぁ、負けてられへん!しかし研究以外気にせんカールにここまで言わせる炎竜の肉……凄いで」
「あのー、俺やゴンタみたいに魔力がない人はどうなりますかね?」
わう?
「普段の食材にも大なり小なり魔力は含まれとる。影響がなかったんやから大丈夫と言いたいけど判らんなぁ」
「えぇー!?」
「なんせ初めての事だらけだしね」
「せや」
「実験体として頑張りたまえ」
「それを生かせる事はないやろけどな。なんせ魔力なしはトシとゴンタだけやもの。にしし」
「美味いからいいか……でもほどほどにしておこう」
わう
炎竜の肉は美味く、この場の者達の食いつきは凄かった。
狼達も大興奮で混乱気味だった。
生肉での提供もしたが、焼いた肉、塩コショウ付きも気に入られた模様。
整列していた時は俺なんて眼中なかったのに、肉を焼いているのが俺だったので俺の周りでまだか早く焼けとプレッシャーを与えてくれた。
ゴンタ達から強者の肉だと解説されたのか、肉から感じる魔力、食べた時に漲る力、とにかく大好評だった。
俺とゴンタは今後の影響も考えて肉はほどほどにして、寂しそうにしていた果物を食べたり。
マンゴーっぽかった。
甘味控えめだったけど感触といい結構気に入った。
サトウキビ島では見なかったので、お土産に追加だ。
冷やして持ち帰る。
炎竜の肉による焼肉パーティは続いた。
そして気が付いた。
狼達の気が大きくなっている事に……。
ゴンタ達は元々大きかったので判らなかったが、狼達は直ぐに判るほど大きい気配になっていた。
炎竜の肉恐ろしや。
これは迂闊に振る舞えない。
サトウキビ島以外では出せないな。
あっ!柔らかくて美味そうな部位だけ貰って来たけど他の肉はマックスさん達にあげちゃった……。
超人がゴロゴロ量産されているかも……。
炎竜の肉争奪戦とか、戦争とか起こらないよね?
知らない。
見えない。
遠い世界の話だよね。うん。
あー、ここは空気も美味いな。
山も高い。




