足を止める何か
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俺はアベルに背負われ炎竜に近づく。
近づくと炎竜が巨体である事を実感させられる。
一軒家では収まらない。
ちょっとしたビルレベルである。
炎竜の住処はどんな所なのか本当に見てみたい。
あの巨体が収まる場所かぁ。
「本当に大きいな……」
「大きいですよね。遠くから見ていても大きいとは思っていましたがここまでとは……」
俺の呟きはアベルに届いていた。
アベルからも声が上がった。
驚きと呆れの両方の意味が込められている様な口調であった。
俺も同感である。
加えて天空島の形を変えるほどの戦闘力も持ち合わせている。
今もブレスが天空島下部を覆っている雲を突き抜け天空島を崩しつつあった。
ボロボロと土やら岩やらが下に向けて落ちていっている。
あの下に誰かいたら大変だろうなぁ……。
などと益体もない事を思ったり。
少し現実逃避したいのかも知れない。
アベルは飛ぶ。
「僕達の方を見向きもしませんね。いけるかも知れません」
「好都合だ。突っ込んでくれ」
「尻尾の辺りは背中からでも怖いので、首の付け根当たりに行きます」
「頼む」
いよいよだ。
アベルの言う通り炎竜は天空島へブレスを吐き続け、背中方面から近付く俺達をどうにかしようという動きはなかった。
長い尻尾をユラユラさせているのは確かに怖い。
不意に動いて俺達を襲わないとも限らない。
もっとも俺達に気付いているのかは判らない。
人間ごときが自分に向かって何が出来るというのか。
炎竜がそう思ってくれているのなら助かる。
血を連想させる様な体の色がよりハッキリと見えた。
巨体も相まって威圧感がある。
オーラの様なものすら見える気がする。
「んっ?」
炎竜の尻尾が届かないであろう位置を目指して飛んでいるアベルの速度が落ちた。
それと共にくぐもった声が聞こえた。
「アベル?」
「危機感知と言う訳ではありませんが……嫌な気配がありました」
「炎竜から?」
「ええ」
「奴が強く危険と言うのは判っていただろう?」
「そうなんですが……何だろう?」
緩やかな速度まで飛ぶ速度を落としたアベルに俺は問いかけた。
アベルが何かを感じ取ったらしい。
勇者的な力であろうか?
本人も首を傾げている。
何を恐れているのか解っていない風だ。
「……」
「……」
「ダメか?」
「行ってはいけない。そう言われている気がします」
アベルは止まってはいないが歩く速度程度まで落としていた。
何かがアベルに危機を伝えているらしい。
愛嬌のあるイケメン君が真面目な顔をしている。
過去にもその何かで救われているのかも知れない。
無下には出来ないのだろう。
俺は俺の都合で動いている。
アベルにも思惑があるであろう。
それを踏まえた上で行くのを躊躇するならば俺に強制は出来ない。
天空島が崩壊する未来しか見えない俺には炎竜を仕留める以外にない。
ここまで一緒に来たけーちゃん、カール博士があそこにはいるのだ。
下ではゴンタ、ヤマトがワイバーンを抑えてくれている。
いくらゴンタ達でも空で戦い続ける事は出来まい。
俺が炎竜に向かう理由だ。
「俺を炎竜の背中に放り投げてくれ。それでも無理か?」
「……」
「アベルはそのまま通り過ぎていい」
「……判りました。行きます」
「もし俺が落ちたら拾ってくれ」
「その時は任せてください」
戸惑っているアベルに俺は頼んだ。
必要なのは滞空している炎竜に触れる事。
俺さえ行ければ問題はない。
アベルの中でも折り合いが付いた様で、一瞬の間があった後で了承してもらえた。
アベルは俺を背負って再び飛ぶ速度を上げだした。
炎竜……終わらせてやるぞ!
俺は怯む心を奮い立たせるかの様に決意を新たにする。
アベルの言葉が俺に影を落としたのは間違いない。
視界の一部を炎竜の巨体が占める。
俺達と炎竜の距離は近づいた。
それでも炎竜は天空島へ向かってブレスを吐くだけだった。
ありがたい事である。
そのまま俺達を無視していて欲しい。
「もうちょっと首の方へ」
「はい」
俺一人で炎竜の背中に飛び乗るのだ。
空中で斜めになっている体勢の炎竜。
なるべく上に行かないとそのまま下へ落ちてしまう。
落ちるにしても力を使うだけの時間は欲しい。
イメージとしては炎竜にへばりつく感じだろう。
手足を広げてべたっと張り付く。
恰好よくはないだろうな……。
左腕の義腕を熊手の様に変形させてとっかかりにしたい。
それを炎竜に突きこむのは無理に違いない。
硬いであろうから。
ワイバーンですらあの硬さだ。
炎竜の硬度がそれ以下って事はないだろう。
どこかに引っかかってくれたら嬉しい。
適当な作戦になってしまったが、元々大した物ではない。
行き当たりばったりだな。
俺の人生そのものと言っても過言ではあるまい。
とにかくアベルに位置を伝える。
「アベルありがとう」
「健闘を祈ります」
「行ってくる」
俺は着地する場所に見当を付けてからアベルに礼を言う。
そして俺は身を空へ投げ出した。
このスピード、炎竜の位置……いけるはず!!
空気の抵抗を体で感じながら更に炎竜の姿が大きくなっていく。
「炎竜……動くなよ……」
俺は着地点が移動しない事を願う。
「着地と同時に力を発動させてやる……」
もうやる事は決まっている。
目の前の炎竜を睨みつけながら突っ込んでいく俺。
後戻りは出来ない。
「あっ!?」
いざ着地という段で俺は気が付いた。
それを言葉には出来なかった。
直感はしたが現状の把握までには至らなかった。
だが自身に起きた事は解った。
俺の体が燃えていた。