やんす
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「とりあえず休め」
居酒屋で席に着いた早々生ビールを注文するかのような口調でマックスが言った。
炎竜と戦いたい者も逃げ出したい者もこれには文句はなかった。
水を飲む者、横になる者、武器の手入れをする者、各人がするべきことをしだした。
俺も水を飲んでいる。
「こいつらが行く場所は開けてくれ。便所を作る。上がどうなるか判らん、長くなるかも知れんからな」
マックスの横にローブ姿の男達が三人立っていた。
たぶん魔法使いなのだろう。
灰色のローブ、木の杖……細かい所は色々違うが魔法使いの中では流行っている恰好なのだろうか?
きっと土系の魔法を使えるに違いない。
三人の魔法使い達は俺達が入って来た出入り口から一番遠い場所……四角い体育館くらいの待避所の端っこへ行って作業を始めた。
そこで休んでいた冒険者達は動くのも怠いといった感じで場所を空けていた。
三人それぞれが口を動かしていた様だったが何を言っていたかは判らない。
おそらく魔法の詠唱だったのであろう。
一瞬で土の壁が出来ていた。
壁の向こう側の場所にも二人行っていたので、そっちでは便所の穴や個室がいくつか作られたのだろう。
後で利用させてもらおうと思う。
やっぱり魔法も凄いな、俺も使ってみたいよ。
「暇な奴は来い。せっかくだから浮島と竜について話を聞かせてやる」
みんなの視線が奥のトイレから中央で立っているマックスへ移った。
けーちゃんとカール博士と目が合った。
ゴンタ、ヤマトとも。
うん、今更だけどヤマトも人の言葉を理解しているねぇ。
近くへ行って話を聞こうって事だろう。
俺は頷く。
俺達は立ち上がって中央付近へ移動する。
とは行っても本部の人員や主力部隊が陣取っているのでそれほど近くへは寄れない。
まぁ声は聞き取りやすいだろ、くらいの場所へ座り込んだ。
体育館っぽいし体育座りで。
「お、怪我人以外来たか、情報は大事だからな!ガッハッハ」
さすが高ランク冒険者と言うべきであろう。
聞ける情報はきっちり聞く。
壁際で横になっている怪我人以外はほとんど集まった。
「今回の大規模クエストは冒険者ギルド本部が出している。何のためかは知っているな?サーブ立って答えてみろ」
「へい。ロセ帝国の帝都、各国の都市を大型魔物に襲わせていた犯人が浮島にいるからでやんす。それの討伐っす」
マックスがしゃべりだした。
そして彼の近くにいた冒険者っぽく見えない小男が立ち上がって返答した。
っぶ。
やんすって……何となく事務仕事をしてそうな恰好といい変な奴だ。
しかも名前はサブ。もといサーブか。
マックスはいかつい大工の棟梁っぽい。
サーブはサル顔の小男。
対比が面白い。
どこぞの漫才師を彷彿とさせる。
「そうだ。本部のとあるギフト持ちが犯人を突き止めた」
「大したもんでやんす」
「浮島に住んでいる羽を持った奴が何か粉の様な物を撒いて魔物の住処から都市へ誘導していた」
「そして都市が防衛のために動いて戦闘になった訳でやんすね」
「うむ。放っておけばそのまま帰った可能性もあったが、無理もない事だ」
マックスとサーブのやり取りで周囲の冒険者達が騒めく。
俺も驚いている。
大型魔物が何らかの粉?によって誘導されていたとは知らなかった。
粉については後で調べてみよう。
しかし迎え撃った結果が都市を襲わせる事になったとはな。
都市としては大型魔物が近づいて来ては放っておくという選択肢はなかったろう。
これは責められない。
俺でもそうする。
「それは間接的な攻めだったが奴らは直接手も下している。大岩落としだ。城の規模によっては半壊では済まない所もあった」
「羽を持っている奴らは巨人って訳ではないっすよね?」
「巨人ではないな。何らかのギフトだと思われる。最近入った情報によると念道力の一種ではないかと推測されている」
「大岩をですかい?」
「ああ、城を攻められるほどの力だ」
マックスが俺達の方を見た。
と、思ったら視線の先……俺達の少し前にアベル一向がいた。
アベル、アリエルからの情報がマックスへ伝わったのだろう。
しかしサーブの小物しゃべりが気になって仕方ない。
真面目な話なのに笑いを堪えるのが難しい。
「浮島と羽を持つ種族に付いてはイグルス帝国、フリナス王国の文献に少しだけ記述があった。おそらく場所の近いロセの帝都にもあったろう」
「古い国ばかりでやんすね」
「そういう事だ。浮島は古くから存在していたらしい」
「ずっと空で暮らしているんでやんすか……」
「ああ。大地に住む者とは一切接触していなかった様だ。浮島で全てが事足りるのだろう」
「食料や衣服に至るまで全てでやんすね」
「空を飛べる魔物以外脅威がないとすればいい所なのかも知れん」
自給自足の出来る島。
そして単一種族のみが暮らす島。
俺達が見た本島もそうだったと思う。
湖もあったから水も足りていただろうし森もあったから家も作れていた。
食肉に関しては鳥系しかなさそうではあったが、宴会の様子を聞くに食事にも困っていなそうではある。
「冒険者ギルド本部としては危険の排除が目的だ」
「実際ロセ帝国は各都市を残して崩壊したでやんす」
「あの狸親父……もとい本部長辺りは浮島にしかない素材や技術が気になっているだろうがな」
「聞かなかった事にしとくでやんす」
サーブは冒険者ギルド本部関係者らしい。
話の分かる人っぽい。
身振りからして演技が入っていそうだけども。
ちっと大げさに自分の頭を手で叩いたりしている。
大組織の長ともなれば耳障りのいいお題目以外に実利も欲するのだろう。
まぁ、当然かな。
「黒い羽を持つ二人が主犯だと思われる。隷属の首輪を付けた白い羽の者が数人確認されている。情報によれば種族の長らが隷属させられ他の同族達も無理やり従わされているという」
「上では戦いになるでしょうが白い羽の人達はどうするんでやんす?」
「それなんだよなぁ。本部では話に出て来ていなかったから実務部門長の俺が判断するしかねーんだわ」
「……」
「出たとこ勝負って言いたいが、戦わなくていい相手まで相手にしたくねーぞ」
「ごもっともでやんす」
「それはもうちっと考えさせてくれ。俺ならどうにか出来るって自身のある奴は俺んとこにこっそり来てくれ」
「こっそりでやんすか?」
「ギフト絡みかも知れんからな」
「なるほどでやんす」
アリエルからの情報は伝わっているみたいだ。
マックスの方針は未だ固まらずか。
しかしサーブは聞きたい事を聞いてくれるなぁ。
見た目小物っぽいが有能らしい。
「次は竜の話だ」
「あれは無理でやんす」
「まぁ、個人で倒せる奴はいないだろう。隠れた達人で倒した奴はいるかも知れんがな」
「そもそも戦おうなんて思える相手ではないでやんす」
「普通はそうかも知れんな。だがイグルス帝国では昔、地竜を倒している」
「首都の近くで出たらしいっすね。よく倒せたでやんすね」
「空を飛ばれなければ打てる手は多い。無傷では倒せないだろうがな」
「うへぇ」
「歴史上ではイグルス帝国の地竜を含めて十体が倒されている。八体が地竜で二体が水竜だ」
「炎竜は倒された例がないんでやんすか……」
「ないな。空に要塞があって遠距離から一方的に攻撃してきやがる。しかも高威力でだ」
「無理無理でやんす」
「ただ、今回は空へ行くんだ。狙われないとは限らん」
「後ろから撃たれるとか勘弁でやんす」
「うむ。機会があるなら倒してしまいたい。これだけ高ランクの冒険者が集まっている事は滅多にないからな」
「みなさん強そうでやんす」
「「「「おう!」」」」
サーブは太鼓持ちの素質もあるらしい。
冒険者達は乗せられている。
満更でもなさそうにしている者達も多い。
しかし歴史上で十体の竜が倒されているのか……多いとみるべきか少ないとみるべきか。
地竜は攻撃が効くかはともかく手は届くだろう。
それならマックスが言う通り打てる手はある。
水竜は……湖とか範囲が絞れればやりようはあるか。
少なくとも空にいる相手よりは楽だと思われる。
炎竜みたいに空を飛んで火を吐いてくるとか……無理ゲーだ。
空から落とす方法なんて早々あるまい。
大量の水を上空に転移させてぶつけるとか、重力魔法とかかね?そんな手段は持っていないけども。
「竜の巣にはお宝がいっぱいあるらしいぞ。過去には竜の卵を盗んだ強者もいたとか」
「自殺志願者っすね」
「それだけの価値はあったんだろう。それ以上に死んでいった者達は多いんだろうがな」
「光と闇でやんすね」
「うむ。光と闇といやぁ、光竜、闇竜ってのも文献にはあるらしいぞ。実在したかは疑わしいがな」
「何だが神々しいのとおどろおどろしいのが目に浮かびやした!」
「気持ちは解る」
竜の巣、お宝、光竜、闇竜ってのは初耳なのか冒険者達が盛り上がっている。
俺もそうだ。
何だがロマン溢れる。
マックスの話はその後も続いたが俺は光竜、闇竜に付いて調べたり想いを馳せてみた。
光と闇の戦いでもあったのかなぁ……。




