燃える森
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ワイバーンを全滅させる事は出来なかったが撃退には成功していた。
近くの脅威を遠ざけて安心していたのは間違いない。
だからといってこれはなかろう。
俺は目の前の光景を見て心の中でそう呟いた。
「熱い助けてくれよぉ」
「うぅ……」
「ポーション、ポーションをくれ!」
「暗い……フラン、リージェどこだ……」
「退避!」
「ど、どこに逃げろってんだ!」
「目立つと空からブレスが来るぞ!」
「くっ」
目の眩むような光、思わず目を閉じた次の瞬間、凄まじい熱量を感じた。
アドルフ達が戦っているであろう最前線辺りから討伐隊の中ほどまでが火の海になっていた。
森が燃えていた。
別に乾いた薪が積んであった訳ではない。
森の生木が燃えているのだ。
魔物の死体、そして冒険者達、いろんなモノが被害を受けていた。
仲間に引きずられて後退してきた者。
肩を借りて何とか逃げる者。
見失った仲間を探す者。
倒れている者。
俺は余りの理不尽さに現実逃避しかけた。
だが次は我が身、そんな思いが押し寄せて来た。
それが俺の体と心を動かしてくれた。
「ワイバーンが炎竜を連れて戻ってきやがった……」
「つるんでいやがったのか」
「そういうもんなのか!?」
「知らねーよ!知らねーけどそれが現実だ」
「あんな遠くからコレかよ」
「マジかよ……」
遠くの空に何かがいるのが見えた。
この惨状を作り出したのはドラゴンらしい。
炎竜……火に特化したドラゴンなんだろう。
ワイバーンもいるらしい。
俺の仲間達に被害は出ていない。
しかし俺が空にいる炎竜を見る目は睨むような目に違いない。
自然、歯もくいしばっていた。
「トシ、こらアカン逃げるで!これだけの討伐隊やから空の炎竜だけならヤレそうやけど前の大型とワイバーンまでおったら無理や」
わう
がう!
けーちゃんが俺の隣に駆け寄ってきた。
カール博士も来ている。
ゴンタ、ヤマトも来た。
けーちゃんは既にこの場の状況判断を終えていた。
ゴンタはけーちゃんに同意かな?
ヤマトはヤレるやろうよ!って戦意を剥き出しにしている。
「やっぱり無理か」
「珍しく感情的になっとるな。けど無理や」
頭に血が昇っているらしい。
森が火の海に代わり、倒れ伏している冒険者達を目の前にして冷静ではなくなっていたか?
俺は右手で顔をパシンッと叩く。
気持ちを切り替えろ!
俺達は死ぬわけにはいかない。
ヤマトじゃないけど空にいる炎竜と戦う気になっていた。
対空攻撃手段がほとんどないのにな。
「ふぅー、はぁっ。最前線はまだ大型と戦っているっぽいね」
「さすが一流どころが揃っとる。遠くからの一撃を回避しつつ大型への警戒を怠っとらん」
「化け物揃いか!」
「間合いをとりつつ戦場の整理をしとるみたいやね」
「彼らでも無理と判断したか……」
「そうやろね」
「それならば……けーちゃん、ちょっと結界で守ってくれ!地下へ逃げ場所を作る」
「はいな」
俺は大地を操作する。
討伐隊は混乱している。
二百人以上いるはずだが、待避所を作ってもどれだけ集められる事か。
だが無駄に死なせたくはない。
炎竜のブレス、大型魔物の攻撃が届かない場所を作る。
地下へ進む通路。
一回は曲がらせておこう。ブレスが通路に沿って届かないとも限らないからな。
部屋……二百人が寝っ転がっても余裕なくらいの部屋。
空気穴もいるな。
トイレは後で魔法使い達に作ってもらおう。
俺達の周囲を熱風が吹き荒れる。
だがけーちゃんの結界魔法のおかげで守られている。
もうちょい……。
土の壁を固めて……。
通路を広く……。
出入り口は木の陰に……。
「よしっ!」
わうーーー!!!
俺の側にいたゴンタが大きく吠えた。
それはもう耳が痛くなるほどの音量で。
「この穴の先に逃げ場所があるでー!!中は安全そうやー!!急げー!!」
「順番に入るぞ!」
ゴンタの遠吠えで辺りの注目が集まった。
けーちゃんも続けて叫ぶ。
カール博士が率先して穴に入っていく。
誰かが入らないと続かないだろうなとは思っていた。
だから自分で行こうとしていた。
カール博士にも感謝だ。
「ここだー!集まれー!!!」
「体勢を整えるぞ!」
「けーちゃん手伝います!」
「周囲への呼びかけと事故が起こらん様に案内してんか?」
「任せてください!」
「俺も手伝うぜ!」
「なら対空防御を手伝ってんかー」
「よっしゃ!お前らも来い!」
「「「おう!」」」
「地下に安全地帯があるぞー!!!」
俺は大声で叫ぶ。
辺りの悲鳴や怒号に負けない声で。
俺達がやろうとしている事に気付いたワイバーン撃退組が手伝いに名乗り上げてくれ出した。
無傷な者達が辺りに駆けだした。
最前線へ向かってくれた者達もいた。
「地下に逃げろ!!」
「反抗は後だ!今は退避しろー!!」
「順番、順番に行くぞ」
冒険者ギルド本部の人らしき人物も来た。
彼も大声で叫んで混乱の収拾に当たっている。
人が集まれば敵も気づく。
空からブレスが飛んでくる。
ワイバーンからのブレスだな。
けーちゃんと指揮下にあった魔法部隊が魔法で防御してくれている。
さっきのワイバーン戦が生きている。
それぞれが何をすべきか解っている様な行動だ。
嬉しい。
「怪我人を先に通してやってくれ!」
「物資も忘れるな」
「ここを凌ぐぞ!」
我先に穴へ潜る冒険者達。
誘導を買って出てくれた人達によってある程度まとまりが出来ている。
中にはそんな事知るか!って人を押しのけて行く奴もいた。
こんな状況なので仕方ない。
ワイバーンからのブレスが集まりだした。
炎竜からの攻撃は最前線へ向いているのは不幸中の幸いだ。
大型魔物……ティラノサウルスの様な奴らが暴れてくれているのが目立って引き付けてくれているのかも知れない。
アドルフ達が上手く逃げてくれるといいが……。
「あんたらも地下へ!」
「まだ防壁は必要でしょう?」
「魔力に余裕はあるぜ」
「隊長だけにいい所はもっていかせねぇ!」
「ひひ」
「そういうこった」
「あんたら……死ぬんやないで!」
「「「おう!」」」
わう!
がう!
周囲から人が減って来た。
そして地下へ降りる列が短くなっている。
けーちゃんが回りの魔法使い達に避難を勧める。
だが熱い奴らは最前線の冒険者達を待つ様だった。
ゴンタとヤマトも熱くなっている。
かくいう俺も最後まで待つつもりだ。
俺は辺りを見回す。
森はダメだな。
地下へ続く穴の周辺、この辺りの木々は延焼が少ない。
更に後方は余り燃えていない。
炎竜のブレス以外は森を燃やしてはいないっぽい。
首の辺りがチリチリして喉が渇く。
まだ最前線の奴らは来ないのか!?
けーちゃんと魔法使い達によって守られているが焦る。
あ、木が上空へ投げられた。大型魔物かな。
魔物同士でも仲間ではないらしい。
そういう連携をとるのはダンジョンくらいだとか。
「来た!最前線の連中だ!!」
「無事だったか」
「彼らを通したら俺達も潜るぞ!!」
「「「おう!」」」
魔法使いの一人が指を指して叫ぶ。
来た。
最前線で戦っていた者達が逃げて来た。
彼らの後ろに大型魔物はいない。
上手く炎竜と大型魔物がやりあってくれているらしい。
前で火柱が上がっている事から戦っているのが判る。
「地下への穴があるって!?」
「ここだ!!」
「順番に潜ってくれ。みんな潜っていった」
「ありがてぇ」
「アレはきついぜ」
「ああ……」
逃げて来た者達が振り返って空を見上げている。
ワイバーン、そして炎竜。
空の支配者がいる。
奴らの姿をじっくり見る余裕がやっと出来たと思われた。
そんな彼らの装備は煤塗れだった。
元は立派な装備だったのだろうが今はそう見えない。
「あんたらで最後か?」
「俺達の後ろはアドルフが守ってくれていた」
「彼らが最後のはず……」
「来た!!」
「無事だったか……」
「体勢を整えて反撃すっぞ!!」
「やらいでか」
「このままでは済まさねぇさ」
「トカゲなんぞに負けてられねぇ」
火の中を走ってくるアドルフ達が見えた。
白銀の鎧が灰色に変わっている。
アドルフ達を見た冒険者達が口々に戦意を取り戻している。
アドルフ達が如何に討伐隊の支えになっていたのかが解る。
彼らさえ無事ならば立て直せる。
最前線で一緒に戦ってきた者達にそう思われているアドルフ達は大した物だ。
最後に聞こえて来たドラゴンをトカゲ呼ばわりには苦笑を漏らさずにはいられない。
さすがに強がりすぎだろう。
修道服を着た女達も逃げて来た。
おそらく彼女達が湖畔の魔女だろう。
若い女ばっかりに見える。
この子達が雷撃を使うのか……。
「うちらが殿を務めるでー!」
「「「おう!」」」
けーちゃん、魔法使い達の言葉に最前線で戦っていた者達は頷いたりサムズアップをして穴へ向かった。
「無事だったか」
「先に行ってるぜ」
「あいよ。俺達も直ぐに下りる」
アドルフとアンドレの兄弟が俺を見て声を掛けてくれた。
けーちゃん達は魔法で対応中だから暇そうな俺に声を掛けたんだろうな。
うん。
俺、最後まで残ってたけど特にやることはなかった。
けーちゃん達の熱さにつられていた模様。
殿は任せろーバリバリッってなもんだ。
締まらない。
「うちらも潜ろうや」
「「「おう!」」」
「トシ、何してんねん」
じりじり後退してきたけーちゃんに足を叩かれた。
下で休もう。
俺、疲れてるんだな。
「行くぞー!ゴンタ、ヤマト」
わう!
がう!
ドラゴンらしいドラゴンに会えた。
嬉しくない出会いではあったが……。
シィロみたいに話が出来るのではないかと少し期待していた。
まぁ、魔物だったね。
最後に空をひと睨みしてから地下への通路に向かう俺であった。