異変
35
「また土の棺桶が奥にあるっす」
「珍しく広い部屋だな」
「魔物はいないっす」
キニートがそう言って土の棺桶に近づいた。
「あかん!逃げ」
珍しく焦ったようにかっちゃんが叫んだ。何事かとかっちゃんのほうへ向いた瞬間足元が消失した。
俺の後ろにいたナターシャをかっちゃんの方へ突き放すので精一杯だ。
さっき見つけた土の棺桶を中心にして落とされたようだ。
垂直ではないものの捉まる所もなく、ただ転げ落ちていくのであった。
前にいた《赤い旋風》メンバーもみんな落ちただろう。
また転落か……。
ようやくどこかへ着いたようだ、俺は体のあちこちをぶつけたものの大した怪我ではない。
落ちた先ではキニートとオルが倒れており、カビーノ、オクタが何か魔物と戦っている。ホルが光のマジックアイテムを拾い魔物へ向けた。
光が示した相手は2体のタウロスであった。カビーノの身長が2mだったはず、それを上回りはち切れんばかりの筋肉をしている。
どちらも鈍く光る重そうな戦斧を振り回していた。受け止めたオクタが抑えきれずに後方へはじき飛ばされた。
カビーノは1体の相手で精一杯のようで、オクタのフォローまでできないようだ。オクタがやべぇ。
ホルはオルとキニートの治療をしているし、俺がいくしかねぇ!!バックパックを放り投げ助けに向かう。
「うらぁあっ!」
掛け声とともに両手で骸骨ハンマーをタウロスの左腕目掛けて振り下ろす。咄嗟だったので気を乗せた攻撃ではなかったがオークも倒せるほどの一撃だったが、腕が折れたりもせず戦斧すら落とさない。
分厚いゴムでも殴ったかのような感触だった。
「ちっ」
舌打ちとともに距離を取ろうとした瞬間、横殴りで戦斧が襲ってきた。本当にノーダメージだったのかよ、くそったれ。
胴体に向かってきた戦斧を避ける事もできず、骸骨ハンマーで受け止める。
俺は戦斧の直撃は防いだものの、内臓にダメージが通ってしまったようで息ができず口に血が昇って来た。
弾き飛ばされていた俺は必至で体勢を整える、横に落ちていた骸骨ハンマーを持とうとしたが持ったら握りの辺りが砕けた。
オクタがタウロスと距離を詰めて足止めしてくれている。俺も向かわないとオクタでも厳しいだろう。
腹に気を集中し治療も進める。
そして腰にあったナイフを持った。
オクタの邪魔にならないようタウロスの背後を狙う。
タウロスは襤褸切れを纏っているだけなので、防御力はヤツの肉体のみだ。
ナイフに気を通して背中を切る。
深くは切れなかったが、骸骨ハンマーよりはダメージになるな。相手の傷からは血が流れ出た。
切られて頭に来たのか俺をターゲットに変えて来た。
後ろへ飛び距離を取る。猛然と突っ込んで来ようとした所へオクタが攻撃する。
十分な体勢からの攻撃だったはずだが、何て事なさそうにそのまま突進してきた。
どんな体してんだよ、こいつ。
戦斧が届きそうな位置も考えて飛び退く、軽功スキルがいい仕事をしてくれたので回避がうまくいく。
こいつの体重だと直線的な動きにしかならなそうなのが救いだ。
方向転換をしようとしたタウロスにオクタの追撃が向かい、脇腹に剣が刺さる。
ヴゥモォォォッ
タウロスが叫んだ。あれ!?体が動かない!なんでだ?俺は慌てながらオクタを見た。オクタも硬直している、ヤバイ。タウロスの裏拳をくらい吹っ飛ぶオクタ。壁に激突して動かない。
タウロスがこっちを見た。ヤバイヤバイッ動け動けうごけぇぇ!
タウロスが突進の構えを見せる。
気功を体にめぐらせたのが良かったのか硬直が解けた。
タウロスの突進をギリギリで回避することに成功した。
ダッシュで距離を取る。
さっきの叫び声はマズイ。なんなのか判らないが硬直させられる。声が耳に入ってこなければなんとかなるのか!?状況把握に問題が出るかもだが耳栓を作るか……。
ポケットに入っていた小銭を錬成で丸めて耳に詰め込む。これでどうだ!?
後はどうやってタウロスと戦うかだな。
カビーノは一対一で戦っている、すげぇな。
ホル達は……まだダメか。
どうする……切るしかないよな、気を乗せて切る、できれば首を切りたい。どうすればできる?近づいてくるタウロスから視線をはずさず考える。
前にオーガでやった気攻撃で相手の動きを止めるしか思いつかない。
相手の懐へ入るのは怖すぎるが他に手はあるまい。
戦斧を大振りして来るのを待とう。
腹の治療はほぼ済んだ、やるぞ。
「……!」
タウロスが雄叫びを上げたのだろう空気がビリビリしたのと同時にタウロスが戦斧を構え突進してきた。耳栓はいい仕事をしてくれたようだ。
右上から袈裟懸けに振り下ろしてくるな。ヤツの背後に回り込めるか!?
「うらぁっ!」
前転飛び込みで戦斧を掻い潜る。背筋に冷たいものが走ったが、やられてはいない。
起き上がりヤツの背後から拳による気攻撃をヤツの心臓部へ叩き込む。手ごたえありだ!ヤツが前のめりに倒れこむ。
ここしかないっ!気を通したナイフを後ろから首へ回し掻き切る。
イヤな手ごたえとともに血が噴き出す。
どうだっ!?
距離を取り様子を伺う。
ステータスを確認したら強度73から79まで上がっていたので倒せただろう。
それでも死体から目を離さず、オクタへと向かう。倒れたオクタは死んではいなかった、良かった。
バックパックを取りに行き、ポーションを飲ませる。気道に入らないように注意して少しづつ口に含ませていった。
カビーノに目を移すとホルが援護に入っていた。タウロスに何本か矢が刺さっている。オクタの治療を続けても大丈夫そうだ。
ポーションが1本無くなった所でオクタが目を覚ました。でも様子が変だな。って俺の耳栓のせいでした。
礼を言っていたようです。耳栓を取る。
「よくあれを倒せたな。カビーノですら。まだやりあってるじゃねぇか」
オクタが言う。
「ああ、奥の手を使ったよ」
「そうか。助かったぜ」
「お互い様だ」
お互い傷付いた体で座り込み、生きていることを喜ぶ。
ああ、カビーノ達もタウロスを倒したようだ。
おっと、忘れずにタウロスの魔石も取っておかなきゃだな。
しかし何だったのだろうか?落とされた事といいタウロスといい……。
ゴンタ達も無事だろうか。