空へ向かう朝
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「んー」
わうー
起きたばっかりなので、まだ頭がしゃっきりとしていない。
俺は腕を天に向けて伸びをする。
俺の隣では、ゴンタが前足を突っ張って尻を上げた格好で伸びをしている。
「朝だとまだ寒いな」
わう
ゴンタは、そぉ?って顔をしている。
全身毛皮のゴンタにはどうって事のない気温らしい。
でも少し体操でもすれば体があったまりちょうどよくなりそう。
「体を解したら軽く手合わせしよう」
わう!
ゴンタにとっては俺との手合わせは遊びの一環なのか嬉しそうだ。
ゴンタの動きは速すぎるんだよねぇ……。
直線的な動きが多いのである程度は予測で対応出来るけど限度ってものがある。
ゴンタとまともに勝負できるのはいつになることやら。
▼
「ぶへっ!」
わう!
俺とゴンタの手合わせはいつもと変わらぬ結果に終わった。
ゴンタの勝ちである。
ゴンタ強い。
今回の決まり手は、俺の腹にゴンタの突進でした。
ゴンタの姿がブレたと思ったら斜め横から頭突きが飛んできましたよ。
真正面で受け止めるつもりだった俺には息が止まるほどの一撃でしたとも。
「がはっ、はぁっはぁっ……」
俺は地面に大の字で倒れ息を荒くする。
腹に手を当てて気を集中する。
頬を撫でる風が冷たくて心地よい。
そんな俺の周りをゴンタがテテテッと歩き回っている。
もっと遊ぼうって感じか。
物足りなかったって?くぅ。
力不足ですみません。
「ゴンタちゃん強い!」
「つよいー」
「だー」
空を見ている俺に声が届く。
なっちゃん、ヒッコリー、リオンだな。
「ゴンタは、ち……可愛いのに強いなぁ」
「ねっ!あの速さでは私達でも対応出来ないわ」
「あー」
「うー」
アン、シーダ、それからメイプルとチェリーだな。
アン、ゴンタは小さくて可愛いと言おうとしたな?危ない危ない。
ゴンタは小さい体を気にしているからな。
メイプルとチェリーは興奮しているね。
アン、シーダに似ているならば強さに惹かれるのも無理はない。
ラミア達はそういう傾向があるからな。
「ありえねぇ……」
「トシさんなら何とか……」
ゲンツが呟き、アリーナが続く。
ふふ、俺も通った道だ君達も頑張りたまえ。
ちょっと威張れるくらいの動きは出来たはずだ。
ゴンタが凄すぎるだけで……。
「手加減しても、あの速さなのねぇ……」
「ゴンタに気功術を教えたんはうちなんよ!」
「かっちゃん……鼻の穴全開やで」
「自慢しぃやな」
「ぷぷぷっ」
カミーリアさんも驚きの速さ。
なんだか洗剤のCMみたいな言い回しっぽい。
かっちゃんのドヤ顔が目に浮かぶ。
見えないけど解る。
そんなかっちゃんにツッコミを入れているのはけーちゃんだな。
サムがかっちゃんの様子を見て感想を言い、アッツさんが笑いを堪え切れずに吹き出している。
「やるのぅ!がははっ」
「速度では勝負になりませんね……装備で勝負でしょうか」
「……」
ゾイサイト、セレス、ソーダのドワーフ三人組の声も聞こえた。
相変わらず大雑把そうなゾイサイト。
苦労してそうなセレス。
見えないけど気配は感じる……居るんだろソーダ!何か言えよ!!
きっと、ふむやるな……とか思ってるんだろうな。
がうっ!
わう
横になっている俺に影が差したと思ったらヤマトが来たらしい。
俺とゴンタの手合わせを見ていてヤマトも熱くなったのかな?
ゴンタとヤマトの親子がじゃれ合いを始めたっぽい。
俺の側で土を巻き上げないでくれー。
「はぁっ、ふぅ」
俺は汗だくの体を引き起こし息を整える。
ゴンタとヤマトのじゃれ合いで流れ弾が飛んでこないとも限らないから、頑張って逃げるため体を動かす。
君達、ほんっと元気いいなっ!
「下のモノたちはおかしいです……」
なっちゃんの腰あたりから顔を出しているロリエルが何か言っている。
彼女も俺とゴンタの手合わせを見ていた様だ。
口元をヒクヒクと引きつらせている。
ゴンタとヤマトの親子は普通ではないからねー。
でも面白いから言わないでおく。
「みんな、おはよう」
ようやく息が整ったので挨拶をする。
「「「「「おはよう」」」」」
「だー」
「あー」
「うー」
おっ!リオン、メイプル、チェリーが俺に向かってしゃべりかけてくれた。
挨拶のつもりだろうか?なんだか嬉しい。
リオンは小さな手を俺に向けてくるし、メイプル、チェリーは両手を上げて俺を見てくる。
にょろにょろ動く尻尾も可愛い。
アンとシーダも嬉しそうに子供達を抱いている。
「天気も良くなりそうだし出発日和だな!」
俺は明るく楽しそうにしているみんなの顔を見回して言う。
ロリエルを空に浮かぶ本島とやらに送っていこう。
リオン、メイプル、チェリーがもう少し大きくなっていたら全員で行けたのにな。
残念なり。
「まずは腹ごしらえやね!」
「花ちゃんの朝ごはんやー!」
「「「おー!」」」
ゴンタとヤマトも朝ごはんという単語に反応した。
ちゃっかりしている。
俺は苦笑しつつ花ちゃんの屋敷へ足を向けた。
今日の朝ごはんは何かなぁ?
▼
「カール、シャキッとせんかい!」
「眠い……」
「荷物は……あれやな。ハンカチ持ったか?水筒は?」
「持った……」
けーちゃんにはオカン属性があるらしい。
頭に寝癖を付けてボーッと立っているカール博士の世話を焼いている。
飴ちゃんを出しそうな雰囲気だ。
ちょっと微笑ましい。
周りの人達も温かい目で見ている。
花ちゃんの朝ごはんを食べた俺達は食後のお茶の後で出発のため外へ出て来ての場面である。
家畜のおかげで食生活が格段に向上している。
乳製品万歳!!
バターロールっぽいパンは温かく香ばしかった。
カリカリのベーコンと目玉焼き。
ベーコンはたぶんトカゲの肉なんじゃないかと思う……家畜はつぶせるほどいないし、サトウキビ島には哺乳類っぽい生き物は少ない。
みんなの口に入る肉の定番はトカゲだ。
あっさりとしていて鶏肉っぽい。
他の肉となると鳥か魚だ。
目玉焼きには軽く塩コショウがしてあったが少し醤油をたらしていただいた。
黄身は半熟にしてもらった。
他のみんなは両面きっちり火を通していたね。
半熟でも当たったりしないだろう……たぶん。
美味いからいいのだ。
スープは細かい野菜が入っている塩味のスープでした。
ミネストローネっぽいかな?野菜だけだったけど。
かなりの野菜が溶け込んでいた様で塩以外にも複雑な味わいがして美味しかったです。
キャベツっぽい葉物のサラダもあった。
人参に果物数種を混ぜてあってデザートっぽくもあった。
酸味のあるドレッシングも美味かった。
たぶん醤油を隠し味に使っていたね。
ケットシー組には白身魚の塩焼きも付いていた。
魚が取れる場所では定番の朝ごはんらしい。
パンに目玉焼きもきっちり食べていた。
ゴンタとヤマトには肉塊がまるごと出ていた。
あれもおそらくトカゲ肉だろう。
ゴンタは俺達が食べている物を一緒に食べる事も多かったが生肉でも大丈夫らしい。
「スターインを拡張したんやね」
「ああ、うん。飛行魔導具……フォッカーを持って行くからね」
わう
大きな鉄の箱であるスターインの後ろに鉄板を伸ばし床にした。
覆いを付けていないのでフォッカーは剥き出しで積んである。
開拓民を連れて来た時よりは楽だろう。
動かすにも大した負担にはならない。
「トシ君から聞いた落下傘?ってヤツを昨夜作ったから眠いよ」
「そうやったんか。どうりで眠そうなわけや」
「頑張ったんだよ……」
カール博士とけーちゃんが仲良くフォッカーに荷物を積んでいる。
パラシュート的な安全装置だろう。
俺がカール博士に話した。
魔法だけでは乗員の安全を守り切れるとは思えないからね。
いや、俺も乗る可能性があったからさ。
魔法の使えない俺には必須っしょ?
「じゃーそろそろ行こうか」
わう!
食料、燃料、寝具等、当面の生活に必要な物をスターインに積み込んだ。
乗員は俺、ゴンタ、ヤマト、けーちゃん、カール博士、そしてロリエルです。
人数は少な目なので荷物も多くない。
スターインの中も余裕の広さだ。
圧迫感も少ないはず。
快適な旅になるといいな。
「はいな」
「中で寝させてもらうよ……」
「これも飛ぶのです?」
「これは飛ばない」
乗員達が集まる。
「行ってくるよ」
わう
がう
「気を付けて行って来い」
「旅の安全を祈っています」
「「きゃうっ!」」
「あらあら、メイプルとチェリーは大興奮ね。お昼寝が出来るかしら」
アンは腕を組んで男前気味に、シーダは胸の前で手を組んで言う。
カミーリアさんの言う通り子供達は興奮している。
いつもより動きが活発だ。
「無茶したらアカンで」
「気ぃつけてな」
「村はうちらが守っとくで!」
アッツさん、サム、かっちゃんの言葉です。
アッツさん、サムはけーちゃんの肩を叩いている。
かっちゃんが俺に向かってサムズアップしてくる。
かっちゃん、頼もしい言葉をありがとう。
「私達も守りますからねー!」
「ああ!」
かっちゃんの横でアリーナとゲンツも張り切っている。
アッツさん達は水晶ダンジョンへ再び潜るって言ってたからな。
アリーナとゲンツは次回は付いて行かず残って村を守ってくれるらしい。
「行ってらっしゃい」
「花、油揚げの追加を……」
「花、アイスクリームを……」
花ちゃんの屋敷の入口から花ちゃんが手を振ってくれている。
そして平常運転な尾白と雪乃。
でも、さっき手を振ってくれていたのはしっかり見た。
花ちゃん以外はまったく眼中無しって訳でもないらしい。
ツンデレか!
まるで野生の生き物だな……尾白、雪乃。
「だー」
「いってらっしゃーい」
リオンを抱いたヒッコリーだ。
あれ?なっちゃんは?
いつもリオン、ヒッコリーと居るなっちゃんがいない。
周りを探そうとしたら、長袖の肘の辺りがクイッと引っ張られた。
なっちゃんであった。
ジィっと俺の目を見てくる……何かいつもと違うな。
何だろう?
「いってらっしゃい」
「うん。行ってくるよ」
なっちゃんの声はいつも通りだった。
俺はなっちゃんの綺麗な金髪の頭を撫でて言う。
目を細めるなっちゃん。
「トシー行こうや」
「あいよ」
スターインの上部からけーちゃんが顔を出している。
「行ってくるね」
「……うん」
なっちゃんはそういいつつも袖を掴んだままだ。
「どした?」
「わかんない……なんだろ」
問いかける俺。
なっちゃんは首を傾げつつ俺の袖から手を離した。
自分でも何で掴んだのか解っていないっぽい。
なっちゃんはひとしきり首を傾げた後で、ニパッと笑顔になり手を振ってくれた。
見送りは笑顔が一番だね。
なんかこう……やる気が増す。
「行って来ます!!」