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深刻そうな顔

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「トシさんはおられますか?」


「どうしたん?深刻そうな顔して……トシー!村長が村の若い衆を連れて来とるでー」



 玄関に一番近かったけーちゃんがお客に対応してくれたのは、赤ちゃん担当の交代を終えた十時頃であった。

赤ちゃん……メイプルとチェリーはズリズリ歩ける?様になっていた。俺が早すぎないか?と言ったらカミーリアさんがラミアならこんなものよーって笑ってた。

今は寝かしつけるために抱いて子守歌を歌っていたのだが、嬉しそうにきゃうきゃう言いながら小さな尻尾で腕をぺちぺちしていた。

可愛らしすぎて鼻血がでそうでござる。

まっことたまらんちゃ。

リオンはメイプル、チェリーに比べると成長が遅い気がする。

まぁ、なっちゃんの語り口から察するにエルフは言葉などの成長が遅いのだろう。

目は見える様になっているっぽい。

なっちゃんが離れると目で追っていたからね。

泣く事が少なく落ち着いた子みたいだ。

先は長いが元気に育って欲しい。

っと、マルコが若い衆を連れて来たんだったな。

深刻そうな顔って何か問題でも起きたかな?

抱いていたチェリーをカミーリアさんに頼んで戸口へ向かう。



 マルコと話を続けていたけーちゃんも真面目な顔になっている。



「マルコどうした?」


「トシ!みんなの話を聞いたってや!!」


「お、おう」



 マルコに声を掛けた俺だったが、返事はけーちゃんから来た。

その勢いに足が止まった。

な、何事?

花ちゃんの屋敷前にあるBBQ広場、四阿(あずまや)で話を聞くことにする。



「何か問題があったか?」


「実は……」



 マルコが深刻そうな表情で話し始めた。



「蟹……蟹を取りに行きたいのです!海の魚もです!!」


「えっ!かに……蟹!?」


「トシ、これは仕方ないで」


「えっ!仕方ない?」


「村の子供からじーちゃん方まで蟹の虜なのです。女性陣からの圧力も凄いのです!」


「と、虜?」


「お土産の蟹……美味かったもんなぁ……塩ゆで、刺身、スープ、無理ないわぁ」


「……」


「「「「海へ!」」」」



 俺はオウムの様に単語を繰り返すだけだった。

真面目に聞いていた分、意表を突かれた。

俺の反応は仕方ない事だと思う。

まったくけーちゃんまで……いや蟹を含め魚介類は美味かったけどさ。



 ここサトウキビ島の湖から西の海まで歩いて三日か四日かかる。

俺の付き添いが決まった瞬間であった。

うちの奥さん方と寝ているかっちゃんは留守番だろう。

カミーリアさん、けーちゃんも赤ちゃんの世話がある。

俺、ゴンタ、アリーナ、ゲンツで頑張って引率するしかないな。

蟹相手なら十分だけれども。

あー、今農場で頑張っているうちの馬達を使うって手もあるか。

馬車はないけど俺なら短時間で作れると思う。

うちの誰かが引率として付いて馬車で島の中を狩りして回るってのもありかも知れない。

まぁ、今回は腐りやすい魚介類が相手なので氷魔法を使う以外は俺が移動を受け持つしかないか。

確かに海の幸には心惹かれる。

蜥蜴の肉はあっさりしていて旨みに欠ける。

花ちゃんの料理の腕がなかったら残念な事になっていただろう。

花ちゃん、いつも美味しいご飯をありがとう。



 けーちゃんは言わずもがな、カミーリアさんも魚介類が好きなようで喜んで送り出してくれた。

村の畑の面倒も残る者達で世話を頑張るとの事。

そこまでして蟹が食べたいか……食べたいよね!

村の者達は一緒に呑み食いしてどんな奴らかは解って来た。

信用出来る者達だと思う。

なんというか素朴で正直者だ。

擦れていないと言うか、気持ちのいい奴らだ。

だからもう俺の移動方法を隠さず使う事にした。





「っひゃー!」

「速い!速いぞー!」

「景色が流れるー」

「隠されていたのはこれのせいかー」

「魔法って凄いんなー!」

「らくちん……」


わう!


「せやなー、トシは凄いなぁ」


「ですよねぇ」


「俺の力がしょぼく感じる……」



 若い衆が興奮して色々叫んでいた。

流れる景色に目を奪われているのは解る。

称賛の声にゴンタが反応した様だ。

それに同意するけーちゃん。

けーちゃんはゴンタをなでなでしている模様……俺も撫でたい。

アリーナも便乗して撫でているな。

そして何やら呟いているゲンツ。



「トシ、蟹だけやのうて海の魚も増量で頼むわぁ」


「けーちゃんもかっちゃんと同じで魚が好きだよね」


「そらぁケットシーやもの!」



 けーちゃんが胸を張って言い切った。

そうかケットシーは魚が好きか。

ひょっとしたら個人の趣向かな?とも思っていたが種族的な物だったらしい。



わう!


「ゴンタも魚が好きかー。ええ子やなぁ」


「まったくです」


「よーしよし。ここかーここがええのんかー」


わう


「さすがけーちゃんです。私も負けていられません」


「お、俺も……」



 ゴンタを愛でる会が開催されていた。

けーちゃんはどこぞのおっさんの様だ。

アリーナもノリノリで、ゲンツも触発されたらしい。

くぅ、俺も移動を中止して混ざりたい!ずるい。

あー、ゴンタのしなやかな毛並が思い出される。

首とか背中とかゴンタの手足が届き難い個所を撫でると喜んでもらえるんだよねー。





「俺は魚を取るから、けーちゃんが指揮して蟹を倒してね」


「任せとき!」


「ゴンタは海へ逃げる蟹の始末ね。暇な時は俺の手伝い」


わう!


「さー始めるぞー!」


「「「「おー!」」」」



 若い衆の士気は高かった。

蟹の魅力恐ろしや。

駆けだしていくけーちゃんの後を追う若い衆。

アリーナとゲンツもいるし問題ないだろう。



 俺は()を使って海の底を操作した。

モリモリとせり上がる砂と土。

あっという間に生簀の出来上がり。

後は魚の群れを追い込むだけだ。

そっちも()を使って追い込む。

海の中は気功術での索敵が難しいのが問題と言えば問題だ。

大物ならいざ知らず、小魚は捉えきれない。

まぁ、訓練にもなるな。



「いいぞ!」

「もっと腰を落とすんだよ!!」

「砂に足がとられるぞ」

「硬い……剣でも無理か」

「甲羅を切ってもだめだ」

「関節をつぶすんだよ!」

「どうよ!俺の槍さばき!!」

「そっち行ったぞー!」

「蟹ー」

「俺の蟹ー」

「あっちーなー」

「砂が熱い……」



 もう午後に入ったとはいえ暑い時間帯なので、こまめに休んでもらいたい。

熱中症対策として水分補給や塩飴なんかも移動に使った家に置いてある。

けーちゃんが上手く休ませるだろう。

砂も熱いから波打ち際が人気の狩場になっている。

楽しげな声も聞こえてきているので危なげなくやれているのだろう。

若い衆はゲンツと一緒に訓練を続けているので、そろそろソードマンやランサーの職に就ける奴らも出ていそうだ。

戦える農民……一揆か!



 俺は生簀にそれなりの魚を追い込んだので休憩に入った。

花ちゃんの屋敷……問題なさそうだ。

赤ちゃんがいるのでちょくちょく世界樹の力で見ている。

次はバッキン。

ビアンカ、デイジーも元気そうだ。

ヒミコ様達も問題なさそう。

犬獣人達も今回の収穫が終わったらサトウキビ島へ来てもらわないとな。

世話をしてもらっている農場はどうしよう。

貸し出すか、売るか。

ラミアの里も落ち着いているな。

カミーリアさんにサトウキビ島の生活を伝えてもらってラミアの移住も検討して欲しい。

ラミア達のためだけでなく村の若い衆と子作りをして盛り上げて欲しい。

ゾイサイトとカール博士が来た今、道具も揃いつつある。

食べ物には困らないし良い所だと自負している。

是非来てほしい。

ギルスア王国の復興も進んでいるな。

エニアス達が被害の大きかった村に常駐して復興に当たっている。

柵、壁、堀と防衛策も作られつつある。

被害にあった村を統合して一つの拠点にしているらしい。

きっと兵も常駐するのだろう。

あの辺りにはデビルスラッグ討伐後、大物魔物は出ていない。

出ていたのはイグルス帝国、フリナス王国、ドーツ王国、ロセ帝国だ。

全て大きな国なので確率の問題なのかも知れない。



 イグルス帝国は冒険者ギルド本部があるし強い騎士団もいるらしい。

ヒュドラも素材をくれる獲物でしかなかった模様。ぱねぇ。



 フリナス王国も強い騎士団がいる様だが、いつぞや俺を追いかけまわしてくれたシメオンがデュラハンを仕留めていた。

剣豪対首なし騎士の戦い。

結構な時間戦い続けていたがシメオンが怪我をしながらも勝っていた。

戦いから外された騎士団は怒っている様だが……他のゾンビ掃討で鬱憤を晴らしていた。

フリナス王国の王子でもあるシメオンの活躍は酒場で大いに語られている。

娯楽の少ない世界だ、こういう話は大好物なのだろう。



 ドーツ王国にもアンデッドが出ていた。

巨人の骨、ジャイアントスケルトンがスケルトンを率いて暴れた。

圧倒的な力ではあったが大きさが仇になったのか足元からジリジリと削られていった。

そこはドーツ王国の騎士団と冒険者達を褒めるべきだろう。

一昼夜交代で戦い続けた結果、いくらかの犠牲を払いながらも倒している。



 問題はロセ帝国だ。

何故かロセ帝国には五回も大物が暴れていた。

他の国より領土は広いが、それだけではなさそうである。

あの国に何があるのだろう?

そして昨日ロセ帝国で最も東にある都市が巨大な土竜、デスマンという魔物に地下から襲撃され半壊していた。

住民は被害を出しながらも多数が逃げ延びていた。

デスマンの出現で周辺の魔物が散っているとはいえ逃げるのは大変だろう。

帝都は無事みたいだが、いくつかの都市で被害が出ている。

元々戦争は終わっていない。

同情出来る部分はあるが自分で撒いた種である。

とはいえ住民は溜まった物ではないに違いない。

暴動や反乱に繋がってもおかしくはない。

大丈夫か?ロセ帝国。



 しかし大物魔物の活動が活発すぎる。

ロセ帝国の都市だけの被害に留まらないと思われる。

今後も続く様であれば世界が崩壊しかねない。

元々人間の領域は大きくはない。



 俺は神様ではない。

確かに出来る事は人より多い。

多いが万能でもない。

自分の手が届く所を必死で守るだけだ。

リオン、メイプル、チェリーが生まれた今は尚更だ。

だが友人、知り合いを見殺しにはしたくない自分もいる。

海での狩りが終わったら花ちゃんの屋敷で相談させてもらおう。

お土産を持ってさ。




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