村の若い衆
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「マルコ!俺達の動きを見ておけよ。お前が村のモンを率いて戦う事もないとは言えないからな」
「はい!」
「他のみんなも自分がやるであろう盾役、攻撃役、後衛の弓の動きを見ておけ」
「「「はい!!」」」
「かっちゃん、戦闘に入ったら指揮をよろしく」
「はいな」
「ゴンタは海へ逃げるヤツを仕留めて」
わう!
「いくぞ!」
時は午前中。
俺、ゴンタ、かっちゃん、アリーナでゲンツを含む村の若い衆を連れて西の浜辺へ来ていた。
農作業も一段落したので水撒きなどをじーちゃんや奥さん、子供達にお願いして出て来た。
自分達の居場所は自分達で守る。
領主や騎士といった者に頼れない今、自分達が戦うという意識が高まった結果である。
話を聞いた限りでは以前の開拓村もかっちり守ってもらえていた訳ではなさそうだった。
その思いもあるのだろう。
男達の返事にも気合が入っている。
毎日農作業後に剣や槍を振っていたし現在の自分の力で何が出来るのかも知りたいに違いない。
村長のマルコは隊長としての勉強をしてもらう。
敵の動き、味方の配置、全体の流れを見て指示を出せるようになってもらいたい。
湖周辺の難敵は全て排除したが広いサトウキビ島には魔物もそれなりにいる。
シィロ達が島の主として双子山に戻ってきたので魔物の動きは安定すると考える。
問題はダンジョンが出来てしまった事であろうか。
謎の多いダンジョンであるが、定期的にダンジョンの魔物を排除しないと魔物の集団を吐き出すと聞いている。
俺やかっちゃんが調査も兼ねて今後もダンジョンへ行く予定だ。
ゾイサイトらドワーフ組は蟻の甲殻や金属のインゴット欲しさにダンジョンへ行く気満々だ。
ゴンタは強すぎるので残党狩りをさせる事になりそう。
それでも尻尾の振り具合で機嫌が悪くないのは解る。
返事も元気そうなので大丈夫かな。
そんな俺達の前にいるのは大蟹率いる蟹達だ。
かっちゃんが言うにはバブルクラブと変異種らしい。
大きい一匹が変異種らしい。
小さいのが車のタイヤくらいなのに対し、大きいヤツは軽自動車くらいある。
戦闘に入ると体を泡で覆うとか。
泡には魔法の威力を低減させる効果があるらしい。
甲殻も固く、魔法使い達にはきつい相手なんだそうな。
かっちゃんも?と聞いたら、うちは接近して気功を叩き込むから問題なしや-と笑って言われた。
頼もしい。
動き自体は速くはない。
しかも横にしか動かないので予測しやすい。
体に対して大き目の鋏が武器だ。
だが攻撃範囲が広い訳ではないので危険は少なそう。
もっとも俺は初めて戦う相手だ。
敵を知っているかっちゃんが若い衆でも戦えるとは言ってくれたが、自分の目で強さを図りたいので初戦は俺達でやることにした。
しかしまだ午前中なのに砂が熱めだ。
日が上がり切ったら足元の保護が必須だな。
そこまで考えてなかったが、今ならやり切れるはず。
「アダマンタイトの盾は頼もしいぜ!」
「あの鋏からの攻撃じゃ衝撃は逃がしきれんなぁ。足元も砂やし」
「私は速度を殺されるので砂地での戦いは嫌いかも……」
「アリーナは一撃離脱で、繋ぎ目を狙うんやな」
「そうしますー」
俺はバブルクラブの変異種からの攻撃を盾でいなす。
上手く鋏を逸らせたが、かっちゃんの言う様に俺の体がずれた。
様子を伺っていたアリーナのボヤキが後ろから聞こえた。
「灰色っぽい泡で体の部位が解りずらいな」
「ですね。簡単に割れるけど一発で足の繋ぎ目を狙えませんねぇ」
俺がタゲを取って攻撃を凌ぎ、アリーナが攻勢に出ている。
ちょこちょこ意見の交換が出来る程度には戦えている。
相手が前進してこない蟹ってのはありがたい。
「問題無く倒せるやろうけど実はグチャグチャにしたらアカンでー」
後ろから呑気な声が聞こえた。
「美味しいんだ……」
「美味しいんですね」
俺とアリーナのヤル気にブーストが掛った瞬間である。
うぉぉぉ!なんちて。
「うちは適当に泡を潰しとくわー。雑魚も牽制するしー」
俺達が果敢に攻撃に出たのを見たのか邪魔な泡を潰す土の塊が連射され出した。
それを撃ちだしているかっちゃんの脳裏には蟹料理がぽわわーんと思い出されているに違いない。
俺が鋏を受け、それが大振りであった時のみ魔剣で関節を狙った。
アリーナは堅実に一撃離脱を繰り返している。
まったく危なげがない。
草原辺りで戦っていたらアリーナだけで倒せそうな感じだ。
そのアリーナが変異種の左腕を切り飛ばした。
やる!
「アリーナすげぇ」
「さすがアリーナ」
「ぬぅ……」
「追いつけるのか……」
「かっこいいじゃねえか!」
観戦している若い衆の興奮した声が聞こえた。
アリーナは農作業も手伝うし若い衆との関わりは多い。
人気あるんだよね。
俺はチラッとアリーナに視線を向ける。
鼻を膨らまし、今にもドヤッと言い出しそうなほど得意満面であった。
正面に若い衆がいなくて良かったな……。
俺は笑いたいのを堪え変異種と海の間に動く。
こいつには勝てる。
それだけの手ごたえを感じた。
倒しきれずに海へ逃げられるのが最悪の展開だからな。
逃がさないような位置で戦う。
「感心しとるとこ悪いけど、そろそろ実践といこかー」
「お、おう!」
「ゲンツがトシの役や。他の盾役の見本になるんやでー」
「解った」
かっちゃんが魔法を放ちながら若い衆に声を掛けた。
変異種でこれなら通常のバブルクラブなら問題ないだろう。
俺は反対の声を上げない。
かっちゃんに連れられて森で戦っているせいかゲンツの返事からは動揺は感じられない。
ダンジョンでも罠以外ちゃんと戦えていたしな。
「マルコは全体をみなアカン。アカンけど最初は一部隊からやね」
「はい!」
「ゲンツも最前線やけど一部隊に指示を出し」
「解った」
「逃げる相手はゴンタが始末してくれるでー」
わう!
「「「はい!」」」
「変異種から離れた所で戦闘開始や!」
「「「はい!!」」
かっちゃん軍曹が指示を出し若い衆が動き出した気配を感じた。
返事に若干の緊張は感じたが戦意は高そうだ。
自分達の力を試してくれたまえ。
そんな間にもアリーナが変異種の足を切った。
関節の継ぎ目を正確に突くなぁ。
この子が洗脳されたまま訓練を続けていたらキリングマシーンになっていたんじゃなかろうか?
思考を挟まず冷徹に作業を熟す殺人機械。
そんな子らがロセ帝国に育っているのだろうか?やるせない。
今、ロセ帝国ではドーツ王国との小競り合いは続いているし、大型魔物の襲撃もある。
何者かが暗躍してる気配もある。
そう、俺達がデビルスラッグ戦で感じた相手、または集団と手口が似ている。
大型魔物は何らかの手段で誘導されているっぽいし、大岩も再度登場して都市の外壁、城の一角を潰されている。
相変わらず俺の力でも解らない相手だ。
幸い、その矛先はロセ帝国やフリナス王国へ向いている。
目的は判らないが国を潰そうとしているのかな。それとも種族問題?情報が足りない。
おっと余計な事に思考が飛んだ。
飛ぶと言えば変異種の足がまた飛んだ。
アリーナ大活躍。
俺は足止めと嫌がらせの鬼って所だな。
とりゃ!大振りの鋏を受け流し魔剣を振るう。
ようやく右の鋏を切り落とせた。
何回同じ辺りを切りつけた事やら……俺はほら、変異種の攻撃を一身に受けその隙しか狙えないからさ。
アリーナとは条件が違うんだよ。
チームで結果を出せりゃいいのさ。
「逃げに入ったぞ!」
「泡も鋏もなくなれば逃げますよねぇ」
俺は盾で蟹の動きを抑える。
ぐぬ、さすがに力比べでは負ける。
足場も悪いのでジリジリ押される。
だが前後の動きが出来ない変異種は回り込むでもなしに押してくる。
き、きつい。
「気功術!やれアリーナ!」
「はーい」
俺の叫びに反して呑気な声のアリーナ。
アリーナがいる辺りから気の増大を感じる。
おぉ、全力だとここまでになるのか。
アリーナの気功術も育ったものだ。
おっちゃんは嬉しいよ。
指導したのはかっちゃんだけどね。
「とりゃ」
微妙に気の抜けた掛け声と共にアリーナの攻撃が叩き込まれた。
その震動が蟹の足を通して伝わってくる。
圧力が若干弱まった。
「もいっちょ」
再び震動が来た。
そして俺の盾を押してくる力が抜けたのを感じた。
やったか?
ええ、フラグじゃありません。
ほぼアリーナの一人舞台でしたね。
ふおぉぉっと雄叫びを上げるアリーナ。
でも残念。
若い衆達は自分の戦闘で手いっぱいだと思われる。
ですので雄叫びに対して賞賛の声は聞こえません。
だからここは……。
「やったなアリーナ!たいしたもんだ」
「はい!頑張りましたよぉ」
「最後の気功術は見事なり。褒めて遣わす」
「ははぁ。ありがたき幸せ」
「っぷ」
「ふふっ」
俺だけでもアリーナを褒めた。
実際戦力として育っている。
調子に乗りそうだからほどほどにしとくけどね。
偉そうにいう俺もかっちゃんから手放しには褒めてもらっていない。
精進あるのみ。
アリーナが若い衆の方を一瞥して問題なさそうだと判断したのか、変異種の魔石を取りに掛る。
「生でも美味しそうですよぉ」
「そのままでもいけそうだな。塩ゆでが定番で汁物もいいな」
「ご飯が楽しみですね!くはぁ」
「軽く食べたら、全力で持って帰ろう。夕飯は全員で豪勢にいけるな!!」
「赤ちゃん達は勘定に入れてないでしょうね?まだまだ早いですよ」
「おう。残念なり。いずれ機会はあるだろう」
「ですね。って黄色魔石!結構大きいです!!ひゃっはー使う場所がないけど小金持ちー」
「カール博士が有効利用してくれるさ。冷蔵庫とか作れないかなぁ」
アリーナが誇らしげに黄色魔石を手に取った。
野球のボールより少し大きいくらいだろうか?オーガより上なのか変異種。
それで実も美味そうってんだから美味しい魔物だ。
もうちょい北の岩場に結構いそう。
蟹の味を知ったらみんなで全滅させてしまいそう。
これもほどほどにしないとな。
「よっしゃー!!」
「やった!やったぜ!!」
「俺が倒したのか……」
「もっと足の防具を固めないと……」
「かすり傷さ」
「砂地ってのは動きずらいもんだな」
「そのまま剣を叩きつけても切れやしなかったぜ」
「関節だよ関節」
「後少しだ!」
「気合入れろ!!」
「「「おう!」」」
若い衆の戦いも佳境らしい。
ざっと見た感じ大きな怪我をしたものはいなそう。
みな顔を紅潮させて興奮ぎみだ。
気も燃え上がる様に力強い。
かっちゃんが見ていてくれているから心配はしていなかったが無事初戦を終えられそうだな。
初めての相手にしては弱点を狙わないといけないとか申し訳なかったが、この島にはゴブリンとかいないのよね。
硬い甲殻、左右への動き、鋏による攻撃、まぁ良い相手ではあったかも。
俺は波打ち際に佇んでいるゴンタに軽く手を振り、マジックバッグから大きい鍋を取り出した。
でも、こんな大きい物を茹でられる鍋なんて持ってきていない。
お湯を沸かして蟹を茹でる用意をしておこう。
アリーナも俺が食事の用意をすると解ったのか蟹の解体に入った。
殻はゾイサイトかカールに持って帰ろうか。
軽いし防具にはなりそうだ。
久しぶりの蟹だ!
刺身に茹で、カニ汁。
カニ味噌もあるかな?
こいつは良く動いたし身も締まって美味かろう。
きっと旨みが凝縮されているんだろうな。
新鮮だから生臭さも少ないに違いない。
みんな黙々と食べるんだろう。
それを想像してしまう。
かっちゃん辺りはウマーッとか叫びそう。
海鮮好きだもんね。
ゴンタは何でも嬉しそうに食べる。
でも蟹は更に喜んでもらえるはず。
ゴンタの尻尾が唸るのが目に浮かぶ。にやつきが収まらない。
俺は若い衆が無事に戦い終えたのを横目に野菜を切る。
戦ったら美味い物を食べる!味あわせてやるぜ。
こういうご褒美は大事だからな。
まってろよ!




