激震
324
「なっちゃん、アン、シーダ、お休みー」
「うん!おやすみー」
「すまんが後は頼む……」
「お願いします」
なっちゃんは元気そう。
アンはジッとしているのが苦痛なのであろう、疲れて見える。
シーダは平常通りだな。
「アリーナとヒッコリーもお休み」
「寝ます……」
「おやすみー」
アリーナもお疲れの様子。
ヒッコリーは元気かな。
俺にも慣れてきてくれた。
「尾白、頼む」
「……」
「尾白、お願いしますね」
「ああ!任せろ!!むむむむ……とりゃ!」
「……こんにゃろめ」
俺の言葉はスルーか!
花ちゃんのお願いには喜んで反応しやがるな。
安定のクオリティーと言うべきか……尾白。
俺と花ちゃんが尾白に頼んだのは音の遮断である。
リオンが生まれてからの夜の儀式です。
朝から夕方までは赤ちゃん達の実母である、なっちゃん、アン、シーダが赤ちゃんの面倒を見ている。
かっちゃん、けーちゃん、アリーナ、そして花ちゃんのサポート付きです。
夜は俺、花ちゃん、カミーリアさんで赤ちゃんの面倒を見ています。
夜泣きで消耗するなっちゃん達のために分担する事にしたのです。
え?花ちゃんは一日中面倒を見ているって?
うん。
申し訳ないが花ちゃんに面倒を見てもらっている。
だが、花ちゃんは赤ちゃんの顔を見て頬を赤くして嬉しそうに言いました。
「わたくしは赤ん坊が大好きなのです。昔は小さい子供しかわたくしを認識してくれませんでしたから……」
そう言っていそいそと赤ちゃん達の面倒を見てくれています。
花ちゃんは睡眠が必要ではないそうなので昼も夜も赤ちゃんに付いていてくれます。
そしてアンを産み、育てたカミーリアさんも手の少ない夜に面倒を見てくれています。
なんとカミーリアさんはお乳が出るそうです。
アンを産んでから結構経っているのに……夜の授乳も担当してくれています。
花ちゃん、カミーリアさんには頭が上がりません。
一番役に立っていないのが俺です……俺です。
赤ちゃんが泣いてはオロオロ、それから赤ちゃんを喜ばせようと顔を引き攣らせて変顔をしています。
みんなからはまだ抱っこの及第点をもらっていません。
そんな俺ですがリオン、メイプル、チェリーの寝顔を見てはニヤニヤしています。
自分では見守っているつもりなのですが、他所から見れば怪しいとの事です。
ゴンタは赤ちゃんに懐かれている分、俺より上なのです……ゴンタは可愛いから仕方ない。
リオンに尻尾を掴まれても大人しく我慢してくれたり、メイプル、チェリーの目の前で尻尾を振って遊んでくれたりしています。
赤ちゃん達が大人しく寝ていてくれると俺達も暇になります。
かといって狩りに出たりも出来ません。
ですので日課の気功術や紙芝居を作ったりしています。
赤ちゃんが大きくなったら読んで見せてやりたいと思った紙芝居は、仲間達のみならず村の子供、大人達にまで人気が出てしまいました。
この世界では娯楽が少ないせいでしょう。
桃から生まれた勇者の話や白い雪のお姫様の話、俺が思い出して覚えていない部分は適当に埋めた紙芝居は大好評なのです。
ある程度こちらに合わせた話になっています。
村長らが目をキラキラさせて熱心に見つめてくるのには参りました。
大変居心地が悪かったです。
喜んでもらえて嬉しいのは間違いないので、今夜も頑張って下手な絵を書いています。
「日本の昔話はわたくしにお任せください」
「悪いねぇ花ちゃん」
「楽しいですよ?」
「そか」
「手伝おう!」
「わらわは応援するぞ」
「尾白、雪乃ありがとう」
「「花!」」
「三人は仲良しねぇ」
「「二人だ!」」
「息が合ってる。やっぱり仲良しさん」
「「ぐぬぬ」」
「うふふ」
花ちゃんに礼を言われてガッシと抱き付く尾白と雪乃。
その様子をカミーリアさんが評する。
反発する尾白と雪乃であったが、カミーリアさんの言う様に息が合っている。
全て理解しつつもからかうようなカミーリアさん。
大人の余裕ですな。
それにしても日本の昔話か……むしろ座敷童、天狐、雪女の君達の物語の方が実情に合っていそう。
それは俺が聞きたい。
特に天狐の尾白はこの世界でも相当な実力者らしい。
俺達と同じで魔力はなく魔法は使えないが、それでも強いとか。
夜泣きの事で花ちゃんが尾白に相談したら音の遮断を苦も無く実現していた。
尾白の力の片鱗しか見ていないが味方で良かった。
もっとも花ちゃんの味方なんだろうけどさ。
少なくとも敵になりそうにはないので安心です。
だって俺達と花ちゃんは仲良しだからね!
赤ちゃん達もきっと花ちゃん大好きになるであろうから安心でしょう。
サトウキビ島の将来は明るいです。
「ビーストトロルかしら?」
「えっと……ビーストトロルがどういうヤツかは解りませんが違うと思います」
俺が紙に書いているモノを見てカミーリアさんが聞いてきました。
「森の主でけむくじゃらで普通の人は見る事が出来ず風に乗って空を飛んだりするらしいです」
「まぁ!主なのね」
「雨の日には傘をさすのが好きとか」
「子供っぽい所もあるのね」
「土に撒いた種も一晩で大きく育てたりします」
「なっちゃんみたいねぇ……エルフの仲間なのかしら」
「毛皮とごっつい爪があるので違うかと」
「そうなのねぇ」
隣のトト○っぽい話を書いています。
印象的な場面だけ書いているのですが忘れている部分が多いです。
とっても適当な話になる事請け合いです。
まぁ、本当の話を知っている奴もいないからいいか。
適当さに磨きが掛ります。
「わたくし達の近くにはいませんでしたね」
「知らぬ」
「うむ、新参者だろう。しかし森の主ともなれば力はあるに違いない」
「あー、うん。そうかな。そうだね」
花ちゃん達も絵を覗き込んで来た。
そっか、花ちゃん達は知らない時代の話なんだろうね。
「黒と黄色と緑色だけでも結構いい感じね」
「墨と果物の汁、草の汁ですからね。黒一色よりはマシなはず」
「この絵も味わいがあるわ」
「……カミーリアさんは良い人です」
「うふふ」
子供の落書きレベルの絵を褒めてくれるカミーリアさんは人間が出来ていると思うのです。
少なくとも俺には同じ事は言えそうもない。
でも、食い入る様に見て話を聞きもらすまいとしている村のみんなのために頑張って紙芝居を作ります。
裏に書く文章も適当ですが頑張っています。
リオン達も大きくなったら喜んでくれるはず!
俺は子供達に視線を向かわせる。
リオン、メイプル、チェリーの三人が並んで寝ている。
顔がにやけるのを止められない。
仕草も可愛いんだぜ?俺が差し出した人差指を小さな手でキュッと掴んでくる様子なんて身もだえるほどの可愛らしさだった。
デジカメがないのがあんなに悔しいなんて!!
心の記憶域に保存しましたがね。
そんな事を考えていた時に花ちゃんの屋敷が揺れた。
揺れたが地震とは違う気がする。
地震大国出身の俺には解る。
カミーリアさん、花ちゃん達に視線と視線が合う。
「何かが起きました」
「ああ。花の言う通りだ」
「ゾクリとした」
「魔力震……誰かが大きな術を使ったのかも知れません」
「大きな術?カミーリアさん、場所は解りますか?」
「結構近いんじゃないかしら?近いか、よっぽど大きい術だったのか……」
「ここらに人はいないはずなんです」
「そう、そうだったわね……」
「尾白、音の遮断を解いてください」
「ああ、うむ」
みんなも何かを感じ取ったらしい。
今、魔力を感知出来るのはカミーリアさんだけだ。
魔力震は良く解らないが何かが起きたのは間違いなさそう。
カミーリアさんは顎に手を当てて考え込んでいる模様。
そう考えていたら花ちゃんが尾白に音の遮断を解いてくれと頼んでいる。
ああ、仲間達が起きて来たのか。
みんな魔力感知には秀でているからな。
ゴンタも起きている。
北の方角を見ているね。
ゴンタも俺と同じで魔法の素養がないはずだが……気になる物でも引っかかったのか?
「魔力震や。近いで」
「近いなぁ。しかも大きい」
「ドーンッって揺れたー」
「ゆれたねー」
「おそらく北だ」
「山の方ね」
うちの魔法使い達が口々に感じた事をしゃべる。
寝ていたであろうに結構把握しているみたいだ。
なっちゃんは両手を挙げてドーンッって表現している。
可愛い。
「魔力震、北、距離も近い……双子山の向こう、例のダンジョンじゃないかしら」
「あー、それや!」
「ついに出来たかぁ!」
「ダンジョンが出来たの?」
「ダンジョン?」
「ヒッコリー、ダンジョンって言うのはね……」
「あれが魔力震か。初めて感知したぞ」
「私だってこんなはっきり感じたのは初めてよぅ」
「カミーリアさん、えっちぃしゃべりです」
「あらあら、アリーナったら大きくなったのねぇ」
「むぅ」
起きていたカミーリアさんが一番状況を把握出来ていたらしい。
カミーリアさんのダンジョン誕生発言にかっちゃん、けーちゃんも同意した。
アリーナは魔力は持っていても魔法が使えない。
そのせいか話題に乗り遅れていた。
だからカミーリアさんをからかいに行って、返り討ちに合っていた。
年季が違うのだろう。
サラッと流されていたね。
っと、それどころじゃなかった。
「ダンジョン発生に立ち会った事のある人、挙手!」
収拾出来なくなりそうなので、場を取り仕切る。
誰も手を挙げない。
「出来立てのダンジョンで起こる事を知っている人、挙手!」
「はいな」
「うちもいくらかは知っとるで」
けーちゃんと、かっちゃんが手を挙げてくれた。
二人並んですまし顔だ。
短い手を挙げているぬいぐるみが並んでいる姿は大変可愛らしい。
パジャマ姿ってのもポイントが高い。
緑の縞々でお揃いだね。
ナイトキャップも同じとは凝っている。
「みんなに今後起きるであろう事の説明をお願い。やらなきゃいけない事もね」
「はいな。あー、ゴホンッ」
けーちゃんとかっちゃんが目を合わせて直ぐにけーちゃんがみんなの視線を集めた。
一瞬でけーちゃんが代表して説明する事になったのだろう。
ツーカーですなぁ、かっちゃん、けーちゃん。
「魔力溜まりが一定量の魔力を溜めこむとダンジョンになるらしいんよ。生き物達が魔力溜まりに入って魔力を取っていく事が多いんで、よっぽど魔力の集まりがええか、生き物が少ないかやな」
「因みに生き物が上位種族に変わる事があるんはこのせいや」
「せやな。うちらは北の魔力溜まりの側まで行ったんよ。魔物、生き物は小物が多かったけど数はそれなりにおった」
「おったな」
「せやから魔力の集まりがええっちゅう事やと思う。消費以上に供給が多かったんやね」
「蛇、蜥蜴、蜘蛛なんかがおったけど大物はおらんかったもんな。シィロが排除した結果かも知れん」
「その蛇、蜥蜴、蜘蛛なんかがダンジョンに取り込まれてたと考えるべきや」
「ダンジョン発生時には周囲のモンを取り込むっちゅうからな」
「おそらく地下へ広がるダンジョンやと思う。森の中の平地やったからな」
「出来立てやから階層は深くないと思うで」
「ダンジョンには取り込んだ種族のモンしか出てこんねん」
「熊だの猪だのはサトウキビ島にはおらんからダンジョンには出て来んやろな」
「良く解らんけど、ダンジョンっちゅうのは人に潜ってもらいたがっとるんよ。いろんなモンを餌に魔物、人を取り込んで宝を出したりすんねん」
「忘れた頃にダンジョンから魔物を排出したりもしたなぁ」
「危機感と興味を持たせるためとか言われとるな。せやから定期的にダンジョンの魔物は狩るべきや」
「肉やら素材やらを安定して取れるっちゅうんは意味があるで」
「サトウキビ島が魔物で埋め尽くされても困るしなぁ」
「困るで」
「うちらがやるべき事!ダンジョンの地図作成、魔物の排除!これらは定期的にやらなアカン」
「アカン」
「おー!」
けーちゃんとかっちゃんの息の合った説明に俺は感心してしまった。
俺の拍手に続いてみんなからも拍手されている。
二人はまんざらでもない顔をして手を振っている。
わりとお調子物な種族かも知れない。
「説明ありがとう。やるべき事が解ったよ」
「まずは明日にでも調査隊を選抜して送り出そうや」
「だね」
「赤ちゃんの世話もあるから全員ではいけんなぁ」
「うー、出来立てのダンジョン行ってみたかったー」
「うむ。暴れたかったぞ」
「そうねぇ」
なっちゃん、アン、シーダはダンジョン行きが無理なのを解ってくれていた。
まぁ、当然っちゃ当然だけどさ。
アンなんてジッしているのが苦手でストレスが溜まっていそうだからダンジョンへ行かせてやりたいが、今はダメだな。
シーダは理性が働きすぎるほど押さえが効くから大丈夫そう。
その分、溜めこみすぎたらどうなるか怖くもある。
近いうちに連れ出したい所だ。
「遠見の水晶なら送話魔法と違って隔離された環境でも連絡出来る。それで我慢しぃ」
「はぁい」
「うちは行くで、けーちゃんも行くやろ?」
「もちろんや!カールも行きたがるやろうけど初めての場所やし、今回はダメやな」
「小さいけど力持ちのドワーフ組は連れていきたいなぁ」
「出来立てダンジョンのお宝はインゴットが多いっちゅうから来るやろ」
「そうなのか」
「人が持ち込んで来んかったらその場に合った物くらいしかお宝はないねん」
「ちょっと残念なり」
「なり……」
「その残念そうなアリーナも行くん?」
「行きましょう。探索では出番が多そうです」
「せやな」
「トシ、ゴンタはどうするん?」
かっちゃんが調査隊の面子を決めていく。
俺にも確認してきた。
「俺は……行かない。ゴンタ、行ってみんなを守ってくれ」
わう!!
「ああ、俺の分まで頼むぞ」
わう!
嬉しそうに返事をしてくれたゴンタを抱きしめて背中をポンポンする。
暖かい体温が心地よい。
温泉を作ってから定期的に女湯に引き込まれているおかげで汚れもなく綺麗な毛並である。
「なんや、トシは行かんのか」
「赤ちゃんの事もあるけどダンジョンが出来た事で周辺の状況が変わるかも知れないしさ」
「あー、少なくともシィロ達は戻って来そうやな……島の主が戻って来たら色々変わるやろな」
「だろ?」
「トシがいれば大体の事は問題にならんやろ。ここは任せるでぇ」
「あいよ」
ダンジョンでは俺の力が発揮出来ないとか狭くて息苦しい感じが苦手とかではない。
俺には守らねばならぬ者がいるのだ。
決して逃げている訳ではない。
ホントだぞ?
「久々に暴れるでー!」
「暴れるでー!!」
わう!
かっちゃんを筆頭にみんなそれぞれ溜めこんだ物があったらしい。
赤ちゃんの事で、みんなに甘え過ぎたか?
丁度いいから発散してきてほしい。
やられる事が想像出来ないゴンタ。
結界魔法が使えるかっちゃん、けーちゃん。
調査隊は十分な戦力になりそうだ。
「はい!興奮しているのは解るけど今夜はもう寝なさい。明日から忙しいんだから」
俺はペシリと拍手をして注目を集め、みんなを諭す。
ダンジョン、ダンジョンかぁ……俺もそのうち行かねばなるまい。
島にどんな危険があるのかを把握しない訳にはいかない。
まずは夜だけでも赤ちゃん達の世話を一人でも出来る様にしないといけないかな。