夏の宴会
321
「うぉぉぉっ!花っ!!」
「おちつけ」
わぅ……
ようやくサトウキビ島へ戻った。
到着前からソワソワしていた尾白が駆け出そうとした所を肩を掴んで止めた。
ズズッと引きずられかけたぜ。
ホンットこいつは花ちゃんが好きだねぇ。
いや俺も好きなんだけどさ、表現の仕方では大きく負けていると思う。
もっとも花ちゃん、尾白、雪乃の付き合いは長いらしいから比べるのが間違っているのかも知れない。
ゴンタも尾白を見て呆れている?そのゴンタも、もうすぐ花ちゃんの屋敷だと解っているせいか直ぐに尻尾をブンブンさせていた。解る解るぞ。
凄く嬉しいってのが伝わって来て、俺の嬉しいって気持ちも倍増したね。
俺と同じ気持ちでいてくれるんだなってさ。
俺もなっちゃん、アン、かっちゃん、花ちゃんと予定より長く離れていたのが結構堪えていた。
もう外に行くのはやめようかなと思ってしまうくらいには堪えている。
子供が生まれたらそれが加速しそうだ。
でもサトウキビ島から人のいる町まで行くのに俺の力なしだと半年とか掛ると思う。
ゴンタ単体で駆けていくとかは別だけどさ。
物の移動、人の移動まで含めると、どうしても俺が出張らないといけない。
「尾白は花ちゃん大好きやなぁ」
「もちろんだっ!」
「清々しいほどです」
「当然だろう!」
「その花ちゃんにようやく会えるのねぇ、楽しみだわ」
「む、私の後でなら許してやろう」
「花ちゃんはとてもいい子ですよぉ」
「そうなのだっ!花は最高だっ!」
「わたしもいいこ」
「花には敵わん!」
「えー」
けーちゃんから始まってアリーナ、カミーリアさん、シーダ、ヒッコリーも尾白に引っ張られて楽しそうにしている。
カミーリアさんは移動中にアン、シーダ、なっちゃんの赤ちゃん用に縫い物をしていた。
とても嬉しそうにしていたので、俺も買い付けた布などを惜しみなく提供したよ。
俺は裁縫なんて雑巾しか縫えないからなぁ。
シーダもヒッコリーに教えながら産着を作っていた。
ラミアの赤ちゃん用オムツも作っていたね。
どう違うのか聞いたら頭をコツリとされた。
デリカシーのない質問でしたね。
すみません。
父ちゃんも出来る事をしたい、何かせずにはいられないのです。
「トシ、頼むぞ!」
「若、みなさんへの挨拶が先でしょう!!」
「だな。紹介が終わったら設置場所を決めよう」
「おう!」
「私の研究所も隣接してくれたまえ。金属加工を頼む事が多いだろうしね」
「はい」
ゾイサイトが詰め寄って来た。
頼むぞってのは魔導炉の設置の事だ。
移動中もどういう事が出来て何が必要なのかガンガン来られたからなぁ。
サトウキビ島の大事な施設になるので、しっかり話を聞いたよ。
出来る限りの協力はするつもりだ。
ゾイサイトのお守り役兼護衛のセレスが常識人で助かる。
ちびっこに見えるが頼もしい。
冒険者ランク1だと言うソーダはむっつり黙ってばかりだがどっしりとして安心感がある。
こいつもセレスとは違う意味で頼もしい。
ゾイサイトの護衛だから離れられるかは解らないが島の北探索をしてもらえたらなと考えている。
ゲンツ達の引率なんかもしてくれたら最高だ。
カール博士も研究に専念する事だろう。
けーちゃんと一緒に空を飛べる魔導具を開発している。
俺も興味があるので地球の知識を話してみようと思っている。と言っても作れそうなのは気球くらいだな。飛行機なんて揚力だの良く解らない、なんで鉄の塊が飛ぶのやら……。
空を飛ぶ魔導具が出来たら島の防衛や町への移動に役に立ってくれるはず。
夢が広がるね。
「おう!お疲れ」
「おう、帰ったぞ。問題ないか?」
興奮した尾白をゴンタが引率して花ちゃんの屋敷に駆けていった。
残った俺達も物資や家畜の整理は後回しにして花ちゃんの屋敷へ歩き出した所にゲンツが来た。
草で編んだ麦わら帽子の様な物を被って首に手拭を掛け、腕なんかの日焼けもすごかった。
体格がいい奴なので妙な迫力があり、ちょっと気圧された。
表情は楽しげに見えたので戦闘訓練、狩り、畑仕事といった体を動かす事が性に合っていると思われた。
連れて来た俺としてもホッとした。
「ああ、畑も順調で豆や芋の収穫はもうすぐだ。順調で嬉しいぜ」
「落ち着いたら家を良くしていくぞ。風呂、トイレを中心にな」
「おー、そりゃいいな。こっちはその辺の水準が低くてなぁ……」
「だよな」
「風呂かぁ、暑いから水浴びってのも悪くないが入れるなら入りたいぜ」
「お風呂はいいですよー。心の洗濯です」
「アリーナは良いよな花ちゃんの屋敷で入れるんだもんな」
「ゲンツだって入れるようになりますよ。露天風呂なんていいかもですねぇ」
「酒も持ち込みたいな!」
「ありです。大いにありですっ!」
ゲンツと話をしているとアリーナも話に加わって来た。
こいつらは結構話が合うらしい。
俺の話す出番がなくなってしまった。
まぁ、いいけどな。
俺は暖かい目で若者達を見ていた。
「ふふ、おばあちゃんみたいね」
「そこはせめておじいちゃんにしてくださいよ」
「ラミアは女ばかりだもの」
「そうか、そうでしたね」
「例えは全て女になるものよ」
「年寄りっぽかったのは認めますが……」
「お父さんには頑張ってもらわないといけません。年寄りになるのはまだ早いですよぉ」
「トシがとしより……ププッ」
「ヒッコリーがダジャレを……」
「語彙が増えたらハマっちゃったんです」
「感情が外に出る分いいか……」
「そうねぇ」
「そうですよ」
カミーリアさんに年寄り臭いと言われ、シーダに発破を掛けられ、ヒッコリーに笑われた。
和やかに話ながら歩く。
開拓民のみんなも俺達に気付いて手を振ってくれたので俺達も振り返した。
ヒッコリーが両手を頭の上でブンブン振っていた。
開拓民の子供達もそれに応じてくれたのが嬉しかったのか、ヒッコリーが興奮気味に手を振っていたのが印象的であった。
感情の欠落した状態からよくここまで回復したものだ。
シーダの頑張りがあったであろう事は想像に難くない。
状況は良い方へ進んでいる。
俺は思わずシーダの肩を抱いた。
何?って感じで俺を見上げてくるシーダは穏やかな表情をしていた。
俺はにっこり笑い掛けたが、シーダに笑われた。
おそらく変な笑顔だったのだろう。
カミーリアさんにも笑われ、良く解っていないであろうヒッコリーにも笑われた。
俺もつられて笑った。
何だかいいなって思った。
懐かしく感じる花ちゃんの屋敷が騒がしい。
尾白が何かしたっぽい。
悲鳴とかではなかったので放っておこう。
「おかえりー!!」
「あっ」
花ちゃんの屋敷から目立ったお腹をしたなっちゃんが飛び出してきた。
あぁ!そんなお腹で走らないでー!
「こら、ゆっくり動きなさい」
「はーい」
なっちゃんと一緒にアンも出て来てくれた様で、走り出したなっちゃんをアンが服の裾を掴んで抑えてくれていた。
走るのを止めたなっちゃんを見て俺は胸を撫で下ろした。
なっちゃんとアンも仲が良くて嬉しい。
二人ともお腹が大きくなっているが元気そうだ。
連絡は取っていたが、こうして無事な姿を見ると安心出来た。
「ただいま。元気かい?」
「うんっ!バッチリだよー」
「おかえり、私も元気だ……シーダ来たな」
「ええ……」
俺との挨拶もそこそこに、アンはシーダと見つめあっている。
ベ、別に俺は寂しくなんてないんだからねっ!嘘です少しだけ寂しいです。
今にも吹き出しそうなカミーリアさんが俺の肩を叩いた。
俺の気持ちを解ってくれたらしい。
アンの実の母親であるカミーリアさんも後回しにされているから俺と同類だと思う。
でもカミーリアさんは何てことなさそうだ。
ラミアの母娘関係はさっぱりしているのかも知れない。
そしてシーダの背後にヒッコリーがへばりついている。
アンの事を警戒している風ではなさそうだが、何だか大人しい。
「なっちゃん、お腹大きいわねぇ。カミーリア母さんが側にいるから安心して産みましょう」
「うん!」
「楽しみね……アン、シーダの赤ちゃんも生まれるし賑やかになりそう」
「みんなで仲良くできるかなぁ」
「出来ますとも!きっと兄弟みたいになるわねっ!」
「わぁ!」
なっちゃんとカミーリアさんも仲良しなんだよね。
そっか、カミーリアさんは生まれてくる赤ちゃん達みんなのおば……お母さんのお母さんか。
暑い島なのに、少しヒンヤリした。
不思議な事もあるもんだ。
俺は遠くの山を見ながら思考を逸らした。
なっちゃんと話していたカミーリアさんの目が光っていた気がする。
猫なのかな?昼間だけどさ。
「ちょっとお腹を触っても大丈夫?」
「トシちゃん触ってー!」
「優しく触れば問題ないわよ」
赤ちゃんが入っているお腹が気になって聞いてしまった。
なっちゃんは嬉しそうに俺の手を取ってお腹に手を誘導してくれた。
カミーリアさんはにっこり笑って問題ないと言ってくれた。
なっちゃんは緩いワンピースっぽい服を着ていた。
その服の上からお腹を触る。
なっちゃんの体温を感じた。
赤ちゃんの反応がある訳ではなかったが、その体温を俺となっちゃん、赤ちゃんで共有しているかと思ったら涙が出そうになった。
俺は壊れ物を触るように優しくお腹を撫で続けた。
「私達のも触るか?」
「どうぞ!」
俺となっちゃん、カミーリアさんの様子を見たアンとシーダも加わって来た。
ヒッコリーは既にシーダのお腹を触っている。
嬉しそうな表情で撫でている。
おねーちゃん気分なのかも知れない。
大きなおねーちゃんではあるが。
体は大人、中身は子供、なっちゃんとシーダは似ている。
エルフ達と交友関係がないので、母体、出産、赤ちゃんの事は人間の妊婦さんと同じ様に扱うしかない。
かっちゃんやけーちゃんも色々な種族の事や出産の事も知っているがエルフに関しては知らなかった。
アンの母親であるカミーリアさんがいるのは心強い。
花ちゃんは赤ちゃんを取り上げた事があるらしいので頭を下げてお願いした。
男の俺に出来る事はどれだけあるのだろうか……期待と不安で胸が一杯になった。
▼
花ちゃんの屋敷メンバーとラミア達、ドワーフ達、カール博士の自己紹介を終えた。
特に反発する様な種族関係などはないようで和やかでした。
俺はホッとする。
これから長い付き合いになるであろうからね。
初対面で何だか気に喰わないって事もあるからなぁ。
人の感情ってのは複雑だ。
「何だ!凄く美味いぞ!!」
「エールに合いますね。むぅ、ソーセージと良い勝負です」
「……」
「肉を油で揚げるとは……思ったより油っぽくないのだな」
わう
「ゴンタには肉を取ってあげようなぁ」
わう!
「うちの肉も食べてーな」
「こっちの魚はうちのやから、こっちのステーキな」
「けーちゃん!それはうちが狙っていた羊羹や!!」
「かっちゃん、争いの世界は厳しいんや……」
「まだまだありますから、ケンカはダメです」
「そうだ!花の言う通りだ!!」
「尾白うるさい」
「雪乃も甘い物ばかりじゃダメです」
「うー」
「なっちゃん、これ美味しいわよ」
「この卵焼きも美味しいの!こうかんしよー」
「甘い卵焼きはお菓子の様ねぇ」
「醤油を使った卵焼きも美味いぞ」
「あまいほうがすきー」
「プハーッ!ワインもいけますね」
「塩コショウだけのステーキに合うな。肉にワインはいい」
「ですよねっ!お酒は素晴らしい!!」
「いや……相性の話をだな」
「ゲンツは細かいですねぇ」
「ほら、子供が遠慮するな。なんでも食べていいんだぞ?」
「トシさんがこう言ってくれているんだ、美味い物を沢山たべなさい」
「「「うん!」」」
「甘くて美味しい!」
「凄いねー甘いねー」
「この果物はなんていうのー?」
「バナナって言ってたよー」
花ちゃんの屋敷前に設置したBBQ会場では開拓民のみんなも加わって宴会になった。
連れて来た家畜達からの食材もあって、豊富なラインナップだ。
俺の地球料理知識に花ちゃんの料理の腕前が合わさって、とても評判がいい。
肉、魚、野菜、なんでもござれだ。
卵に牛乳のおかげで幅が広がっている。
チーズもいつか作りたいが今は既製品だ。
俺の塩、サトウキビ島の砂糖、大森林の香辛料にギルスア王国の香辛料が料理のレベルを上げている。
開拓民の子供達は料理も食べているがお菓子に夢中だ。
いつでも食べられる所まで持って行きたい。
ドワーフ達やアリーナ達の様な呑兵衛も多い。
ここでの酒造りはまだだが、いずれ何とかしたい。
今回はかなり買って来たが宴会での消費量を見るに、いつまで持つのやら……。
花ちゃんが屋敷の戸口で楽しそうに笑っている。
背後にバナナアイスを舐めている雪乃。
横に煩く騒いでいる尾白。
屋敷の住人が増えて良かった。
花ちゃんの嬉しそうな顔が見れたし、これからも見れるだろう。
俺の子供達も生まれたら、もっと騒がしくなるに違いない。
俺は夏の空を見上げて未来に想いを馳せた。