不安と予感
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ギルスア王国の王都から東の海で『錬成』を使い大量の塩を作った。
スターインとマジックバッグに詰められるだけ詰めた。
その量およそ3t。
王都に流したら塩の相場が大暴落間違いなし。
やる理由もないけどね。
急いでみんなの所へ戻ろうという所で、けーちゃんから送話魔法が入った。
話の内容を纏めると……。
塩による攻撃は有効。
デビルスラッグの体が一回り小さくなったと思われる。
だが俺の置いて行った塩は使い切った。
前線を支えていた騎士団から問い合わせが来た。
騎士団の伝令と話している間にギルスア王国の王族が来た。
ゴンタを知っていた。
俺の知り合いでもある。
ギルスア王国の第三王子であるエニアスと仲間達。
デビルスラッグの弱点として塩を教えて良いか?良いです。
王子が塩を集めに王都へ戻っていった。
塩が来るまでデビルスラッグの足止めに徹する。
エニアスが俺に感謝していたと。
後で挨拶に来る。
と言う事らしい。
エニアスと一緒に戦った事があったな。
最前線に向かう王族としては最適だったんだろう。
第三王子だし、冒険者仲間もいるから戦力にもなる。
前線の士気を落とさないためにも王族の出馬は必要だと思われる。
偉いってのも良い事ばかりじゃないんだねぇ。
塩を街道に撒いたが嫌がる素振りをみせつつも足?を止めないらしい。
何がヤツをそこまで駆り立てるのか……。
怪しいので俺が調べても見たんだが人の関与はないんだよね。
陰謀じゃないかと思ったんだがなぁ。
他にもギルスア王国に関係しそうな情報を洗い出しながらスターインを進めた。
▼
パンとハムを齧った後でみんなのいる場所まで戻ってこれた。
とっくに日は落ちている。
そしてデビルスラッグは王都まで三十kmくらいまで近づいていた。
ヤツは人間の大人が歩く速度と同じくらいの速度で王都へ進んでいる。
寝る事も休憩することもなく進んでいる様なので後数時間で王都へ到達してしまう。
暗いのを利用してスターインをラミア部隊の後方へ付ける。
わう!
「お、ゴンタ、出迎えありがとう」
わう
俺がスターインから出るとゴンタがお座りをして待っていた。
そして挨拶の一吠え。
俺は顔をにやけさせて礼を言う。
やっぱりゴンタが好きだな。
ええ子や。
「トシ、お帰り」
「トシさん、お帰りなさい」
「けーちゃん、アリーナ、ただいま」
「ゴンタが静かに駆けだしたから直ぐ解ったで」
「ですね。さすがの反応です」
「ゴンタだからね!」
わう!
けーちゃんとアリーナもゴンタの後に続いて来てくれた。
元気そうだ。
デビルスラッグの前に張り付いていたって言うので心配していたが大丈夫みたい。
ラミア部隊の方からカミーリアさんが来るのも見えた。
アリーナの持っている松明があるから真っ直ぐ来ているね。
「お帰りなさい」
「ただいまです。みんな無事ですか?」
「ええ、距離をとっての戦いですからね」
「それなら良かった。塩が尽きて無茶してないか心配しましたよ」
「そこまでせっぱつまってないわよぅ」
カミーリアさんがおばちゃんの様に手をパタパタさせながら言う。
うん、カミーリアさんも大丈夫そうだ。
指揮官は重圧がすごそうだが問題なさそう。
「塩を大量に持ってきましたよ。降ろしますね」
「手伝います」
「うちは降ろした塩を管理しとくわ」
「塩の矢も作れるわね!うちの子達で手分けをして一杯作るわよぉ」
「はい!」
対デビルスラッグ用の武器を作れるのでカミーリアさんがヤル気を増幅させていた。
そしてラミア部隊の方へ急いで戻っていった。
俺達はスターインから木箱を出す。
途中でスターインを完全に地表に出して塩が保管してある簡易倉庫の所に出入り口を作った。
だって上部まで持ち上げるとか腰に負担が掛りすぎちゃってさ。
楽に出せる方法を考えたのだ。
それくらい直ぐに思い付けって、かっちゃんならツッコミを入れていただろう。
うちの知恵袋で俺の力を色々解っているからね。
「うはー、凄い量ですねぇ……バッキンでも見た事がないほどの量ですよ」
「つい金貨で換算したくなるなぁ」
「まったくです!これをデビルスラッグに貢がなくちゃいけないなんて……」
「今回無事に退治しても将来楽が出来るとは限らんで」
「ん?」
デビルスラッグが進化してくるとか?
アリーナは自分の塩でもないのに落ち込んでいる。
財宝や金が好きだもんな。
無理もない。
「ギルスア王国は海に面しとるから塩の調達は楽な方やけど、こんな量は簡単に集められんで」
「あー」
「備蓄していくゆうても質ってもんもあるからなぁ」
「食べる訳じゃないから何とかなるんじゃない?」
「それはそうかもなぁ。頑張って塩の積み立てをしていってもらいたいもんやで」
「ですなぁ。そこはエニアスや王族に頑張ってもらおう」
「せやね。ってトシは王子と知り合いやったんやな」
「そうなんだよ。前に共闘したんだ」
「王子が冒険者とはなぁ……」
「第三王子だし、お気楽に将来を模索してるんじゃないかな」
「真っ直ぐなええ子っぽかったで」
「うん。それほど知っている訳じゃないけどいいヤツだと思う」
わう!
「ゴンタもそう思うんやねー」
わう
荷卸しを終え話こんでいるとカミーリアさんとラミア部隊が来た。
交代で塩の矢を作りまくるらしい。
騎士団に塩を分けようかと言う話も出たが、頑張って集めているであろうエニアスを慮って止めておいた。
ギリギリまで待って間に合わなかったら騎士団に提供する。
向うは風の魔法が使える者がそれなりにいるらしいので塩そのままで十分役に立つ。
俺達の出番はなさそうなのでカール博士やゾイサイト達が休んでいる後方まで下がった。
あ、スターインは地下に戻しました。
俺達も休む。
数時間後には決戦だな。
気が張っているが無理やり目を閉じる。
俺の隣で伏せているゴンタの体温を感じた。
▼
「ここで終わらせるぞ!撃てー!!」
エニアスの号令で一斉に攻撃が飛ぶ。
後方遠くに王都が見える。
もう後がない。
だがエニアスは塩の調達に成功していた。
王都のみならず、近隣の町や村の各家庭の備蓄まで手に入れて来たとか。
無茶しよる。
その甲斐あって俺よりも塩を集めていた。
ここで俺達の塩を出すのは無粋なので塩の矢以外の大半を戦場になりそうな街道上に撒いておいた。
学習していそうな物だが突っ込んで来た。
身を震わせながらも突き進んでくるデビルスラッグが何だか憐れであった。
本当に何がヤツを駆り立てるのか……。
騎士団と魔法部隊の攻撃により巨体をみるみるうちに縮めるデビルスラッグ。
ラミア部隊からも引っ切り無しに塩の矢が飛んだ。
見事な腕前で、全ての矢がヤツの体に吸い込まれていく。
もう触手は動いていない。
酸を飛ばして反撃はしているが届く距離が判明しているので被害はない。
俺、ゴンタ、アリーナ、けーちゃん、カール博士、ゾイサイト達。
俺達一行はラミア部隊の後ろで最後を見守る。
そんな俺達の後ろ、王都の城壁辺りが騒めいている気がする。
おそらく城壁の上にいた観測者達だろう。
そこからですらデビルスラッグの巨体が縮むのが解るくらい攻撃は効いているって事だ。
魔法使いと塩を集め切った事で既に勝負は終わっていたのだ。
騎士団、兵士達の士気は上がりまくっている。留まる所を知らない。
ずっと決め手もなく前に立ち塞がり続けてストレスを溜めていたんだろう。
耐えに耐えた甲斐はあった。
火の魔法による攻撃も増えデビルスラッグが最後を迎えるまであと少し。
戦場が一変したのはそんな時であった……。
足元が揺らいだ。
地震か?ちょっと待て……何で……あっちに岩場が出来ている!?
エニアス率いるギルスア王国の兵、後衛が多く配置されていた場所に大きな岩場が出来ていた。
俺が動揺しているだけでなく周囲の者達も騒ぎだした。
デビルスラッグ討伐の瞬間まで気を抜くまいとしていた人達は揺れた後も視線を逸らさずにいたが、怒号や怒声が響く戦場に異質な悲鳴が上がり、それに連鎖する様に何かが起こったという事が伝播していった。
そして彼らは気が付いたのだろう。
後衛部隊が居た場所にいきなり大岩が現れたという事実に。
デビルスラッグの巨体ほどではないが大きい岩だった。
その周りには椅子になりそうな樽ほどの大きさの岩がゴロゴロしているのも見えた。
俺達とラミア部隊は側面から攻撃していたのでそういう事も解った。
被害を免れたという安心と共に。
それから被害を免れなかった人達がいるという現実に。
「あ、足がぁ!!」
「何が!?」
「お、おい、隊長は……」
「なんでこんな所に岩があるんだよ!?さっきまで一緒だったのに」
「た、たす……」
「ぎゃぁぁあぁ」
「な、何が……」
「ヤツの攻撃なのか!?」
「ヤツは死にかけだ」
「神よ……」
大岩の出現した場所には多くの兵がいた。
特に魔法部隊、弓部隊といった後衛が集まっていた場所であった。
更なる悲鳴の中でいくつかの声が聞こえた。
そこには目を背けたい事実があった。
わう!
「うちには解らんけど、ゴンタが上に気配を感じたゆうとる」
「上……」
ゴンタが吠え、けーちゃんが教えてくれた。
けーちゃんの声はいつもより低く余裕が感じられなかった、それに顔色も悪かった様に思う。
俺は空を見上げた。
少しの雲以外は青空しか見えない。
気功術にも反応はない。
俺には無理でもゴンタなら解るんだろう。
そんな事は今迄にも一杯あった。
疑う所ではない。
そのゴンタは目を細目て太陽を睨んている。
敵らしきモノは太陽を背に佇んでいるらしい。
「敵は空!!太陽を背にしている!警戒しつつ今はデビルスラッグだ!!」
俺は声を張り上げた。
ああ、俺のキャラじゃない。
だがみんなが動揺し続けている場合でもない。
「後詰は怪我人の救助を!斥候部隊は空を警戒せよ!!残りはデビルスラッグを撃つぞ!!!」
エニアスの声も聞こえた。
最前線である騎士団の辺りにいるらしい。
動揺している兵達に動きが見えた。
再び魔法と塩が撃ち出されていく。
止めを刺されるのを待っていたデビルスラッグは小さくなりながらも王都方面へ動いていた。
火の魔法が効いている。
ギルスア王国の兵達に覇気は感じられないが仕事はしている。
そしてデビルスラッグもついに街道上に染みを作った。
指示が出たのか騎士団から斥候が一人出た。
怒号、怒声が飛び交っていた戦場に静寂が訪れる。
ゴクリッと音が重なる。
日に照らされ汗が流れ落ちた。
斥候が恐る恐る染みの辺りを調べる。
彼はおもむろに両手を上に突き上げた。
その意味を間違わずに受け止た兵士達は歓声を挙げる。
それは大地を揺るがせたかと思わせるほどの響きとなった。
兵士達は抱き合い喜ぶ。
片手で目を覆い下を向いている人もいた。
感極まったのか仲間を想ったのかは判らない。
「空の様子はどうだ!?」
エニアスの声が一際大きく聞こえた。
デビルスラッグ以外の敵が居ると思い出させている様だ。
本来ならみんなで喜べる場面であった。
エニアスは指揮官としてちゃんとやっている。
「何も見当たりません!」
「怪我人は後方へ移送しました」
「どのくらいの被害が出ている?」
「はっきりとは言えませんが百名近くの犠牲が出ているかと……」
「くっ」
エニアスは一瞬だけ顔を歪ませたが、直ぐ気を取り直したのか兵達に指示を飛ばしていた。
しばらく空への警戒が続いた。
ゴンタが緩く顔を左右に振っていたので、敵はいなくなったと思われる。
エニアスもゴンタの事を結構知っているので、敵は去ったと思われると伝えておいた。
そして太陽から舞い落ちて来た一枚の白い羽があったらしい。
すっきりしないがデビルスラッグ討伐、ラミア部隊への助勢は終わったのであった。
結果は手放しで喜べるものではなくなってしまった。
空の敵……あんな大きな岩をどうやって……。
心に覆い被さる暗雲は、しばらく消えそうにない。
せめてもの救いは今後のデビルスラッグ対策とカミーリアさん、ラミア部隊に大きな被害がなかった事、知り合いのエニアス達が無事であった事だろう。