正体と実験
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「なんでそのネタを知ってるんだよ!」
「かっちゃんから聞きましたー」
「あ、あれ?」
「アチラの知識を勉強していた時に雑談になりマンガでしたっけ?娯楽の話が出て聞いたって言ってましたよ」
アリーナがフフンッって感じで俺に答えてくれた。ドヤ顔ムカつく。
ほっぺたつねってやろうか。
そういや前に土、鉱物についての話をしていた時に、かっちゃんと雑談で盛り上がったかも。
よもやこんな所で実践されるとは思っていなかったが……相手がアリーナだったから尚更だ。
わう!!
「トシ、トシ!遊んどる場合やないで」
ゴンタとけーちゃんから怒られました。
良く解らないけどくだらないやり取りだったのね、と言った表情のカミーリアさんからの視線も頂きました。
オレ反省。
わう
ゴンタの円らな瞳が俺をジィっと見ています。
体に毛が張り付いているので撫でられませんが、可愛い。
「トシ、トシ!ゴンタを愛でるんは後や!なんや解ったなら教えたらんかい」
「そうねぇ、アレとこのまま戦うのは嫌だから何か知っている事があるなら教えて欲しいわ」
「まったく……遊んでいる場合じゃありませんよう」
ぐぬぬ。
けーちゃん、カミーリアさんには返す言葉もないが、アリーナのやれやれだぜって態度がムカつく。
何故攻める側にいる!?ちゃっかり者か!?
そもそもお前がおちゃらけたせいだろうと問い詰めたい。
が、これ以上話が逸れると俺の立場がなくなりそうなので止めておこう。
けーちゃん、カミーリアさんの視線が痛いし。
マジ反省。
「アレは俺が知っている生物に似ているんだ。知っているヤツよりずいぶん大きいけどさ」
「アレに有効な攻撃があるんか?」
俺の言葉に反応したけーちゃんがデビルスラッグの方をチラッと見て聞いてくる。
「かなりの弱点があるかも知れない。試してみよう」
俺はニヤリと笑って自信ありげに答える。
わう!
「ホンマか!!」
「トシさんはヤル男だと思っていましたよ。ええ」
「うちの子達をアレに向かわせていいのかと思っていたの……是非試してちょうだい」
ゴンタからはキラキラした眼差しを。
けーちゃんは驚いたという態度と言葉を。
アリーナは馴れ馴れしく俺の肩を抱いて、上から目線の言葉をいただきました。
いつもいじっていたから、ここぞとばかりに反撃して来たな。
覚えていろよ。
そしてカミーリアさんは緊張気味な表情を少しだけ解いてくれた。
あの怪物を直接見たら無理もない。
騎士団、兵士達が足止めしか出来ていない現状を見たら尚更であろう。
アレ相手ではさすがのラミア部隊でも打つ手がないと解ったに違いない。
だから俺の弱点があるかもという言葉は一筋の光明だったのだろう。
アンの母親であるカミーリアさんの手助けが出来るなら嬉しい。
この世界で身内が少ない俺には、とても嬉しい。
俺はマジックバッグをゴソゴソと漁る。
そして取り出したのは木箱であった。
わう……わぅ?
「なんやのん?それ」
「それって……お店で売ってるアレじゃ……」
「?」
俺達の先にいるデビルスラッグは……日本の梅雨時に良く見かけるアレ、そうナメクジに違いない。
アレの体は灰色で所々黒い斑点があり表面に光沢がある。
体高二十mくらいあって横に潰れ気味だがアレはナメクジにしか見えない。
目やら触手やらが体の前方辺りから生えているがぬめぬめした進み方は見覚えがある。
だったら塩だよね!!
マジックバッグから取り出した木箱はバッキンの食事処御用達、俺の商売道具です。
ええ、十kgの塩が入った木箱ですとも。
今回の旅ではバッキンに寄る予定はないので数は多くないが持ってきている。
持ってきたというか常備してある塩だ。
木箱で三つある。
三十kg……あの巨体には少なすぎるか?
「バッキンのしおー」
わう
「塩って……塩かいな!?」
「品出しの手伝いをしましたから間違いありません」
「しお……お料理に使うしお?塩!?」
「「「「塩?」」」」
青いネコ型ロボット風に言ってみたが当然誰の反応もない。早すぎたんだ。
俺の脳裏を風の谷っぽい言葉が通り過ぎた。
アリーナからマンガなんて言葉を聞いて懐かしくて変になっていたみたいだ。
もうあっちの事で心を乱されるなんて事はないと思っていたのにな。
反応は帰ってこなかったが、みんなを驚かせるのには成功した。
いや驚かせたかった訳じゃないんだけどね。
黙って聞いていたカール博士やゾイサイト達も驚きの声を上げている。
秘密兵器が塩だもんね。
「百聞は一見に如かず」
わう!!
「結果を見ろっちゅうんやな」
「トシさんを信じない訳じゃないですけど、ホントですかぁ?」
「うちの子達に怪我をさせたくないんだけど……」
「がっはっは」
「若!解っているんですか?笑う所じゃありませんよ!?」
「……」
「塩、塩が武器?そんな馬鹿な」
みんなの反応は様々だ。
ゴンタの信頼だけが俺の心の支えです。
「まぁ、やってみましょうか。この量でどれだけ効くのか……解りやすそうな所で触手を狙いましょう」
「ぶつければええんか?」
「ぶつけるだけだよ。騎士団が頑張っているけど俺達が近づいてもいいのかな?」
「正面からってのは無理そうねぇ……脇の森からならいいんじゃないかしら」
カミーリアさんが顎に右手を当てて首を傾げている。
そういう仕草が可愛らしい。
まだまだ若いねぇ。
そしてカミーリアさんの号令でラミア部隊が動く。
北への街道沿いにある森へ向けての移動だ。
「雨も止んでいますし風の魔法でぶつけるのが一番だと思います」
「風の魔法ならカールが使えるで」
「おぉ!私の出番かね。私の手で実験出来るなんて嬉しいよ」
「うちの子達は水の魔法ばかりなのよね……二属性持ちは里長含めて五人しかいないの」
「そうなんですか。あ、石化魔法も試してみませんか?」
「効くとは思うけど、あの巨体じゃ、表面の一部で終わりそうね」
「そっか、魔力の消費も大きいんですっけ?」
「ほとんどの子は魔力の半分は持って行かれるわね」
「奥の手ですねぇ」
「そうなのよ」
打ち合わせをしながら脇の森へ着いた。
近づいたおかげでデビルスラッグの巨体さがより解った。
距離百mほどの位置だが少し見上げる感じだ。
ヤツが飛ばす酸はせいぜい五十mくらいの様なので危なくはないだろう。ヤツの足は遅いし。
カミーリアさんのお願いでアリーナはラミア部隊の一人と共に騎士団へ伝令に出たのでアリーナはいない。
アリーナが帰って来たら行動開始だ。
それまでに準備をしておこう。
再びマジックバッグから木箱を取り出す。
蓋を取り内包用の紙を開ける。
さすが俺の塩。いい白さだぜ。
自画自賛。
「本当にコレをぶつけるだけなのだね?」
「はい。触手に当ててください。出来ますか?」
「触手も小さくはないから大丈夫だろう」
「お願いします」
「ああ」
俺とカールさんは実験の詳細を詰める。
出来るかな?どうなるのかな?とボソボソ呟いてもいた。
おっさんだが可愛らしい。
研究一筋で子供っぽい所がある人の様だ。
「うちの子達も戦えるかしら?」
「濃い塩水で……いや効果が薄いか」
「塩水はダメなの?」
「効かない訳ではないんですが、威力は下がるでしょう。それでも試す価値はありますのでやって見てください」
「そうなのね」
水分を吸い出すのが目的だからなぁ。
「他の方法も考えてみます」
「ありがとうね」
カミーリアさんの表情は硬い。
可愛い部下達の命を預かっているからだと思われる。
理解は出来るが、そんな顔をさせたくないと思った。
ラミア達で戦える方法を考える。
塩……水魔法、弓矢……石化魔法……か。
「カミーリアさん、石化魔法って物にも効くんですか?」
「効くわよ」
「塩に水を混ぜて矢の形にして石化魔法を掛けたら塩の矢になりますかね?泥を混ぜてもいいんですけど」
「やってみましょう!!」
俺は考えた代案を出す。
カミーリアさんは乗り気だ。
元気が出た様でなにより。
早速、木の板の上で塩を水で練って矢の形を作ってみた。
鏃は少し大き目にね。
そしてカミーリアさんの石化魔法が掛けられた。
特に影響とかないんだな。アンが使った事もあったが余裕がなくて見てなかったんだよね。
今度ゆっくり見せてもらおうかな。
「……岩塩っぽくなったわね。それなりに強度もありそう。いけるわ」
「いけそうですか!良かった。アレに近づいて塩を撒くなんてやりたくなかったんですよ」
「うふふ。私もやりたくないわねぇ」
「です」
(ラミアの宝石造りに似てるわ。内緒ね)
(は、はい)
カミーリアさんが俺の耳に顔を寄せて囁いた。
いきなりで驚いた。勘弁してほしい。
動揺しているのがバレたらアンに報告されかねない。
冷静に冷静にっと。
ってラミア種族の大事な秘密を聞いた気がする。
効かなかった事にしよう。
そうだ、何もなかった。うん。
「ただいまです!」
アリーナ達が戻ってきたのは、俺が冷静さを取り戻した後でした。
危ない危ない。
アリーナが伝令に出ていて良かった。
最近のアリーナは俺にやり返してくるからな。
「独自に動いて大丈夫?」
「はい。ただし、狙われた場合は王都方面には逃げないようにとの事です」
「解ったわ。カールさん、お願いしますね」
「あれだけの的です。お任せあれ」
「私も弓と水魔法を使います」
正面で食い止めている騎士団からの了承を得てカミーリアさんとカール博士が動いた。
ラミア部隊、そして俺達の注目が集まる。
四人はゆっくりとデビルスラッグとの距離を詰めて行く。
ああ、残りの二人はゴンタとけーちゃんです。
ゴンタがカミーリアさん、けーちゃんがカール博士の護衛に付いて行った。
おかげで安心して見ていられる。
攻撃射程に届いたのであろう、足を止めている。
カミーリアさんが弓を引き絞った。
矢は塩の矢だ。
俺の喉がゴクリと鳴った。
周囲からも聞こえた気がする。
緊張の一瞬。
カール博士の魔法が放たれた。
塩を水で練った塩玉が飛んでいく。人の頭ほどもある塊だ。
それに合わせた様にカミーリアさんからも矢が放たれた。
塩玉が八本ある触手のうちの一本に当たり砕けちった。
塩の破片を散弾みたいにばら撒いている。
そのほとんどがそのままデビルスラッグの体に当たった。
塩の矢は目らしき部分に命中していた。
カミーリアさんも弓の名手らしいと解った。
しかも塩を溶いた水が入った木桶から水流操作も同時にしていた。
木桶から蛇の様にうねりながら塩水が飛び触手の一本に当たって水飛沫をあげたのが見えた。
カミーリアさんが強いとは聞いていたし隊長を任されるくらいだ、
驚くところではないのかも知れない。
強者だ。
「当たりましたけど……反応ありませんね?」
「がっはっは」
「失敗ですかね?」
「……」
みんなの視線が俺に集まる。
視線が痛い。
やべぇ、効かなかったか?
顔には出していないと思うが焦る。
「見ろ!ヤツの足が止まって触手を振り回してる!」
デビルスラッグを見て俺が指摘する。
効いてくれた!?よっし!
「塩玉が当たった触手が地面に垂れています!水魔法も効いてそうです」
「がっはっは」
「効いてるっぽいです。口が合ったら叫んでいそうな感じですよ!」
「……」
俺の言葉を聞いて、もう一度デビルスラッグに視線を向けたアリーナとドワーフ達からも声が挙がる。
わう!!
攻撃組が戻ってくる。
ゴンタは一足先も戻って来て、俺の足元で嬉しそうにしている。
俺ならやってくれると信じてくれていたんだな。
キラキラした目が嬉しい。
「効いたわ!片目を潰してやったわよ!水流操作も思った以上に効くわ!!」
カミーリアさんが感情も露わに興奮して叫んだ。
それを皮切りに他のみんなからも元気な声が続く。
「上手くいくと思っとったわ」
わう!
「ですよね。信じていましたとも。ええ」
「不思議じゃのぅ」
「意味が解りません」
「……」
「触手が動かなくなったぞ。トシ君!どうなっているんだね!?教えてくれたまえ」
興奮が収まらないといった感じのカール博士。
今にも俺に掴みかかってきそうだ。
「やりましたね!原理は後ほど。まずは塩玉と塩矢の作成に入りましょう」
「そんな!?ひどいぞトシ君……」
「そう、そうね!やるわよー」
「「「「おー!」」」」
そしてカミーリアさんの指示で動き出すラミア部隊。
自分達で状況を打破できると確信したのか、みんなの表情は明るくなっていた。
雨は止んだが空は暗くなりつつあるけどね。
とにかく役に立てたっぽい。
「塩が足りないかもしれません。俺、補給してきます」
「足りなくなってからじゃ遅いものね。お願いしていいかしら」
「もちろんです。けーちゃん、ヤツを倒したとか状況が変わったら送話魔法で連絡してね」
「はいな。こっちは任せとき」
「ゴンタもみんなを守ってくれ」
わう!
「アリーナは……カミーリアさんの指示を聞く様にっ!」
「私だけ適当……」
「伝令にラミアだけ行かせない方がいいだろ?」
「そうかもですが……頑張りますよぅ」
アリーナが足元の石を蹴るふりをして答えた。
虐めた訳じゃないんだけど、特に役割が思いつかなかったんだ。
すまぬ。
「行って来ます!」
俺は微妙な空気を消す様に大きな声で出発を告げる。
わう!
「「「いってらっしゃい」」」
あんな大きな軟体魔物でも倒せる目途がついた。
一番近い海……東へ抜けた方が早いな。
俺はラミアの里近郊に隠したスターインを地下で移動させながら、東へ走り出す。
俺もやれる事をやろう。