年寄り達の悪夢
315
――――!?
――!!
「外が騒がしいわね……何かあったのかしら?」
アンの母親であるカミーリアさんがゴンタを撫でながら顔を窓に向けた。
わう
ゴンタも伏せた体勢のまま顔を窓に向けた。
「なんでしょうね?行ってみましょうか」
わう
「ええ……残念ですけど気になりますもんねぇ」
ここで言う残念はゴンタを撫でるのが終わりって事だろう。
「ゾイサイトさん達が何かしてたりして……」
「アリーナ……やなこと言うなよ」
「冗談ですってば、けーちゃんが付いて行ったし問題なんて起こりませんって」
「ったくフラグ立ってないだろうなぁ……」
「?」
アリーナの発言でトラブルフラグが立ってそう。
俺のフラグ発言に首を傾げるアリーナ。
たぶん話の流れ的に旗なんてのがいきなり出て来て謎なんだろうな。
異世界スラングで、ごめんなさい。
俺、ゴンタ、アリーナ、カミーリアさんの四人で里長の屋敷から外に出る。
外に出たら門の方に人だかりが出来ているのが解った。
きっと騒動の元はあそこだろう。
俺達はお互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
そして足は門の方へ向かう。
「何事?」
「トシも来たんか。里に駈け込んで来たあんちゃんが原因みたいやね」
「ふむ」
人だかりの中心には鉄の胸当てを着けた若者がいた。
胸当てには紋章が入っている。
国、貴族といった者達の関係者だと推察される。
若い男の兵士の側には里まで乗って来たであろう馬もいた。
ラミアのおねえさんから差し出された盃で水を飲んでいるが、呼吸が荒くかなり水をこぼしているのが見えた。
「さ、里長の所へ案内してくれ!」
若い男の兵士は肩で息をしながら叫んだ。
そして周りを囲んでいたラミア達が辺りを見回して……カミーリアさんで目を止めた。
「あらあらー、仕方ないわねぇ」
どうやらこの場で一番上の立場にいる者はカミーリアさんだったようだ。
他のラミアさん達にとって里長は気難しい目上の人なんだろうね。
訳も解らないながらも自分の役割を察したらしいカミーリアさん。
彼を連れて里長に話を通すんだね。
「アリーナ、里長の所まで先行してくれ」
「はい」
アリーナは直ぐに里長の屋敷へ走ってくれた。
話はスムーズに進めないとね。
俺の仕事はっと。
「肩を貸しますよ」
「す、すまん」
若い男の兵士はかなり疲れている様に見えた。
馬に乗って来たのだろうが、走りづめで来たと思われる。
無茶をしたんだろう。
俺は彼を立たせ肩を貸した。
何だかラミアの女性達の間から不穏な嬌声が上がったが、気にしない方が精神的によさそう。
背後からの熱い視線を無視して里長の屋敷へ向かって歩き出す。
けーちゃんとゾイサイト達が馬を引き連れて来てくれている。
その後ろに野次馬だろうか、ゾロゾロ着いてくる気配が沢山。
俺達も騒ぎを聞きつけて来ただけに文句も言えない。
まぁ、里長に叱られても知らんぞー。
里長の屋敷前にはアリーナと里長、長老格達が揃っていた。
「何事じゃ?」
「彼……ギルスア王国の騎士団の連絡将校だと思うわ」
ほぉー、そうなのか。やっぱり紋章で解ったのかね。
若いのに役職持ちか、大したもんだ。
「騎士団の者か、何があったのじゃ?話せるかのぅ?」
里長は彼の様子から緊急の用件と察したのか、屋敷にも入らずに話に入った。
「ハァハァッ、ベイローレル殿です、か?」
「うむ」
「北の森からデビルスラッグが街道を通り王都へ近づいているのです!」
「デビルスラッグじゃとっ!!」
「ぬぅ……」
「あの悪夢が再び……」
彼の報告に里長は叫び、長老格二人は呟いていた。
しかし周りにいるラミア達から反応らしい反応はない。古い世代の者にしか解らない何かがあるに違いない。
カミーリアさんは……解っているけど解っていない風を装っている。
自分は若いからわからなーいとでも言いたいのだろうか?余裕があるじゃないっすか。深刻そうな話なのに。
ギルスア王国の若い男の兵士……騎士は懐から書状を出して里長に手渡した。
きっと国から詳細について書いてあるのだろう。
受け取った書状を開き目を通す里長。
「けーちゃん、デビルスラッグって魔物だよね?」
「そうみたいやね。うちは知らんけど」
「私も知らないな」
「ワシも知らん。お前らは知ってるか?」
「知りません」
「……」
けーちゃん、カール博士に続きゾイサイト達も知らないと答える。
ソーダは首を振っているだけだったけどね。
無口系は戦士に多い気がする。
背中で見せる的な感じかね?でもちょっとは話した方が良いと思うのです。
「ゴンタちゃんは知ってますかー?」
わぅ……
「ですよねぇ。私も初めて聞く名前です」
わう
アリーナがしゃがみ込んでゴンタに話しかけている。
デビルスラッグの事を知っているのは里長達だけらしい。
ここら限定の魔物だろうかね?
「マズイのぅ……」
書状に目を通した里長が低い声で言葉を漏らす。
「里長、もう名前は出ちゃいましたし、詳しい話をした方が良いかと思うのー」
「ふむ、それもそうじゃな」
カミーリアさんの緊張感のない声に少し気が楽になったのか、里長は辺りを見回して言う。
「昔この辺りで村を二つ、城壁のある都市を一つ廃墟にした化け物がデビルスラッグじゃ」
里長の言葉に静まり返っていた空間に唾を飲みこむ音が聞こえた。
誰かは解らないが、昔の被害の大きさを思えば無理もない。
里長の次の言葉を待っているのか、また静まり返った。
ギャーギャー喚かない所がラミア達の凄い所かも知れない。肝が据わっている。統制が取れていると言うかね。
「更に昔も似たような被害が出ていると聞いておる。他所で出たと聞いた事がない」
「実際にどういうヤツなんですか?」
みんなが知りたいであろう事を俺が聞いてみた。
「前回でたのは五十年くらい前くらいか……軟体系の魔物で屋敷より大きかったのぅ。酸を飛ばしよる。触手を伸ばし体に取り込んで更に大きくなっていったようじゃ」
「前回がどうやって倒したんですか?」
里長は実際に見ていたっぽい。
なら知っていそうだ。
「とにかく魔法を使える者を集めたのぅ。国の魔法使い、冒険者、おそらく五百人ほどで遠距離攻撃をしまくったんじゃ」
「五百……」
「マジか……」
「近接は無理なのね……」
さすがに周りで話を聞いていた者達も言葉を漏らさずには居られなかった模様。
規模がでかい戦いだったらしい。
国同士の戦いと似たような規模だったんじゃないかな。
「火の魔法がわりと効いたんじゃが他の属性に比べてと言う程度じゃったな。火の魔法を喰らっても眼中なく突っ込んできおったからな」
「投げ槍、矢はどうだったんでしょう?」
「ほぼ効いておらんかったな。魔法の武器ならそれなりに効くんじゃろうが近接は即、死に繋がっとった……」
当時の光景を思い出したのか里長、横にいる長老格達が顔を顰めていた。
酷い現場だったに違いない。
俺も剣で切り掛って触手に捉まって溶かされるなんて死に方は勘弁願いたい。
そもそも触手は女騎士か姫騎士が相手をするって相場が決まっている。
おっさんなんておよびじゃなかろう。
「目?触覚?良く解らんが突起物を切ったら動きが遅くなっとった。しばらくすると速さが戻っとった所を見ると目を潰したが魔力か、気を追える様に進化しよったと言われてたのぅ」
「そもそもの早さはどの程度なんですか?」
「人が歩く程度じゃな。ジワジワと人里目指して進みよるんじゃ」
「そうですか……」
「トシさん、何か思いついたのかしらー?」
カミーリアさんから質問が飛んできた。
鋭いな。
「部隊を囮にして山に戻させるってのはどうでしょうか?交代しつつやれば損害なくいけそうですが……」
「それは無理だ」
ようやく息が整ったのか騎士が答えてくれた。
「悪くない考えじゃと思うが?」
「既に村を目指して動いているのだ。周りで魔法を撃っても方向転換をしてくれなかった」
「より多くの獲物がいる場所を把握してるのじゃな」
「おそらく……」
既に魔力か、気を追える力があるらしい。
しかも遠距離で使える力か……。
「避難勧告を出せ!里の者達を守る護衛部隊以外は援軍として向かうのじゃ!!」
里長が声を張り上げた。
周りを見渡すとさっきの比ではなく人が集まっていた。
そして動き出す人達。
この里も化け物に狙われる可能性があるのか……。
移民の相談に来たのになんてこった。
「デビルスラッグは王都の北三日くらいの距離にいる。今頃最初の村が落とされていると思われる」
「あの辺りか……カミーリア、すまんが援軍の指揮を頼む」
「はぁい」
「緊張感の……まぁええ、頼むぞ!」
里長は長老格達に指示を出してから騎士を連れて屋敷に入っていった。
書状の返事と里の動きを王国に伝えてもらうんだろうな。
ラミアの里は自治権があるとはいえ王国の要請を無視できないだろう。
俺の移民相談どころではなくなってしまったな。
「話どころじゃなくなっちゃったわねぇ」
「カミーリアさん、手を貸しますよ」
わう!
「んー、それじゃお願いしようかしら」
「ええでー」
「任せてください」
「戦いは……」
「がっはっは」
「止めても無駄なんでしょうね……」
「……」
カール博士とセレスがしょんぼりしているが、どうせ時間が出来てしまったしな。
アンの母上の手伝いをしようと思う。
もちろん無理はしない。
最悪、俺の力で落とし穴大作戦かな。
でも軟体系ってのが気になる。スライムの亜種だったら落とし穴で仕留められない気もする。
後、大きさも問題か。
どんな化け物なんだろう?
カミーリアさんがラミアの戦士団に指示を出すのを見ながら、俺達も戦いの準備に入った。
ギルスア王国の魔法部隊で仕留めていてくれると良いんだけど。
そういや第三王子のエニアスは元気かな?あいつは剣士だから出張ってきていないか。
かっちゃんの従兄のサム、叔父さんのアッツさんは遺跡にいないかな?いてくれたら戦力として頼もしすぎる。
けーちゃんに連絡をいれてもらおう。
ラミアの人達をサトウキビ島へ連れて行けるのか心配なトシでした。