ポンコツ野郎
312
「おいっす」
「遅い!遅すぎるぞ!!」
「やっと時間が取れたんだよ。何か所か行くべき所があるのに最初に来てやったんだぞう」
「む、そうか。いやそれは当然であろう」
「当然じゃねーし」
「ぐぬぬ」
サトウキビ島をスターインで出発した俺達……俺、アリーナ、けーちゃんはラミアの里、カール博士のいるドーツ王国、尾白のいるフリナス王国に用がある。
身軽そうな順に拾っていこうと思い、まずフリナス王国の尾白を訪ねた。
エティゴ商会の応接室で挨拶した早々、尾白から遅いと文句を言われています。
尾白は相変わらず女性にモテそうなナイスミドルっぽく見えます。
中身は花ちゃんラブで一杯な残念野郎なんですけどね。
花ちゃんが絡まないとクールでやり手な商会長らしいんですよ。
そんな所を俺達は見た事がありません。
「遠見の水晶を出すから花ちゃんと話をしていいぞ」
「おぉ!トシは良い奴であるな。ムカつくが」
「一言余計だ。まぁいいや」
俺は応接室のテーブルに遠見の水晶を出してやった。
キラキラ眩しい笑顔になった尾白。
そして用意してあった紙で話し始めた。
それからは俺の問いかけに一切応答しなくなりやがったよ。
清々しいまでの花ちゃん大好きっぷりだ。
怒る気にもならん。
「けーちゃん、どうする?町に出るかい?」
「そうやな……このポンコツの相手はしとられん。遊びに出よか」
「あいよ。これならアリーナと一緒に町で情報収集してたほうが良かったね」
「まぁ、ここまで喜ばれると悪い気はせーへん。うちも花ちゃんが好きやし」
「そうだな。じゃ行こうか」
「はいな」
俺達がフカフカのソファーから立ち上がっても見向きもしない尾白であった。
こんにゃろうめ。
応接室の外で待機していた商会の人に町に出てくると言づけて、外へ出た俺とけーちゃん。
アリーナには俺が拾っていられない町の情報や噂話を集めてもらっている。
夕飯は一緒に食べる予定なので、後で合流は出来る。
「奴隷が多いね」
「獣人系がほとんどやな」
俺達は店をひやかしながら大通りを歩いている。
店の裏で荷運びなどをしているのが目に入った。
そんな彼らは奴隷の証である首輪を着けていた。
接客をする人達に奴隷は見当たらない。
この国では奴隷とは日の当たらない所で生きていく人達なのであろう。
「人種的な偏りから見るに犯罪奴隷って訳じゃなさそうね」
「せやな……どこかで捕まえて来たんやろね」
「むぅ」
「この国は歴史もあるし領土も広い。人の手はいくらあっても足りんやろうし、下のモンのを慰撫するのに奴隷っちゅうんは使いやすいんやろね」
下のモンってのは一般国民で生活の厳しい不満を持ちやすい人達の事だろう。
更に下の立場を作っておけば国に不満の矛先が向かい難いってのは解る。
そしてそれが奴隷なら抑え込むのは簡単だ。
奴隷の首輪には主に逆らえなる力があるらしいからだ。
古の魔導具だな。
新しく奴隷の首輪を作れる技術がないのが救いかな。
数に限りがある。
店の裏や路地の裏で首輪を着けた者達を何度も見かけた。
暴力を振るわれている場面は見ていない。
一応、財産として扱われているらしい。
労働力としても使っている以上、壊すようなマネはしていない模様。
嫌な気分ながらも少し安心した。
もっとも俺が見た事がすべてではない事くらいは知っている。
「冒険者ギルドに寄ってってええ?」
「あいよ」
けーちゃんが通りの先にある建物を指さして聞いて来た。
時間はあるので構わないっす。
「ここのギルドには昔馴染みがおるんよ。情報収集な」
「おー」
けーちゃんに連れられて冒険者ギルドに入る。
何度か腕に赤い布を巻いたチンピラを見かけたので面倒にならない様に、どこかに入りたいってのもあった。
どう考えても厄介ごとになりそうだもんな。
「トシも一緒に話を聞く?」
「んー、けーちゃんに任せとく。久しぶりに掲示板とか見ているよ」
「はいな」
けーちゃんは受付カウンターへ向かっていった。
冒険者ギルドに来るのは久しぶりだ。
俺を除くメンバーはそこそこ顔を出していたんだが、俺は魔力がないのでカードの更新が出来ない。
特殊カードなので、あまり使いたくないってのもある。
昼飯を食べてから町に入ったせいか、冒険者ギルド内は冒険者が少ない。
みんな朝一でクエストの受注をして、今頃は頑張っているんだろうねぇ。
なんて、とっても他人事な感想を持ったり。
尾白がいるこの街リャンは王都ではない。
エティゴ商会の本店は王都にあるくせに、尾白は花ちゃんの屋敷に一番近いこの支店に詰めていた。
まごうことなき馬鹿っぷりである。
ホント清々しい。
街の近くには森もあるし魔物もいる。
だから掲示板にはそれなりにクエストが貼ってあった。
レッドベアーの肝を取って来てくれとかグレイウルフの毛皮を募集とか薬草各種いつでも買取ますなんてのもあった。
俺がぼんやり掲示板を見ていると、足元をちょろちょろする奴らがいた。
小遣い稼ぎなのか子供達である。
余り身形は良くないが元気そうな子供達だ。
下町の子かなぁ。
そんな彼らを目で追った。
へー、冒険者達に依頼するまでもない細かい仕事用の掲示板もあるのか。
冒険者ギルドがセーフティーネットにもなっているのかもしれない。
昼間に働きもせず掲示板を見ているしょーもないヤツって感じの目で子供達に見られたのは気のせいであろう。
いやいや違うんですよ?たまたまです。
男だけに。
現実逃避気味なせいか思考が暴走したかもしれない。
あ、そういえば一番最初に冒険者ギルドへ来た時にどこかに行って偉い人に会えとか言われてた様な気がする。
俺が魔力を持たない事から特殊なヤツだと判断した冒険者ギルドの人だったかな。
冒険者ギルド本部というとイグルス帝国だったっけ。
《闘族》と対決した島国だな。
奴らの事を思い出したら左腕がズキリと痛んだ。
ボスであった『不死』のマグヌスは未だに地下で焼かれ続けている。
本当に復活し続けている。
凄まじいまでの拷問だ。
終わりなき拷問。
老衰では死ぬとは思うけど、いつになる事やら。
助けようとは思わないがね。
おっと思考が逸れた。
冒険者ギルド本部とやらに顔を出すべきなのかな……面倒臭いからいいか。
うむ。
決定。
サトウキビ島の開拓、整備で忙しくなる。
どっかの知らないお偉方に会っている暇はない。
ないったらない。
イベントが起きそうな気もするし。
「トシさん。珍しい所にいますねぇ」
「お、おいっす」
声を掛けられて振り向くとアリーナがいた。
「尾白さんの方は?」
「遠見の水晶で花ちゃんに首ったけ」
「あぁ……」
しょーないなぁという顔をするアリーナ。
うちの全員が知っている事実である。
「けーちゃんに付き合って来たんだ」
「私もここに情報収集しに来ました」
「最初に来るべき所じゃないの?」
「時間が時間ですからねぇ、暇そうな受付嬢から話を聞こうかと思いまして」
「なる」
アリーナも冒険者から話を聞ける時間帯ではない事は解っていたらしい。
俺よりは冒険者ギルドに来ているもんな。
「けーちゃんが聞いてくれているなら出番はなさそうですね」
「そだね」
「じゃー、何か奢ってください」
建物の奥にある飲食スペースを見つけたアリーナが俺にたかって来る。
他所で働いて来てくれた感謝くらいしておくか。
「あいよ」
「やたっ」
「昼間っから酒はやめとけよー」
「らじゃ!」
アリーナもかっちゃんと同じく変な言葉を覚えやがったな。
発信源は俺なんだけどさ。
奥のテーブルに向かう俺とアリーナ。
葡萄ジュースと蕎麦のガレットに何かの葉っぱとハムが挟んであるものを注文した。
どこへ行ってもジュースには砂糖なんて入っていないから果実の甘さだけなんだけどな。
サトウキビ島より暑さは控えめとはいっても暑い。
だから水分補給はこまめにです。
「なんか聞けたかい?」
「ドーツ王国との戦争に裏から加担したってのが広まってますね」
「ほー」
「フリナス王国の人が必死に隠蔽しようとしてますが、もう無理でしょうね」
「ほほー」
「だからといって何がどう動く事もないようですが」
「反乱とかはないか」
「ですね。賄賂だのの官僚の腐敗も知れ渡ってますし、また何かやったかって感じでした」
「それでも大人しくしているんだから良い所もあるんだろうね、この国は」
「税金も安くはないですね。ただ食料が不足する国ではないので生きていく分には問題ないって所ですかね」
「食料生産ではここらじゃ一番だもんな」
「はい。肉も魚も野菜も味、量ともに一番です」
「家畜を買って行こう」
「話だけ通して帰りに持って行くのが良いのでは?」
「それもそうか。そうしよう」
「尾白さんに働いてもらいましょう」
「もらいましょう」
花ちゃんとの会話という褒美を先に与えたんだから働いてもらわないとな。
俺とアリーナは少しだけ悪い顔をしていたという。
▼
「待たせたなぁ」
「もう一杯!」
「おかわりー!!」
「ダメや……こいつら」
けーちゃんの呟きが聞こえて来た気がする。
でもワインが美味いので良く解らない。
テーブル越しにいるアリーナも同じだろう。
テーブルの上にはワインの入っていた壺やらツマミの乗った皿が所狭しと並んでいる。
「うちにもよこさんかーい!」
「おう!」
「けーちゃん分身の術ー、にゃはははは」
「そんな術は持っとらん。くっ、早く呑まないと手遅れに……追いつかないとまずいなぁ」
酒はいいなぁ。
外が暗い気もするがどーでもいい。
周りのテーブルも冒険者達で一杯だ。
負けてたまるか!呑んで呑んで呑まれて呑んでー!
▼
「邪魔をするな」
「一晩中花ちゃんを付き合わせたのかよ……」
ええ、エロイ話ではありません。
「何!?」
俺が何度か声を掛けてようやく俺の存在に気付いた尾白。
そして窓の外を見ている。
「話しすぎだ」
「花ちゃんに無理をさせないでください」
「自重せい」
「うぅ……」
俺達三人は尾白を責める。
本当に時間が過ぎたのに気が付かなかったらしい。
自分でも失敗したと解ったのか渋い顔をしている。
「なんて酒の匂いをプンプンさせている私達が言ってもー」
「それはそれ」
「これはこれや」
アリーナの尾白に対するフォローを蹴っ飛ばす俺とけーちゃん。
そう、結局冒険者ギルドで呑み明かしてきました。
朝飯もしっかり食べてエティゴ商会を再び訪れました。
『花ちゃん、お休み』
『眠らなくても大丈夫なんですけどね』
『でも、お休み』
『はい。お休みなさいませ』
俺は遠見の水晶の向こうに見える花ちゃんと雪乃に伝えた。
そして遠見の水晶をカバンにしまった。
なんせこれから働いてもらう尾白がポンコツのままじゃ困るからねっ!
「おらー、働けー」
「うらー、働けー」
「再び花ちゃんと話したくば働くんよ」
「ぐぬぬ」
「まぁ、半分冗談だ」
「半分なのか!?」
「まぁいいじゃないか。で、花ちゃんと話して今後の行動は決まったか?」
「うむ。私もサトウキビ島とやらに引っ越すぞ」
尾白なら言うと思った。
驚きはない。
「エティゴ商会はどうすんのよ?」
「番頭に譲る」
驚いた。
「大胆だな」
「話を聞いて既に引継ぎは終わっている」
「動くの早い」
「花が待っているからな」
「それはどうだろう」
「ふふっ、凡人には解るまい」
くっ、良く解らんが負けた気分。
誇らしげな顔をしやがって……絶対一方通行のくせに生意気な。
「財産とかは?」
「店の回転資金以外は動かしてある」
「おー」
「今後も情報源として働いてもらうつもりだ」
「なるほど」
「先代の国王からこっち住みやすい国とは言えんしな」
「ふむ」
「何より花の側に私がいないなんておかしいだろう」
「いや、お前がおかしい」
「せやな。尾白はおかしい」
「ですね、尾白さんは残念な人です」
「くっ、ぼんくら共め」
「ほほぉ、連れて行って欲しくないというのかね」
「すみませんでしたぁっ!」
さすが敏腕商人、手のひら返しが早い。
そして無駄なプライドは持っていない模様。
こうして同行者が一人増えました。
もちろん家畜の買い付けを頼んで、後で迎えに来ると伝えた。
もうちょっとこの街で働いておくれ。
同行中に花ちゃんの話を続けられるのがいやで置いて行く訳ではありません。
次に目指すはカール博士のいるドーツ王国だ。
俺達の冒険はこれからだっ!