覚悟
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けーちゃんが話せる様になったのは意識を取り戻してから二日後だった。
アリーナもけーちゃんの隣で思う事があったのか、元気を取り戻しつつあった。
「あーん」
「かっちゃん、もう自分で出来るがな」
けーちゃんはかっちゃんに言うが、かっちゃんはフォークに差した桃を引っ込めない。
桃を食べるけーちゃん。
「あーん」
けーちゃんは無駄だと思ったのか、大人しくかっちゃんが差し出す桃を食べ続けている。
かっちゃんの後ろになっちゃんがくっついている。
大好きなかっちゃんがけーちゃんに掛りっきりだから寂しいのかも知れないね。
俺はそんな様子を更に後ろから見ている。
「雑炊もいかがですか?」
花ちゃんがお盆を持って畳の部屋へ来た。
むぅ、良い匂いだ。
卵雑炊かな。
たぶん最後の米と卵だなぁ。
「花ちゃん、ありがとう」
「かっちゃん、休んでいてくださいな」
「十分休んだで」
そう言ったかっちゃんは、花ちゃんから雑炊の乗ったお盆を取った。
実際の所、かっちゃんはけーちゃんの側で待機しっぱなしだ。
ほとんど休んでいないはずだ。
かっちゃんは雑炊を匙で掬ってフーフーしている。
「あーん」
けーちゃんは雑炊も問題なく食べられる様だ。
俺は匙に乗っている米を目で追ってしまったり。
卑しいなぁ、俺。
やはり米も早く取りに行きたいぞ。
雪乃も匙の動きを目で追っていたのは見逃さない。同志だ!同志に違いない!米仲間だ。
雪乃は雪女だから熱い食べ物は苦手であろう。おにぎりなんか好きそうだよね。
けーちゃんは時間を掛けながらゆっくりと雑炊を食べきった。
それを見た花ちゃんが麦茶を出している。
「みなさん、ありがとなぁ」
けーちゃんは上半身を起こしたまま俺達に礼を言ってきた。
俺の仲間達の紹介は終わっている。
かっちゃんのおかげか、けーちゃんから警戒心を感じなくなっている。
もっとも意識がある今ならば結界魔法があるから身を守れると言う自信もあるのだろう。
「どういたしまして」
俺が言えるのはこれくらいだ。
「良かったー」
なっちゃんはニパッと笑っている。
「ああ、良かった」
アンドロメダはあっさりしている。
アリーナ、花ちゃん、雪乃は黙って見守っている。
「けーちゃん……」
かっちゃんはけーちゃんに寄り添って彼女の手を握っている。
「悪いんやけど、色々聞かせてもらってもええかな?」
けーちゃんはみんなを見回した後で言う。
「トシ、頼むわ」
「ああ」
けーちゃんにはどこまで話したらいいかな。
確か異世界人ということまでは教えたはずだ。
後は……『錬成』、世界樹の力、星の力だな。ふむ。
俺は麦茶を一口飲む。
「これから話す事は俺の力に関わる事でもあります。それでも聞きたいですか?」
俺はけーちゃんの覚悟を問う。
「……聞くで。代償はうちの残りの人生や」
「そこまで言いますか」
けーちゃんがそこまでの覚悟だとはな。
どちらと言うと俺の方の覚悟が足りなかった様だ。
ケットシーの好奇心を甘く見ていた。
けーちゃんの中では、それだけ今回の事件は異常だったのだ。
それとも一度は落とした命だからか?とにかくけーちゃんの覚悟は示された。
俺達がけーちゃんの命の恩人になるのだろうが、それ以上に知りたいという気持ちが感じられた。
かっちゃん以外の仲間達は驚いている。
けーちゃんの覚悟はかっちゃんには理解出来る事なのであろう。
「トシ、頼むわ」
かっちゃんもけーちゃんの覚悟の味方らしい。
もっともかっちゃんは最初からけーちゃんの味方だったけどね。
「解った」
けーちゃんに全てを話そう。
俺の力を知って対策が打てる者もそうはいない。
情報だけなら何とかなるかも知れないけどな。
また麦茶を一口飲む。
「俺には力が三つある。一つ目は『錬成』というギフトだ。海水から塩が取れたりする」
「けーちゃん、質問は後や」
かっちゃんがけーちゃんを抑えた。
質問に答えていたらいつまでも話が終わらなそうだから助かる。
「二つ目は大地に触れている者の情報だ。三つ目は地形操作って事になるかな」
「トシ……」
かっちゃんは俺が力についてここまで明かすとは思わなかったのであろう。
ちょっと驚いている様に見える。
「ここまでが前提だ。そしてここからの話がけーちゃん救出に関わる話になる」
「はいな」
けーちゃんはかっちゃんと声も似てるし選ぶ言葉も似ているな。
かっちゃんより少しだけ濃い茶色の毛並で容姿も似ている。
顔に至っては区別がつかない。
「俺達は大森林へ行く途中だったんだ。俺は大森林繋がりでけーちゃんの事を思い出した。そしてけーちゃんがどうしているか調べて監禁されていることが解った」
けーちゃんは大人しく聞いていてくれる。
「かっちゃんがけーちゃんの救出を頼んで来たから俺達も動いた。そこからは俺の第三の力である地形操作の出番だった」
「かっちゃん……」
「当然やん」
俺もけーちゃんを助ける気があった。だがかっちゃんの気持ちが一番であったのは間違いない。
「テーレーゼ領主の館……けーちゃんの落ちた穴の底へ俺達が行って救出した。ついでに地形操作で領主の館を地中に落とした。だから今は地上に領主の館はないよ」
「凄い!凄いで!!」
ずっと黙っていたけーちゃんだったが、我慢できなくなったらしい。
ケットシーの好奇心に火がついたのか、今にも俺に掴みかかってきそうだ。
しかし、かっちゃんが手を握ったままなので実行には移されていない。
「けーちゃんへの迷惑料として領主の館の宝物庫を隔離して置いたから、後で渡すよ」
「宝物庫!」
アリーナが宝物庫に反応した。
相変わらずお宝大好きだな。
お前のじゃないっつーの。でも元気が出たようで何より。
「うちはいらんから、トシ達で使ってや」
「ケイトさん!良い人です!」
「けーちゃんでええで」
「はい!けーちゃん」
アリーナ……ちょろ過ぎるだろ。
「けーちゃん」
なっちゃんがけーちゃんと呼んだ。
ニコニコして嬉しそうである。
「はいな。なっちゃん」
「けーちゃん!」
なっちゃんとけーちゃんも仲良しか。かっちゃんのお姉さんみたいなものだと聞いてから嬉しそうだったもんな。
なっちゃんの中ではけーちゃんも家族に含まれているのだろう。
鋭い所のあるなっちゃんだ、彼女の感覚は頼りになる。けーちゃんは信頼出来る人という事だ。
「けーちゃん、まだ大人しくしていた方が良いぞ」
アンドロメダは淡々と言う。
だがけーちゃんの体を心配しているのがはっきりと伝わってくる。
良い女だ……男前という方がしっくりくるか。
口調が男っぽいのはどうにもならなそうだがね。
「そう、そうやな」
けーちゃんは興奮しすぎたと気付いたらしい。
麦茶を飲んで気持ちを落ち着かせている。
「そうですよ。まずは体調を戻さないといけません」
「はいな」
花ちゃんもアンドロメダに続いて言う。
雪乃は花ちゃんにくっついている。
「けーちゃん、うちが知っている事を教えるから大人しく横になってや」
「聞くでー!」
かっちゃんがチラリと俺を見てウインクしてきた。
後は任せろって所かな。
かっちゃんにも休んで欲しいけど、彼女と一緒にいたいのかも知れない。
大森林行きを延期にすれば予定もないし任せる。とは言え俺もやることがなくなったので、かっちゃんの補足にまわろう。
かっちゃんはけーちゃんの様子を見ながら俺との旅で起こったこと、解ったことを話していった。
けーちゃんが興奮するたびにかっちゃんが「もう話さんで」と脅して無理をさせないようにしていた。
ケットシーの好奇心は凄いね。
けーちゃんが落ち着くのは何日先になることやら……でもけーちゃんの危機は去った。




