帰還
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「ただいまー」
「帰ったよ」
俺はなっちゃんが開けてくれた入口をくぐる。
そんな俺はけーちゃんを抱っこしている。
「あら、みなさんお早いお帰りですね」
「早いではないか」
畳の部屋から花ちゃんと雪乃が出て来た。
「予定が変わったんだ」
俺は花ちゃんに返事をする。
「ケットシー?かっちゃんではない様ですが……」
花ちゃんが俺の腕の中にいるけーちゃんを見ている。
「うちの大切な人や。中で休ませたいんやけど、ええかな?」
俺の後ろにいたかっちゃんが横から顔を出して言う。
「はい」
かっちゃんと花ちゃん、雪乃が畳の部屋へ向かった。寝床の用意をするのだろう。
「私が預かろう」
先に土間から上がったアンドロメダが俺に手を差し出してくる。
「ありがとう」
俺はけーちゃんをアンドロメダに渡した。
けーちゃんは救出してから一度も目を覚ましていない。
そんなけーちゃんはとても軽かった。元々大きい体ではないが、絶食のせいであろう。
「何があったのです?」
「この方はどなたですか?」
アンドロメダがけーちゃんを布団に寝かせた所で、花ちゃん、アリーナが俺に聞いてくる。
まだ元気のないアリーナは布団から上半身を起こし壁に寄りかかっている。
「この人はかっちゃんの友人でケイトさんだ。見ての通りのケットシーだよ」
「うちのねーちゃんみたいな人や」
「かっちゃんのお姉さんですか」
花ちゃんがかっちゃんを見てからけーちゃんを見ている。
花ちゃんのけーちゃんを見る目は優しげだ。
かっちゃんのお姉さんなら家族も同然とでも考えていそうだ。
「俺達は南の大陸にある大森林を目指していたんだ」
「それは聞きましたよ」
出発をする前に話したか。
「俺は大森林でケイトさんと会ったことがある。その繋がりでケイトさんの情報を調べて彼女が監禁されている事が解ったんだ」
「監禁ですか!?」
アリーナが驚いている。
「ああ。フリナス王国の都市テーレーゼの領主の館で捕まっていたんだ。一週間も飲まず食わずで衰弱している」
「一週間も!?なんて事を……」
「酷いですね……」
花ちゃんがけーちゃんの口に含ませていた布を交換している。
その顔は悲しそうだ。
木の桶に入っている水に取った布を浸している。
「ケイトさんが大森林の奥地……ドラゴンの巣から取って来た赤色魔石を領主が狙ったせいなんだ」
「ドラゴン!」
「そんな物のためにですか」
アリーナはドラゴンと言う単語に驚いている。
花ちゃんはけーちゃんが監禁された理由に怒っている。
雪乃は話を聞いているが特に反応しないし、その表情からは何を感じているか読み取れない。
「赤色魔石に利用価値があるんは解るけどなぁ」
「かっちゃん!怒る所ですよ」
花ちゃんがかっちゃんの様子を見て突っかかっている。
珍しい反応だ。
俺が最初に監禁を告げた時は激昂していたもんな。
かっちゃんはけーちゃんの救出直後もかなり怒っていたが、寝て起きたらいつも通りに見えた。
感情のコントロールが上手い、少なくとも俺にはそう見えた。
「けーちゃんが助かったしなぁ」
「かっちゃん!!」
かっちゃんが淡々を話しているのに対して花ちゃんが興奮している。
本当に珍しい反応だ。
何か理由でもあるのかね?
「トシが領主の館を潰して仕返ししてくれたんよ。仕返しは終わっとるっちゅう訳や」
「えっ!?潰した……ですか?」
花ちゃんがキョトンとしている。意味が解らないといった所か。
「領主の館の下に空洞を作って館を落としたんだ」
「……移動方法の応用ですね」
花ちゃんも理解力は高い。
俺の力について簡単な説明しかしていないが、ちゃんと正解にたどり着いた。
やはり長い人生経験は侮れない。いや元々の素質だろうか。
「うん。新しい力は色々出来そうなんだ」
「凄いです」
「トシちゃんは凄いんだよー!そのうち花ちゃんの屋敷だって動かせるよー」
「まぁ!」
「一緒に旅にいけるんだってー」
「楽しそうですね!」
「うん!」
なっちゃんと花ちゃんが嬉しそうに話している。
「花ちゃんへの影響が解らないから、直ぐには行けないよ?」
嬉しそうにしているのに申し訳ないが、言っておかなくてはなるまい。
花ちゃんを含めての実験は慎重に進めないとな。
俺も特殊だが、花ちゃんも特殊だ。
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。地中深くは暑いという問題もあるし、酸素の問題もある」
「楽しみに待っていますね」
「おう」
けーちゃんの話から俺の力の話に移ってしまったね。
かっちゃん、花ちゃんはけーちゃんの世話に戻った。
早く良くなってくれないかな。
もちろんアリーナもだ。
「けーちゃん!!」
けーちゃんの意識が戻ったのは翌日の朝であった。
花ちゃんの屋敷にかっちゃんの声が響いた。
俺は日課を中断した。
「か……かっちゃん?」
けーちゃんの口から弱々しい声が漏れた。
そのけーちゃんの顔は驚いている様に見える。
ずっと意識を失っていたから無理もない。
テーレーゼの領主の館の落とし穴にいたのが最後の記憶だろうからね。
起き上がろうとしたけーちゃんをかっちゃんが抑えている。
かっちゃんのけーちゃんを見る目は優しい。
「まだ横になっとき」
「……」
状況を解っていなそうなけーちゃん。
かっちゃんから視線を外して部屋を見回している。
そしてかっちゃんの言うことに逆らわずに大人しく横になった。
みんなもけーちゃんの周りに集まった。
けーちゃんは、俺の仲間達を見ているが知っている顔はかっちゃんと俺だけだから不安かな。
「トシのおかげで、けーちゃんが捕まっとるんが解ったんよ。ここはうちらの家や」
かっちゃんがけーちゃんに説明をする。
「……」
けーちゃんがホッとしたのが伝わって来た。
かっちゃんの顔を見て、かっちゃんの家にいると解っただけでも効果は絶大だ。
如何にかっちゃんが信頼されているかが解ろうと言うものだ。
「けーちゃん、回復するまでは大人しくしていてね」
かっちゃんの話を聞いたけーちゃんが起き上がって俺達に礼を言いそうだったので、先手を打った。
きっと今のけーちゃんでは起き上がるのもしゃべるのも体力を使ってしまう。
痛々しい姿を見るのは早く終わらせないとね。
「そうやで、けーちゃん。まずは回復や」
「かっちゃん、これー」
なっちゃんがかっちゃんに渡した物は桃であった。
けーちゃん救出後に見つけた桃だね。
風邪で寝込んだ時は桃の缶詰と相場が決まっている。
桃は水分豊富で食べやすいから丁度良いだろう。
「なっちゃん、ありがとう」
「はーい」
なっちゃんに礼を言うかっちゃんの顔は穏やかだ。
そしてなっちゃんはかっちゃんの役に立てたのが嬉しいのだろう、ニコニコしている。
かっちゃんは桃を剥いて一口大に切っていった。
皿に乗せた桃に木のフォークを刺している。
「けーちゃん、あーん」
けーちゃんの口に桃を入れるかっちゃん。
お互いぬいぐるみの様な容姿なので可愛らしい。
みんなも微笑ましいものを見る様な目で二人を見ている。
モグモグと咀嚼するけーちゃん。
食べられるなら回復も早いだろう。
「あーん」
かっちゃんの世話は続いた。
かっちゃんの目に涙が滲んでいる。
俺にはその涙が何か神聖な物に見えた。
「あーん」
良かった、本当に良かった。
星の力がなければこうはいかなかった。
だから俺は星に心から感謝した。