要請
211
「ヤマトとミズホが生まれてから結構経っとるけど、なんで今なん?」
花ちゃんの屋敷の側の木陰にエリカと並んで座っているかっちゃんが言った。
俺は逆の隣で木に寄り掛って立っている。
ファンはエリカの隣に座っている。
他のみんなは花ちゃんが木に近い壁に窓を作ってくれたので、そこから様子を伺っている。
「神託自体はずっと前に出ていたのよ。私達が居た場所が問題でね、ほぼ大陸を横断してきたわよぅ」
「そんな遠くに行ってたんか」
「私達は旅をしてこそだもの。面白かったし美味しい食べ物もあったのにぃ」
エリカは食べ物の味でも思い出したのか悔しそうだ。
旅を中断させられたのだから腹も立つだろう。神に怒りをぶつける訳にもいかないから、鬱憤が溜まっているのかも知れない。
「実際の神託を教えてんか?」
「んー、まぁいいか」
「いいのかよ……」
神の言葉、軽っ!
「ゴホンッ。聞こえるかエリカよ。世界神からの言葉だ。ここにゴンタという神使がいる。ゴンタの子供達が生まれたので、そこの山で過ごす様に伝えろ。エリカは子供達へ神使の役目を伝えるために一緒に行動しろ」
エリカは役者の様に身振りを交えている。
神のつもりで話しているのだろう、面白い奴だ。
しかし、こことかそことか俺の脳内地図みたいなものでもあるのかね?神が関わっているから驚くべき所ではないか。
「それで終わりかいな」
「そうよー」
「ヤマトとミズホを連れて行く理由とか聞いてないんか?」
俺もそこが聞きたいぞ。
「聞いてないわねぇ。私の予想で良ければ話しましょうか?」
「言ってみぃ」
「ゴホンッ。お子さん達はゴンタ君から強すぎる力を引き継いでいるんでしょう。そしてこの世界で生まれたモノでもあるから管理下に置きたいんじゃないかしら」
「……ふむ」
かっちゃんが何か考え込んでいる。
だが納得はしていそうだ。
俺も一応ありそうな話だと思う。
ヤマトとミズホを神使にか……どちらかというと山の主に近いのかね?神からの言葉を受けて行動するのかな。
ゴンタも強くなる一方だ。
子供達もゴンタに匹敵しそうな成長を見せている。
強い力を管理したいというのも無理はない。
早いうちに手を打つのは当然か。
ゴンタは異世界出身だから扱いが違うんだろう。それとも何か制限でもあるのだろうか?ゴンタはもっと強くなるぞ。
そういう意味だとワイバーン、いやドラゴンはどうなっているんだろうか?神の管理下にあると考えるべきなのかな。
わう
そこにゴンタが帰って来た。
後ろにはミナモ、ヤマト、ミズホもいる。
「君がゴンタ君かー!確かにタダ者ではないですわねぇ」
「ゴンタ、これが旅行神の巫女であるエリカや」
わう
『ゴンタです』
「あらあら、そんな事も出来るのねぇ。私がエリカです」
「ゴンタの奥さんのミナモと、この子がヤマト、こっちの子がミズホや」
「大きいのねぇ」
ヤマトとミズホは大きな体をゴンタの後ろで隠そうとしている。
うん、隠れていないからね?ゴンタからある程度の話を聞いているんだな。
「ゴンタ、エリカは世界神からの要請でヤマトとミズホを神使として迎えたいんだとさ」
わぅ……
「ミナモ、ヤマト、ミズホで話し合ってくれ。俺はゴンタ達の決めた事を尊重したい」
俺はゴンタに向かって話した後で、かっちゃんを見る。
「……うちもそれがええと思う」
かっちゃんは少し考えた後で、俺に同意してくれた。
自分の道は自分で選んでほしい。
わう
がう
ばう
わふ
わう!
わふ!!
わう!?
わふ
何やら白熱している。
ミナモがゴンタに反抗している。こんな事は初めてではないだろうか。
俺が見た所はこうだ。
「ヤマト、ミズホ、神使として行くか?」
「どうしよう」
「どうしたらいいの」
「山で自由に暮らしなさい」
「子供達にはまだ早いだろう!」
「もう自分で生きていけますわ!!」
「行ってしまうんだぞ!?」
「いつか別れは来るものだと思っていました」
たぶんこんな感じ。
かっちゃんは黙って聞いているが、何を話しているか解っているんだよね。いいな。
ゴンタ一家の話し合いは続いた。
ヤマトとミズホも加わっているが、ゴンタとミナモがメインで話しているな。
俺は二度水の差し入れをした。
がう!
ばう!
わぅ
わふ!!
「決めたんやな」
ヤマト、ミズホが大きく吠えた所で、かっちゃんが呟いた。
子供達の進路が決まったらしい。
わぅ
『ヤマトとミズホは神使を目指して頑張るって』
ゴンタはしょんぼりしている。
屋敷の方から悲鳴があがった。アリーナ……ずっと世話していたからな。
「それでは来ていただけるのですね!」
エリカが嬉しそうな顔で身を乗り出している。
世界神から与えられた仕事だから無理もない。
ゴンタとエリカが話している。
しかし……ヤマト、ミズホは行ってしまうのか。
コロコロ毛玉が転がっていた頃を思い出してしまう。
ミナモの指導で山や森での生活も問題ないはずだが、子供という意識が抜けない。
無事に過ごせるのだろうか?心配だ。
俺達がヤマトとミズホに会いに行く分には問題がないという事も解った。
エリカから教えてもらった子供達が向かう先の山は遠いが、スターインを使えば時間を短縮出来る。
それからは子供達と一緒に楽しもうと決まった。
ゴンタ一家と一緒に花ちゃんの屋敷へ入る俺達。
もう夕飯の時間だからね。
「今日はヤマトとミズホと触れ合っても良いだろ?」
わう
わふ
『良いよ』
ゴンタが書いた紙を見て、泣いていたアリーナが復活した。
なっちゃんにも笑顔が戻ってきた。
花ちゃんとアンドロメダがすかさずヤマトとミズホに駆け寄った。
雪乃も遠慮がちながら子供達に手を伸ばしていた。
みんなでヤマトとミズホを囲む。触れ合い広場が出来上がった。
本当に大きくなったなぁ。
かっちゃんどころか、なっちゃんでも乗っかれそうな大きさになっている。
俺はちょっと厳しいかな。
まだまだ成長は止まっていないから、今度会う時が楽しみだね。
「本当に行くんやな?」
がう
ばう
「うぅ……」
「寂しくなるな」
「お姉ちゃんは寂しいよー」
「わたくしも寂しいです」
わぅ……
わふ
なっちゃんはヤマトとミズホのお姉ちゃんのつもりだったらしい。
仲間内では一番下の子だったから、産まれた子供達に対してそう思うのは当然かも知れない。
花ちゃんは子供達が生まれてしばらく付きっ切りだったから、俺より思い入れは大きいんじゃないかな。
わう
『花ちゃん、ヤマトとミズホの好物をお願い』
「もちろんです。任せてくださいな」
花ちゃんがヤマト、ミズホの好物である肉を大量に出してくれた。
そこから宴が始まる。
畳の部屋で料理を楽しみながら子供達を撫でた。
酒を呑みつつ子供達に話しかけた。
かっちゃんを挟んで会話が進む。
エリカとファンには食事だけ差し入れておいた。
今夜は仲間だけで過ごさせてもらう。
エリカがブチブチ文句を言っていたが、かっちゃんが封殺していた。
どういう関係なんだろうか?力関係も良く判らない。
「ヤマト、ミズホ、あんたらの家はここなんやからな?家族を忘れたらアカンで?」かっちゃんはお母さんみたいだ。
「ヤマトちゃん、ミズホちゃん、会いに行くからねー」なっちゃんは前向きだ。
「ヤマトちゃん、ミズホちゃん、大きくなって……」花ちゃんは言葉に詰まっている。
「忘れないでくださいね」アリーナは涙ぐんでいる。
「無理をしたらいけないぞ」アンドロメダはお姉さんっぽい。
「良い毛並じゃのぅ」雪乃は子供達を撫でてうっとりしている。
「会いに行くよ」
ヤマトとミズホは、みんなに体をすり寄せる。
久々の触れ合いでの嬉しさと居なくなってしまう寂しさで複雑な気分の夜になった。
みんなで畳の部屋で寝むるのも初めてだった。
いつの間にかヤマトとミズホがゴンタとミナモに寄り添っているのが見えた。
それぞれの想いを胸に夜は更けていった。




