来客
210
「花、また来る」
「尾白、またいらっしゃい」
「絶対来る」
尾白はそう言って都市リャンへ帰っていった。
尾白でなくては進められない仕事があるそうだ。
また時間を作って花ちゃんに会いに来るんだろうな。
花ちゃんのためには良い事だ。
今回の来訪でも食料を含む花ちゃんへの貢物があった。
食生活が豊かになっていくので俺も嬉しい。
尾白は卵を産んでくれる鶏の様な魔物を次の土産にすると花ちゃんに言っていた。
お高いらしいが、とても嬉しいぞ。
雪乃は冷たい食べ物が好きなようで、ソーメン、冷やし中華、アイスキャンディー、かき氷といったメニューが気に入っていた。
俺達も今の時期なら大歓迎だ。
今日のおやつは果物を凍らせてから削ったシャーベットだ。
レモンシャーベットは酸っぱいが体に良さそうな気がする。
みんなでシャリシャリと食べている時に花ちゃんの屋敷に近づく気配を感じた。
「誰か来る……一人……いや二人か」
「一人やないの?」
「いや二人だと思う。一人はかなり気配を抑えている」
「俺が応対してくるよ。みんなは屋敷から出ないようにな」
俺は魔剣を持って外へ出ようと動く。
「……トシ、ちょっと待ってや。たぶん一人はうちの知り合いや」
「知り合い?」
「戦闘にはならんやろ」
かっちゃんはそう言って土間へ下りた。
俺は剣を収めた鞘を腰に装備した。
もう一人の方がどう出るか解らないからな。
俺も外歩き用のサンダルを履いて外へ出た。
みんなも様子を見るために入口の方へ動いている。
外へ出なければ花ちゃんが守ってくれるだろう。
俺とかっちゃんは花ちゃんの屋敷の前に立って客を待った。
「あら、かっちゃんじゃないの」
木の間を縫って出て来た人物から声が掛けられた。女だね。
「やっぱりエリカやったか。久しぶりやな」
「本当ね。おひさー」
「……となると隣のおっちゃんは使徒なんか?」
「そうよー……なんでかっちゃんがいるのかしら?」
かっちゃんにエリカと呼ばれた女性は首を傾げている。
どうもかっちゃんに会いに来たわけではなさそうだ。
つーか、隣のおっさんが使徒となると……エリカは巫女か!旅行神の巫女だな!!前に聞いた覚えがある。
思わぬ大物の来客だ。
しっかし使徒らしき人物は、普通の農夫に見えるぞ。
俺はかっちゃんの後ろで客の様子を伺う。
使徒の男は俺より年上だろう。少し白髪が混じった茶色の髪を短く刈り込んでいる。
顔はイケメンでも醜男でもない……なんというか平凡だね。どこにでもいそうだ。
身長は俺よりは高いが巨漢という感じではないが、がっしりとした体格だ。
鎧も装備せず剣を腰にぶら下げて革の袋を持っているだけだ。
顔や服から覗いている腕も日焼けしている。着ている服と相まって農夫に見える。
巫女の後ろでかっちゃん達の話を聞いている。
エリカと呼ばれた人物は三十歳には届いていないくらいの歳だろうか。
赤っぽい茶髪をおかっぱにしている。
灰色のローブを着て杖を持っているから、魔法使いっぽいね。
背中にリュックを背負っているのも見えた。
容姿的には普通の町娘という感じがする。
おっさんと娘という感じだなぁ……なんか凄みを感じない。
「うちに会いに来たんやないの?」
「違うのよー。珍しく神託が下ったのよ」
なんかホンワカした空気が出来上がっている。
おばちゃん達の井戸端会議の様だ。
「神託やて?」
「ええ、ここにゴンタ君のお子さんがいるでしょう?神使として働きなさいって神託なの」
「……旅行神の神託なんか?」
「それが世界神からの要請らしいのよ」
エリカもどうしてこうなった……という顔をしている。
ゴンタが神使になるんだからおかしくはないんだろうけど、世界神の命令みたいなもんじゃないか。
「世界神……断れるんか?」
かっちゃんがしかめっ面でエリカに聞いている。
「断れるとは思うけど、その後の保証は出来ないわねぇ」
「なんやそら」
「こんなのは私も初めてよ」
「ゴンタは特殊やからな」
かっちゃんは色々な事情を知っているからな。
「そんなのダメです!!」
花ちゃんの屋敷の入口で話を聞いていたアリーナが大声で叫んだ。
巫女、そして世界神をも恐れていない。
「ヤマトちゃんとミズホちゃんを連れて行っちゃダメー」
アリーナに続いてなっちゃんも声を上げた。
その瞬間、巫女の後ろにいた男から凄まじい殺気が放たれた。
俺は殺気を受けて体が強張ったが気を解放して対抗する。
ゴンタの遠吠えを喰らった感じだ。
そのおかげで直ぐに復帰出来た。ゴンタに感謝だな。
そして俺は花ちゃんの屋敷の入口を隠す様に立ち、腰の魔剣に手を掛ける。
後ろで誰かが倒れた音がした。殺気にあてられたんだろう。
エリカの後ろで殺気を放つ男から目が離せないので誰なのかは確認出来ない。
「ちょっとちょっと、ファン抑えてよー」
エリカが男に向かって言う。
しかし男からの殺気は収まらない。
かっちゃんが無事な所を見ると結界魔法を張っているな。物理的な攻撃でなくても防げるんだな高性能だね。
「あんたは敵なのか?」
俺は腰を落として男に向かって言う。
男が強いのは間違いない。鍛冶神の使徒ヴァルが思い出される。
人類最強を争えそうな男だ。
だが仲間へ殺気を向けられては覚悟を決めなければなるまい。
ここで花ちゃんの屋敷に逃げ込んでも時間の問題だ。
俺の『錬成』で相打ちを狙えば何とか出来るだろう。
痛いのは一瞬にしてくれよ……俺は背中を伝う汗を感じながら、そう思った。
「ファン、止めなさい」
エリカの声が低くなった。
とても嫌な空間が出来上がった。
「もう一度だけ言うわよ……止めなさい」
更に声を低くしたエリカ。
殺気ではないが何か危険を感じる。エリカの無表情さが恐怖を煽る。
男はエリカを見て、息を吐き出した。
それと同時に殺気は収まった。
「解った」
男は低い声でボソリと言った。
やりあわないで済んだか……俺の背中を汗が流れた。
「そっちの君も抑えてねー」
エリカは穏やかな声で俺に言ってきた。
「ああ」
俺も気配を抑え剣から手を離した。
「あなた達にとってゴンタ君のお子さんは大事なのね」
エリカは感心した表情で言う。驚いている様にも見えるな。
「無理やり連れて行くっていうなら戦うしかないさ」
半分は虚勢だ。出来れば花ちゃんの屋敷に逃げ込みたいとも思っている。
「ファンを前に大したものねぇ」
エリカの口調は呆れを含んでいるが褒めているのだろう。
俺は世界神の名前が出た時点で、ヤマト、ミズホが連れていかれても仕方がないと思っていた。
もちろんヤマトとミズホがいなくなって欲しいと思っていた訳ではない。
そんな俺を突き動かしたのは間違いなくなっちゃん、アリーナだ。
そして、これがどんな結果をもたらすかは解らない。
「なっちゃん、大丈夫なんか?」
かっちゃんが入口で片膝を突いて息を荒くしているなっちゃんに声を掛けた。
「もうちょっと……待って」
息も絶え絶えになっちゃんが答えた。
あの殺気を喰らっては無理もない。
アリーナも壁に背を預けて座り込んでいる。
アンドロメダは辛うじて立っているという感じか。
花ちゃん、雪乃は問題なさそうだ。凄いな。
花ちゃんはなっちゃんの背中に手を当てている。何か効果があるのかは解らない。
雪乃は初めて見たであろう使徒と巫女をジッと見ている。
雪乃の顔からは表情が消えている。彼女も怖いぞ。
ファンと呼ばれた男が殺気を収めずに戦いになっていたら、どうなっていた事やら……想像するだに恐ろしい。
「なっちゃん、ゴンタに戻ってくる様に言ってや」
なっちゃんが立ち上がった所で、かっちゃんが言った。
「はぁい」
ゴンタ一家は山へ行っている。
なっちゃんの送話魔法で帰ってきてもらうしかない。
「あんな事されたんや、家には入れんで」
「えー、私は止めたわよぅ」
「ダメや」
「かっちゃんたらー」
かっちゃんとエリカは、こんなやり取りも出来る仲の様だ。
少なくとも直ぐに戦いが起こりそうではない。
しかし、どうなってしまうのか……不安で一杯だ。