着物
208
スターインの中は雪乃のために少し寒くなっていた。
そこまでしなくても良いと雪乃は言っていたが、お客さんに合わせる事にしたのだ。
かっちゃん、なっちゃんの魔力に余裕があるおかげでもあった。
その代わりにアンドロメダが寒そうだったのでゴンタにお願いして寄り添ってもらった。
それを見たアリーナが急に寒いと言い出したのも予想通りではあった。
アリーナは腕に包帯を巻き首から腕を吊るしていたが、その顔はとても幸せそうであったという。
それは寄り添っていたヤマトとミズホのおかげであろう。
帰り道も休憩をこまめに挟み進んだ。
特に戦闘もなく順調に花ちゃんの屋敷へ近づいて行った。
「勇者アベル達がヴァンパイア討伐軍へ加わったよ」
次の移動で花ちゃんの屋敷に着くという休憩で俺はみんなに伝えた。
「無事に合流出来たんやな」
「よかったー」
「魔法なのかや?」
雪乃が聞いて来た。誰と接触した訳でもないのに突然言い出せばそう思うか。
「いや、俺の特殊な力だよ」
「ほー」
「情報を知ることが出来るんだ」
「ほほー」
雪乃は適当な相槌を打っているが、俺をジッと見ている。
何か照れる。
「わらわの情報もあるという訳じゃな」
「……居場所も解るからね」
俺は雪乃に隠さずに言った。
仲間の事を世界樹の力で調べるつもりはないが、雪乃については調べてしまっているからね。
雪乃は花ちゃんを裏切らない。
そして花ちゃんが困る事を雪乃がしない事も解っている。
おそらく雪乃について今後調べる事はないだろう。
もう雪乃は俺達の仲間だ!なんて言うつもりはないが花ちゃんと同じくらいの扱いをしようと思った。
「便利じゃのぅ」
「そうだね」
雪乃はそう言っているが、何か思う所がありそうだ。
当然といえば当然だな。
俺が雪乃の立場でも、何がどこまで出来るか探るだろう。
「ヴァンパイア討伐軍の調子はどうなん?」
かっちゃんが話を戻した。
俺へのフォローでもあるのだろう。
「日中は優勢に進軍している。既にヴァンパイアの国の都市を一つ取った」
「夜間はどうや?」
「夜はヴァンパイアの時間だからね。当然討伐軍は防戦一方だ」
「それでも凌いでるんやな」
「なんとかね。でも死者がヴァンパイアの配下として復活しているんだよな」
「だんだん不利になりそうやなぁ」
「うむ。不味いのではないか?」
「そうですね」
かっちゃんの意見に同意するアンドロメダとアリーナ。
「確かにそうなんだけど、勇者アベルの参戦とアドルフ、アンドレの参戦で何かとかなるんじゃないかな」
「アドルフ達も参戦したんやな!」
「ランク0か……」
「心強いですね!」
勇者アベルの参戦の前にアドルフとアンドレが戦線に加わっていた。
《日光》《月光》のメンバーもいるのでかなりの戦力アップだ。
ヨゼフ達を含む《殲滅の剣》クランの大多数も参戦へ向けて移動中です。
戦力はまだまだ上がる。
問題は死者の数だな。
「そんな事まで解るのじゃな」
「まぁね」
「《闘族》の動きはどうなんや?」
「あいつらは全ての略奪班を本拠地へ呼び戻して、情報収集に当てて来たよ」
「本気やな」
「ああ。冒険者ギルドを中心に調べているね」
「どこかから漏れる可能性はあるなぁ……」
「だね。冒険者ギルドの幹部でも弱い奴はいるし、弱みに付け込む事もあるだろう」
「うちらが今出来る事はなさそうやな」
「情報を追うくらいだね」
「そこはトシに任せるで」
「あいよ。さてそろそろ行こうか」
「はーい」
わう
休憩を終わりにした。
もうすぐ花ちゃんと雪乃を会わせてやれる。
また花ちゃんの喜ぶ顔が見れるな。
そして昼過ぎにスターインは花ちゃんの屋敷へ着いた。
帰り道は順調だったね。
こまめな休憩が良かったのか、俺の意識がなくなる事もなかった。
スターインが大きいのも俺の負担になっていたのかも知れない。
もっと小さい物なら負担が減るかもしれないね。
慣れの問題もあるかもな。
かっちゃんに頼んで実験したいものである。
「おぉ……懐かしいのぅ」
スターインから下りた雪乃が花ちゃんの屋敷を見て呟く。
「さぁ、行こう!」
「そうじゃな」
俺達が花ちゃんの屋敷の戸を開けようとすると戸が開いた。
「お帰りなさい」
「花!」
「雪乃!」
花ちゃんと雪乃はお互いの名前を呼んで抱き合った。
「本当に小さくなっちゃったのね」
「体を維持できなかったのじゃ」
ちびっこ達が抱き合っているのが微笑ましい。
「かっちゃん、なっちゃん、氷柱を作っていただけますか?」
「ええで」
「はーい」
花ちゃんの要請でかっちゃん、なっちゃんが氷柱を作った。
「ありがとう。これで屋敷の中の温度維持が出来ます」
「良かったー」
「花、すまんのぅ」
「さぁ、入ってくださいな」
花ちゃんの招きで中に入る雪乃。
俺達もその後へ続いた。
雪乃は花ちゃんの屋敷の中を見回している。
「久しぶりだな。雪乃」
「なんじゃ尾白ではないか。来ておったのか」
「せっかく花と二人きりだったのに……」
「相変わらずじゃな」
「二人とも上がってくださいな」
尾白……来ていたのか。
尾白と雪乃の関係は良くもないが悪くもないといった感じに見える。
花ちゃんがいなかったらどうなっていたのやら……彼らの関係は花ちゃんありきなのかも知れない。
俺達はそんな尾白と雪乃を横目に靴を脱いで旅装を解いた。
あー、落ち着く。
かっちゃん、なっちゃん、アリーナ、アンドロメダ、みんな似たような表情をしている。
やはり帰る場所というのは大切だ。
囲炉裏端は花ちゃんの旧交を温める場所として、俺達は畳の部屋で寝転がった。
「面白い三人だな」
「本当ですね」
「花ちゃんは人気者ー」
「花ちゃんが要やな」
「まったくだね」
わう
『花ちゃんが中心』
俺達は花ちゃん、尾白、雪乃の様子を見ながら勝手な事を言い合った。
そんな俺達が笑顔なのは、花ちゃんが嬉しそうにしているからであろう。
無事にみんなが揃ったね。
あ、アリーナが無事じゃないか。まだ腕は治っていない。
「花、わらわに着物をくれまいか?一張羅しか残っていないのじゃ。しかも大人の大きさでのぅ……」
「今は同じような背丈ですから、わたくしの着物を上げますよ」
「すまんのぅ」
花ちゃんと雪乃が畳の部屋へ来て箪笥をゴソゴソしだした。
畳一面に花ちゃんの着物が並べられていく。
花ちゃんの名前通りに花の模様が多い。
桜や梅、椿に牡丹と色々な模様があるね。
彩りも鮮やかで目にも楽しい。
これにはうちの女性陣も興味深々だった。
中には光沢も美しく手触りの良い絹の着物もあった。
とてもお高そうな代物に見える。
尾白も感心していたから価値は高そうだ。
花ちゃんもみんなから興味を持たれて嬉しそうだ。
なっちゃんは花ちゃんの手伝いで裁縫をしていたから、前から興味があったろうけどね。
そして雪乃のファッションショーが始まった。
むろん俺と尾白は屋敷から追い出された。
ブツブツ文句を言うな尾白よ。
「いつから来ていたんだ?」
外に出された俺は尾白に問いかける。
「一昨日からだ。せっかく花と二人だったのに……」
尾白は俺にも文句を言っている。
「二日も一緒に過ごせたんだ、良かったじゃないか」
「それはそうだが、納得いかん」
「商会の仕事は良いのか?」
俺はブチブチ文句を言う尾白がうっとおしいので話を変える。
「貴族との大きな仕事も終わった」
「そりゃ良かったな」
「ああ、貴族との仕事は気を遣うが、その分儲かる」
貴族ねぇ……商人も楽じゃなさそうだ。
フリナス王国の商人か……一人知っているじゃないか。
「カロンって武器商人を知らないか?」
俺はドワーフ領であったフリナス王国の商人を思い出したので話を振ってみた。
「何だ、カロンを知っているのか。フリナス王国では十本の指に入る商会だ。武器だけで言えば三本の指に入るな」
「おー。カロンとはドワーフ領で知り合ったんだ。良い奴だった」
「ドワーフ領か。鍛冶師関係だな」
「そうそう」
「私の所と接点がないわけではない。そのうち話の種にさせてもらおう」
「そうしてくれ」
俺と尾白は男だけで寂しく話をした。
俺達はすっかり忘れられていたのか、屋敷に入れてもらえたのは日が落ちてからだった……ひでぇ。
雪乃は花ちゃんから着物を譲ってもらったであろう雪だるま模様が入った藍色の着物を着ていた。さっきは見当たらなかったから作ったのかな。
うむ。やはり雪女は着物を着ていないとね!
着物童女二人は絵になる。
尾白も花ちゃんに着物を作ってくれとお願いしていた。
ここだけは元の世界の様になりそうだ。
俺とは時代が違うけれども、どこかホッとした。
花ちゃんの手料理で尾白、雪乃を歓迎した。
やはり和風の料理が沢山並んだ。
雪乃は喜んで食べて呑んでいたね。酒もいける口らしい。
もっとも、かっちゃんから作ってもらっていたアイスキャンディーを食べている時が一番嬉しそうだったのは内緒であろう。
花ちゃんを巡ってなっちゃんと尾白が睨みあっていたのはご愛嬌だ。
雪乃はそこには加わっていなかった。
親友ではあるんだろうけど、誰かと比べるモノではないと考えているのかな?なっちゃんや尾白よりは大人だ。
それでも雪乃の花ちゃんを見る目は優しげだったと思う。
良い夜であった。