雪猿
207
「花から話は聞いたのじゃ。花を助けてくれて、ありがとう」
雪乃は俺が朝起きた時も遠見の水晶に向かっていた。
そして朝の挨拶の後にそう言った。
「出会ったのは偶然だが、今では大切な仲間だ」
「そうか。良い出会いをしたものじゃ」
雪乃はそう呟いたが、その言葉は俺達に向けてなのか花ちゃんに向けてなのかは判断出来なかった。
いや、お互いにとって良い出会いだったと言えるか。
「花ちゃんと沢山話をした様だが、会いたくはないか?」
俺はテーブルの上に積み重なった紙を見て言う。
昨夜より紙の量が多い。
花ちゃんと徹夜で話したのかも知れない。
「もちろん会いたいのじゃ。だから花の元へ連れて行ってはくれまいか?」
「了解だ。そのためにここへ来たからね」
「ありがとう……」
雪乃は俺の目をジッと見て礼を言ってきた。
その声には気持ちが籠っていたと思う。
尾白といい、雪乃といい、花ちゃんの友人は良い奴らだ。
「いっそ花ちゃんの屋敷に移り住まないか?」
「ふむ……そうしたいのは山々だが、わらわは暑いのが苦手でな」
雪乃は自分の苦手な事を口にした。
俺を信用してくれたのか、苦手でも決定的な弱点ではないのかは解らない。
「花ちゃんの屋敷なら何とかなるかもよ?温度管理も出来るんじゃないかな」
「向うで判断しようかのぅ」
「そうだね。それが良い」
わうー!!
雪乃の今後について話をしていた、その時に俺の索敵に引っかかった奴がいた。
ほぼ同時にゴンタが吠えている。
「何か来る」
「また来おったか。雪猿とわらわが呼んでおる魔物じゃ」
「みんな起きろ魔物が来る!」
ゴンタの声と俺の叫びで、みんなが動き出した。
そうしている間にも索敵に反応がある。
雪猿という魔物がどんどん増えている様だ。
「力自慢な奴らでのぅ。雪玉も投げて来るのじゃ」
俺に続いゴンタ一家、雪乃が先行してスターインを飛び出した。
そして雪乃が雪猿について教えてくれる。
雪と同じ白い体毛で覆われた大猿が離れた所で蠢いていた。
数は二十を超えている。
ザシュッ!俺達の足元へ雪玉が飛んで雪の地面にめり込んだ。
ガィンッ!!スターインにも雪玉が当たった。
スターインに当たった音は雪玉とは思えないほど硬質な音であった。
「本当に雪玉かよっ!?」
「当たったら痛そうじゃのぅ」
雪乃は呑気な事を言っている。
うちの後衛から、お返しとばかりに氷の槍と矢が雪猿に向けて飛んだ。
ギャッ!という声がいくつか上がる。
「アリーナ!前で防ぐぞ!」
「はい!」
俺とアリーナはスターインの前に盾を持って出る。
うちの後衛には近づけさせないぜ。
わうー
わふ
ゴンタとミナモ、ヤマトとミズホがそれぞれペアになって左右から雪猿に襲い掛かる。
ギャイン!
ヤマトが雪玉を喰らい声を上げる。
雪に足を取られて上手く回避出来なかった様だ。
ミナモ、ミズホは距離を取って様子を見ている。
ヤマトも距離を取った。
動けないほどの怪我にはなっていないらしい。
俺とアリーナは雪玉を盾で止めるが、雪猿の握力や腕力が異常なのか雪玉を止めるたびに手に衝撃が伝わってくる。
「わらわがやろう」
雪乃が俺の横に立った。
そして雪乃を中心として雪の地面から風と雪が巻き上げられる。
シュゴッ!凄い勢いで雪を含んだ竜巻になった。俺の背丈よりも高い。
「とぅ!」
雪乃が可愛らしい声を上げたと同時に、白い竜巻が雪猿へ向かった。
竜巻と雪猿の大きさを比べると雪猿は二mくらいありそうだ。
雪猿は雪の上でも敏捷に動ける様で、高速で打ち出された竜巻から逃げる。
しかし竜巻は直接触れていない雪猿を切り裂いた。
白い雪原が赤く染まる。
中には腕、首を刎ねられた雪猿もいた。雪猿は皮膚が見えないほどの毛でおおわれていて防御力もありそうなのに……雪乃の放った白い竜巻は鋭い切れ味を見せた。
雪乃は直ぐに次の竜巻の作成に掛っている。
雪猿は遠距離戦では分が悪いと判断したのか、雪玉を投げながら突進してきた。
かっちゃん、なっちゃんは氷の魔法の効きが悪いのか石礫とかまいたちの魔法に切り替えている。
二人の魔法が飛ぶたびに雪猿から悲鳴が上がる。
しかし、うちの後衛で雪猿に一番力を発揮していたのはアンドロメダであろう。
雪猿の目や口を的確に射ぬいていた。
時には一撃で雪猿を倒していたのには驚かされたね。
連射速度と相まって次々と雪猿を行動不能にしていった。
毛布を体、足に巻いていたのでモコモコしていたのは見なかった事にしておこう。
ゴンタは雪猿の最後方を襲っているらしい。
誰も逃がすつもりはないと解る。
ゴンタ一家もゴンタの元で戦っている。
雪乃から次々と白い竜巻が飛ばされているので雪猿は雪乃へ向かって突進してきた。
「アリーナ右をやれ!」
「はい!」
俺とアリーナは、うちの後衛の攻撃を抜けて来た雪猿を迎え撃つ。
ある程度足場も固めたので、限定的ながら戦える。
近くで見るとデカイ、剣で有効に戦えそうだが無傷では済まなそうだ。
ギャッ!大きく跳んだ雪猿は素手ながら長めの右腕を横殴りにしてくる。
思った以上に間合いが広い!
回避も受けも無理と判断し、魔剣で迎撃する。
俺の魔剣が雪猿の右腕を半ばから切断した。
血煙が上がる。
ギャァァァッ
雪猿は悲鳴を上げながらも左腕を振るってきた。
俺は剣を振り切っていたので体勢が悪く、その腕による攻撃を喰らった。
俺は雪の上を転る。
右肩から背中の辺りをぶん殴られたらしく、ズキズキと痛む。
俺が立ち上がった所で雪猿が倒れた。
雪乃から白く長い氷の剣が倒したらしい。
そしてアリーナも俺と同じく弾き飛ばされてきた。
「大丈夫か?」
「うぅ……何とか」
やはり雪の上での戦いは厳しいか。
だがアリーナが相手にしていた雪猿も片腕を焼かれていた。
アリーナの魔剣ファイアザッパーの力であろう。
毛に燃え移り雪の上を転げまわる雪猿。
そこへかっちゃんの石礫が雪猿の顔を直撃した。
ビクビク痙攣した後で動かなくなった。
「まだ来るぞ!アリーナ立て」
「はい」
俺は雪乃の前に出る。
奥はゴンタ一家がやってくれている。
俺達に向かってきている雪猿は他の雪猿より一回り大きかった。
ボスザルだろう。身長が三m近くあるな。
横にもう一体引き連れて向かってきた。
こいつらを仕留めれば終わる。
さっきと同じで相打ちでも良いから雪猿を止めねばなるまい。
俺は魔剣と盾を構える。
雪乃から白く長い剣が横殴りに振られるがボスザルは巨体に似合わない俊敏さで飛んで躱した。
だがもう一体の雪猿を一撃で切り倒した。
俺は雪乃へ向かって飛んでいるボスザルへ突きを放つ。
空中では避けられまい。
ボスザルの脇腹へ突き刺さる魔剣フォーリンマン。
ギャアッ!!
ボスザルは悲鳴を上げつつも左腕を振るってきた。
長い腕が仇になったな。俺はそのままボスザル脇を抜けて後ろへ向かう。
ギャァァァッ!
ボスザルの右足の太腿が燃え上っている。
アリーナの魔剣が突き刺さっており剣から炎が湧き上がっていた。
好機と見たのか、かっちゃん、なっちゃん、アンドロメダの攻撃がほぼ同時にボスザルへと殺到した。
顔に石礫、かまいたちが当たり、首に矢が刺さった。
ギャァッ!!
ボスザルは顔を血まみれにして雪の上を転げまわっている。
俺は魔剣を首目掛けて振り下ろした。そしてボスザルは動かなくなった。
『錬成』で魔石を抜こうと思ったが一発で魔石の色を当てないと反撃されるので止めた、この雪上では回避もままならない。赤色魔石級の相手なら一発なんだろうけどねぇ。
わうー!!
ゴンタから勝鬨の声が上がった。
ミナモ、ヤマト、ミズホが続けて吠えた。
「お主ら強いではないか」
「雪乃もな」
「わらわはこいつらが頻繁に襲ってくるので洞窟に籠っておったのじゃ」
「雪乃なら十分勝てそうだったけどな」
「さすがにこれだけの数は無理じゃよ」
「雪猿はオーガ並の強さがあったよ……それが二十体以上だからなぁ」
俺達は赤く染まった雪原を見渡した。
「アリーナ、やったな」
アンドロメダが自分の事の様に喜んでいる。
「はい!魔剣も上手く使える様になってきました!」
「動きづらい雪上でたいしたもんやな」
「恰好よかったー」
アリーナは仲間から褒められて嬉しそうだ。って、左腕がおかしいですよ!?
「おい!アリーナ左腕が折れてないか?」
「えっ!?……何これ……うぅ」
俺に言われて腕の怪我に気付いたアリーナであった。盾を取り落として座り込んだ。
かっちゃんがアリーナの装備を解いて添え木を当てて包帯を巻きだした。
アリーナも泣きっ面で気功術での治療に入った様だ。
俺の背中も痛むが、何てことないって顔をしておく。
こっそり気功術で治療に入る。
かっちゃんがチラリと俺を見たのでばれたんだろうね。
たいした怪我ではないから気にしない。
「アリーナは治療を続けていろ。手の空いたものは雪猿から回収だ」
「はーい」
「解った」
雪猿は緑色魔石でした。オーガと同等ですね。
ボスザルは一段階上の黄色魔石でした。
肉はゴンタ達が不味いと言ったので焼き捨てた。
毛皮は使えそうだったのでマジックバッグへ収めた。
「これでこの辺りも住みやすくなるのぅ」
「花ちゃんの屋敷の方が良いよ?」
「あぁ、そうじゃったな」
俺達は笑いあった。
そこには泣き笑いしていたアリーナの姿もあった。
ワイバーンに会って自分達の足りない物を感じたが、俺達も一歩ずつ強くなっている。
でも雪上での戦いは出来ればやりたくない。動きの制限が大きいと解ったからね。
そして雪乃も乗せたスターインは花ちゃんの屋敷を目指して出発した。




