訪問
201
俺が花ちゃんの屋敷に戻った五日後に尾白が一人で花ちゃんの屋敷を訪ねてきた。
尾白の気配を感じた俺とゴンタで迎えに行った。
「もう仕事はいいのか?」
「花のために気合で終わらせてきた」
俺は一人で来た尾白に声を掛ける。
それに対して尾白は胸を張って堂々と言い放つ。
良く判らないが気持ちだけは伝わって来た。
わう
「……神使様ですね」
『ボクは神使の見習いのゴンタ』
ゴンタが紙に書いた。
「花から話は聞いております。よろしくお願いします、ゴンタ様」
尾白は花ちゃんからゴンタの事を聞いていたらしい。
ゴンタが紙に文字を書いて見せても驚かないな。
そして片膝立ちになって頭を下げている。
イケメンは様になるね。
可愛いゴンタと合わせて絵になる。
なっちゃんと花ちゃんには及ばないがな!
『様は要らない』
「しかし……解りました。ゴンタさんと呼ばせていただきます」
ゴンタの気配から強いとは解るだろうけど神使の事は何で解るのやら。
少なくとも俺には解らない。
そういや花ちゃんも初見の時似たような感じだったな。
無表情だった花ちゃんの顔を思い出した。
存在も儚げで今にも消えそうだった。
本当に良かったよ。
今の花ちゃんはいつもニコニコしているもんな。
「ゴンタ、尾白、花ちゃんの屋敷に行こうぜ」
「お前はゴンタさ、さんを呼び捨てにするのか!後、ちゃん付けも止めろ」
「俺は良いんだよ。そして花ちゃんは花ちゃんだ」
尾白が俺を睨んでくる。
『トシに強要しちゃだめ』
ゴンタは可愛いなぁ。
「はい……」
尾白が肩を落として、しょんぼりとした。
ゴンタには強く出られないのか。花ちゃんにもそうなんだろうな。
そして俺達は花ちゃんの屋敷へと森の中を歩いた。
尾白は旅行鞄一つしか持っていない。
たぶんマジックバッグだな。俺が持っている一番大きいマジックバッグと同じくらいだ。
あ、そういや尾白にゴンタ用のマジックバッグを探しておいてくれって頼んだんだっけ。
「尾白、頼んであったマジックバッグは見つかったか?」
「まだだ。首都の店に探す様に連絡は入れたから、近いうちに返事が来るだろう」
「そうか。ありがとな」
「ゴンタさんの名前を出されては断れまい」
わう
尾白は忘れずに探してくれている様だ。
花ちゃんの屋敷が見えてきた。
「あぁ……昔のままだな」
尾白が花ちゃんの屋敷を見て、感慨深そうに呟いた。
尾白は日本にいた時の花ちゃんの屋敷を知っているらしい。
「ただいまー」
わう
「お帰りなさい」
花ちゃんが屋敷の入口で待っていた。
「尾白……」
「花……」
二人とも今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
放っておいてやろう。
俺とゴンタは屋敷に入った。
アリーナとアンドロメダが俺達に手を振ってくる。
俺も振り返す。
声を掛けて来ないところを見ると、花ちゃんと尾白に気を遣っている様だ。
「こうやって見ると、普通の人間にしか見えんなぁ」
「本当だね」
俺はかっちゃんに返事をする。
かっちゃんの隣にいるなっちゃんは入口の方をジッと見ている。
花ちゃんと仲の良い友人にライバル心でも抱いているのかね。
そうだとしても、花ちゃん、尾白の二人だけにしてやれるだけの余裕はあるらしい。
「恰好良いですよね」
「ふむ。渋いな」
アリーナとアンドロメダが尾白を見て話している。
男の事が話に出るのは珍しい。
やはり恰好良いと思うのは俺だけではなかったのか。
尾白め……ムカつく。
後で靴に画鋲でも入れてやるか。画鋲なんてないんだけどさ。
バナナの皮を目の前に落としてやる。
そういやこの世界でバナナを見ていないな。
グググル。俺は世界樹の力をそう呼んでいる。
イメージ検索をする。これは最近発見したやり方である。
ふむ……バナナはこの世界にもあるね。大森林の奥地か。
サトウキビもあるじゃないか!
こ……米は。
大陸の端の方にあるのを確認した。
単純計算でも二月以上かかるな。
道や魔物次第ではもっと掛るだろう。
だが米の存在は俺にとって大きい。
必ずや手に入れて見せる!俺は今までにないほどの決意を胸に抱いた。
そんな決意を俺がしていると、花ちゃんと尾白が囲炉裏端へ上がって来た。
「この子がわたくしの友人である尾白です」
「尾白です。花、この子は止めてくれ」
花ちゃんがみんなに尾白を紹介する。
尾白は他所いきの顔で挨拶した。キリリッと効果音が聞こえてきそうである。
「ケットシーのかっちゃん、エルフのなっちゃん、ラミアのアンドロメダですよ」
花ちゃんは順番に手で示しながら尾白に紹介していった。
みんなもそれぞれ会釈した。
尾白はなっちゃん、アンドロメダを見て驚いていた。驚きを隠そうとはしていたようだが、隠しきれていなかったね。
エルフの森から出て来ないエルフと、ギルスア王国へ行かないとお目にかかれないラミアだもの、花ちゃんの屋敷にいたら驚くよな。
「それからゴンタちゃんの奥さんのミナモ、二人の子供のヤマトとミズホですね」
花ちゃんはゴンタの横に並んでお座りをしているゴンタ一家の紹介も忘れない。
「は、花!?ゴンタさんに、ちゃん付けなど……」
「わたくしはゴンタちゃんと仲良しなんですよ」
わう
『仲良し』
ゴンタは一声吠えた後で紙に書いた。
花ちゃんとゴンタはニコニコ見つめあっている。
「私もー」
あ、なっちゃんの我慢の限界がきたらしい。
花ちゃんに抱き付いている。
「ぬっ!」
「もちろん、なっちゃんとも仲良しですよ」
「うん!」
「ぐぬぬっ!」
尾白は顔を険しくしてなっちゃんを睨んでいる。
おぉ、なっちゃんも負けていないぞ。睨み返している。
花ちゃん戦争勃発だ!
「みんな仲良くしてくださいね?」
「はーい」
「解った……」
戦争終結。
花ちゃん強い。
それからは花ちゃんの手料理で昼飯、お茶を飲みつつ尾白の口から転落から今までの話を聞いた。
尾白はやり手だった。
たった一人で落ちて来たのにずっと生き抜いて来ただけでなく、大国で五本の指に数えられる商会を作り上げたのだから。
夕飯は俺達から出した酒だけでなく、尾白が持ってきた酒も加えて宴会になった。
尾白はゴンタとヤマト、ミズホ、花ちゃんにしか敬意を表さなかったが、人の扱いが上手かった。
空気を読まないのは俺に対してだけだったのかも知れない。
花ちゃんは尾白のために和風な料理を大目に作った。
残り少ない米のご飯も出ていた。
「こ、米ではないか!!」
「この味噌汁も美味しいぞ!」
「ジャガイモの味付けが……」
「あぁ、美味い!!」
尾白は一品食べるごとに評価していった。
全て高評価だったが花ちゃんの手料理というだけではなく、純粋な評価であろう。
食料品を中心に扱う商会の会長らしく味にもうるさい奴だった。
もっとも、この米は花ちゃんと一緒に落ちて来たと言う米だと解ったら、がっかりしていた。
そういえば花ちゃんは長い年月でも食材をダメにしない力もあるらしい……時間の凍結辺りだろうか、凄いぞ。
花ちゃんの屋敷の中では花ちゃんは神と言っていいね。
「醤油も味噌もどうやって作ったのだ?」
「あー、花ちゃん監修の元で作った俺の自信作だ」
「さすだ花だ」
「俺の自信作だって言ってんじゃねーか」
「花、美味いぞ」
「……」
「私も作ってみたんだが、上手く出来なかった」
尾白は醤油、味噌の出来に関心していた。
似たような物は作ったらしいが、俺達が使っている物ほどの出来ではなかったらしい。
是非譲ってくれと言われた。
花ちゃんの友人だし、懐かしい気持ちも理解出来るので、個人として楽しむ分は譲ってやった。
「この世界にも米が存在する事を確認したぞ」
「何だとっ!?どこだ、どこにある?」
「大陸の端だから行くだけで二月は掛るがな」
「遠すぎるな……」
「俺も米をもっと食べたいから、いずれ行くぜ!」
「おぉ!」
俺がこの世界にも米があると教えたら、尾白が詰め寄って来た。
やはり考えている事が同じだったね。
いずれ俺が持ち帰るといったら握手を求めて来た。
食い物の力は凄いね。
「じゃーん」
じゃーんって……花ちゃんのテンションも高い。
「は、花……」
尾白が花ちゃんの持っている皿の上にある物を見てワナワナ震えている。
「尾白の大好物ですよ」
「花ー!!」
尾白が花ちゃんに抱き付いた。
花ちゃんは皿を落とさないように頑張っている。
「落としちゃいますよ」
尾白が慌てて花ちゃんから離れる。
そして尾白は皿を受け取った。
「夢にまで見たよ……油揚げ!」
そう、俺と花ちゃんで作ったのだ。
油がオリーブオイルなので風味に違和感があるけどな。
豆富から作ったよ。
そして俺の提案で稲荷寿司も作った。
やはり妖狐とくれば油揚げと稲荷寿司でしょう!
酢飯は良いとして甘味が上手く出せなかった。
これに関しては改良がいるね。
尾白が美味しそうに油揚げを食べている。
それを見て嬉しそうな花ちゃん。
「こっちの油揚げは中に何か入っている様だが……」
尾白は稲荷寿司を知らないらしい。
むむ……おかしいな。狐といえば稲荷寿司のはず!?
「こ……これは!?究極の食べ物だっ!!」
稲荷寿司を食べた尾白が、立ち上がり皿を両手で掲げている。
喜んでもらえた様ですが、変な奴だ。
それから尾白はガフガフと口いっぱいに稲荷寿司を頬張った。
きっと花ちゃんに作り方を聞くんだろうねぇ。後の展開が目に浮かぶ。
もっとも食い物の力が効くのは尾白にだけではなかった。
「砂糖がとれる植物も見つけたよ」
俺がボソリと言った。
「なんやてー!」
と、かっちゃんが驚きとともに俺の隣に来た。
「お菓子ー」
なっちゃんは両手を挙げて嬉しそう。
「甘い物……」
今にも涎を垂らしそうなアリーナ。
「砂糖だと!高級品ではないか」
アンドロメダも嫌いではないらしい。
「ちょっと話そうじゃないか」
尾白も商売のタネとして興味を持ったらしい。
そんな様子を見てニコニコしている花ちゃん。
ゴンタ一家は甘い物に興味を示さない。
砂糖大作戦が練られたのは、この時であった。
まぁ、そのうち取りに行こうってだけです。
それからも話は続いた。
尾白は商売をやっているだけあって、色々な事を知っていたし、話も上手かった。
まさに今日の主役といった感じだった。
そしてかっちゃんが尾白に妖術の事を聞きまくっていた。
花ちゃんの手前、かっちゃんを無下には出来ないで困っていた尾白の姿も見れた。
アンドロメダからは何故に魔力を感じるのかとの質問が尾白に飛んだ。
人間社会で暮らすために擬装用のマジックアイテムを作ったと尾白は答えていたね。
面白い。
そんな宴会は楽しかったです。
花ちゃんはいつもにも増して笑っていたと思う。
次は雪乃だな。