こんな一日
200
俺は一人で森と山を走破して花ちゃんの屋敷に戻った。
ちゃんとシメオンが都市リャンから動いていないのは確認済みです。
いつの間にか背後に立っていそうな雰囲気のある奴だったので、たまに振り向いてしまいます。
わうー
俺は気配を消さずに花ちゃんの屋敷に近づいたので、ゴンタが迎えに来てくれました。
「ただいまー」
わう!
しばしゴンタと戯れる事にした。
ゴンタの頭から首に掛けてを撫でる。
あー、癒される。
危なそうな奴に追いかけられ、一日中走らされた。
魔物との連戦もあり流石に疲れた。
座り込んだら動く気がなくなってしまった。
木に背を預けてゴンタを撫でる。
空が青いなぁ……木の隙間から空が見えた。
夏だねぇ。
俺はそのまま眠ってしまったらしい。
起きた時にはお昼どころか日が傾いていた。
そしてヤマト、ミズホも俺の脇で寝ていた。
子供達を幸せそうに見ているアリーナ。
俺と視線があって笑顔になるなっちゃんと、アンドロメダ。
木の周りには人が増えていた。
起してくれれば良かったのにね。
「おはよー」
「やっと起きたか」
なっちゃんとアンドロメダから声が掛る。
「ふわぁぁ!おはよう」
わう
俺は欠伸、伸びをしながら挨拶を返す。
立ち上がって体を解す。
木に寄り掛っていたままだったので、ちょっと体が痛い。
俺が動いたからなのか、ゴンタが吠えたからなのか、ヤマトとミズホも起きて来た。
前足を突っ張って伸びをしている。あ、欠伸をした。
子供達も俺と似たような動きをする。やることは変わらないねぇ。
「待たせちゃったみたいだね。屋敷に行こうか」
「はーい」
「そうだな」
「おはようございます」
アリーナは、ヤマトとミズホから視線を俺に移し挨拶してきた。
うむ。ずっと眼中なかったよね。
「おはよう。戻ろうぜ」
「はい」
俺達は花ちゃんの屋敷に向かった。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
「良く寝とったようやな」
花ちゃんとかっちゃんが入口から入った俺に言ってくる。
「安心したら眠っちゃったよ」
俺はブーツを脱ぎ囲炉裏端へ行く。
「トシさん、ありがとうございました」
花ちゃんが姿勢を正して頭を下げてくる。
あぁ、尾白の件だな。
「どういたしまして」
「あの子も元気そうでした。沢山お話も出来たので嬉しいです」
花ちゃんがニコニコしている。
あの子ねぇ……どうやら尾白は花ちゃんより年下みたいだ。
渋くて恰好良い俳優の様な容姿の尾白が、童女の様な花ちゃんに可愛がられているのを想像して笑いを漏らしてしまった。
花ちゃんが不思議そうに俺を見て来たので、慌てて笑いを収める。
「尾白は花ちゃん大好きやったもんなぁ」
「私の方が好きだもん!」
「わたくしも好きですよ」
かっちゃんが言うと、なっちゃんが言い放った後で頬を膨らませている。
花ちゃんも好きだと言うと、花ちゃんとなっちゃんが手を握り合った。
「尾白からのお土産は受け取ったかい?」
「はい。受け取りました」
「ちゃんと渡しました」
アリーナも話に加わって来た。
「で、アレはちゃんと撒けましたか?」
アリーナが続けて言う。
「おう。あの後暗くなるまで走った。さすがのアレも諦めたぜ」
「どこまでも追ってきそうでしたからねぇ……」
アリーナがホッとした顔になっている。
「アリーナに聞いたけど、フリナス王家のモンなんやろ?」
「うん。妾の子で王位継承権は持ってないけど五男だった」
「なんでそんなんが一人で食堂にいるんや……」
「まったくだ。王族、貴族から持て余されているけどフリナス王国屈指の強さだから放置されているみたい。ただフリナス王国から出ないって約束は守っているね」
「そんな約束があったんですね」
アリーナが言う。
「戦闘狂か……危ない奴なんだろう?」
アンドロメダが聞いてくる。
「ああ、全身から殺気が溢れだしていたよ。それにランク0のアドルフやアンドレと戦えそうな力を持っている」
「ランク0並か……」
アンドロメダが呟く。
「しかも『直感』なんてギフトを持ってたよ」
「うちのギフトの上位っぽいなぁ」
「とにかくヤバそうな奴だった」
「私は殺気に当てられて生きた心地がしませんでしたよ……」
アリーナはあの時の事を思い出したのか言葉が尻すぼみになっていった。
「まぁ、尾白も自分でこっちに来る言うてたし、うちらがあっちに行く事もないやろ」
アリーナの様子を見たかっちゃんがフォローしてくれている。
かっちゃんは頼りになる。
「そ、そうですよね!」
アリーナが復活した。
よほどアレと会いたくないのだろう。
「花ちゃん、尾白のあの姿って本当の姿じゃないよね?」
ちょっと無理やりだが話を逸らす。
「はい。本当は綺麗な毛並をした狐なんですよ」
「えっ!?どう見ても人でしたよ?」
アリーナはシメオン以上に興味を引かれたのか話に乗って来た。
実際にアリーナは尾白を目の前で見ているから信じられないのだろう。とても驚いている。
俺は日本で妖狐の話を知っているし、今は能力も把握しているので驚かないけどな。
「あの子は妖術が使えますからね。人を化かすのは得意なんですよ」
昔の事でも思い出しているのか、花ちゃんは穏やかな顔をしている。
「妖術ってなんや?」
お、かっちゃんの好奇心が疼いたな。
「変化の力で姿を変えたり、火を出したり出来ましたね」
「魔法なんちゃう?」
「昔から使えましたし違うかと。それにわたくしと同じで魔力はないと思います」
「なんやそれ!面白そうやな!!」
「力の元は判らないのですが、わたくしがこの屋敷で振るう力と同じではないかと」
「花ちゃんはこの屋敷では無敵やからなぁ!詳しく聞かせてーな」
かっちゃんが興奮している。
なっちゃんとアンドロメダも興味深そうに聞いている。
アリーナも二人ほどではないが自分で目にしたからであろう興味はありそうだ。
花ちゃんを中心に尾白、妖術の話で盛り上がっていたので、俺は台所に立った。
花ちゃんの管轄だが使わせてもらおう。
昼飯抜きだから腹が減ったのだ。
ゴンタが俺の足元でお座りをしている。
ゴンタも腹が減ったんだね。
冷やし中華を作る。
麺から作る。
前にも作ったが、ここらの水をそのまま使っても上手く出来なかったんだよね。
カン水ってのが必要っていう事を思い出してからは試行錯誤だった。
カン水は名前は知っていてもどんな物か知らなかったからね。
今ではそれっぽい麺が作れます。若干麺が太めなのは見逃してほしい。
汁は醤油ベースでゴマ油を加えた。
ゴマはあったのでゴマ油は作れたからね。俺の知っているゴマ油と若干違う気もするが大きくは外れていない。
うん、なかなか良い味だ。
錦糸卵も作る。
尾白がくれた食材に卵があったのだ。
ちょっと焦げた部分もあったが、それっぽくなった。
そして麺を茹でて水で締めた。
トマト、大蛇のジャーキーを細切れにして乗せる。
足元にいるゴンタにもジャーキーをあげた。
キュウリも乗せる……が俺のには乗せない。俺は青臭いキュウリが嫌いなのだ。
尾白め要らん物を寄越しやがって。
胡桃もあったので砕いて散らした。歯ごたえとアクセントになるかな。
「ゴンタ味見してみる?」
わう
味見と言いつつ一人前をゴンタの前に置いた。
すかさずヤマトとミズホが駆け寄ってきたので、子供達の分も出す。
彼らの冷やし中華は汁を減らしてあるので塩気も少ない。塩の濃い食べ物は良くないからね。
がふがふと食べているね。
あ、寝ていたミナモもこっちへ来た。
ミナモの分も……っと。
わう!
尻尾がダランと垂れていないので喜んでもらえた様だ。
「ゴンタ達の夕飯にはゴロッと肉の塊を出すからねー」
わうー!
やはりそっちの方が嬉しいらしい。尻尾の振りが違う。
仕方ないね。
ゴンタ達の要望に応えて猪肉を大量に出した。
その肉を使いステーキも焼く。
塩コショウっと。
冷やし中華だけじゃ物足りないからな。
そして俺は夕飯を囲炉裏端へ運んだ。
「あぁ……トシさんすみません」
「謝る必要なんてないよ。たまにはいいさ」
「はい」
花ちゃんが謝ってくるが気にしなくていいのにね。
いつもやってもらってばかりだからな。
冷やし中華、ステーキ、赤ワインに麦茶だ。
男の料理なんてこんなもんだろう。
「中々美味しいですね」
「ああ、イケル」
「熱くないのがええで夏にぴったりや」
「ちゅるちゅる」
「なっちゃん、慌てすぎですよ」
俺は美味いと思っていたが、みんなも気に入ってくれたらしい。
喜んでもらえて何より。
たまにはいいもんだ。