追っかけ
199
尾白の商会に泊めてもらった翌日、俺とアリーナは尾白から花ちゃん宛てのお土産を大量に持たされて商会を出た。
反物や装飾品から始まり、食材、酒までと幅広かった。
食材、香辛料は回りまわって俺の腹に収まるから、ありがたい。
尾白は好きな女に貢いでいる男の様であった。
「アリーナ、そこを曲がるぞ」
「はい」
大通りに赤い布を腕に巻いた集団がいたので横道へ入った。
あれがチンピラ達だな。
町の者達も、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにそそくさと離れていった。
「あれが例の奴らですね」
「おう。本当に偉そうにしていたな」
大通りを横に並んで歩いている様な奴らであった。
かなり邪魔である。
俺とアリーナは横道を抜けた。
そしてある一件の食堂で飯を食べている奴と目があった。
抜き身の刃の様な危険さを感じた。
俺達はそのまま通り過ぎたが、その男がニヤリと笑った気がした。
足早に城壁外を目指す俺達。
俺の背中を流れる汗は暑さの為だけではないと思う。
「な、何だったんですかアレ……」
アリーナも気が付いていたらしい。
顔が真っ青だ。
「解らん。後で調べてみる」
俺は足を止めず先を急いだ。
何故かこの都市にいてはいけない気がしたからである。
赤布のチンピラはどうでも良くなっていた。
一目散に都市の外を目指した。
そして俺達は城壁にいた衛兵に止められることもなく都市を出る事に成功した。
それでも俺達は先を急いだ。
「アリーナ、念のために一度北へ向かってから森に入るぞ」
俺は索敵で周囲の警戒をしつつアリーナに話しかけた。
念のためにというのは、俺達が向かう先を知られたくないからである。
「はい」
返事をしたアリーナの顔色は随分良くなっていた。
食堂にいた男は赤布集団なんぞ話にならないほど危険な香りがした。
俺の力は万能ではない。
名前や顔、または他の者からの情報繋がりで調べて行かない限りは警戒のしようがない。
通りがかっただけで目を付けられたなんてのは回避しようがないってもんだ。
きっと奴は来る。
あの時の気配は常人並だったが、おそらく隠蔽していたのだろう。
「さっきの奴の情報を探ってみる。周囲の警戒を頼む」
「解りました」
俺は周囲の警戒をアリーナに任せて世界樹へアクセスする。
他の鑑定士が情報をどの様に見ているか解らないが、俺のやり方は回りくどい気がする。
む……シメオン・カローか。カロー……フリナス王家の人間じゃねーか!?
何で王族の人間が普通の食堂で一人で飯を食ってんだよ!?
しかもあの危ない雰囲気……どうなってんだ。
シメオンって奴は戦闘狂だった。
アッツさんの所にいるエディみたいな可愛らしいモノではなく、強い者と生死を掛けて戦うのは好きな奴だ。
ヤバイのに目を付けられたのではないだろうか?
相当強い。
人以外とも戦う様で単独にてトロルを倒している。
トロルはオーガロード以上の回復力……いや再生能力を持っている怪力の魔物だ。
オーガロードの様にオーガを引き連れてはいないが、生半可な攻撃では倒せない相手である。
ランク1のパーティで相手にするような魔物だ。
それを単独撃破とは恐れいる。
剣豪であり、魔法使いでもある。火の魔法の使い手だった。
しかも厄介なギフト持ちでもあった。
『直感』だってさ。
笑っちゃうくらい便利そうだ。
これがあれば攻撃、回避、ありとあらゆる場面で役に立ちそうだ。
俺のギフトに匹敵しそうほどイカサマ臭い代物だぜ。
フリナス王国でも屈指の強さだが、国、王族から持て余されてもいた。
貴族からは疎まれていると言っても良い。
その結果放置されている。
ちゃんと首輪を着けておいてほしい物だ。
「シメオン・カロー。フリナス王国の王族の一員だったよ」
「王族ですか!?アレが!?」
アリーナが驚くのも解る。そんな風には見えなかったもんな。
「戦闘狂で過去にトロルの単独撃破を成し遂げている」
「トロルをですか……」
アリーナもトロルを知っていたらしく言葉を失った。
「地図で確認したら、きっちり俺達の後方を着いてきている」
「どうしましょう……」
アリーナが再び真っ青な顔色になった。
「戦闘狂だから、戦いたいんだろう。この場合は俺って事になるんじゃないか?」
「あぁ、そうですね。死なないでくださいね」
アリーナは自分がターゲットじゃないと解ったら顔色が戻った。
本当に良い性格をしているよ。
彼女の言葉は俺を信頼しているのか他人事なのか微妙な所だ。
どうしようかな……なっちゃんを経由してゴンタを呼ぶか?
ゴンタとも良い勝負をしそうな奴でもある。
危険すぎるかな。
逃げよう。
「アリーナ、俺は奴を巻いてから逃げる。お前も花ちゃんの屋敷方面に行くと解らない様に逃げろ」
「ゴンタ様には連絡を入れますか?」
「ああ、ゴンタ達と合流して花ちゃんの屋敷に戻れ」
「はい!!」
そして俺は北へ向かう街道から西へ逸れて走った。
アリーナはそのまま北へ向かった。
花ちゃんの屋敷は東だからばれないだろう。
別れる時にチラっと見たがアリーナの顔は緩みきっていた。
誰の邪魔も入らずゴンタ一家を独り占め出来るからに違いない。
切り替えの早さは見習いたいね。
シメオンは目標を間違えずに俺を追ってきた。
男の追っかけはいらない。
特に物騒な奴はお断りだ。
現在の戦闘力では俺が負けている。
触れれば勝機はあるが、勝算の低い勝負だ。
だが体力なら負けない自信がある。
走って走って走りまくるぜ!
俺とシメオンの距離は開いたままだ。とはいえどこまで走れば良いのやら……。
とにかく情報が読めたおかげで命拾いをしている。
道ですれ違う人達が驚いていたが、俺の知った事ではない。
暗くなるまでマラソン大会だね。
水もあるし走り切ってみせるさ。
心配なのは奴の持っている『直感』だ。
それで花ちゃんの屋敷まで来られたら堪ったものではない。
出来るかどうかは判らないけどな。
最悪、うちの仲間全員でかかれば問題無く勝てるとは思う。
だが王族なんぞと揉めたくはない。
逆に褒められるかも知れないがね……。
俺は本当に夜まで走り続けた。
夕方まではシメオンも俺を走って追いかけていたが、今は既に追ってきていない。
俺の体力の勝ちだ!ちょっと空しいが俺は今も生きている。
辛うじて月明かりで足元は見える。
俺は方向転換をして北へ向かった。
今夜は徹夜での移動になりそうだ。
とにかく都市リャンから離れてから森へ入ろう。
夜は魔物の時間だ。
森へ入ってから魔物の襲撃が相次いだ。
蛇や蝙蝠といった魔物が多かった。
シメオンよりはマシとはいえすんなりとは進めなかった。
森を歩きながらジャーキーを齧り、水を飲んだ。
あー、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいかんのだ。
無性に腹が立った。
実際やりあった訳ではないが、日中マラソンをさせられた事と、夜のハイキングの礼はいつかしてやりたいと思う。
嫌がらせの域は出ない程度にするつもりだがね。
へんな噂話でも流してやろうかな。
シメオンは人とは行動しないのも解った。
何をするにも、いつも一人だった。
情報を読んで王族の寂しさや悲しさも伝わってきたが同情するつもりもない。
狂気を宿した原因も解ったが今更どうなる物でもないだろう。
戻らない物は戻らないのだ。
幸いにも、その狂気は一般市民に向いていない。
しかし強者はいるものだ。
今後のために強者の情報を集めて居場所くらい確認していこうと心に誓う俺であった。
誰にも知られていない強者なんて、ずっと山籠もりでもしている奴くらいだろう。
またフラグを立てた気がしないでもない。
森で蝙蝠の魔物を切り落としながら思った。